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最低な行い

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 死の恐怖よりも気色悪く恐ろしい。這うようにして必死に逃げようともがくが、その前にクロストに腕を取られた。

「私だって本当はこんな手を使いたくなかったんです。でもあなたはどうしても魔法師団を辞めないと言う。あなたがもっと素直になってくれたら、もっと優しくできたのに」

 つかんだ腕を床に押し付け、のしかかってくる。
 ここまでくればもう否定しようもない。クロストは、エリザを凌辱しようとしている。
 そしてそれがエリザを魔法師団から追い出すための手段だとするのなら、これ以上ないほど最低なやり口だ。

 もしエリザが被害を訴えても、すでに男性関係の悪い噂があるため不利になる可能性が大きい。ただでさえ地下組織との関係を疑われ問題を起こしていた自分と、師団長の右腕として信頼も厚いクロストとでは、彼のほうに分がある。
 下手をすれば、上官相手に揉め事を起こした責任をエリザが問われる可能性だってある。
 だからと言って自分を凌辱した相手と同じ職場で働き続けられるわけもない。
 泣き寝入りして逃げ出す以外道がないと分かって、そうまでして自分を辞めさせたいのかと怒りがこみ上げる。

「さ、いてい。そこまで私のことが、嫌いですか。目障りだとしても……ここまでするなんて」

 意外なことにクロストは、笑って首を横に振る。

「あなたを嫌ったことなど、一度もありませんよ」

「は……?」

 じゃあどうして、とつぶやくエリザの頬を優しくなでる。ぞっとして顔をそむけるが、力ずくで前を向かされた。

「初めて会った時から、私にふさわしい女性はあなたしかいないと思っていました。私とエリザさんならば、きっと素晴らしい素質を持った子が生まれる。誰からも祝福される結婚となるはずです。優れた魔力を持っていながら、平民の男が相手だなんて国家の損失ですよ? 私との子を成すことが、あなたの使命なのです。貴族として生まれたのならその役目を果たすべきだ。だからずっと、貴族令嬢としての立場を説いてきたのに……」

 爆弾発言とともに、にこりと笑いかけられる。
 素晴らしい素質を持った子?
 誰からも祝福される結婚?
 子を成すことが使命?
 それはつまり……クロストはエリザと結婚するつもりでいるのか? と気づいて愕然とする。あれだけ貶してきた奴が、どうして自分と結婚したがっているなんて思うだろう。しかもその理由が、恋慕でもなく子を成すためだけというのだから、最低にもほどがある。

 横っ面をひっぱたいてやりたいが、薬が回って意識を保っているのがやっとだ。気を抜くとそのまま夢の中に引きずり込まれそうだった。
 目の焦点が合わなくなってきたエリザの様子を見て、クロストは詰襟をゆっくりと緩めて、満足そうにうなずいた。

「再三にわたる私の忠告を無視するから、私も強硬手段に出ざるを得なくなったんですよ。だからまず、平民の恋人と別れさせるために動いたんです」

 プチ、プチとひとつずつ丁寧に服のボタンが外されていく。

「う、動いた……って、何を……」

「あなたをあの男が手放したがらないと分かっていたので、人を雇って友人になるよう指示をした。そして金儲けできる仕事があると誘わせたんです。もっと時間がかかるかと思いましたが、単純で頭の悪い男で助かりましたよ。簡単にうまい話に食いついて、煽られるままあなたを貶して、挙句に自ら悪い噂を吹聴し始めた時には笑いが止まりませんでしたよ」

 突然の暴露にエリザは声も出ない。
 フィルが地下組織の構成員になったのは、このクロストの策略だったとは。
 元からエリザに対し不満があったフィルは、この策略に見事にはまってしまったようだ。
 魔法師団の、師団長補佐官という肩書きを持つ者が、地下組織とつながっていたなんて魔法師団の存続にも関わるとんでもない不祥事だ。
 警察に拘束された時、彼らはエリザの有罪を確信しているような態度だったの不思議に思っていたが、おそらく魔法師団の者が組織に関わっていることを裏付ける証拠があったのだろう。

 結局エリザはスケープゴートだったが、本当の犯人はこの男だった。

「組織に捜査の、情報を流していたのは……あなただったのね」

「ええ、まあ。組織を動かす報酬として、情報を渡してやることはありましたが、あなたが担当する現場の情報に限定していたので、師団の捜査に影響を与えるほどのものではないですよ」

 クロストはあっさりと己の裏切りを認めた。魔法師団に勤める者としての誇りも捨てたのかと怒りがこみ上げるが、手足の自由が利かず魔法を放つこともできない。悔しくて涙がにじんでくる。
 
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