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予言

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 城で一番広い広間に貴族が集まり、流行りの舞曲が流れ、相手をとっかえひっかえ踊り続けるいつもの夜会の光景に、エルリィスは飽き飽きとしながら部屋を回り歩いた。
 ふと目の前に大鏡が目に入り、エルリィスは自分の姿をまじまじと見た。貴婦人達とは比べ物にならない位粗末な服、もはや肌着とも囚人服とも思えるような薄汚れた灰色のワンピース、足は素足で擦り傷が絶えない。この国では珍しいのか忌み嫌われる血の様に赤い目、と真っ白な髪。どう考えてもあの婦人達の仲間になんかなれないとエルリィスは分かっていた。それでも羨ましくなんかない。そう言い聞かせた。エルリィスはボサボサな長い髪を少しばかり整えて再び歩き出した。
 煌びやかな光の中、エルリィスは優雅な音楽に合わせて、手を取り合い踊る人々の間を軽やかに避けながら貴族達の顔を観察した。
「ウェルナント侯爵に、ルーベンス家のご婦人・・・・・・、それからアインス男爵にベルナール卿・・・・・・、今回の集まりはそこまで規模が大きくなさそうね、他国から来た客人も少なそうだし」
 エルリィスは舞踏会の大広間を抜け隣の広間の扉を開けた。すると肉の香ばしい匂いや酒やケーキ等の甘い香りがエルリィスの鼻をくすぐった。そこは踊りに疲れた客人達をもてなす為の休憩所となっていた。
「相変わらず豪勢な料理の数々ね・・・・・・」
 どんなに羨ましく思っても実際に食べられる訳ないと分かっている為、エルリィスは本来の目的に集中する様に食べ物から目を逸らした。
「はっはっはっ、これがかの美酒で有名なヴァルゴの酒か、いや、実に舌が狂い踊る程の美味!」
 エルリィスは良く知る声のする方を見やった。貴族達の中心には栗色の長髪に、長身で厳つい体躯、綺麗に口髭を整え、城で一番豪華な服を着た男がいた。
「しかし、実に惜しい。去年のビシュターヌ祭で出品されたウルド地方の酒にはあと一歩及ばないようだ」
 嫌味ったらしく、ふてぶてしくて、高慢ちきで、鼻持ちならないこの男はオルディン・バルド、認めたくはないが我が主にあたる人間で、そしてこの国の王だった。
 周りの貴族達も内心では「このクソッタレ王が」とか考えているに違いないが誰もかれもが満面の笑みを浮かべている。
 オルディンはグラスが空になり、側近に酒を所望した。側近は瓶のコルクを抜きオルディンのグラスになみなみと注いだ。
「酒と言えばバルケスの地の実から作られる酒も絶品でなぁ。ただ実が熟すのに五年も月日を費やす」
 オルディンはくるりくるりとグラスを弄んだ。
「バルケス・・・・・・なるほど、それで・・・・・・」
 どこぞの貴族の男が続きを言おうとした時、男の喉仏にオルディンの剣が突き立てられた。オルディンは元来冷酷無慈悲な男だが、皮膚と剣の間に一ミリの隙間を残してあるのはオルディンの無い所から振り絞ったなけなしの慈悲と言ったところだろう。
「貴様、そこまでだ。一介のボンクラ貴族の分際でわしの話の腰を折るか」
「ヒィッ、お、お許しを!」
 どこぞのボンクラ貴族は腰を抜かし、無様にも四つん這い姿で部屋を這い出た。
「いかがいたしますか?」
 側近がオルディンに耳打ちしたがオルディンは「捨て置け、興が醒めた」と言ってグラスの酒を一気にあおった。
 エルリィスは呆れた顔で溜息をついた。自慢話をしたかったが為にそこまで怒るとは大人気なさ過ぎる。なんてことはない。五年に一度しか作れない貴重な酒を独り占めする為にその地を莫大な財産と兵を投資して占領したと言う話だ。オルディンは捨て置けとは言ったが、きっとあの貴族は後々報復されるのは目に見えている。今の内に夜逃げでもした方が良いだろう。
「さぁ、陛下、気を取り直してもう一杯」
 側近がオルディンのグラスになみなみと酒を注ぐ、普通の光景だが、エルリィスはいつもとは何かが違う事を感じ取った。そして、異変が起こった。
「ぐぅ、ぐがぁっ・・・・・・」
 オルディンは血反吐を吐き、喉を掻き毟り、床を転げ回り、そして、動かなくなった。

「きゃぁああぁああああっ」
 エルリィスは夢から逃れる様に城中に響く程悲鳴を上げながら体を跳ね起こした。
 もう何度と見るオルディンの様々な死の光景には慣れる事が無かった。慣れてしまっては、自分の中の何かが変わってしまうのではないかとも思っていた。
 次第に落ち着きを取り戻し、目を覚ましてみればいつもと何も変わらない事が分かった。目を覚ましたと言ってもそこにあるのはあの色とりどりの夢とはうって変わって、そこにあるのは暗い闇だけだった。手足を動かせばシャラリと手枷足枷に繋がる鎖の音がする。今日も何も変わらない。
 エルリィスは己の身の上を悲観する暇もなく身構えた。
 足音だ。足音の速さ、音の重さから考察するとこれから来るのは男で、独特な地を擦る様な音からして、自分をこの牢獄から連れ出すいつもの兵士だと言う事が分かった。何の為に連れ出すのか? 決して釈放する為でもなく、身の回りの世話の為でもなく、オルディンと言う城主の元に連れて行く為である。
 乱暴に鎖を引かれ立ち上がらされるとそのまま侍女達の居る部屋へと押し込められる。そこでいつもの様に身体を拭かれ、髪を梳かれ、謁見用の服に着替えさせられた。謁見用とは言っても生地の手触りからしてそこまで立派な物では無い事をエルリィスは知っていた。普段着ている物と比べれば数十倍はマシであり、袖や裾や帯に質素ながらにも小さな飾りとか地味な模様が付いている。女官達はこれを巫女服と呼んでいた。
 一通り着付けが終わると再び鎖を引かれ謁見の間に連れていかれた。乱暴に床に転がされると、あの冷酷無慈悲な男の声が部屋中に雷音の如く低く響いた。
「さあ、今日見た夢を話すがいい、夢見の巫女よ」
 夢見の巫女、それはエルリィスにとって、呪いかと思える程有難くも嬉しくもない二つ名だった。エルリィスは物心付いた頃からこれから起こる事を夢で見る事が出来た。それは予知夢と言うもので、夢で起きた事は必ず起こる。外した事は一度たりとも無い。
 エルリィスは体勢を整えると右も左も分からなかったが、オルディンの声がする方に向かい、真っ直ぐになるように床に平伏した。そして夢で見た光景を事細かに話した。
 全てを話終えるとオルディンは喉を鳴らして笑い始めた。
「クックック・・・・・・儂が死ぬだと? 戯れ言を・・・・・・。なあ、夢見の巫女よ、お前が今までそう予言して、儂が死んだ事はあったか? 一度でもあったか?」
「・・・・・・」
「儂はこうして生きている。それが答えだ。そうだろう、夢見の巫女よ」
 エルリィスは悔しくて、悔しくて堪らなかった。こうしてのうのうと生きていられるのも、全部エルリィスの予知夢があるからだった。エルリィスの夢は必ず当たる。それを利用して運命を捻じ曲げているに過ぎない。
「まぁ、良い。お前が言う儂の命を狙う側近の首を刎ねてやるまでよ」
 そう言うと、オルディンは腰元の鞘から透明感のある金属音を奏でながら剣を抜き取った。オルディンが何をしようとしているのか察したエルリィスは咄嗟に叫んだ。
「お待ち下さいっ! その者は犯人ではありません!」
 そう言い放った時、オルディンの刃は側近の首の皮まで三ミリを残した所でピタリと止まった。側近は顔面蒼白になり、白目をむいて膝を折りへたりこんだ。
 オルディンにとって、長年連れ添っただとか、苦楽を共にしただとか、絆だとか、そう言ったものから生まれる情などは持ち合わせていなかった。
それはきっと未来永劫変わる事はないだろう。
「ほう、夢見の巫女よ、ならお主にはこの腑抜けが犯人ではないと言う根拠があると言うのだな?」
 オルディンは側近を逃がさないよう首根っこを引っ掴み、引きずりながらエルリィスに近づいた。
「は・・・・・・はい」
 その返事に一瞬の迷いが出てしまった。オルディンの事だ、そんなのはお見通しだろう。ハッタリなんか通用する相手ではない。下手をすれば命は無い。この側近もエルリィス自身もだ。だが、あの時、エルリィスが違和感を感じたのは確かだ。
「ならば答えるがいい、その根拠とやらをなっ!」
「ぐっ・・・・・・」
 頭の上から力強く床に押し付けられ、エルリィスは呻き声を上げた。頭にのしかかる物の感触と重さからオルディンに踏みつけられているとすぐに分かった。
 エルリィスは考えた。早くその根拠を言わなければならない。でなければ首を刎ねられる。エルリィスはあの時の夢の光景を頭の中で何度も高速再生させた。
 思い出さなければ、あの時感じた違和感を。
 そして、エルリィスは一つの取っ掛りを見つけた。
 エルリィスはそれに全てを賭けた。
「ジムナート・・・・・・」
「んん?」
「暗殺者にはジムナート地方の訛りがありました」
 声の質は似ていて良く聞かないと分からないが、僅かだが確かに訛りがあったのを思い出した。
「ジムナートだと・・・・・・ククク・・・・・・それは面白い」
 オルディンの黒い瞳には一筋の鋭い光を宿していた。
「虫けら共め、とうの昔に滅ぼしてやったと思ったが、まだ生き残りが居ようとはな。引っ捕らえて、今度こそ根絶やしにしてくれるわ」
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