【R18】イケメン運転手さんと私の明るい家族計画

染野

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第二章

22.私と彼とお父さん

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 私の卒業式が終わった次の日。
 一条団地前のバス停で、私はそわそわしながら平原さんを待っていた。
 少し緊張するけれど、きっと平原さんやお父さんの方が緊張しているだろう。せめて私だけでもできるだけ落ち着こうと深呼吸をする。何も心配はいらないはずなのに、やっぱり彼と両親を会わせるとなるとどきどきしてしまうのだ。
 
 お父さんにも今朝、「会わせたい人がいる」と言っておいた。てっきり家族で出かけるから今日を空けておいてほしいのだと思っていたらしいお父さんは、私の言葉を聞いて固まった。
 会わせたい人だなんて、恋人以外を連れてくる方がおかしいだろう。だからさすがのお父さんも状況を察したようだった。そんなお父さんを見て、お母さんと千尋が他人事みたいに笑っていたのが気になるけれど。
 
 少しして、時間ぴったりにバスがやってくる。前方のドアが開いて、一番に降りてきたのは平原さんだった。
 
「おはようございます、平原さん!」
「おはよう、倫。一日遅れだけど、卒業おめでとう」
「ありがとうございます! 写真、見てくれました?」
「もちろん見たよ。とっても綺麗だった。直接見れなかったのが残念だけどね」
 
 黒のスーツに小さめのレザーバッグを持った平原さんは、就活生にも見えるくらい若々しい。仕事の時の制服姿もかっこいいけれど、いつもと違った彼に私は少しどぎまぎする。
 私の家に向かって歩きながら、彼がバッグの他に白い紙袋を持っていることに気付く。そういえば、手土産は何がいいかと散々相談したんだった。私は何でもいい、むしろ無くていいと言ったのだが、平原さんはそれじゃ駄目だと言って数週間前から真剣に悩んでいた。結局お父さんの好きな羊羹にしたから、きっと喜ぶだろう。
 
「緊張してますか? 平原さん」
「もちろんしてるよ。こんなに緊張してるの、生まれて初めてだ」
「え……本当ですか? そうは見えないんですけど」
「ひどいなぁ。俺は昨日から緊張しすぎて、ろくに寝られなかったっていうのに」
 
 そう言われてみれば、確かにいつもより顔色が悪い。というか、目が充血している。
 平原さんでも緊張するんだなぁ、なんて失礼なことを考えながら歩いていると、家の玄関の前に千尋が立っているのが見えた。
 
「あれ? 千尋、何してるの?」
「あっ、来た! いや、親父が外見て来いって言うから……」
「あはは、お父さん緊張しまくりだね」
 
 お父さんが家の中でそわそわしているのを想像して、思わず笑ってしまった。自分より緊張している人がいると、意外と緊張しないものである。
 
「おはよう、千尋くん。今日はよろしくね」
「平原さん、おはようございます! オレは何もしないですけど、ゆっくりしてってください」
「ありがとう。頑張るよ」
 
 千尋が平原さんと初めて会ったのは中学二年生の時で、当時の千尋はなぜか彼を敵対視していた。
 平原さんがいなくなって、私が毎日のように泣いていたのを知っていたから、千尋なりに私を守ろうとしてくれていたらしい。普段は幼稚な言動が目立つけれど、意外と頼りになる弟だ。
 そんな千尋も何度か平原さんと会ううちに打ち解けて、今では私よりも彼に懐いているような気がする。小さい頃からずっとお兄ちゃんが欲しいと言っていたし、平原さんとは気が合うようで話しやすいみたいだ。
 
 二人のやり取りを微笑ましく見つめてから、私は玄関の扉を開けた。いつもは玄関に入ると靴が散らばっているけれど、今日は平原さんが来るからと言ってお母さんと千尋と三人で家の中を綺麗に掃除したばかりだ。
 
「どうぞ、平原さん」
「……うん」
 
 中に入るよう促すと、珍しく平原さんが真剣な面持ちで頷いた。さすがの彼も今日ばかりは本当に緊張しているらしい。
 お邪魔します、と言って革靴を脱いだ平原さんは、私に続いて家の廊下を進んでいく。その後ろから千尋もついてきた。
 普通こういった挨拶をするとき兄弟姉妹は同席しないと思うけど、結婚したら千尋とも家族になるわけだし、千尋も心配そうにしていたので居てもらうことになっている。まあ千尋からしてみれば、心配半分、興味半分といったところなのだろう。
 そしてリビングのドアを開けると、お茶菓子の準備をしているお母さんと、見るからに落ち着きのないお父さんがいた。
 
「お父さん、お母さん。紹介するね。私の彼氏の、平原大和さんです」
 
 そう言った瞬間、お父さんの顔が「やっぱりか」といったように落胆するのが分かった。
 そんなあからさまに落ち込まないでほしいな、とは思ったけれど、お父さんにとって私が彼氏を連れてくるなんて青天の霹靂なのだ。こんな顔をしてしまうのも無理はない。
 
「初めまして。倫さんとお付き合いさせて頂いています、平原大和と申します。本日はお時間を空けて頂きありがとうございます」
 
 きちっとした挨拶をする平原さんは、まるで仕事の時のような顔をしている。やっぱりかっこいいな、なんて場違いなことを考えながら、とりあえず座ってください、と言ってソファに座ってもらった。
 
 すぐにお母さんがいそいそと温かいお茶を運んできてくれて、嬉しそうに彼の前に湯呑を置いた。
 そういえば、いつか平原さんが「挨拶に行ってお父さんにちゃぶ台返しされたらどうしよう」なんて言っていたけれど、よく考えたら我が家にちゃぶ台はない。ひっくり返すとしたらこのソファの前に置いてあるガラステーブルか、キッチンのダイニングテーブルだけど、そんなことをしたらお母さんが二週間は口を利いてくれなくなりそうだ。
 
「……あれ? あ、あの、失礼ですがどこかでお会いしました?」
 
 挨拶をした平原さんの顔を見つめながら、お父さんが遠慮がちに尋ねた。やっぱり仕事で色んな人と会っているだけあって、人の顔を覚えるのは得意らしい。
 
「すみません、実は前にお会いしているんです。私はバスの運転士をしておりまして、何年か前に倫さんが……」
「ああ!! なんだ、あの時の運転手さんじゃないですか!!」
「はい、そうなんです。その節は本当に……」
「いやあ、驚いた! あの時はありがとうございました! おかげで倫が助かって、本当に感謝してたんですよ! ……え? し、しかしなんで運転手さんが?」
 
 平原さんのことを思い出して笑顔になったお父さんだが、今度はこの状況が理解できずに戸惑っている。
 確かに、まさかあの時の運転手さんを彼氏として連れてくるだなんて想像もしていなかっただろう。ばつが悪そうに苦笑いしている平原さんに代わって、今度は私が説明した。
 
「実は、あの時からずっと付き合ってたの。平原さんと」
「え……えっ? な、なんで? でもあの時、倫はまだ高校生で……」
「うん、それは色々あって……」
 
 後で説明するのも面倒なので、この機会に平原さんとの出会いから話すことにした。
 お父さんには正直に言えないこともあるので、ざっくりと流れだけ説明する。隣に座っているお母さんと千尋はすでに事情を知っているから、訳が分からないと言った様子で混乱しているお父さんを見て笑いをこらえていた。
 
「えーと、つまり、ずっと倫と付き合っていたということですか? 五年間も?」
「はい。途中、私の勝手な都合で倫さんと離れてはいましたが、これからはずっと傍にいるつもりです」
「いやあ……しかし驚いた……倫に彼氏がいるってことだけでも腰が抜けそうだったのに、まさかあの時の運転手さんだとは……」
 
 そんな、人の恋愛を心霊現象みたいに言わないでほしい。
 お父さんはソファに座って腕組みをしながら、やっと事実を受け入れ始めたようだ。平原さんは「殴られるかも」「ちゃぶ台返しされるかも」なんて心配をしていたけれど、どうやらその心配は無さそうでほっとする。
 そもそも、あの一件があった時からお父さんは平原さんにとても感謝していた。そんな恩人に殴りかかることは無いだろうし、私や千尋ならともかく、まさか平原さんに拳骨を落とすようなことはしないだろう。
 
「まあでも、こんなしっかりした方が倫の恋人なら安心だ! 倫も四月からは社会人だしなぁ、そりゃ彼氏の一人二人連れてきてもおかしくないか」
「ま、まあ、連れてきたのは平原さん一人だけだけど……」
「最近、やけに母さんが『倫ちゃんはいつお嫁にいくかしら』なんてぼやくもんだから、父さんも倫の将来を考えていたんだよ。どんな男を連れてくるのか心配だったが、平原さんなら大丈夫でしょう」
 
 その言葉を聞いて、平原さんもようやくほっとしたようで笑みを零す。隣に座る私も、張りつめていた空気が和むのを感じて息をついた。お母さんと千尋も顔を見合わせて笑っている。
 この調子なら、今後も結婚を前提に付き合っていきたいということ、遠くないうちに籍を入れたいということも切り出せそうだ。ちらりと平原さんの方を見ると、私の意思を察したように頷いた。
 
「ありがとうございます。それで、倫さんも大学を卒業されたことですし、結婚を前提に……」
「平原さん。その前に、一つ聞いておきたいことがあるんですが」
「え……はい、何でしょうか」
 
 笑顔で話を切り出した平原さんを、お父さんが制止する。
 お父さん以外の四人は、もう心配する必要は無さそうだと気を抜いていたのだが、次の一言で凍りついた。
 
「まさかとは思いますが、倫に手を出していませんよね?」
「…………え?」
「嫁入り前の倫に、まさか手を出したりはしていないでしょうね?」
「えっ……あ、そ、それは、どういった意味で」
 
 平原さんが汗をだらだら流しているのが分かる。
 そしてお母さんや千尋が止めに入る前に、お父さんは憤怒の形相でソファから立ち上がった。 

「俺の大事な娘に、変なことしてねえかって聞いてんだ!!」

 さっきまでの穏やかな口調はどこかへ吹っ飛んで、お父さんはヤクザ顔負けの怒声を放った。そして軽々とガラステーブルを乗り越えて、焦る平原さんの胸倉を掴んで叫ぶ。
 
「言え!! 手ぇ出したのか出してねぇのか、正直に言え!!」
「や、やめてよお父さん! そんな、お父さんが心配するようなことは……!」
「倫は黙ってろ!! 俺はこいつに聞いてんだ!! ほら、言え!!」
 
 こんなお父さんは見たことがない。
 怒鳴られて怖気付いてしまった私は、同じく止めに入ろうとした千尋にしがみつく。千尋も驚いて目を見開いていた。
 詰め寄られた平原さんは、汗を流しながらもしっかりとお父さんの目を見て白状する。
 
「だっ……出しました……」
「ああん!?」
「すみません、娘さんに手を出しました!! 申し訳ありません!!」
 
 胸倉を掴まれながらも、平原さんははっきりそう叫んだ。
 なんでこんなことになってしまったのだろう。平原さんを連れてくるのはまだ早かったんだろうか。
 そう後悔している間にも、お父さんは怒りに目を血走らせて、思い切り平原さんの綺麗な顔を殴りつけた。
 
「ぐっ!!」
「ひっ、平原さん!?」
 
 衝撃で後ろに倒れ込んだ平原さんを、慌てて抱き起こす。
 だんだんと左頬が痛々しく腫れてきて、お父さんがフリなんかじゃなく本気で彼を殴ったのだと理解した。
 
「お父さん、何てことするのよ!?」
「うるさい!! 俺は婚前交渉なんぞ許した覚えはない!!」
「なっ……なんでお父さんにそんなこと言われなきゃいけないの!? 私がいいって言ったんだからいいでしょ!!」
「もう何も言うなぁー!! 俺は倫をそんな子に育てた覚えはないっ!!」
 
 平原さんを庇いながら、私は必死になって言い返す。
 それを見てお父さんは涙目になったかと思うと、今度は私の頭に容赦なくガツンと拳骨を振り落とした。
 
「いったぁ……!」
「お前も同罪だ!! 大体なぁ、結婚なんて十年早いんだ!! 倫はずっと家にいればいい!!」
「な、何言ってんの!? 私だってもう子どもじゃないんだから!!」
「おい親父、ちょっと落ち着けって……」
「うるさぁーい!!」
 
 お父さんは反論する私だけでなく、止めに入った千尋にも拳骨を落とした。まさか自分まで拳骨をくらうと思っていなかった千尋は、痛みに悶絶しながらうずくまる。
 お父さんはもう大荒れで、私たちには止められそうにない。まさかこんなに荒れるとは思いもしていなかった。
 
「倫! お前、大きくなったらお父さんと結婚するって言ってたじゃないか!! あれは嘘だったって言うのか!?」
「いつの話してるのよ!? 私は平原さんと結婚するって決めてるの!」
「言うなぁー!! 許さんぞ!! 大体なぁ、百歩譲って俺に似てる男を連れて来たら許そうと思ってたのに、なんでこんなすかした奴連れてくるんだ! 俺への当て付けか!?」
「はあ!? 意味分かんない! お父さん、平原さんのことあんなに褒めてたのに!」
「それとこれとは話が別だ! とにかく、俺はそんな奴認めないからな!! とっとと出てけ!」
「なっ……もう、どうして!? お父さんなんて大っ嫌い!!」
 
 頭ごなしに彼を否定するお父さんに腹が立って、私は負けじと言い返した。
 興奮した状態のお父さんに何を言っても無駄だと思ったけれど、私の言い放った「大嫌い」が思いのほかお父さんにダメージを与えたみたいだった。
 
「な……なんでそんなこと言うんだよぉ……倫、ずっとお父さんのこと大好きって言ってたじゃないか……」
「だ、だってお父さんが平原さんのこと悪く言うから……」
「お父さんより、そいつの方が大事だって言うのか? 言っておくけどな、倫に初めてチューしたのはお父さんだし、初めて歩いたとこ見たのもお父さんだし、おんぶしてあげたのも、おむつ替えたのもお父さんが一番多いんだぞ? 絶対にそいつより勝ってる」
「か、勝ち負けじゃないと思うんだけど」
 
 言っていることは支離滅裂だが、落ち込んでしまったお父さんにこれ以上何か言うのは憚られた。
 それにお父さんの言っていることを落ち着いて考えてみると、平原さんがどうこうというよりも、私が誰かに取られてしまったように感じてあんなに荒れてしまったのかもしれない。そう思ったら、勢いとはいえ「大嫌い」なんて言ってしまったことを後悔した。
 
 何も言えずに立ち尽くす私と、いい年こいて泣き崩れてしまったお父さんを見かねたのか、それまで何も言わなかったお母さんが私たちの間に入った。
 
「……倫ちゃん、平原さん。ごめんね、お父さんかなりショックだったみたいで……あとはお母さんがなだめるから、倫ちゃんの部屋で休んでて」
「え……」
「救急箱持って行って、平原さんの手当てしてあげなさい。千尋くんは大丈夫? 拳骨されたところ」
「うん、まだ痛ぇけど血は出てないし……」
「じゃあ、二人を部屋に連れて行ってあげて。また後で呼ぶから」
 
 そう言ってお母さんは、しくしくと泣いているお父さんの肩を優しく叩いた。
 私が彼氏を連れて来たらお父さんは泣くんじゃないかなんて冗談で言っていたけれど、お母さんからしてみればこれは予想通りの反応だったのかもしれない。
 落ち込むお父さんを見て罪悪感を覚えながら、私と平原さんは千尋と一緒に二階にある私の部屋へ向かった。
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