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何も聞こえない。
朝を告げる目覚ましの音も、けたたましく鳴る電車の汽笛も、忙しなく歩いていく人々の足音も、授業前のクラスの喧騒も。
全てを拒絶したのは私だ。
何も知らなくていい。
何も聞こえなくていい。
この世界の全ての人が私を嘲笑おうと言うのなら、私はこのままでいい。
「ねえ、知ってる? 今日転校生が来るんだって」
「マジで? 男かな、女かな?」
「なんか女だって噂だよ」
そんなありがちな会話を転校生は耳にすることもなく、廊下で緊張した面持ちで待機していた。
少女にとってここが新しいスタートラインだった。
この日の為に、少女は人並みならぬ努力をしてきた。
肩にはとっておきの武器も用意した。
大丈夫、大丈夫、そう心に言い聞かせ、いつもより少し短めのスカートの裾を握りしめた。
担任の先生は教室の戸を開き中に入っていった。
「お前らー、早く席につけ、地獄耳のお前達はもう知ってるかもしれないが転校生を紹介する」
担任の福島 京介は少女に教室に入るように手で合図した。
少女は意を決すると一歩、また一歩と恐る恐る教室へと踏み込んだ。
ふわふわとした金色の長い髪を揺らしながら少女は教卓の横に立った。
クラスの皆がその華奢で小柄な、まるで小動物の様な転校生に注目した。
「おお!」
「やった女子だっ」
「可愛いじゃん」
「お人形さんみた~い」
クラス中が色めき立ち、転校生に対しての洗礼を浴びせる。
しかし、そんな洗礼も転校生の耳には入っていなかった。
その方が少女にとっても気が楽だった。
「静粛に! えー、今日から皆の仲間になる月島 ほのかさんだ。月島は前の学校で事故にあって耳が聞こえない。よって、きっと困ったりする事が出てくるだろうからその時は皆で助けてやれよ、いいな! じゃあ自己紹介な、月島」
担任の先生はほのかに合図を送るようにか肩に触れた。
ほのかは肩から下げていたスケッチブックを開くと太めの黒いマジックペンでサラサラと何かを書き出した。
そして、描き終わるとそれをクラスの皆の前に見せた。
【月島 ほのかです よろしくお願いします】
「何あれ、スケッチブック?」
スケッチブックで自己紹介する様を見てクラス中が再びざわめいた。
その様子を見て担任は軽く咳払いして言った。
「まぁ、色々事情があって、その・・・・・・ちょっと変わってるが、皆、理解してやるように! えーと、席は春野の隣が空いてるな」
担任は話題を変え、ほのかに空いた席を示し座る様に促した。
「ついでに春野! お前お世話係に任命してやるから有難く思え」
「ええ、俺? 何でいきなり」
「因みに拒否権は無いからなー。あともう一人・・・・・・そうだ、学級委員の氷室! お前も色々手助けしてやれ」
「出た。また無茶振りか」
担任に指名された氷室という生徒は黒髪に眼鏡を掛けていて、いかにも優等生と言うような出で立ちだった。
「学級委員の特権だろ? 先生の好感度も上がって女の子とも仲良くなれる。いい事づくめだろ? さ、授業を始めるぞー」
担任は文句を言わせる暇を与えず、授業の準備を始めた。
氷室は頬杖をつき、やれやれと言ったように溜め息をついた。
ほのかはその一連の様子をさも自分には関係が無いかのようにぼーっと眺めていた。
音が聞こえない分、気にする必要が無かったし、気にしたいとも思っていなかった。
ふと、ほのかが横を見ると隣の席の男子と目が合った。
「えーと、俺は春野 陽太な! よろしく!」
陽太はそう言って満面の笑みでほのかに笑いかけた。
少しハネた薄い茶色の髪が陽の光に当たり、ほのかはまさに太陽の様な人だと思った。
自分には縁遠くて、その笑顔が自分に向けられているのでさえ間違いなのではないかと思えた。
ほのかは陽太に見られているのが恥ずかしくなり赤面した顔を隠す様に俯いた。
「あ、そっか、何も聞こえないんだったな、えーと」
陽太は机の中からノートを取り出すとノートの端を小さく千切りシャーペンを走らせた。
そして何かを書いたその切れ端をほのかの机の上に置いた。
そこには【俺は春野 陽太 よろしくな】と書かれていた。
ほのかは再び陽太の顔を見ると先程と何も変わらない、やはり眩しい笑顔がそこにあった。
ほのかはスケッチブックを取り出すとマジックで【よろしく】と書いて陽太におずおずと見せた。
今でもあの日、あの時の事が時折フラッシュバックする。
新しい学校でやっていけるのかどうか、ほのかはまだ不安に思っていたが少なくとも隣の席の人物は悪い人ではなさそうだとそう思った。
朝を告げる目覚ましの音も、けたたましく鳴る電車の汽笛も、忙しなく歩いていく人々の足音も、授業前のクラスの喧騒も。
全てを拒絶したのは私だ。
何も知らなくていい。
何も聞こえなくていい。
この世界の全ての人が私を嘲笑おうと言うのなら、私はこのままでいい。
「ねえ、知ってる? 今日転校生が来るんだって」
「マジで? 男かな、女かな?」
「なんか女だって噂だよ」
そんなありがちな会話を転校生は耳にすることもなく、廊下で緊張した面持ちで待機していた。
少女にとってここが新しいスタートラインだった。
この日の為に、少女は人並みならぬ努力をしてきた。
肩にはとっておきの武器も用意した。
大丈夫、大丈夫、そう心に言い聞かせ、いつもより少し短めのスカートの裾を握りしめた。
担任の先生は教室の戸を開き中に入っていった。
「お前らー、早く席につけ、地獄耳のお前達はもう知ってるかもしれないが転校生を紹介する」
担任の福島 京介は少女に教室に入るように手で合図した。
少女は意を決すると一歩、また一歩と恐る恐る教室へと踏み込んだ。
ふわふわとした金色の長い髪を揺らしながら少女は教卓の横に立った。
クラスの皆がその華奢で小柄な、まるで小動物の様な転校生に注目した。
「おお!」
「やった女子だっ」
「可愛いじゃん」
「お人形さんみた~い」
クラス中が色めき立ち、転校生に対しての洗礼を浴びせる。
しかし、そんな洗礼も転校生の耳には入っていなかった。
その方が少女にとっても気が楽だった。
「静粛に! えー、今日から皆の仲間になる月島 ほのかさんだ。月島は前の学校で事故にあって耳が聞こえない。よって、きっと困ったりする事が出てくるだろうからその時は皆で助けてやれよ、いいな! じゃあ自己紹介な、月島」
担任の先生はほのかに合図を送るようにか肩に触れた。
ほのかは肩から下げていたスケッチブックを開くと太めの黒いマジックペンでサラサラと何かを書き出した。
そして、描き終わるとそれをクラスの皆の前に見せた。
【月島 ほのかです よろしくお願いします】
「何あれ、スケッチブック?」
スケッチブックで自己紹介する様を見てクラス中が再びざわめいた。
その様子を見て担任は軽く咳払いして言った。
「まぁ、色々事情があって、その・・・・・・ちょっと変わってるが、皆、理解してやるように! えーと、席は春野の隣が空いてるな」
担任は話題を変え、ほのかに空いた席を示し座る様に促した。
「ついでに春野! お前お世話係に任命してやるから有難く思え」
「ええ、俺? 何でいきなり」
「因みに拒否権は無いからなー。あともう一人・・・・・・そうだ、学級委員の氷室! お前も色々手助けしてやれ」
「出た。また無茶振りか」
担任に指名された氷室という生徒は黒髪に眼鏡を掛けていて、いかにも優等生と言うような出で立ちだった。
「学級委員の特権だろ? 先生の好感度も上がって女の子とも仲良くなれる。いい事づくめだろ? さ、授業を始めるぞー」
担任は文句を言わせる暇を与えず、授業の準備を始めた。
氷室は頬杖をつき、やれやれと言ったように溜め息をついた。
ほのかはその一連の様子をさも自分には関係が無いかのようにぼーっと眺めていた。
音が聞こえない分、気にする必要が無かったし、気にしたいとも思っていなかった。
ふと、ほのかが横を見ると隣の席の男子と目が合った。
「えーと、俺は春野 陽太な! よろしく!」
陽太はそう言って満面の笑みでほのかに笑いかけた。
少しハネた薄い茶色の髪が陽の光に当たり、ほのかはまさに太陽の様な人だと思った。
自分には縁遠くて、その笑顔が自分に向けられているのでさえ間違いなのではないかと思えた。
ほのかは陽太に見られているのが恥ずかしくなり赤面した顔を隠す様に俯いた。
「あ、そっか、何も聞こえないんだったな、えーと」
陽太は机の中からノートを取り出すとノートの端を小さく千切りシャーペンを走らせた。
そして何かを書いたその切れ端をほのかの机の上に置いた。
そこには【俺は春野 陽太 よろしくな】と書かれていた。
ほのかは再び陽太の顔を見ると先程と何も変わらない、やはり眩しい笑顔がそこにあった。
ほのかはスケッチブックを取り出すとマジックで【よろしく】と書いて陽太におずおずと見せた。
今でもあの日、あの時の事が時折フラッシュバックする。
新しい学校でやっていけるのかどうか、ほのかはまだ不安に思っていたが少なくとも隣の席の人物は悪い人ではなさそうだとそう思った。
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