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夫視点
side:レイモンド17
しおりを挟むまさかと思いながら居間へ行くと、暖炉の前にあるロッキングチェアの上に黒い塊があるのが目に入った。そして猛烈な臭気が襲ってきたので、匂いの元はこれだ、と思った瞬間、家令が叫んだ。
「……ああああああああ!嘘だっ!ハンナ様がっ!ハンナ様っ!ハンナ様……っ!嘘だああああああ!」
黒い塊は人の形をしていた。
その黒い塊には、見たことのあるショールが被さっていて…………。
「ハンナの……」
その答えはもう出ているはずなのに、脳が認識するのを拒んで思考が停止した。茫然としたまま立ち尽くしていると、家令に横っ面を殴り飛ばされた。
「ハンナ様がこんな姿になったのはアンタのせいだ!アンタが殺したんだ!あの優しいお方が……どうしてこんな死に方をしなければいけないんだ!こんなところで……たったひとりで……っ……うっ……うわああっ!ハンナさまぁああ!」
泣き叫ぶ家令の横で俺はただ冷や汗をかいて震えていた。
あの老婆はどうしたのか?なぜいないのだ。
なぜハンナは死んだのか。
呪いで死んだのではないだろうかという考えが頭をよぎり、背筋に冷たいものが走る。
もう一度ロッキングチェアへ目を遣るが、ミイラのようになった遺体からは呪いの痕は見つけられない。
俺が茫然としている間に、家令が勝手にここから一番近い町へ走り、俺の名を出して駐留している軍の治安部隊と軍医を呼んできた。
軍人の妻が変死しているのだから、報復などの可能性もあると考えわざわざ軍医も来てくれたが、軍医の検死の結果は、刺し傷や骨折が見られない上に、ミイラ化する前からやせ細っていたようだからおそらく餓死か凍死だろうと言った。
餓死であれ凍死であれ、使用人がいる家でそのような死に方をすること自体がおかしい。
老婆がハンナの死に関わっている可能性があるとして、軍と自警団が協力して行方を捜したが、調べてみると老婆が提出した身元表もまるっきりの嘘で、住まいも名も合致するものが存在しなかった。
老婆を紹介してきた管理業者の元へも向かったのだが、そちらも事務所ごと行方不明になっていた。
老婆の行方も、斡旋業者の居所も分からないようでは、なにあったかを知るすべはなく、完全に手詰まりになってしまった。
検死が終わったハンナの遺体をどうするかという話になったが、ハンナの遺体は臭気もひどいのですぐに火葬するしかないだろうということで、地元の葬儀屋に依頼して早々に火葬してもらった。
その全ての手配は家令がして、俺はただ茫然としたまま諾々と書類などにサインをするだけだった。
現実味のないまま、ハンナの遺体は長い時間をかけて焼かれ、ほんの少しの骨になってしまった。
そして、骨が入った箱を家令が俺に私ながら静かな声で俺に告げた。
「ハンナ様を死なせたあなたを私は許せない……。もうあなたの元で働くことはできません」
家のことを全て取り仕切っていたハンナが亡くなり、それを引き継いでいた家令が居なくなってはどうにもならなくなるのだが、引き留められるわけもなく、黙ってうなずいた。
家令の怒りは尤もだ。
どうしてもっと早く訊ねていかなかったのか。そう責められても何も反論できない。
呪いからも、それを妻に引き受けさせた後ろめたさからも、目をそらしていたかった。
向き合うだけの勇気がなかった。嫌なことを先延ばしにし続けたその結果がこれだ。
……俺が殺したようなものだ。
「すまない、ハンナ…………すまない」
骨だけになったハンナを連れて、俺は独り王都へと戻った。家令はあのままどこかへと行ってしまった。
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