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あっという間に二年が経ちまして

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「リンちゃーん。次移動教室だから一緒にいこー。あ、抱っこしていこうか?」

「はい、今いきます。そして自分で歩けます」



 学校に通い始めて、あっという間に二年が経った。


 最初はやっぱり、ガキが遊びに来たのかと白い目で見られることもあったが、真面目に勉強して課題をこなしているうちに、『本当に勉強しにきているんだ』と受容れられるようになった。

 体が小さくて、口も回らず苦労したが、ようやく五歳になってまともに口をきけるようになったし、一人で椅子にも座れるようになった(最初は誰かに乗せてもらわないと座れなかったんだよね……)

 八歳児クラスに三歳の時に入ったから、学友とは五歳の開きがあるのでちゃんと自分のことは自分でできるようになった今でも若干赤ちゃん扱いをされる。
 仕方がないのだろうが、自分でできると言ってもしつこく絡んでくる奴がいて、それだけが唯一このクラスで嫌な点だ。


「歩くのが遅い私に合わせなくていいです。アルトは先に行ってください」

「ええーごめんごめん。もう揶揄ったりしないから一緒にいこ?」

 移動教室でちょっと歩くのが遅くなっただけで、今日もさっそく絡んできた。
 この少年はいわゆるガキ大将っぽい奴で、世話をしてやると偉そうに言っていつも絡んでくる。うっとうしい。


 兄たちに学校でのお世話を頼んでいたのは、ほんの一か月だけで、慣れてすぐに自分から『一人で大丈夫』といって断った。私についていたら兄たちの勉強が遅れてしまうし、いつまでも特別扱いされているのも心苦しい。

 兄たちが来なくなってから、クラスの子たちがとにかく私の世話を焼こうとしてくれる。自分でできる、と言っても時間がかかるからって皆がやってくれてしまうので、いつまでたっても私は幼児扱いだった。



 ちなみに、最初違和感しかなかったこの性別も、成長とともに少しずつ心が体に馴染んできた。

 あれほどはっきりとしていた前世の意識も、年を追うごとに今の自分とは別のものだと思えるようになった。
 以前は『俺』と『リンちゃん』は別の人という感覚がどこかあったのだが、今では自分がリンだと認識している。
 こうしていつか『タロ』も消えていくのかなと思うと少し寂しい気もするが、転生したのだから、いつまでも過去の自分に捕らわれていてはいけないんだろうな……と思うようになって、最近は意識的に前世を思い出さないようにしている。

 考え事をしながら歩いていると、まだアルトが隣にぴったりついてきていた。
 まだなんか絡んでくるのか! とちょっとイラっとしたので少々きつめに注意する。

「自分のことは自分でできますし、別に一緒に行ってもらわなくて大丈夫。だからほうっておいてください」

「……ありゃ怒った? ごめんて。いや、ホラ、ガキ扱いしてるわけじゃなくて、友達なんだから一緒に行こうって誘ったっていいだろ?」

「こんなガキがクラスに居たら勉強にならねえ、ママんとこ帰りなと言っていたじゃないですか。私たちは友達ではありません」

「うっ……リンちゃんて結構、根に持つよね」

 私とアルトが揉めていると、女の子の集団がやってきた。

「あーアルトまたリンちゃんに絡んでるぅーさいてー」
「リンちゃーん、あたしたちと一緒にいこー?」
「やーんリンちゃん今日も可愛い~。ね、あとで髪いじっていい?」

「あ、リリアちゃんマーゴちゃんソフィアちゃん」

 同じクラスの女の子たちだ。彼女たちは村の農家の子だが、将来は商人になりたいと思っていて、そのために算術や簿記の勉強を頑張っている。
 だから将来のために勉強をしたいと言った私に共感して、入学した当初から仲よくしてくれている。

 ちなみに七つ子兄さんたちは私が入学した翌年には卒業していった。なんなら留年すると言いだして、結局父さんにぶん殴られての卒業だった。

 七つ子兄さんたちは、将来どうするのかと卒業前から父から訊かれていたが、なんと全員が『村で働きたい』と言った。

 村には大きな商家や工場があるわけではないので、家の長男以外は、家業を手伝うのでなければどこか別の町に働きに出る場合が多い。そのほうが稼げるし出会いも娯楽も多いから、七つ子も同じように家を出るものだと漠然と思っていた。
 でも、誰一人村から出て行かないと言い出したので両親は頭を抱えていた。

「いやいや……成人を迎えた男(しかも七人)が、いつまでも実家にいるものではないぞ。男なら独り立ちして自分で居を構えろ」

「出ていきません! 俺たちはリンちゃんと一緒に暮らしたいんです! リンちゃんとの愛の巣なら欲しいですけど!」

 父さんが必死に説得を試みたが、七つ子たち頑として意見を変えず、誰一人出て行こうとしなかった。

「リンちゃああん! 俺たちリンちゃんと離れて生きていけない~!」

 床にしがみついて拒否する七つ子たちに、両親が音を上げた。粘り勝ちである。
 正直、七つ子たちの溺愛もリンちゃんの成長とともに落ち着いていくと思っていたのに、未だにこの有様である。

 リンちゃんは……私は、未だに女の子らしく振舞うことに抵抗があって、どうしてもぶっきらぼうな物言いになってしまう。
 学校に飛び級で通っていることもあって、人によっては『小賢しいガキ』とか『生意気だ』と言われることもあって、兄たちも妹可愛いフィルターがはがれて、目が覚めるんじゃないかと思っていた。


 だが、兄たちも、母も、父も、まっっっったく、ぜんっっっっぜん! 溺愛っぷりに変化がない。

 神様のスペシャルご褒美だから、私を溺愛する呪いみたいなのが家族にかかっているんじゃなかろうか。



 七つ子兄さんたちは、仕事をどうするのかと思っていたのだが、村の新たな産業となる事業を開拓することになったらしい。これはどうやら兄さんたちが勝手に企画して、半ばごり押しする形で父に許可を得たと言っていた。

 七つ子の兄さんたちは、通常より魔力が多い性質で、魔道具を作る工房などで弟子に欲しいと声をかけてもらっていた。
 魔道具師は、魔力の適性がないとなれないので、修業は厳しいが将来が約束されているので、またとないいい話なのに、不確かな新事業で己の将来を潰すなど勿体ないと父は主張した。
 だが兄たちは、農業以外目立った産業がないこの村では、もし不作が続いた場合、他から食料を買う資金もないし最悪餓死者も出る、農業のほかに売りになる産業が必要だと熱弁し、渋る父をみごと説得してみせた。

 兄たちの考えた事業は、村の近くでとれる鉱石を利用して、ガラスの製造を行うというものである。

 原料の種類や炉の作り方まで具体的に調べてあって、一番難問だった高温の炉もすでに小規模で試して成功しているという。

 村では葡萄酒を木樽に詰めて以前から作っていたけれど、町ではガラス瓶が流行りだしているので、葡萄酒も瓶で売れれば付加価値がついて高く売れると考えていた。

 とはいえ、まだあくまで企画の段階で、どれだけ順調に進んだとしても最初の数年は利益など見込めないだろう。ずいぶんと思い切ったことをするなと思ったが、実はずっと以前から考えていて、そのためにみんなで農家のバイトに入ったりしてコツコツお金も貯めていたというから驚きだ。


「兄さまたち、いつの間にそんなことしていたのですか? すごいです」

 お金を稼がなきゃと思うだけで何も具体的なことができていない自分としては、実際に方法を生み出してみせた兄たちを心から尊敬する。

「だって父さんさ~成人したら村を出て大きい町で仕事に就けって言うからさ~家を出ちゃったらリンたんに会えなくなっちゃうじゃん!」
「だから村で仕事させてくれって言ったんけど」
「村役場に七人も雇うことはできないっていうしさ」
「ごくつぶしは家に置いておけないから、農家に婿入りしろとか言うんだぜ~」
「そんなの無理無理無理!俺たち一生リンちゃんと暮らすんだから!」
「結婚なんかしないし家も出ねえ! って宣言したんだけど、寝言は寝て言えってぶんなぐられた」
「だから、文句を言われない方法を探したんだよ~リンちゃんと一緒に居たいからね!にいたんたち頑張っちゃった!」

「…………ん? ええと、まさか本当に家を出たくなくて、新しい事業を生み出したんですか? そんなリスキーな……」

「リスクを取らなきゃ利益も得られないじゃ~ん」
「そりゃさ、魔道具師は手に職でいい仕事だと思うけどさ」
「弟子のあいだは給料なんてほとんどでないし」
「稼げるようになるまでは少なくとも十年はかかるからさ」
「リンちゃんはさ、内緒にしているのかもしれないけど、お金を稼ぎたいんだよね?」
「医師試験の高等教育を受ける学費を稼ぎたいのかなって思ったからさ」
「だったら俺たちがその費用を稼げば、お金に悩まなくても済むでしょー」

「あ……」

 お金を稼ぎたいとか、医師試験を受けたいとか、兄たちには一度も言ったこともないのに、どうして気付いたんだろう。そのために兄たちは……。

「私は、自分でなんとかしようと思って……兄さまたちに出してもらおうなんて考えていません……」

「うん、うん。リンちゃんなら自分で学費くらい稼げるようになると思ったけどさ」
「でも仕事をしてお金を稼いでそれから学校に……って時間かかるじゃん」
「リンちゃん優秀だし、早く勉強したいだろうなって」
「リンちゃんがお医者さんになったら、救われる命がたくさんあるだろうから」
「別にリンたんだけのためじゃなくて、世の中のためにね」
「それに、新事業は村のためにもなるし」
「まあ本音を言うとリンたんに関することはみんな俺たちでやりたいってだけなんだけどね」

 本当に、この兄たちは……。
 こんなに愛されて、私はどうやって恩を返していけばいいのか分からなくなる。

 私はただ神様からのご褒美でこの優しい家族の元に生まれただけで、こんなにも大切に愛してもらえるほど特別な能力なんて何も持っていない。

 自分で努力して得たものではなく、神様から与えられた愛情だと思うと、彼らを騙してズルをしているような気がしてしまう。

「……ごめんなさい、私のことだけで家族に負担をかけるのは嫌だったんです。兄さまたちの将来を犠牲にしたくない。学費を自分で稼ぐ目途が立っているわけでもないのに、偉そうなことは言えないですが……」

「リンちゃんはそう言うと思ったー」
「見た目も中身も天使って、もうなんなの? 昇天しそう……」
「父さんたちには、俺たちのエゴにリンちゃんを巻き込むなって怒られたよ」
「ちなみにリンちゃんが首都の学校に行ったら俺たちもついて行くけどね」
「リンたんのお世話は一生俺たちがするんだからね~」
「事業が上手くいったら家を買うんだ! リンたんと俺たちの愛の巣!」
「って父さんに言ったらぶん殴られた!」

「は、はあ……」

 もしかして進学したらこの兄たちはついてくるのか?
 えっ? もしかしてホントに一生一緒にいるつもり?
 兄弟愛ってどんなものか知らないから、正解が分からないけどそれはちょっとおかしいんじゃ……?

 微妙な返答をする私を、七つ子兄さんたちはむぎゅむぎゅと抱きしめる。

 う~ん……。これは、独り立ちする時が大変そうだなあ……。




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