千里さんは、なびかない

黒瀬 ゆう

文字の大きさ
上 下
12 / 23
うまく言葉にできなくて

しおりを挟む
 午後になってから、また人が多くなった気がする。狭いとすれ違うのも精一杯だ。しかも熱気で暑い。
 文学マーケットが終わるまで、あと三時間。あの人の本、まだまだ売れると良いな。
 よく見ると、ちらほら完売の札が見えてきた。よほど人気なのだろうか。


 「千里さん、まだ見たいとこある?」
 「もう大丈夫。今宮は?」
 「俺も大丈夫」
 「……ちょっと移動しない?」


 午後2時過ぎ。退散。お互い疲れが見え始めていた。とにかく、クーラーがガンガンきいた部屋でコーラでも飲みたい。あと戦利品を少し読みたい。


 「駅前にカフェがあるから、そこに行こう」
 「賛成」


 ホールを出ると、照りつけるような日差しが容赦なく襲う。それだけで体力を奪われる。行きとは正反対に、2人とも無言だ。
 そして思い出す。そういえば、小説サイトのことを聞いていなかったなと。お昼はドーナツにすっかり気を取られていた。


 急なイベントについて来てくれたり、私の好きなスイーツ覚えててくれたり(お昼によく食べていたのを目撃されていた)、何だかんだ良いところある。勝手に毛嫌いしてたけど、もっと今宮と仲良くなりたいと思う自分がいた。
 変なの、私。


ーー「ここのサイトが、一番会員数多いって言われてる。多分新人賞目指してる人ならほとんどが登録してるんじゃないかな」


 コーラフロートのアイスを食べながら、今宮のスマホをのぞき込む。横並びだから、話しやすい。サイト名は「みんなの文系部」。バナーには、「ミステリー小説賞受賞者発表!」の文字。それから横に流すと、「みんなの文芸部     出版された本」。なるほど、定期的に色んなジャンルの文学賞を開催しているみたいだ。その下には、今日のランキングがズラリと並んでいた。


 早速URLを送ってもらうと、忘れないようにブックマークをしておく。登録は、後でしよう。
 高校生だというのに、今宮はブラックコーヒーを飲んでいる。大人すぎる。


 「それと、さっき買った人の本借りていい?」
 「これ?」


 恋する音が聞こえたら。というタイトルを渡す。今宮は背表紙から一ページめくると、そのまま何かをスマホに打ち込んだ。


 「SNS出てきたから、フォローしてもいいかもね。でも、あんまり仲良くしない方が良いよ」
 「えっ、何で」
 「この人も新人賞狙ってるよ。だから、ライバル」


 ライバル? むしろ仲間では? 私の考えが甘いのか?
 とりあえずスマホを借りて、プロフィールを見る。


 逢沢ひかり。
 公募初心者の高校二年生です。恋愛小説が得意ですが、ミステリーやホラーも好き。よく読む方:零さん、北山桜さん、永井健さん、Nさん。ぜひ仲良くしてください! みんなの文芸部のフォローもお待ちしています。
 URL……


 「アンタのファンじゃん!」


 しかも一番最初に名前ある! ひかりさんに教えてあげたい。「ついさっきあの零が至近距離にいましたよ」って。


 「もしこの人がデビューして、い、い……」
 「和泉君?」
 「そう、和泉君。この人の作品で主演とかになったらどうする?」
 「いや普通に無理だわ」
 「でしょ。だから、ほどほどにした方が良い」


 一理あるな。続いて呟きを見てみる。


 文学マーケット設営終了! 三タイトルあります。詳細は画像を見てください! ぜひぜひお待ちしております。

 日本純文学新人賞。私は一次落ちでした(泣)。半年後には恋愛小説大賞があるから落ち込んでいられない! 次こそ一次突破するぞ

 
「なかなか良いな」


 と、いつの間にか小説を読んでいた今宮が呟いた。

 
 「上手い?」
 「こっちはなかなか。やっぱ、出すなら早いほうが良いな」
 「なんで?」
 「出版社も話題が欲しいわけよ。今年は中学生が大賞受賞! の方がみんな食いつくし。
 そうだな、インパクトが大きいのは高校生までかな……。最近は大学生も増えたし」


 と、言うことは。


 「……高校生が終わるまで、あと一年……」
 「出来るとこまでやろう」


 出来る気がしない。本だって最近読み始めた。ヤバい、どんどん自信なくなってくる。
 でも弱音を吐いている場合じゃない。やるんだ。やってやる。私には目標がある。絶対に絶対に、和泉君にピアノを弾いてもらうんだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】元お義父様が謝りに来ました。 「婚約破棄にした息子を許して欲しい」って…。

BBやっこ
恋愛
婚約はお父様の親友同士の約束だった。 だから、生まれた時から婚約者だったし。成長を共にしたようなもの。仲もほどほどに良かった。そんな私達も学園に入学して、色んな人と交流する中。彼は変わったわ。 女学生と腕を組んでいたという、噂とか。婚約破棄、婚約者はにないと言っている。噂よね? けど、噂が本当ではなくても、真にうけて行動する人もいる。やり方は選べた筈なのに。

私たちは、お日様に触れていた。

柑実 ナコ
ライト文芸
《迷子の女子高生》と《口の悪い大学院生》 これはシノさんが仕組んだ、私と奴の、同居のお話。 ◇ 梶 桔帆(かじ きほ)は、とある出来事をきっかけに人と距離を取って過ごす高校2年生。しかし、バイト先の花屋で妻のために毎月花を買いにくる大学教授・東明 駿(しのあき すぐる)に出会い、何故か気に入られてしまう。お日様のような笑顔の東明に徐々に心を開く中、彼の研究室で口の悪い大学院生の久遠 綾瀬(くどお あやせ)にも出会う。東明の計らいで同居をする羽目になった2人は、喧嘩しながらも友人や家族と向き合いながら少しずつ距離を縮めていく。そして、「バカンスへ行く」と言ったきり家に戻らない東明が抱えてきた秘密と覚悟を知る――。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。 「だって顔に大きな傷があるんだもん!」 体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。 実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。 寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。 スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。 ※フィクションです。 ※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

処理中です...