きみこえ

帝亜有花

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エイプリルフール if かけがえのないものを探して

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    朝目が覚めると、冬真はそこにあるべき物が無くなっている事に気が付いた。

「んんっ?」

    もう一度、必死にベッドサイドのテーブルに手を伸ばすもそこには木の感触があるだけだった。

「ん・・・・・・おかしいな、どこかに落としたのか?」

    床に転がっているのだろうかと、今度は床に這いつくばりそれを探した。
    冬真は視力が悪い為ほとんど見えず、手探りで床中を探し回る羽目になった。
    しかし、それでもそれを探し出す事は出来なかった。

「・・・・・・俺の眼鏡どこいった?」

    そんな時、天から不思議な声が響いた。

「わし、眼鏡の精霊。お主の眼鏡はわしが奪った。返して欲しくば街の中を探せ」

「はあ?」




    冬真はあの変な声は疲れによる幻聴だと思う事にし、家中眼鏡を探したがどこにも見当たらなかった。
    仕方なく、あの声が言う通り街に眼鏡を探しに行くべく取り敢えず眼鏡なしで家を出た。
    折角の休日だというのに、春の桜舞う美しい光景も、春の暖かい日差しも、目の前は常に霞がかかり、何もかもが不鮮明な世界に見えていた。
    最初は手を前に突き出しながら歩いていたが、段々とそれも恥ずかしくなり、今は心もとない視覚を頼りに歩いていた。
    しかし、冬真は足元に転がる小さな石に躓きバランスを崩し、踏ん張りで何とか転倒を防いだものの、今度は電柱に頭をぶつけ、結局は尻もちをついて転んでしまった。

「いっつ・・・・・・」

    すぐに起き上がろうとした時、目の前に手を差し伸べる人影が見えた。
    冬真はその手を恐る恐る掴んだ。

「ありがとうございます・・・・・・」

【大丈夫?】

    薄ぼんやりとした視界には金色のふわふわとした長い髪、そして、何と書いてあるかは分からないがスケッチブックを目の前に出す様子から、目の前の人物が冬真の良く知る人物だと分かった。

「もしかして月島さん?」

    ほのかは不思議そうな顔をしつつも頷いた。

【今日はメガネしてないの?】

「悪い、朝から眼鏡がなくてスケッチブックに何が書いてあるかも分からないんだ。街に・・・・・・俺の眼鏡があるかもしれないらしい・・・・・・」

    変に思われたくなくて、冬真は眼鏡の精霊の声が聞こえた事は伏せて話した。
    冬真は目がほとんど見えない、ほのかは耳が聞こえず声も出せない、意思疎通を交わすのは困難だと冬真が思った時、ほのかは冬真の手を取り掌に指を置き、ゆっくりと文字を書いた。

【一緒にメガネ探そう】

「一緒に・・・・・・探してくれるのか、ありがとう」

    ほのかはいつもお世話になっている冬真の役に立てる事が嬉しくなってニコリと微笑んだ。
    そして、足元がおぼつかない冬真の手を引き歩き出した。
    眼鏡を探す為に・・・・・・。




    道を歩いていると前方から夏輝が現れた。
    夏輝は相変わらず金や黒の良く分からない文字がプリントされた赤色の派手なパーカーを着ていた。
    その派手さから良く見えていない冬真にも誰なのかがすぐに察する事が出来た。

「おう、一年坊主達じゃねえか、お前達・・・・・・手なんか繋いでどうしたんだ?」

    仲良さげに手を繋ぐ二人を見て夏輝は怪訝な顔をした。

「実は・・・・・・」

    冬真は眼鏡を失くした事とこれまでの経緯を話した。

「なるほどな、確かにお前今日は眼鏡をしていないよな。おっ! そうだ、眼鏡なら丁度使ってないのがあるからお前にやるよ!」

「いいんですか? ありがとうございます」

    夏輝はポケットからそれを取り出すとそのまま冬真の顔に掛けた。

「んっ? これは・・・・・・」

    冬真は違和感から声を上げた。
    視界が急に黄色くなったからだ。

「んー、あとはこうしてこーしてと」

    物足りないと思った夏輝は冬真の髪をオールバックにし、シャツをはだけさせ、肩にぐっと力を入れ所謂ヤンキー座りをさせた。

「おー、いいじゃん、いいじゃん、似合ってるぞ」

「・・・・・・」

【氷室君がわるに見える】

    ほのかは肩を震わせて笑いを堪えた。

「月島さん、今俺スケッチブックの文字見えないけど、何て書いてあるかは想像出来るよ」

    夏輝が冬真に渡したのは色付きサングラスだった。
    勿論、度は入っていない。
    冬真はゲンナリした顔で夏輝にサングラスを返し、髪型と服装を元に戻した。

「折角ですけど、これお返しします。そもそも度がないし」

「そうか? 似合ってたのに勿体ねえな。あ、黒い方もあるけど使うか?」

「いえ、もう結構です。行こう、月島さん」

    これ以上付き合いきれないと思った冬真はほのかの手を引きその場を後にした。





「おや、お二人共お出かけですか?」

    次に出会ったのは翠だった。

【先輩、こんにちは】

「その声は・・・・・・露木先輩ですか」

「氷室君、今日は眼鏡をしていないんですね」

「はい、実は・・・・・・」

    冬真はまたもこれまでの経緯を話した。

「なるほど、眼鏡を失くしたとは。それはさぞお困りでしょう。ああ、そうだ」

    何かを思い付いた翠は軽く手を叩いた。

「梅田さん、あれを・・・・・・」

「はい、こちらを」

    翠の声でどこからともなく現れた梅田は翠に眼鏡を渡した。

「良かったらこちらをどうぞ」

    翠は金縁の大人っぽいデザインの眼鏡を冬真に渡した。

「ありがとうございます」

    冬真はありがたくその眼鏡を掛けてみた。
    だが、視界は相変わらずボヤけたままだった。

「あの・・・・・・これ度が合わないみたいで・・・・・・」

「うん・・・・・・? あ! それ多分老眼鏡ですね! 梅田さんもいつの間にか老眼鏡を愛用するようになったのですね」

    ほのぼのと話す翠に梅田は「お恥ずかしい限りです」と言って後ろに佇んでいた。

「・・・・・・老眼鏡はまだ大分早いのでお返しします。それじゃ俺達はこれで失礼します」

「はい、早く眼鏡が見つかると良いですね」

    翠に眼鏡を返すと冬真は再びほのかと手を繋いで歩き出した。





    街を歩き続けていると突然冬真のスマートフォンが鳴った。
    ディスプレイを見ても文字が読めず、誰からの電話なのかが分からなかった。

「はい、氷室です」

    取り敢えず電話に出ると冬真の良く知る声が流れた。

『やあ、氷室君、君・・・・・・、まさかデートでもしているのかい?』

「その声は・・・・・・秋本先生ですか、まさか・・・・・・」

    冬真は近くに時雨が居るんじゃないかと思い左右を見回したが近眼の冬真には見つける事が出来なかった。

「残念、後ろだよ」

「うわっ!」

    いきなり後ろから冬真とほのかの間から時雨の顔が現れ、冬真とほのかはとても驚いた。

「出たな、変態保健医!」

【時雨兄、びっくりした】

「変態とはご挨拶だな。ほのかちゃん、驚かせてごめんね。それで、二人はデート? だとしたら妬けちゃうな」

「違います!」

    冬真は苛立ちながらも三度目の経緯説明をした。

「ふむ、眼鏡をねえ・・・・・・、ならこれはどうだろう?」

    時雨は胸ポケットから黒縁眼鏡を取り出した。

「え、秋本先生は普段眼鏡なんかしてませんよね、まさかまた老眼鏡なんじゃ・・・・・・」

「やだな、まだそんな老眼になるような歳じゃないよ」

    冬真は時雨からの眼鏡を不承不承ながらも受け取り顔に掛けた。

【いつもの氷室君だ!】

「うんうん、いつもの氷室君だね」

「・・・・・・」

    見た目はいつもの冬真と同じで完璧と言っても良かった。

「いつものって見た目だけじゃないか!」

    冬真は掛けていた眼鏡を外し時雨に押し返した。
    そう、その眼鏡には度が入っていなかった。

「あははは、伊達眼鏡だからねー、所謂オシャレ眼鏡ってやつ?」

【何故そんな物を?】

「うん、たまには気分を変えたい時とか、女の子ウケが良くなるかなーって思って、特にほのかちゃんのウケが良くなったら嬉しいしって、あれ?」

    時雨が言い終わる前に二人は姿を消していた。




    大分歩き回ったが眼鏡を見つけられずにいた二人は公園で休んでいた。
    そんな時、偶然にも買い物帰りの陽太が目の前に現れた。

「あれ、二人共どうしたんだ? 冬真、眼鏡は?」

「今度は陽太か・・・・・・」

    声で陽太を認識した冬真はかくかくしかじかと説明しだした。

「ふーん、眼鏡がないとそんなに見えないのか。そう言えば、さっき買い物でたまたま眼鏡を買ったんだ、これやるよ!」

「はあ? 何故近眼でもないお前が眼鏡を買う? うわ、や、止めろ!」

    嫌な予感がした冬真は陽太の手に持つ眼鏡を押し退けようとしたが、その抵抗も虚しく冬真の顔にそれは装着された。

「ぷっ・・・・・・、と、冬真・・・・・・に、似合ってるぜ」

「・・・・・・お前なぁ」

「あははは! もーだめ! おっかしーーー」

    お腹を抱えてゲラゲラと笑う陽太に冬真は怒りで肩を戦慄かせた。
    冬真が掛けている眼鏡は黒く太い付け眉毛に大きな鼻、その下にちょび髭の付いたものだった。
    それはパーティで罰ゲームの時や笑いを取りたい時に大活躍をする鼻眼鏡と呼ばれる代物だった。
    勿論、度なんか入っていない。

「お前な、ふざけるなよっ!」

    冬真は掛けていた鼻眼鏡を取り外すと地面に叩きつけた。

「ふふふ、あははは・・・・・・」

「え?」

「月島さん?」

    冬真と陽太は有り得ない光景に目を白黒させた。
    普段、クラスでどんなに面白い話しが飛び交おうと声を出して笑おうとしなかったほのかが我慢しきれずに声を出して笑っていたからだ。

「冬真、この眼鏡凄いぞ、月島さんのレアな声が聞ける眼鏡だ。お前にやるよ、家宝にする価値はある!」

    陽太は地面に転がる鼻眼鏡をそっと冬真の手に乗せた。

「いらん!」

    そう言って冬真は再び鼻眼鏡を地面に叩きつけた。
    だが、内心はほのかの珍しい声が聞けるのなら、こんな恥もたまになら悪くないと少しだけ思った。


「ありがとうございましたー」

    冬真とほのかは店を出た。

「まったく、最初からこうしておけば良かったんだ」

    二人が入った店は眼鏡屋だった。
    そして、冬真が買ったのはサングラスでも老眼鏡でも伊達眼鏡でも鼻眼鏡でもなく、いつも使っているのと同じデザインの近視用黒縁眼鏡だった。
    こうして冬真は眼鏡の精霊の声を無視し、いつも通りの冬真に戻ったのだった。
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