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バレンタイン if Orangette
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夏輝はその日、目が覚めた瞬間からソワソワしていた。
二月十四日、バレンタインデー、今までこれっぽっちも興味のなかったイベントだが、今年は違った。
発端は二月上旬、クラスの男子も女子も話の話題として「チョコレート」や「バレンタイン」というワードが飛び交い、どこか色めき立っている様に感じた事からだった。
「なあ翠、バレンタインってそんなにいいもんなのか? 女子がチョコ配るだけだろ」
つまらなさそうに虚ろな目をさせて言う夏輝に翠は呆気にとられていた。
「え? それはそうですけれど、何故そんな他人事みたいな風に言うのです?」
「あ? バレンタインに興味無いし。チョコも別に好きって程でも・・・・・・」
「好きな人から貰えるかもしれないのに?」
その言葉に理解出来ないと言わんばかりの怪訝な表情で夏輝は翠を見た。
「何でだ? そこで何故好きな奴が出てくるんだ?」
「え?」
「は?」
お互いに訳が分からないという声を上げた。
「えっと、ちょっと待って下さい。いくらなんでもバレンタインが何の日か分かってますよね?」
「バカにすんなよ、その位知ってる。女子がチョコをバカみたいに配りまくる日」
今現在、夏輝の脳内では女性陣が天に浮かぶ雲の上から下界に向かって雨でも降らすかの如くチョコを投げまくり、そしてそのチョコに群がる男性陣、そんな絵面を妄想していた。
「うーん、違うとは言えませんが合ってるとも言えません。そして何ですか、その変な想像は」
「じゃあ何なんだよ」
段々とイライラしてきた翠は早口で語り始めた。
「いいですか、バレンタインデーの由来はローマ帝国の時代にまで遡ります。当時の皇帝は兵士が結婚をすると士気が下がるという理由から結婚を禁止してしまい、聖人ヴァレンティヌスがそれを密かに~中略~そして人々からヴァレンティヌスの命日を祈る日になり~中略~それからバレンタインデーには女性から男性に告白をしても良い日と言われ~中略~そして、世界ではバレンタインデーに花や手紙等、贈るものは様々ですが、日本ではチョコレートを贈るのが定番ですね。お菓子業界の戦略とも言われていますね。という事で、バレンタインデーでは好きな人に贈る本命チョコやお世話になっている人に贈る義理チョコや、友達にあげる友チョコ、そして男性から女性に贈る逆チョコなんかもあるようです」
翠は息継ぎなしで高速で語った。
「ほー、なるほどな、お前良く知ってるな本命チョコとかあったのかよ」
「ふう・・・・・・、前半はともかく、本命チョコや義理チョコ位は小学生ですら常識だというのに、あなたという人は」
翠は呆れた顔をしたが、夏輝はそんな事も気にとめず、呑気に笑みを浮かべていた。
「ん、待てよ? そもそも俺はあいつからチョコを貰えるのか?」
ふと、今までバレンタインチョコに興味が無かった夏輝だが、バレンタインデーの事を学んだ夏輝は急に不安を覚えた。
「夏輝は毎年色んな女性からチョコレートを貰ってる筈ですけど、睨まれて受け取って貰えないという噂が出回ってますからねぇ。チョコが嫌いだという話も出ています」
「な、何だと!?」
もし、ほのかがそんなデマを真に受けたなら、義理チョコでさえ貰えない可能性があると夏輝は考えた。
「こうしちゃいられねぇ!」
夏輝はその日、いつもの屋上でほのかに会うとバレンタインに対する対策をした。
「あー、なんか甘いもん食べたいな・・・・・・チョコとか」
【チョコ? グミなら】
ほのかはコーラ味のグミを一つ手に取ると夏輝の口元へと運んだ。
「ぐっ! な、何だよ」
グミを食べさせようとするほのかに狼狽えていると、ほのかはグミは嫌いだっただろうかとその手を引っ込めようとした。
「いや、食うから!」
夏輝はそろりそろりと戻ろうとする手を鷲掴みにするとグミに食らいついた。
「うん、まあまあだな。いいか! 俺は甘いもんもチョコも嫌いじゃないんだからな! 覚えとけよ!」
そう言い残して夏輝は屋上から去った。
【?】
謎の捨て台詞を吐かれ、ほのかは今度はおやつにチョコも持ってこようと考えた。
そして、バレンタイン当日、夏輝は普段よりも早めに学校に辿り着いた。
靴箱や教室の机の上や机の中には既に数個のチョコが入っていた。
「なあ、何でこそこそとチョコを置いていくんだ?」
名前すらないチョコを見て夏輝は翠にそんな質問をした。
「そんなの簡単ですよ。夏輝に好意はあるけれど、面と向かって渡すのは恥ずかしいまたは怖いと思ってるからですよ」
「はあ? 好意があるのに怖い? 訳が分からん。で? この中からあいつのチョコがあると思うか?」
「うーん、あいつというのが誰かはさておき、彼女なら普通に手渡ししてくれるのではないでしょうか? まあ、くれるかどうかからですけど」
「はあ・・・・・・だよな」
それから、夏輝は授業の間の短い休み時間ではほのかが通りかからないかと廊下を見詰め、昼休みは寒い屋上で一人待機した。
だが、増えるのは名も知らぬ女生徒からのチョコばかりだった。
「何で教室に戻ってくるとチョコが机に置いてあるんだよ! 堂々と渡せよ!」
もしも、そのチョコの山の中にほのかのチョコがあったなら、夏輝は嬉しい気持ちよりも何故だか残念な気持ちが勝る気がしていた。
「クソッ、もうすぐ一日が終わるってのによ、あいつ、俺にはチョコ持ってこないつもりか?」
夏輝は机に突っ伏しながら溜め息を吐いた。
こんな気持ちになるのは初めてだった。
待ち遠しくて、待つ間が落ち着かなくて、きっとくれるという希望とは裏腹に、このまま貰えないかもしれないという不安もあった。
「だあーーー! もうやめだやめ!」
夏輝はこれ以上待っているのが苦になり教室を出ていった。
残り短い休憩時間、それでもこのモヤモヤとした気分を変えたいと思ったのだった。
そして、夏輝が購買に出掛けたのと入れ違いに、ほのかが夏輝の教室を訪れた。
【先輩、こんにちは】
「ああ、月島さん、こんにちは。もしかして夏輝に用でしたか?」
ほのかはこくりと頷いた。
「残念、丁度出ていってしまったところなんです。もしかして、バレンタインチョコですか? だったら代わりに渡しておきましょうか?」
翠は悪戯心からそんな事を言ってみたが、ほのかは首を縦に振らなかった。
【直接渡したいから大丈夫です】
予想通りの答えに翠は柔らかな笑みを浮かべた。
「そう言うと思っていました」
ほのかが教室を出ていってから程なくして夏輝が戻ってきたが、翠はほのかが来ていた事を内緒にしておく事にした。
もしも、この事を夏輝が知ったらそれはそれはとても悔しがるだろうなと想像して翠はクスリと笑った。
放課後、夏輝は暫くの間教室で待っていたが、短気な為三十分と待つ事すら出来なかった。
「クソッ! 待つのは性にあわねぇ!」
「なら自分から会いに行けばいいのに」
「もし会いに行って何も貰えなかったら立ち直れないだろうが! 俺は帰る!」
「ええ!?」
翠は止めようとしたが、夏輝はカバンを背負うと勢い良く扉を開けて帰ってしまった。
夏輝は大股で廊下を闊歩し、昇降口が近付くにつれて足取りが重くなった。
「はあ・・・・・・」
今までチョコなんて気にしていなかった。
だが、チョコを貰えないだけでこんなにも惨めで寂しさを感じるなんて夏輝は思ってもみなかった。
歯を食いしばり、拳に力を入れると踏ん切りがつき、夏輝は校舎を出た。
そのまま校門まで歩いていくと、そこには見慣れた後ろ姿が目に入り、心臓が大きく脈打った。
夏輝はその金髪のロングヘアーに、トレードマークのスケッチブックを肩から掛けた少女の手を引き振り向かせた。
「ほのか」
予想通りの人物に会えて夏輝は思わず微笑んだ。
【良かった。まだ学校に居た】
「俺を待ってたのか?」
【チョコレート、渡したくて】
その言葉に夏輝は今すぐにほのかを抱き締めたい衝動に駆られた。
本能をぐっと堪え、夏輝はほのかの手を取り歩き出した。
「ちょっと来い!」
ほのかが夏輝に手を引かれる様は他の人から見れば、ガラの悪い不良がか弱い女生徒を無理矢理連れて行こうとしているみたいだったが、当人達は全く人目等気にしていなかった。
辿り着いた先は海だった。
二月の海は晴れていても肌寒く、潮の香りのする風が髪や制服のスカートを揺らした。
二人は海へと続く階段に腰掛けた。
「ったく、おせーよ。ほれ、さっさと寄越せよ」
夏輝はほのかに手を差し出した。
ぶっきらぼうにそう言いながらも夏輝はワクワクとした顔をしていた。
【教室に寄ってみたけど居なくて】
ほのかはスケッチブックにそう書くとカバンの中を漁った。
「何!? 来てたのかよ! あいつ・・・・・・わざと黙ってたな。人に預けるとか、机に置いてくとかしないのか?」
他の女子みたいに、直接会わなくても渡す事は可能だった筈だ。
【やっぱり、直接渡したかったから】
そう書いてほのかはニコリと笑った。
夏輝はほのかがチョコを渡そうとする手を掴むとそのまま自分の胸へと引き寄せた。
ほのかの手からラッピングされたチョコの袋が階段に落ちた。
「お前だけだ・・・・・・そんな事を言うのは」
怖がることもなく、面と向かって手渡してくれる。
それだけで真心が感じられ、愛おしいと思った。
「わ、悪い、チョコ落としちまったな」
【大丈夫、頑丈だから】
ほのかは真っ赤になりながらもチョコを拾い、今度こそと夏輝に手渡した。
夏輝は受け取ると早速袋を開けた。
チョコの甘い香りと爽やかな柑橘系の香り、そして鮮やかな橙色と茶色のコントラストが目に入った。
「ん? これはオレンジか?」
【オランジェットです】
「へー、そんな菓子があるんだな」
夏輝は丸く輪切りにされたオランジェットを一つ手に取ると口に放り込んだ。
甘すぎないダークチョコに良く合うオレンジの味、そして甘さを引き立てるピールの苦味とほんのりと口の中に広がるリキュールの香り、一つ食べると直ぐにもう一つと食べたくなる美味しさだった。
「美味いなこれ!」
【良かった。ガンバって作った甲斐があった】
「これ手作りなのかよ!」
その問いにほのかはドヤ顔で頷いた。
「結構大変だったんじゃないか? これ。はっ、そうだ、このチョコはお前にとって、一番なのか?」
夏輝は頬を赤らめて聞いた。
本当は本命チョコなのかを聞きたかったが、柄にもなく遠回しに聞いた。
一番なのかと聞かれてほのかは作る工程を考えた。
オレンジを良く洗うところから始まり、砂糖漬けにしたり、乾燥させたりの手間を考えると一番作るのは大変だった。
それでも、夏輝のイメージにピッタリなチョコを作ってあげたかった。
【勿論一番の力作!】
「ふっ、そうかよ」
思ってた答えとは違ったが、夏輝は一番手間暇かけてくれた事を嬉しく思った。
夏輝はほのかの頭を撫でくりまわすと満面の笑みを浮かべた。
「待ってろよ、いつか本当に一番だって言わせてやるからな」
ほのかは他にどんな一番があるのだろうかと考えたが、夏輝が喜んでくれた事が嬉しくて、夏輝に負けない位明るく笑って頷いた。
二月十四日、バレンタインデー、今までこれっぽっちも興味のなかったイベントだが、今年は違った。
発端は二月上旬、クラスの男子も女子も話の話題として「チョコレート」や「バレンタイン」というワードが飛び交い、どこか色めき立っている様に感じた事からだった。
「なあ翠、バレンタインってそんなにいいもんなのか? 女子がチョコ配るだけだろ」
つまらなさそうに虚ろな目をさせて言う夏輝に翠は呆気にとられていた。
「え? それはそうですけれど、何故そんな他人事みたいな風に言うのです?」
「あ? バレンタインに興味無いし。チョコも別に好きって程でも・・・・・・」
「好きな人から貰えるかもしれないのに?」
その言葉に理解出来ないと言わんばかりの怪訝な表情で夏輝は翠を見た。
「何でだ? そこで何故好きな奴が出てくるんだ?」
「え?」
「は?」
お互いに訳が分からないという声を上げた。
「えっと、ちょっと待って下さい。いくらなんでもバレンタインが何の日か分かってますよね?」
「バカにすんなよ、その位知ってる。女子がチョコをバカみたいに配りまくる日」
今現在、夏輝の脳内では女性陣が天に浮かぶ雲の上から下界に向かって雨でも降らすかの如くチョコを投げまくり、そしてそのチョコに群がる男性陣、そんな絵面を妄想していた。
「うーん、違うとは言えませんが合ってるとも言えません。そして何ですか、その変な想像は」
「じゃあ何なんだよ」
段々とイライラしてきた翠は早口で語り始めた。
「いいですか、バレンタインデーの由来はローマ帝国の時代にまで遡ります。当時の皇帝は兵士が結婚をすると士気が下がるという理由から結婚を禁止してしまい、聖人ヴァレンティヌスがそれを密かに~中略~そして人々からヴァレンティヌスの命日を祈る日になり~中略~それからバレンタインデーには女性から男性に告白をしても良い日と言われ~中略~そして、世界ではバレンタインデーに花や手紙等、贈るものは様々ですが、日本ではチョコレートを贈るのが定番ですね。お菓子業界の戦略とも言われていますね。という事で、バレンタインデーでは好きな人に贈る本命チョコやお世話になっている人に贈る義理チョコや、友達にあげる友チョコ、そして男性から女性に贈る逆チョコなんかもあるようです」
翠は息継ぎなしで高速で語った。
「ほー、なるほどな、お前良く知ってるな本命チョコとかあったのかよ」
「ふう・・・・・・、前半はともかく、本命チョコや義理チョコ位は小学生ですら常識だというのに、あなたという人は」
翠は呆れた顔をしたが、夏輝はそんな事も気にとめず、呑気に笑みを浮かべていた。
「ん、待てよ? そもそも俺はあいつからチョコを貰えるのか?」
ふと、今までバレンタインチョコに興味が無かった夏輝だが、バレンタインデーの事を学んだ夏輝は急に不安を覚えた。
「夏輝は毎年色んな女性からチョコレートを貰ってる筈ですけど、睨まれて受け取って貰えないという噂が出回ってますからねぇ。チョコが嫌いだという話も出ています」
「な、何だと!?」
もし、ほのかがそんなデマを真に受けたなら、義理チョコでさえ貰えない可能性があると夏輝は考えた。
「こうしちゃいられねぇ!」
夏輝はその日、いつもの屋上でほのかに会うとバレンタインに対する対策をした。
「あー、なんか甘いもん食べたいな・・・・・・チョコとか」
【チョコ? グミなら】
ほのかはコーラ味のグミを一つ手に取ると夏輝の口元へと運んだ。
「ぐっ! な、何だよ」
グミを食べさせようとするほのかに狼狽えていると、ほのかはグミは嫌いだっただろうかとその手を引っ込めようとした。
「いや、食うから!」
夏輝はそろりそろりと戻ろうとする手を鷲掴みにするとグミに食らいついた。
「うん、まあまあだな。いいか! 俺は甘いもんもチョコも嫌いじゃないんだからな! 覚えとけよ!」
そう言い残して夏輝は屋上から去った。
【?】
謎の捨て台詞を吐かれ、ほのかは今度はおやつにチョコも持ってこようと考えた。
そして、バレンタイン当日、夏輝は普段よりも早めに学校に辿り着いた。
靴箱や教室の机の上や机の中には既に数個のチョコが入っていた。
「なあ、何でこそこそとチョコを置いていくんだ?」
名前すらないチョコを見て夏輝は翠にそんな質問をした。
「そんなの簡単ですよ。夏輝に好意はあるけれど、面と向かって渡すのは恥ずかしいまたは怖いと思ってるからですよ」
「はあ? 好意があるのに怖い? 訳が分からん。で? この中からあいつのチョコがあると思うか?」
「うーん、あいつというのが誰かはさておき、彼女なら普通に手渡ししてくれるのではないでしょうか? まあ、くれるかどうかからですけど」
「はあ・・・・・・だよな」
それから、夏輝は授業の間の短い休み時間ではほのかが通りかからないかと廊下を見詰め、昼休みは寒い屋上で一人待機した。
だが、増えるのは名も知らぬ女生徒からのチョコばかりだった。
「何で教室に戻ってくるとチョコが机に置いてあるんだよ! 堂々と渡せよ!」
もしも、そのチョコの山の中にほのかのチョコがあったなら、夏輝は嬉しい気持ちよりも何故だか残念な気持ちが勝る気がしていた。
「クソッ、もうすぐ一日が終わるってのによ、あいつ、俺にはチョコ持ってこないつもりか?」
夏輝は机に突っ伏しながら溜め息を吐いた。
こんな気持ちになるのは初めてだった。
待ち遠しくて、待つ間が落ち着かなくて、きっとくれるという希望とは裏腹に、このまま貰えないかもしれないという不安もあった。
「だあーーー! もうやめだやめ!」
夏輝はこれ以上待っているのが苦になり教室を出ていった。
残り短い休憩時間、それでもこのモヤモヤとした気分を変えたいと思ったのだった。
そして、夏輝が購買に出掛けたのと入れ違いに、ほのかが夏輝の教室を訪れた。
【先輩、こんにちは】
「ああ、月島さん、こんにちは。もしかして夏輝に用でしたか?」
ほのかはこくりと頷いた。
「残念、丁度出ていってしまったところなんです。もしかして、バレンタインチョコですか? だったら代わりに渡しておきましょうか?」
翠は悪戯心からそんな事を言ってみたが、ほのかは首を縦に振らなかった。
【直接渡したいから大丈夫です】
予想通りの答えに翠は柔らかな笑みを浮かべた。
「そう言うと思っていました」
ほのかが教室を出ていってから程なくして夏輝が戻ってきたが、翠はほのかが来ていた事を内緒にしておく事にした。
もしも、この事を夏輝が知ったらそれはそれはとても悔しがるだろうなと想像して翠はクスリと笑った。
放課後、夏輝は暫くの間教室で待っていたが、短気な為三十分と待つ事すら出来なかった。
「クソッ! 待つのは性にあわねぇ!」
「なら自分から会いに行けばいいのに」
「もし会いに行って何も貰えなかったら立ち直れないだろうが! 俺は帰る!」
「ええ!?」
翠は止めようとしたが、夏輝はカバンを背負うと勢い良く扉を開けて帰ってしまった。
夏輝は大股で廊下を闊歩し、昇降口が近付くにつれて足取りが重くなった。
「はあ・・・・・・」
今までチョコなんて気にしていなかった。
だが、チョコを貰えないだけでこんなにも惨めで寂しさを感じるなんて夏輝は思ってもみなかった。
歯を食いしばり、拳に力を入れると踏ん切りがつき、夏輝は校舎を出た。
そのまま校門まで歩いていくと、そこには見慣れた後ろ姿が目に入り、心臓が大きく脈打った。
夏輝はその金髪のロングヘアーに、トレードマークのスケッチブックを肩から掛けた少女の手を引き振り向かせた。
「ほのか」
予想通りの人物に会えて夏輝は思わず微笑んだ。
【良かった。まだ学校に居た】
「俺を待ってたのか?」
【チョコレート、渡したくて】
その言葉に夏輝は今すぐにほのかを抱き締めたい衝動に駆られた。
本能をぐっと堪え、夏輝はほのかの手を取り歩き出した。
「ちょっと来い!」
ほのかが夏輝に手を引かれる様は他の人から見れば、ガラの悪い不良がか弱い女生徒を無理矢理連れて行こうとしているみたいだったが、当人達は全く人目等気にしていなかった。
辿り着いた先は海だった。
二月の海は晴れていても肌寒く、潮の香りのする風が髪や制服のスカートを揺らした。
二人は海へと続く階段に腰掛けた。
「ったく、おせーよ。ほれ、さっさと寄越せよ」
夏輝はほのかに手を差し出した。
ぶっきらぼうにそう言いながらも夏輝はワクワクとした顔をしていた。
【教室に寄ってみたけど居なくて】
ほのかはスケッチブックにそう書くとカバンの中を漁った。
「何!? 来てたのかよ! あいつ・・・・・・わざと黙ってたな。人に預けるとか、机に置いてくとかしないのか?」
他の女子みたいに、直接会わなくても渡す事は可能だった筈だ。
【やっぱり、直接渡したかったから】
そう書いてほのかはニコリと笑った。
夏輝はほのかがチョコを渡そうとする手を掴むとそのまま自分の胸へと引き寄せた。
ほのかの手からラッピングされたチョコの袋が階段に落ちた。
「お前だけだ・・・・・・そんな事を言うのは」
怖がることもなく、面と向かって手渡してくれる。
それだけで真心が感じられ、愛おしいと思った。
「わ、悪い、チョコ落としちまったな」
【大丈夫、頑丈だから】
ほのかは真っ赤になりながらもチョコを拾い、今度こそと夏輝に手渡した。
夏輝は受け取ると早速袋を開けた。
チョコの甘い香りと爽やかな柑橘系の香り、そして鮮やかな橙色と茶色のコントラストが目に入った。
「ん? これはオレンジか?」
【オランジェットです】
「へー、そんな菓子があるんだな」
夏輝は丸く輪切りにされたオランジェットを一つ手に取ると口に放り込んだ。
甘すぎないダークチョコに良く合うオレンジの味、そして甘さを引き立てるピールの苦味とほんのりと口の中に広がるリキュールの香り、一つ食べると直ぐにもう一つと食べたくなる美味しさだった。
「美味いなこれ!」
【良かった。ガンバって作った甲斐があった】
「これ手作りなのかよ!」
その問いにほのかはドヤ顔で頷いた。
「結構大変だったんじゃないか? これ。はっ、そうだ、このチョコはお前にとって、一番なのか?」
夏輝は頬を赤らめて聞いた。
本当は本命チョコなのかを聞きたかったが、柄にもなく遠回しに聞いた。
一番なのかと聞かれてほのかは作る工程を考えた。
オレンジを良く洗うところから始まり、砂糖漬けにしたり、乾燥させたりの手間を考えると一番作るのは大変だった。
それでも、夏輝のイメージにピッタリなチョコを作ってあげたかった。
【勿論一番の力作!】
「ふっ、そうかよ」
思ってた答えとは違ったが、夏輝は一番手間暇かけてくれた事を嬉しく思った。
夏輝はほのかの頭を撫でくりまわすと満面の笑みを浮かべた。
「待ってろよ、いつか本当に一番だって言わせてやるからな」
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