千里さんは、なびかない

黒瀬 ゆう

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うまく言葉にできなくて

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 午後になってから、また人が多くなった気がする。狭いとすれ違うのも精一杯だ。しかも熱気で暑い。
 文学マーケットが終わるまで、あと三時間。あの人の本、まだまだ売れると良いな。
 よく見ると、ちらほら完売の札が見えてきた。よほど人気なのだろうか。


 「千里さん、まだ見たいとこある?」
 「もう大丈夫。今宮は?」
 「俺も大丈夫」
 「……ちょっと移動しない?」


 午後2時過ぎ。退散。お互い疲れが見え始めていた。とにかく、クーラーがガンガンきいた部屋でコーラでも飲みたい。あと戦利品を少し読みたい。


 「駅前にカフェがあるから、そこに行こう」
 「賛成」


 ホールを出ると、照りつけるような日差しが容赦なく襲う。それだけで体力を奪われる。行きとは正反対に、2人とも無言だ。
 そして思い出す。そういえば、小説サイトのことを聞いていなかったなと。お昼はドーナツにすっかり気を取られていた。


 急なイベントについて来てくれたり、私の好きなスイーツ覚えててくれたり(お昼によく食べていたのを目撃されていた)、何だかんだ良いところある。勝手に毛嫌いしてたけど、もっと今宮と仲良くなりたいと思う自分がいた。
 変なの、私。


ーー「ここのサイトが、一番会員数多いって言われてる。多分新人賞目指してる人ならほとんどが登録してるんじゃないかな」


 コーラフロートのアイスを食べながら、今宮のスマホをのぞき込む。横並びだから、話しやすい。サイト名は「みんなの文系部」。バナーには、「ミステリー小説賞受賞者発表!」の文字。それから横に流すと、「みんなの文芸部     出版された本」。なるほど、定期的に色んなジャンルの文学賞を開催しているみたいだ。その下には、今日のランキングがズラリと並んでいた。


 早速URLを送ってもらうと、忘れないようにブックマークをしておく。登録は、後でしよう。
 高校生だというのに、今宮はブラックコーヒーを飲んでいる。大人すぎる。


 「それと、さっき買った人の本借りていい?」
 「これ?」


 恋する音が聞こえたら。というタイトルを渡す。今宮は背表紙から一ページめくると、そのまま何かをスマホに打ち込んだ。


 「SNS出てきたから、フォローしてもいいかもね。でも、あんまり仲良くしない方が良いよ」
 「えっ、何で」
 「この人も新人賞狙ってるよ。だから、ライバル」


 ライバル? むしろ仲間では? 私の考えが甘いのか?
 とりあえずスマホを借りて、プロフィールを見る。


 逢沢ひかり。
 公募初心者の高校二年生です。恋愛小説が得意ですが、ミステリーやホラーも好き。よく読む方:零さん、北山桜さん、永井健さん、Nさん。ぜひ仲良くしてください! みんなの文芸部のフォローもお待ちしています。
 URL……


 「アンタのファンじゃん!」


 しかも一番最初に名前ある! ひかりさんに教えてあげたい。「ついさっきあの零が至近距離にいましたよ」って。


 「もしこの人がデビューして、い、い……」
 「和泉君?」
 「そう、和泉君。この人の作品で主演とかになったらどうする?」
 「いや普通に無理だわ」
 「でしょ。だから、ほどほどにした方が良い」


 一理あるな。続いて呟きを見てみる。


 文学マーケット設営終了! 三タイトルあります。詳細は画像を見てください! ぜひぜひお待ちしております。

 日本純文学新人賞。私は一次落ちでした(泣)。半年後には恋愛小説大賞があるから落ち込んでいられない! 次こそ一次突破するぞ

 
「なかなか良いな」


 と、いつの間にか小説を読んでいた今宮が呟いた。

 
 「上手い?」
 「こっちはなかなか。やっぱ、出すなら早いほうが良いな」
 「なんで?」
 「出版社も話題が欲しいわけよ。今年は中学生が大賞受賞! の方がみんな食いつくし。
 そうだな、インパクトが大きいのは高校生までかな……。最近は大学生も増えたし」


 と、言うことは。


 「……高校生が終わるまで、あと一年……」
 「出来るとこまでやろう」


 出来る気がしない。本だって最近読み始めた。ヤバい、どんどん自信なくなってくる。
 でも弱音を吐いている場合じゃない。やるんだ。やってやる。私には目標がある。絶対に絶対に、和泉君にピアノを弾いてもらうんだ。

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