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夫視点
side:レイモンド21
しおりを挟む精神的に辛い日々を過ごしていたので、イザベラのことを気に掛ける余裕もなかったが、気付けば彼女の腹はかなり大きく膨らんでいて、気付けばもうすぐ生まれ月になると少しうらみがましく言われた。
俺の子が産まれるのだから、と言われてもほとんど実感がなく、そのこと以外にも色々と言われたが、必要なものがあれば新しい使用人に頼むようにと言って、イザベラの話を終わらせた。
無気力な反応しか返さない俺に対し、イザベラが不満を述べていたような気がするが、考える気力がなかった。
誰の声も遠くに聞こえる。ベッドに身を沈めるたび、本当は、俺はまだ呪いに侵されたままで、ハンナが死んだことも全て夢の中の出来事なんじゃないかと、そんなバカげた想像をしてしまう。
だんだんと心が鈍くなっていって、周囲から非難や叱責を受けてもほとんど何も感じないようになっていった。
同期の中には俺の様子がおかしいと心配して声をかけてくれる奇特な者もいたのだが、そういった相手にも俺はほとんど生返事で返していたような気がする。
***
そんな風に毎日を消化するように過ごしていたある日、仕事から帰ると家の中庭から一筋の煙が立ち上っているのが見えた。
不穏なものを感じた俺は、急いで煙が上がるほうへ向かった。
『付け火か⁉』急いで駆けつけたが、そうではなかったらしい。見ると、イザベラが庭で何かを燃やしていた。
「イザベラ……?なにを……」
声をかけた瞬間、彼女の手にあるものを見て、愕然とした。
イザベラが火にくべていたのは、ハンナの私物だった。
ハンナの自室に置いてあった髪飾り、本、手製のキルト、手紙の束……そして……。
結婚式の、婚礼衣装。
イザベラは俺を見ると、その手に持っていた婚礼衣装を燃える火に投げ込んだ。
パッとオレンジ色の炎をまとい、白い婚礼衣装は宙に浮いたまま燃え上がった。
燃えながら空に舞うのは、ハンナがかぶっていた白いヴェール。
緻密な模様のそのヴェールは、ハンナが自分で編み上げたものだと婚礼の前日に教えられた。
ヴェールの模様は、隣国で使われる絵柄なのだと、ためらいがちに告白し、これを被ってもよいかと訊ねてきた。隣国の伝統を思わせるものを式で身に着けて、嫌な気持ちにならないかと心配していたらしい。
隣国で暮らしていた記憶はほとんどないが、わずかにある思い出の中に、この絵柄の布が母の遺影と共に飾られていたのを覚えていると言った。それは母の遺品で、魔を祓い厄から家族を守る意味を持つので、嫁ぐ娘へ母から贈られる品なのだと父から聞かされていた。
故郷を捨て亡命した身で、隣国の伝統を身に着けるのは許されざることかもしれないが、どうか許してほしいと頭を下げるハンナに、今まで知らなかった彼女の出自に対する苦悩を初めて知って、込み上げる感情と共にハンナを強く抱きしめた。
故郷を失った者にしか分からない孤独があるのだと思い、これからは俺がハンナの拠り所となろうと、あの日心に誓ったのだ。
燃え上がるヴェールと婚礼衣装が風をはらんで空高く舞い上がっていく。
その光景を見ていると、あの日の記憶が走馬灯のように頭に蘇ってきた。
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