きみこえ

帝亜有花

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とろけるお誘い 後編 あなたの腕の中で

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「完全にやっちまったな・・・・・・」

    午後七時、夏輝はバス停の時刻表を見ながらそう呟いた。
    二人は日帰りのスキーを楽しんだ後、帰りは時間帯の問題で旅行バスではなくローカルバスと電車を使う予定だった。
    だが、スキーの疲れもあり、二人してバスの中で眠ってしまい、気が付き慌てて降りると目的のバス停から十数駅離れた場所に辿り着いた。
    急いで反対側の停留所に行き、時刻表を見るも今日の最終バスは既に終わっていた。
    二人は途方に暮れ今に至る。

【歩いて駅に行くとかは?】

    夏輝はスマホで目的地までの距離を調べた。

「徒歩だと五時間だとよ」

    ほのかは歩いて五時間という途方もない事実を突き付けられ項垂れた。
    ここのローカルバスはやたらと本数が少ない代わりに一駅毎の距離がとても長かった。

「歩いて辿り着いたとしても終電はなくなってる計算だな」

    今の状況に追い討ちをかけるように一際冷たい風が吹き、ちらほらと雪が降ってきた。
    ほのか達はそのあまりの寒さに全身が震えた。
    立ち止まっていては尚更体から熱が失われる一方だった。

「あー、さみぃー、取り敢えず寒さを凌げる場所を探すか」

    ほのかは夏輝に従い歩きながら休めそうな場所を探した。




    ネットで地図を調べながら歩き、数キロ行った所で旅館の看板を見つける事が出来た。

「今日はもう遅い、ここで休むぞ」

    看板から更に山奥へと歩いていくと、見た目は古く、台風でも来れば倒壊しそうな雰囲気の旅館がぽつんと立っていた。
    しかし、今にも寒さで凍えそうなほのかはとにかく暖を取れればどこでも良く感じた。
    それほどまでに切羽詰まっていた。
    夏輝が旅館の扉を開くと奥から女将さんが出てきた。

「いらっしゃいませ、花月荘へようこそ」

「すんません、二名なんですが部屋って空いてますか?」

「はい、何泊宿泊されますでしょうか?」

    ここに来て、宿泊の言葉に二人は硬直した。
    ただ単に、朝まで寒さをしのげればというつもりだったが、それは一般的に泊まる事を意味するのを寒さで凍りついた脳がやっと理解した。
    しかも他の場所を探すにも二人とも既に携帯の充電はすっからかんになっていた。

「じゃ、じゃあ一泊で・・・・・・」

    ロビーを貸して欲しいとも言えずに夏輝は頬を赤らめながらそう言った。

「そうですねえ、お客様には申し訳ないのですが、狭い旅館でしてねえ、訳ありで宜しければ一部屋だけ空いておりますよ」

「一部屋?」

    夏輝は一部屋しかない事に戸惑った。
   そのお陰で『訳あり』の言葉を気にする暇はなかった。

「んじゃ一部屋で」

    あくまで休むだけ、距離を取れば大丈夫。
    そう夏輝は自身に言い聞かせた。





    ほのかは旅館の露天風呂でまったりと湯に浸かっていた。
    夕飯も海鮮や山菜づくしでほのかは思い出す度に幸せな気分になった。
    温泉も人が少なくゆっくりと入れるし、氷のように冷えきった体やスキーで疲れた筋肉もじっくりとほぐれるように感じた。
    ほのかは温泉をたっぷりと堪能した後、浴衣を着て髪をお団子に纏めた。
    脱衣場を出ると夏輝が廊下で待っていてくれていた。

「おう、出たか・・・・・・、!」

    夏輝は湯上りの浴衣姿のほのかに目眩を覚えた。
    薔薇色の頬に髪から雫がしたたるうなじ、湯気を立ち上らせる白い肌、その全てに普段よりも色気を感じていた。

「ほ、ほらよ、これ、飲むだろ?」

    夏輝ぐっと堪えながらも自販機で買った『オ・レのいちご・オ・レ 俺のスペシャル!!』をほのかに差し出した。
    まさかこんな所でいちご牛乳が売っているとは思っていなかったほのかは目を輝かせて喜んだ。

【ありがとうございます!】





    湯上りのいちご牛乳とカフェ・オ・レを飲み終えると二人は部屋に向かった。
    夏輝が部屋の襖を開けると勢い良く襖を閉めた。
    その様子を不思議に思ったほのかは小首を傾げた。

【どうかしたの?】

「おおお、おお、いや、なんでもない」

    夏輝がそう言うのでほのかは襖を開けた。
    しかし、ほのかはすぐに夏輝と同じ様に襖を閉め顔を赤らめた。
    八畳間の狭い部屋に、二人分の布団がピッタリと隙間なく隣り合わせで並べられていた。

「あー、気にすんな。俺は端っこで寝るからよ」

    そう言って夏輝はテキパキと布団を部屋の端っこにずらした。
    そして、夏輝は苦し紛れにエアコンのリモコンを連打した。
    だが、ここで夏輝はある事に気が付いた。

「おい、ほのか・・・・・・確かここ『訳あり』って言っていたよな」

【?】

    部屋に着いた時、『訳あり』の意味が分からず二人で掛け軸の裏や押し入れの中等、魔除の御札がないかとあらゆる場所を探した。
    しかし、それらしき物は何もなく、部屋も狭い以外は至って普通で幽霊等も出る気配はなかった。
    だからほのかも夏輝もすっかり油断していた。

「今分かったぜ・・・・・・、訳ありの意味が・・・・・・」

    ほのかは夏輝の言葉に固唾を呑んだ。

「この部屋、エアコンが壊れてやがる!」

    暫くは意外な事実に呆けていたほのかだったが、次第に事の重大さが分かってきた。

【!!!】

    部屋に着いた時は外と比べれば暖かいくらいだと感じていたし、夕飯も食事処で食べた為気が付かなかった。
    だが、今はお風呂から出てどんどんと体から熱が奪われていっていた。
    雪がよく降る地方の冬、エアコンも使わずにどこまで耐えられるのかほのかには想像も出来なかった。

「ヤバいぞ、湯冷めする前に早く寝るぞ!」

    ほのかは夏輝の言葉に頷き消灯した。




    あれから、ほのかは寒さからちっとも眠れずにいた。
    布団と毛布を使っても、体は小刻みに震えていた。

「クシュッ・・・・・・」

    ほのかが思わずクシャミをすると部屋に淡い光の常夜灯が点いた。
    その光に目が慣れてくると部屋の奥で寝ていたはずの夏輝が目の前で座っていてほのかは驚いた。

「寒いよな・・・・・・」

    夏輝はそっもほのかの頭を撫でた。

「全身震えてるな。風邪ひくかもしれねぇな」

    頭を撫でていた手が頬へと移動し、その温かい手の熱にほのかは気持ち良さそうに夏輝の手に自分の手を重ね、求める様に縋った。

「ぐっ・・・・・・ほんと無防備だよな。こういう隙は他の奴には見せるなよな。いいか? これは緊急事態だからであって・・・・・・、何もしないから・・・・・・俺を信じろ」

    一体何をするつもりなのかと思ったのも束の間、夏輝はほのかを強く抱き締めて添い寝をした。
    あまりの予想外の事にほのかはビクリと体を震わせた。
    そっと顔を上げると照れ顔の夏輝と目が合った。

「頼むからあんまこっち見んな。あと出来るだけ動くな」

    ほのかはその言葉に小さく頷いた。
    夏輝は己の理性を保つので精一杯だった。
    今までにない程の密着具合に少しでも何かあれば手を出さずにいられる自信が夏輝にはなかった。
    互いの荒い吐息と、早い心臓の鼓動と、熱い体温・・・・・・。
    ほのかは背中に回された夏輝の手が動くとゾクリと身震いしたが、その手を嫌だとは思わなかった。
    ほっとする温度に包まれて、体中に温かな血液が巡るとほのかはやっと眠りに落ちる事が出来た。




    翌朝、ほのかが目を覚ますと、隣に夏輝の姿は既になかった。

「おー、起きたか? 良く眠れたか?」

    ほのかは顔を赤く染めながら頷いた。
    見れば夏輝は既に着替え終わっていた。

「朝飯食ったら早めに帰るぞ。今日が日曜で良かったな」

    夏輝のあまりにも平然とした表情にほのかは昨日の出来事は夢だったのだろうかと思った。
    そう考えると勝手に意識してしまう自分が急に恥ずかしく思えた。
    ほのかは夢か現かと昨日の事を思い出しながら夏輝の顔をじっと見詰めた。

「な、何だよ?」

    そしてほのかは夏輝の目の下にハッキリとクマがあるのに気が付いた。

【昨日眠れなかったの?】

    そう尋ねると夏輝は溜め息をしてこう言った。

「はあ・・・・・・まったく。あんな状況で眠れる訳ないだろ?」

    その言葉に、ほのかはやっとあれが現実であると確信した。
    確信するとともに更にほのかの顔は熱くなった。

「今回はかなり自制したがよ・・・・・・、次があったら襲わない保証はないから覚悟しろよ?」

    ほのかはそんな脅し文句を言われて益々顔を赤くさせた。
    今にも全身が沸騰するんじゃないかと思える程だった。





    帰りのバスの中、ほのかは二日間の思い出を振り返っていた。
    本当に色んな事があって、ハラハラドキドキする事ばかりだった。
    だが、そんな思い出も隣に夏輝が居たからこそ、全てが楽しいと思う事が出来た。
    隣を見ると夏輝は寝不足から眠ってしまっていた。
    もうすぐ帰れる、そう思うと安心感からほのかも眠気に襲われ夏輝の肩に凭れて眠った。





「ここ、どこだ?」

    夏輝は目の前の光景に絶望していた。
    その瞳はまさに死んだ目をしていた。
    二人がまたも降りるべき駅を寝過ごし、辺境の地に辿り着いたのは言うまでもない。
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