夫を愛しているから、彼にかけられた呪いを私が引き受けようと思う

エイ

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私は家の食料貯蔵庫と薪小屋を廻り確認したが、ひと冬を越せるだけの在庫はさすがに無いようだ。
雪に閉ざされるこの地域で薪が切れれば恐らく凍死するだろう。


薪が切れるのが先か、食料が尽きるのが先か。どちらになるか分からないが、私がこの冬に死ぬことは確かだった。




老婆が来なくなってから数日後には、雪が降り始めた。

雪と共に一気に冬が進んだようで、ぐっと気温が下がったように感じる。

凍てつくような寒さが、呪いに蝕まれた体に堪える。

痛む身体に苦労しながら毎日薪小屋から薪を運び、食料庫の在庫から少しずつ毎日の食事を作る。
気温が低いからか、雪は降っても風が吹けば吹き飛んで行くので重く積み重なることはない。雪かきや屋根の雪下ろしをしないでもなんとか生活していけるのは有難かった。

雪が積もっていく窓の外を眺めながら一日を過ごしていると、一日一日がとても長い。
あの雪景色の向こうから夫が来る姿を想像してみるが、どうしてもその光景を思い浮かべることができなかった。





誰もいないこの屋敷で静かに新しい年を迎えた頃、ついに薪が尽きてしまった。

なにか本や衣服を燃やすことも考えたが、そうしたところで長い冬が終わるまで持つとも思えない。
ここが潮時か……と、私は諦めて、火の消えた暖炉の前でロッキングチェアに座り毛布にくるまって、来るべき時を静かに待った。



外は雪がしんしんと降り続き、静かな森を白く白く染めていく。



雪が降ると何故こんなにも静かなのだろう。この静けさは嫌いではない。世界がゆっくりと私に向かって閉じていくような、そんな錯覚に陥り何故か少しだけ幸せな気持ちになる。




最後の瞬間、私は何を思い浮かべるのだろうか。色々な事を考えるが、やっぱり夫の顔が思い出されてしまう。彼の笑顔を最後に見たのはいつだったか。もうずっと、感情を押し殺して私から目を逸らして横を向いた顔ばかりみていたから、笑顔が思い出せない。

最後の瞬間だけは、彼の笑顔を思い浮かべたかったけれど、どうにもうまくいかないみたいだ。


眠くなってきて、自然とまぶたが下がる。きっと今目を閉じてしまえばもう二度と目覚めないだろうと分かっていた。


レイ、レイモンド。私の大切な夫。

あなたのために私は自分に出来る事をなんでもすると思った気持ちに、今でも変わりはない。
たとえ、呪いを受け取った私を彼が愛せなくなっても、夫を救えるのならそれでもいいと思ってしたことだ。
嘘などつかなくても、私を愛せなくなった夫を責めるつもりなんてなかった。だからせめて嘘でごまかさず本当の気持ちを私に伝えて欲しかった。



様々な思いが胸を去来するが、もう瞼が落ちてしまいそうだ。抗わず目を閉じてしまおうと思ったその時、誰かが私のそばに立っている気配がした。



そこにいたのは、呪いを移す術を教えてくれた薬草売りの男だった。


男は私の前に来るとおもむろに口を開いた。






「―――賭けの勝敗を決めようじゃないか」













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