きみこえ

帝亜有花

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素色の本音

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  週明け、ほのかは教室の席に放心した様子で座っていた。
  思い出すのはあの日の夜の事だ。
  帰ろうとして、縋る様な目をした冬真に根負けしたほのかは冬真が眠りにつくまで傍にいる事にした。
  熱のせいなのか、いつもはあんな風に甘えてきたりはしない冬真があんな事を言うなんてとても貴重であり、可愛らしくも思い、ほのかは胸がざわめく様な落ち着かない気持ちになった。
  これが世にいうギャップ萌えなのだろうかと考えながらほのかは冬真のまだ居ない席を見た。
  そして壊れたビデオみたいにあの日の出来事を頭の中で再生し、同じ所でほのかは悶えた。
  それをかれこれ十数回は繰り返した時、冬真が静かに席に着いた。
  ずっと隣の席を見ていたほのかは冬真と目が合い、お互い顔を赤らめた。
  ほのかは少し気まずく思いながらも挨拶をしようとしたが、冬真はバツの悪そうな顔をしてそっぽを向いてしまった。
  それでも体調は大丈夫なのか気になったほのかはスケッチブックを手にした。
  だが、書く事を考え、手を止めている内に冬真はあっという間にクラスメイトに囲まれた。

「氷室君、風邪はもう大丈夫なの?」

「大丈夫だ」

「休んでた間のノート要る?」

「・・・・・・気持ちだけ受け取っておく」

  完全に話し掛けるタイミングを逃してしまい肩を落としていると、ほのかの携帯にメールが届いた。
  差出人を見ると、それは冬真からだった。

【この前は看病ありがとう】

  メールには短くそう書かれていた。
  短いが、いつもの冬真らしい文章だとほのかは思った。
  こうして皆に囲まれながらもメールをしてくれたのが嬉しく思えた。

【体調は?  熱はもう大丈夫?】

【お陰様でな。遅くまで引き留めて悪かった】

【良くなったみたいで良かった】

  ほのかは元気な声が聞けない自分の耳を恨めしく思った。
  もしかしたら、まだ鼻声だったりするかもしれないし、喉を痛めているかもしれない。
  だが、今のほのかにはそんな変化も知る事は出来なかった。

【とんだ醜態を晒した】

  醜態、あの普段では見られないレアな甘えん坊モードの事を言っているのだろうかとほのかは考えた。
  本人はそう思っているようだが、むしろそんな姿が可愛くて仕方がなかったほのかはもっと甘えてくれてもいいくらいだと思っていた。

【私は頼ってくれて嬉しかった】

  そう送るとそこでメールは途切れた。
  気に触る事でも書いただろうかと心配になったほのかだが、背を向ける冬真の耳がほんのり赤くなっているのを見て、照れ隠しなのかもしれないと前向きに考える事にした。





  屋上には人気がなく、空はあの日と違って晴れていた。
  青く澄んだ空には白になりきれない、だけれど、限りなく白に近い雲が広がっていた。
  晴れているとはいえ、まだ春とは呼べない冷たい空気が身を引き締めた。

「俺を呼び出すなんてな。何か用?」

  陽太は不機嫌そうな顔で両手をズボンのポケットに突っ込んで立っていた。

「・・・・・・ようやくお前の気持ちが分かった」

  長い沈黙の末に、冬真はポツリと零した。




  冬真は朝、教室でほのかを目にした時の事を思い出していた。
  平常心でいれば、いつも通りに出来る筈だ。
  冬真は自分自身にそう言い聞かせた。
  だが、いざ席に着いてした事はいつもの挨拶ではなく、目を合わせた瞬間に目を逸らし、体を九十度回転させた事だった。
  その後も赤面しそうになる度に、咳払いをして顔を逸らしたり、マスクで顔を隠してみたりと病み上がりの体を言い訳に使った。





「はあ?」

  だが、陽太には冬真の言葉の意味が分からなかった。

「分からないのならいい。まあ、お前とは違って長引くような事はしない」

  それだけ上手くコントロールする自信があった。
  コントロールしなければならないのを冬真は一番分かっていた。

「長引くって風邪か?  まあ、あんま無理すんなよな。ってか、そんな事を言うだけで俺を呼び出したのか?」

「・・・・・・ふぅ」

  察しの悪い陽太に冬真は為息を吐いた。
  この男にはもっと直球で本気で話さなければ何も伝わらないのだろうと冬真は覚悟を決めた。
  これで二人の関係が変わってしまうとしても、言わなければならなかった。

「認めるよ」

「今度は何?」

「月島さんが好きだって事」

  冬真はずっと言う事を恐れていた。
  言ってしまえば、もう友達ではいられないかもしれないからだ。
  本当は、もっと前から心のどこかで自分の気持ちに気が付いていた。
  だが、何かを失うのが怖くて、その気持ちを氷の様に凍らせ気が付かないフリをした。
  だけれど、少しずつ、少しずつその氷は溶かされてしまった。
  もう、それを再び氷に戻す事は出来ない上に、戻すつもりはなかった。

「・・・・・・」

「陽太?」

  下を向いた陽太の顔からは表情が読み取れなかった。
  罵倒されるだろうか?  絶交と言われるだろうか?  そう言われてもおかしくはない、そんな覚悟を決めて言ったのに、あまりにも無反応な様子に冬真は空中に弾丸を撃ち込んだ気分になった。

「因みにライクじゃない方だが?」

  冬真は首を傾げながら言った。

「・・・・・・~~~~わーーってるよ!!」

  追い討ちをかけてようやく陽太は正面を見た。
  その顔は冬真が想像していたものとは大分違っていた。
  もうすぐ来る春の様な、晴れ晴れとした笑顔だった。

「ったく!  言うのが遅いんだよなー。こっちはお前がそんな事言うよりも遥か前から分かってんだよ」

「は?  遥か前からって何だよ?」

  一体いつからなのかと冬真は気になった。
  悔しそうな顔をする冬真に気を良くした陽太は悪戯っぽく笑って言った。

「チッチッチッ、何年友達やってると思ってんの?  冬真が自分の気持ちに気が付く前から分かってたよ。女嫌いの冬真があれだけ月島さんには優しいし。ま、何となくだったけどな。それなのにさー、俺に気を使ってばっかでさー、だからちょっとイライラした。この間はごめん」

「いや、俺も悪かった。お前は俺がこんな事を言って、焦ったり、困惑したり、もしくは俺の事を嫌ったりしないのか?」

「そりゃ焦るよ。お前に限らずいつか他の誰かにかっさわれるんじゃないかって不安にも思う。だけれど、だからってお前の事嫌いになるとかはない。お前は俺の事嫌いか?」

「いや」

「だろ?  それと一緒。だからこの先、もしもだけど、月島さんが誰かを選ぶ事になったらお互い恨みっこなしだかんな!  変な遠慮とかもすんなよ!」

「ああ・・・・・・」

  胸の奥に重く留まっていたものが風に吹かれて流れて行く、そんな気分だった。

  冬真は再び空を見上げた。
  先程と何ら変わりのない空だったが、太陽の傾きも、校舎を照らす光も、漂う雲の形も、時折吹く風も、気温さえも、一瞬一瞬が全て同じ空ではない。
  少しずつ、常に変化していくこの空をきっと忘れる事はないだろう、そんな風に冬真は思った。
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