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番外編
それからどうした 3
しおりを挟む「ご褒美って、……なにがほしいの?」
「リンが作ったものが食べたい」
なんかもっとすごいものを要求されるかと身構えていたから、意外な希望に拍子抜けしてしまった。
「なぁんだ、そんなことか。でもなんで手料理? 今も昔もそんなに大したものは作れないよ」
「この前、七つ子たちが教えてくれたんだ。リンの手料理は驚くほど美味しいんだぞ、と。七つ子たちはもう何度もお前の料理を振舞われているらしいが、俺は未だに一度も食べさせてもらったことがない」
「いや……それは……小さい頃はタロの意識のほうが強くて、前世で食べてみたかったものをよく作ったんだ。ホラ、前世と違って野菜も肉も手に入るからさ、好奇心っていうか。でもさ、もっとチビの頃だから下手くそだったし、ほとんどお手伝いのマーサが作ってくれちゃったから、別に私の手料理ってわけじゃないよ。そんなに手馴れているわけでもないし、私が作るより、マーサの料理のほうがまともで美味しいよ」
タロとして生きていたあの時代、孤児院ではいつもお腹が空いていた。食べられるだけまだましで、美味しいとか二の次だった。
リンに生まれ変わって、食材豊富な我が家の食糧庫をみて、居てもたってもいられず、ここぞとばかりに昔食べたかったものを色々作った時期があった。
自分のために作っただけで、家族に手料理を食べさせたいとか殊勝なことを思ったわけではない。
「かまわない。タロの時に言っただろう。お前が作る食事ならなんでも美味しいと」
「いや、だから……もうタロじゃないからさ、同じものは作れないよ。ていうか、そんな話したっけ?……ごめん覚えてないよ」
レオはいつもタロの時の出来事を、当たり前のように私に話す。ついこの間のことのように前世の話をされるので、正直戸惑う。
生まれ変わったばかりの頃は、記憶がはっきりしていたせいで、タロの意識が強かったけれど、リンとしての自我が固まった今では、タロはやっぱり別の人間だと感じる。
それに、成長するうちに、前世の細かい記憶は遠くなっていった。だから、タロのエピソードをこの間のことのように話されると内心困ってしまう。
でもレオにとって私は、あくまでタロの生まれ変わりで、タロ=リンという、タロと同じ人間だという認識でいるようだった。
大切なのはタロの魂で、あくまでこのリンの人生は魂のための『器』にすぎないんじゃなかろうか。……そんな風に思ってしまう。
私の表情が曇ったのを見逃さなかったにいさまたちが、
「リンちゃん!イヤなことはイヤって言わなきゃ!なんでもソイツの言うこと聞かなくてもいいんだよ!リンちゃんもお勉強で忙しいんだし!」
と言ってくれたが、それを慌てて否定する。
「いえ、大丈夫です!ただ、今日はマーサもいないし、上手に作れるか自信がなかったので……それでも良ければ、なにか作るよ、レオ」
「ああ、ありがとう」
お手伝いのマーサが来てくれる日は、夕食は作り置きしていってくれるのだが、今は週の半分は七つ子兄さんとかあさまが交代で食事を作っている。今日は七つ子の当番の日だったので、手伝ってもらって私が夕食を作ることにした。
貯蔵庫に入って在庫を確認する。保存のきく根菜は常に置いてある。それに最近、村の畜産農家が増えてきているので、塩漬けする前の生肉も保冷箱にたくさん入っていた。
タロの時はどんな食事を作っていたんだっけ?
食材も調味料も豊富じゃなかったから、それほど美味しいものは作れなかったはずなんだけど、レオはそういう記憶にある味を求めているのかな。
思っていた味と違ったら、レオはがっかりするだろうか。
レオの悲しい顔はみたくないな、と思う。
「でもなあ……」
私はもう一度、貯蔵庫の中を見て、うん、と一人で頷いた。
***
「お! 今日はリンちゃんがご飯を作ってくれたかぁ! 可愛い娘が手料理とエプロンでお出迎えしてくれるッ! なんて幸せなんだ、父さん涙で前が見えない……ッ」
仕事から帰宅したとうさまが、私のエプロン姿を見て床に崩れ落ちた。
「そうよぉ~リンちゃんが、レオ君に手料理を食べさせたいって言って頑張っちゃったのよ。まだ小さいのに立派な奥さんね!」
かあさまの認識が相変わらず間違っているんだけど、かあさまのなかでは私がレオにベタ惚れという認識で固定されているらしい。
「とうさま、グラムにいさまお帰りなさい。にいさまたちが手伝ってくれて一緒に作ったので、私の手料理というわけではないです。もう出来てますので、手を洗ってきてください」
七つ子兄さんたちが食卓に料理を運んでくれている。我が家では、大きい鍋ごと厨房から持ってきて各自でよそって取り分けるのがいつもの食事形式だ。
とうさまとグラムにいさまが席についたところで、みんな揃ってお祈りをして食事を始める。
今日の食事をみたグラムにいさまが、『おぉ』と珍しく嬉しそうな声をあげた。
「今日はリンの創作料理『生姜焼き丼』か。久しぶりだな、これ俺好きなんだよな」
「野菜スープもありますよ。朝、仕入れておいてくれた野菜がたくさんあったので、具沢山になりました」
「野菜スープもリンちゃんが作るとなぜか美味しいのよねぇ~下拵えが丁寧だからかしら」
悩んだあげく私は、『リン』が作ったことのあるいつもの料理にした。
創作料理の生姜焼き丼は、前世のそのまた前世の、遠い記憶にこんな感じのものがあった気がして、無性に食べたくなって試行錯誤の末できたものだ。
できあがったものはなにかが違うような気がしたけれど、振舞った家族には大絶賛されたので、もうこれで我が家のレシピとして確立してしまった。
野菜スープは本当にただの野菜スープなのだけど、えぐみのある野菜は下茹でしたり、野菜くずで出汁をとったり、煮込んでいる間こまめに灰汁をとったりするだけなのだが、そういう細かいことでぐっと美味しくなる気がする。
まあ、そんなわけで、レオのために作ったといっても、完全に我が家のメニューなのだ。
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