上 下
22 / 31

悪夢

しおりを挟む
 フードを被った男は寝静まる城内を一人歩いていた。
 兵も侍従も皆寝ているお陰で男は目的の部屋に難なく辿り着いた。
 そこは城でも特に豪華な装飾があしらわれた部屋で、まさにオルディンの部屋だった。
 扉を開け、真っ直ぐにオルディンの寝台に近付いた。
 オルディンは男が部屋に侵入した事に気が付く事もなく、静かな寝息を立て、起きる様子は微塵もなかった。
 男はオルディンの苦悶に満ちた寝顔を見て、少し考えると懐から短刀を取り出し、迷いも無く垂直にそれをオルディンの頭めがけて振り下ろした。
 その刹那、オルディンはカッと目を見開き、頭を横にそらし、男の腹に蹴りを食らわした。そしてすぐに寝台から飛び起きた。
 男は床に倒れると、小さく笑い声を漏らした。
「どういうつもりだ? ガンダーヴ!」
「ククククク・・・・・・流石ですねぇ。寝込みを襲おうとすれば返り討ちにされるという噂は本当だった様ですね」
「この儂を裏切るつもりか?」
 オルディンは寝台の傍に置いてあった護身用の短剣を掴み、剣を抜いた。
「それも面白いかと思ったんですがねぇ・・・・・・、こちらとしては感謝して欲しい所ですよ。貴方の命を救って差しあげたのですから」
「何?」
 オルディンはガンダーヴの言う事が良く分からずその剣先をガンダーヴに向けた。
「嘘だとお思いになるのならその枕の下を見なされ」
 オルディンは燭台に灯りをつけると、ガンダーヴを警戒しつつも短刀の刺さった枕の下を覗き見た。
 そこには短刀で一突きにされた何かの紙があった。
「何だ? これは・・・・・・」
 紙を取り出そうとするも、その紙はボロリと崩れ塵と化した。
「恐らく、呪具・・・・・・の一種でしょうな。不思議な力を感じたので来てみれば、更に不可思議な事に、この世の物とは思えぬ呪具の様で実に興味深い・・・・・・」
「これに一体どんな呪いがあると言うのだ?! 一体どこの誰が・・・・・・まさかっ! あの小僧の仕業か?」
「呼んだか?」
 突然の声にオルディンは声のした方を向いた。
 声の主は部屋の奥の火の消えた暖炉上に腰掛けていた。
「貴様! やはりお前か!」
 アルフはガンダーヴが来るよりもずっと前、夢具をオルディンに仕掛けてからずっと気配を消し、事の成り行きを見詰めていた。
「小僧、儂に何をした?!」
「何を? 時期に分かる」
 そう言うとオルディンは急に体の自由がきかなくなり、手にしていた剣で左腕を斬りつけた。
「ぐがぁっ」
 その様子を見てアルフは口元を釣り上げた。
「ほお、これは面白い。暫く傍観させてもらおうかのう」
「ガン・・・・・・、ダーヴめ」
 オルディンは恨みがましくガンダーヴを睨んだが、自分の腕を傷つけようとするのを震える手で押さえ、抗う事で必死だった。
 オルディンには、この後何が起こるのかが既に分かっていた。

 時は数刻遡り、アルフはロギと取引をして黒い箱から新しい夢具を取り出した。
 その夢具は黄金色で王冠を頭に乗せ、杖を持ったバクの形をしていた。
「それで? 今度は何の夢具なんだ?」
 アルフはトレインとロギに紙切れをぞんざいにペラペラと見せつけた。
「ああああああーー!!」
 トレインとロギは夢具を見るなり二人同時に壊れた人形の如く叫び出した。
「な、なんだよ、うるせーな・・・・・・」
 アルフはあまりの煩さに掌で耳を塞いだ。
「そ、そ、そ、それ! ちょっと! なんでそんなのがここにあるんですか!」
「いや、だってよー、こん中に一千万種位夢具入ってるけど、たったの一枚しか入ってないのにまさか引くなんて思わないじゃん?」
 トレインとロギは二人で方を並べ、ヒソヒソと話しだした。
「いやいやいやいや、そう言う問題じゃないですよ! だってそれ、うちの博物館にあるようなやつですよね。所謂禁忌と指定されてる夢具じゃないですか!」
「だーかーらー、引かれるとは思ってなかったんだもん」
 ロギは冷や汗を流しながらもトレインの追及に開き直って言った。
「だもんじゃないですよ。アルフさんには事情を言って無しにしてもらいましょう!」
「おい、泣いても笑っても一回コッキリなんじゃなかったのかよ」
 後ろから話を聞いていたアルフは凄みを利かせた声でそう言った。
 そのアルフの顔はゴロツキの悪にも負けない形相だった。
「あわわわ、アルフさん、これには事情が・・・・・・むぐ」
 そう言うトレインの口をロギは再び塞いだ。
「いや、男に二言はねえ。存分に使うがいい!」
「ちょっと! いいんですか? そんな事言って!」
「その方が面白いだろー? あの夢具は上の人間も存在を知らねえ秘蔵品だ。バレなきゃいい」
「もう、またそれですか」
「おい、これそんなにヤバい代物なのか?」
 アルフは国宝級の様な、曰く付きの様な夢具を訝しげに見詰めた。
 どれだけ二人が言い合おうと、アルフにとってはやはりただの紙切れにしか見えなかった。
「いいですか、アルフさん! ロギ様はそう言いますが扱いには十分気を付けて下さい! その夢具は禁忌中の禁忌! 神の夢具と言われていて、別名正夢の夢具とも呼ばれています」
「正夢・・・・・・?」
「ええ、夢で見た事を現実にしてしまう夢具です。たわいのない日常からとんでもない非日常まで、なんでも夢の通りになります。昔、その夢具を偶然手にした少年がその夢具を使った所、夢で隕石が落ちる夢を見たそうです。そしてその夢は現実となり、その星は滅びたそうです・・・・・・」
 トレインがそう言うのを聞き、アルフはすぐにこの夢具の恐ろしさを理解した。それと同時にとある事を思いついた。
「なるほどな、確かに恐ろしい代物だな。だが、さっきの話からすればこちらが見せたい夢を指定する事も出来るんじゃないか?」
 アルフがそう言うと、ロギは口角を上げて悪魔の様な笑みを浮かべた。
「ほう、なかなか飲み込みが早いじゃねぇか。そうこなくっちゃあなー」
「お察しの通り、夢具の裏に見せたい内容を書けばその通りになります。ただし、この狭い紙に書けるだけの内容と、正確に書く事と言う制約があり、また、夢具を使う人物が途中で目覚めてしまうと夢を見た所までしか現実になりません」
「なるほど・・・・・・」
 夢具の使い方を一通り聞くと、アルフは顎に手をやり考えた。
「なら、あの野郎に最高の悪夢ってやつを見せてやろうじゃねえか」


 アルフは夢具の裏に書けるだけの事を書いた。
 成功率を考えるなら自分で使うのが正攻法だったが、それを無視してまでオルディンに使わせたのは、ただ単に悪夢を見せると言う嫌がらせをしたかったからだった。
 例え、それが想定外の事で失敗しようとも、力づくでオルディンを倒すつもりだった。
 理由は一つ、その方が面白いからだった。
 その計画をトレインに話した時、ロギと思考が良く似ていると呆れられた。
「こ、ぞう・・・・・・おのれ・・・・・・・・・・・・ぐぅうああああ!」
 オルディンは己の決められた運命に抗う事も叶わず、剣で左腕をえぐるとおびただしい量の血と共に、何かが床に落ち、それは金属質の透き通るような音を奏でた。
 それはエルリィスの呪具と同じ紋章が柄の先に描かれた金色の鍵だった。
 オルディンは剣を捨て、震える手で鍵を拾い上げると強く握り締めた。アルフはその様子を面白そうにじっと眺め、せせら笑いを浮かべていた。
「ク、ソがああああああっ!」
 オルディンは目に見えぬ糸に操られる様な感覚に抗いつつも、最終的にはそれに屈し、鍵をアルフに投げつけた。アルフはその鍵を空中で片手で掴むとしてやったり顔で言った。
「鍵をどーも」
「これで・・・・・・、これで勝ったと思うなよっ!」
「ふん、俺は勝つつもりだが?」
  床に落ちている短剣をオルディンは拾い、両手で強く握った。オルディンはこの世の全てを呪い、恨み、憎しみに満ちた顔をしていた。
 そして、それをゆっくりと上に持ち上げ、くるりと向きを変えた。剣の切っ先は真っ直ぐにオルディン自身の首元に向かっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】王太子妃の初恋

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
カテリーナは王太子妃。しかし、政略のための結婚でアレクサンドル王太子からは嫌われている。 王太子が側妃を娶ったため、カテリーナはお役御免とばかりに王宮の外れにある森の中の宮殿に追いやられてしまう。 しかし、カテリーナはちょうど良かったと思っていた。婚約者時代からの激務で目が悪くなっていて、これ以上は公務も社交も難しいと考えていたからだ。 そんなカテリーナが湖畔で一人の男に出会い、恋をするまでとその後。 ★ざまぁはありません。 全話予約投稿済。 携帯投稿のため誤字脱字多くて申し訳ありません。 報告ありがとうございます。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

【完結】長男は悪役で次男はヒーローで、私はへっぽこ姫だけど死亡フラグは折って頑張ります!

くま
ファンタジー
2022年4月書籍化いたしました! イラストレータはれんたさん。とても可愛いらしく仕上げて貰えて感謝感激です(*≧∀≦*) ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 池に溺れてしまったこの国のお姫様、エメラルド。 あれ?ここって前世で読んだ小説の世界!? 長男の王子は悪役!?次男の王子はヒーロー!? 二人共あの小説のキャラクターじゃん! そして私は……誰だ!!?え?すぐ死ぬキャラ!?何それ!兄様達はチート過ぎるくらい魔力が強いのに、私はなんてこった!! へっぽこじゃん!?! しかも家族仲、兄弟仲が……悪いよ!? 悪役だろうが、ヒーローだろうがみんな仲良くが一番!そして私はへっぽこでも生き抜いてみせる!! とあるへっぽこ姫が家族と仲良くなる作戦を頑張りつつ、みんなに溺愛されまくるお話です。 ※基本家族愛中心です。主人公も幼い年齢からスタートなので、恋愛編はまだ先かなと。 それでもよろしければエメラルド達の成長を温かく見守ってください! ※途中なんか残酷シーンあるあるかもなので、、、苦手でしたらごめんなさい ※不定期更新なります! 現在キャラクター達のイメージ図を描いてます。随時更新するようにします。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

憑依転生した先はクソ生意気な安倍晴明の子孫

桜桃-サクランボ-
ファンタジー
 特に何も取り柄がない学生、牧野優夏。友人である相良靖弥《あらいせいや》と下校途中、軽トラックと衝突し死亡。次に目を覚ました時、狩衣姿の、傷で全く動くことが出来ない少年の体に入っていた。その少年の名前は"安倍闇命"。  目を覚ました直後、優夏は陰陽寮の陰陽頭に修行という名前の、化け物封印を命じられる。何もわからないまま連れていかれ、水の化け物”水人”と戦わされた。  逃げ回り、何とかできないか考えるも、知識も何もないため抗う事が出来ず水人に捕まる。死が頭を掠めた時、下の方から少年の声が聞こえ、生意気な口調で命令された。イラつきながらも言われた通りにした結果、無事に危機は脱する。 『どう? 僕の体、使いやすいでしょ?』    闇命は毒舌でくそ生意気な少年。普段は体を貸している優夏の肩に鼠姿で寛いでいる。そのため、言動や行動に気を付けなければ噛まれてしまい、優夏はいつも苦笑いを浮かべながら行動していた。  そんな闇命には”短命”の呪いがかけられている。闇命の従者達も本人が諦めている為何も言えず、生きている限り添い遂げる事を決意していた。  生きている時は都合よく扱い、いう事を聞かなければ罰を与える。短命について何もしようとしない周りに、優夏はこの世界に絶望。それと同時に、闇命の本心などに触れ、周りの言動や行動に怒りが芽生え、この世界に革命を起こす事を決意。  そんな中、裏で大きな事態が引き起こされていた。安倍晴明の子孫である闇命の命を狙い、叩き潰そうと企んでる人物、蘆屋道満。従者として一人の青年がいいように利用され、意思とは関係なく刀を振るっていた。その人物は、優夏にとってかけがえのない人物。    世界への革命、自身を狙う人物、呪い。様々な困難が優夏に降り注ぐ中、従者や他の陰陽師達に声をかけ力を借り、一つずつ解決していく、冒険アリの和風異世界ファンタジー!  出会いの章でこの物語は大きく動き出す。大事な人が自身を殺そうとしてきたら、どのような気持ちになりますか? 表紙絵・挿絵をお願いしました!! 作:あニキさん 挿絵 ☆がついている話 ※カクヨム・小説家になろうにも投稿中

野草から始まる異世界スローライフ

深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。 私ーーエルバはスクスク育ち。 ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。 (このスキル使える)   エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。 エブリスタ様にて掲載中です。 表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。 プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。 物語は変わっておりません。 一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。 よろしくお願いします。

生まれる世界を間違えた俺は女神様に異世界召喚されました【リメイク版】

雪乃カナ
ファンタジー
世界が退屈でしかなかった1人の少年〝稗月倖真〟──彼は生まれつきチート級の身体能力と力を持っていた。だが同時に生まれた現代世界ではその力を持て余す退屈な日々を送っていた。  そんなある日いつものように孤児院の自室で起床し「退屈だな」と、呟いたその瞬間、突如現れた〝光の渦〟に吸い込まれてしまう!  気づくと辺りは白く光る見た事の無い部屋に!?  するとそこに女神アルテナが現れて「取り敢えず異世界で魔王を倒してきてもらえませんか♪」と頼まれる。  だが、異世界に着くと前途多難なことばかり、思わず「おい、アルテナ、聞いてないぞ!」と、叫びたくなるような事態も発覚したり──  でも、何はともあれ、女神様に異世界召喚されることになり、生まれた世界では持て余したチート級の力を使い、異世界へと魔王を倒しに行く主人公の、異世界ファンタジー物語!!

処理中です...