【R18】イケメン運転手さんと私の明るい家族計画

染野

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第二章

21.私と家族写真

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 春。
 キャンパス内にある桜の木が蕾を抱え始めた頃、私は莉子や同じ学科の子たちと袴姿で写真を撮っていた。
 今日は、四年間通った大学の卒業式だ。
 
「ねえハチ、あんたも謝恩会行くでしょ? 一緒に着替えに行こうよ」
「あ、うん。でもちょっと待って、家族がどっかに来てると思うから会ってから着替える」
「そうなの? ああ、ハチの晴れ姿を見に来たのね」
「うん……来なくていいって言ったんだけど、どうしてもって言うから……」
 
 今朝家を出る前、張り切って一眼レフカメラの手入れをしていた父の姿を思い出してため息をつく。
 最近になって思い始めたことだが、私の両親、特に父はかなりの親バカだ。親バカというか、私と千尋を甘やかしたくて仕方ないらしい。もちろん叱る時もあるけれど、それ以外はしつこいくらいスキンシップが激しいのだ。
 千尋ももう四月からは高校二年生だし、さすがに家族揃ってどこかに出かけることは少なくなったけれど、それでも父は毎週休みになると家族と一緒に出掛けたがっている。
 
「ハチの家は仲良いねえ。あたしの家族なんて、たぶん今日卒業式だってことも知らないよ」
「まあ、莉子の実家遠いし、知ってても来れなかったんじゃないかな……あ、いた!」
 
 大勢の人の中から、余所行きの服を着た父と母、それに高校の制服を着た千尋を見つけて大きく手を振った。向こうも私に気付いて、人ごみをかき分けて駆け寄ってくる。
 
「倫! いやあ、どこの女優さんかと思ったよ! 綺麗だなあ!!」
「なっ……いや、お父さん、大げさだよ……」
「いや、綺麗だ! あの小さかった倫が、こんな立派になって……!」
「お父さん、倫ちゃんが困ってるわよ。それにお友達だっているんだから」
 
 お父さんの大きすぎるリアクションに、私も莉子も引き気味だ。お母さんはそんなお父さんを宥めて、その後ろで千尋はため息をついている。
 
「あれ、千尋くんも来たんだ! えらいねえ、お姉ちゃんの卒業式に来てあげるなんて」
「い、いや……無理矢理連れて来られたんで」
「なんだ千尋! お前だって楽しみにしてたじゃないか」
「……親父は黙ってて」
 
 莉子に話しかけられて照れていた千尋が、お父さんに冷やかされて眉間に皺を寄せる。もうとっくに私の背を越すくらい大きくなった千尋だけど、子どもっぽいところは相変わらずだ。
 
「よし、じゃあ写真撮るぞ! 莉子ちゃんも一緒に入って!」
「え、いいんですか? じゃあお願いしまーす!」
 
 一眼レフを構えたお父さんが、袴姿の私と莉子を並べて写真に収める。同じ学科の友達や部活の後輩たちとはすでに写真を撮ったけれど、そういえば莉子と二人だけの写真は撮っていなかったからちょうどよかった。
  何度かパシャパシャとシャッターを押してから、お父さんは画面を見て満足そうに笑った。
 
「良いのが撮れたよ! プリントしたら莉子ちゃんにも送ってあげよう!」
「わあ、ありがとうございます! あ、良かったら今度あたし撮りますよ! 大屋家で揃った写真!」
「あら、いいわね。お願いしましょうよ、お父さん」
「そうだな!」
 
 莉子にカメラを預けて、お父さんとお母さんが私の両隣に立った。千尋はまた照れているのか躊躇っていたけれど、カメラマンの莉子に急かされておずおずとお父さんの隣に立つ。
 
「ほら、千尋は倫の隣! ちゃんとカメラ見るんだぞ!」
「わ、分かってるようるさいな!」
「うふふ、家族揃って撮ってもらうなんて久しぶりねえ」
「莉子、みんな入ってる? いけそう?」
「オッケー! じゃあ撮りますよー、せーの!」
 
 莉子の掛け声で、家族四人が笑顔でカメラに顔を向ける。
 パシャ、と軽い音がしてから、莉子が顔を上げてぐっと親指を立てる。よく撮れたみたいだ。
 
「うん、いい感じ! あたし、この写真もプリントして送ってほしいなぁ」
「な、なんで?」
「だって、すごく良く撮れたもん! 楽しそうだし、ハチの家族みんな似てて面白いから」
「え……そう?」
「そうだよぉ! 何だろうな、雰囲気? 千尋くんのそっけない感じも、ハチにそっくりだし」
 
 莉子に限らず、大学で知り合った友達には、私だけ家族と血が繋がっていないという事実を言っていない。それが些末なことだと今は分かっているし、言う必要性も感じなかったからだ。
 そんな莉子に「似ている」と言われて、やっぱり血の繋がりなんて些細なことなのだと確信する。最近では私も、千尋のふくれっ面を見るたびに自分を見ているようで苦笑いしているのだから。
 
「じゃあ、お母さんたちはもう行くわね。二人とも、謝恩会楽しんできて」
「うん、ありがとう。終電までには帰るから」
「そうね。明日は大事な日だものね?」
「……うん。早めに帰るようにする」
 
 少し話してから、家族三人は家に帰って行った。
 その姿を見送っていると、隣で莉子が不思議そうに尋ねてくる。
 
「ねえハチ、明日何かあるの?」
「え? あ、えっと……実は平原さんが、家に来ることになってるの。お父さんにも挨拶するって」
「ええっ!? ついにお父さんにも!? それってまさか、結婚の挨拶ってこと!?」
「あー……たぶん?」
 
 曖昧にそう返す私の肩を、興奮した様子の莉子が揺さぶる。そういえば、ここ最近莉子に会っていなかったから言うのを忘れていた。
 
「そういう大事なことは早く言いなさいよ! え、なに!? もう結婚すんの!? うちら、これからやっと社会人だっていうのに!?」
「す、すぐにっていうわけじゃないよ? ただ、いつ入籍してもいいように、って……」
「何よそれぇ!? そんなの、籍は入れなくても婚約するってことでしょ!?」
「まあ、そういうことになるのかな……」
「はああ!? てか、なんであんたはそんなに冷静なのよ!?」
「だって、前からずっと言ってたことだし……正直まだ実感ないしね」
「なっ……このやろぉー!! お幸せにっ!!」
 
 莉子に言い忘れていたのは悪かったと思っているけれど、こんなにバシバシ叩かれるとは。とりあえず祝福はしてくれているようなので、叩かれながらお礼を言った。
 
 莉子は四月から、病院の栄養士として働くことになっている。それに伴って実家に戻ってしまうから、莉子ともあまり会えなくなると思うと今から寂しくて仕方ない。卒業式を迎えてみて、もっと遊んでおけばよかったな、なんて後悔していた。
 
 そんな私も、隣町にある料理教室に就職する予定だ。家からだと電車とバスで一時間くらいかかるけれど、大学にもそれくらいの時間をかけて通っていたから大丈夫だろう。お母さんと同じ道を歩んでいるのが少し照れくさいけれど、家族も賛成してくれている。
 
 怒りながらも喜んでくれている莉子と一緒に、謝恩会用のパーティードレスに着替えようと歩き出した。周りでは私たちと同じように、晴れ姿の卒業生たちが笑顔で写真を撮っている。
 
 色んなことがあった大学生活だったけれど、振り返ってみればいい思い出ばかりだ。特に平原さんがこの街に戻って来てからは、世界が色を取り戻したような気さえする。
 
 今日彼は仕事のはずだけど、きっと明日のことを考えてそわそわしていることだろう。私のお父さんに会ったら殴られるんじゃないかと、昔からずっと心配していたから。
 
 お父さんはどんな反応をするかな。「ちょっと用があるから予定を空けておいて」としか言っていないが、察してくれているだろうか。
 いや、あのお父さんのことだから何も分かっていなさそうだ。平原さんを紹介したら、驚いて何も言えなくなるかもしれない。
 
 そんな想像だけで笑みが零れてしまった私を、莉子が不思議そうな顔で見ていた。
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