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こうあるべきという主張

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 そんなエリザの微妙な表情に気付くことなくクロストは勝手に女性の役割だとか責務だとかをペラペラと語っている。

「貴族の女性はこうあるべきだと母を見ていると思うんです。なによりも尊い責務を女性は追っているわけですからね」

 ここまで言われて、そういえば、この人は元から女が魔法師団に所属していることを快く思っていなかったんだったと思い出した。
 この脈絡のない話は結局ここにつなげるつもりで話していたのかと気づいて一気に気持ちが暗くなる
 エリザにも何度となく辞めるよう言われていたのに、態度が軟化していたから油断していた。

「エリザさんはもうお金を稼ぐ必要はなくなりましたよね? 今回の件でさすがに懲りたのではないですか? これを機に、師団を辞めて貴族令嬢としての責務を果たしては?」

「……クロスト補佐官の言う、責務とは結婚と出産のことですか?」

「当たり前でしょう! 優れた魔力を持つ女性は、より多くの子を産み、その才能を次世代に引き継がねばなりません」

「それは補佐官の考えであって、私はそうは思いません。魔力の強さは必ずしも子に引き継がれるものではないし、魔力のために結婚する貴族の価値観は、私には受け入れがたいです」

 魔力を持たない貴族の子がどのような扱いを受けるのかは、フィルを見て嫌と言うほど知っている。
 魔力がなければ家の子と認めない貴族の風潮をエリザは忌み嫌っていた。
 だからきっぱりとクロストの意見を突っぱねる。
 きっと言い返したら激高するだろうなと分かっていたが、案の定彼の表情が一変した。

「まだそんなことを言っているんですか!? そうやって意地を張って師団で働き続けた結果が、恋人の裏切りと冤罪でしょう! 疑いは晴れても一度広まった悪い噂を消すのは不可能です。あなたは魔法師団で働き続ける限り、誰とでもすぐ寝る女で地下組織に情報を売った犯罪者だと言われ続けるんですよ。だからこの期にすっぱり辞めるべきだ!」

「噂は事実無根だと証明されています! それでも信じると言う人は、理解力が乏しいとしか私は思いません!」

 だから辞めるつもりはありません、と言いクロストを睨みつける。
 彼がどのような主義主張をしていても構わないが、それを他人に押し付けないでほしい。しかも辞めろなどと言われる筋合いはない。
 コーヒーはまだカップにだいぶ残っていたが、これ以上不毛な言い争いをしたくないので、「ごちそうさまでした!」と言い捨ててカップを持って椅子から立ち上がった。

「……っ!?」

 視界がぐるんと回って膝から崩れ落ちた。立ち上がろうとしても手足がぐにゃりと溶けたみたいで力が入らない。
 もがいているうちに息があがってきて、胸を押さえてうずくまった。

 貧血や過労などではない。明らかに異常な状態だ。
 床に転がるカップが目に入る。

 半分ほど飲んだコーヒー。
 クロストが手ずから淹れてくれたもの……。

「……っなにか、盛りました?」

 補佐官が自分に毒を盛る理由なんてないはずだ。けれど、今のこの全ての状況がそうであると告げている。
 グラグラと揺れる頭を気力で持ち上げ、クロストを睨みつける。
 彼は無表情で微動だにせずエリザを見下ろしている。

「少量でよく効くというのは本当のようですね。体に力が入らなくなるのですか? 息が上がっていますが、興奮が高まっている感じはありますか?」

「な、なにを……」

「地下組織から押収した例の薬物ですよ。コーヒーに少量混ぜてみました」

「……!」

 押収品を勝手に持ち出した上に、危険なものだと知りながら騙して人に飲ませるなんて、一発で懲戒処分になりかねない違法行為だ。どうしてクロストがそのような暴挙に及んだのか。

「貴族たちが危険を冒してでも手に入れようとしていたのは、この薬を少量接種しただけで、意識が朦朧とし性的な興奮が高まる作用があるからだそうです。薬が効いているあいだは記憶が曖昧になるため、貴族の夜会で『そういう目的』のために使われていたようですね」

 エリザも調書で読んだので知っている。
 お互い同意の下使うのではなく、何も知らない女性を夜会に連れてきて、薬で酩酊させて凌辱するという行為が一部の貴族のあいだで行われていたらしい。記憶が曖昧になるため被害を訴える者がほとんどいなかったため、これまでずっと野放しにされていた。

「そ、んな、危険なものを……私に飲ませるなんて、どういうつもり、ですか」

 それをわざわざ告げてくるクロストの異常さに、危機感が高まってくる。
 まさか……とこれから起こり得る可能性が頭に浮かんで考えて背筋に冷たいものが走る。自分がそういう対象に見られているとはこれまで感じたことがなかったため、この期に及んでまだ何か別の理由を探そうとしていた。
 だが、クロストが愉悦を抑えきれないような笑みを浮かべているのを見て、一気に恐怖心が襲ってきた。
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