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第二章

18.私とお酒と合コンと

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「じゃあ、みんな飲み物揃ったかな!? せーの、かんぱーい!!」
「かんぱあーい!!」
 
 駅前にあるチェーンの居酒屋で、私は人生初の合コンに参加していた。
 薄めのレモンサワーを一口飲んで、意味もなく高いテンションにすでに辟易していた。まだ始まったばかりなのに。
 
「とりあえず、自己紹介しようか! じゃあ女の子の方から!」
 
 仕切っているのは、莉子のお目当ての先輩だ。確かにきりっとした顔をしているけれど、なんだかチャラそうな雰囲気で私は苦手だな、と勝手に判断していた。目をキラキラさせている莉子の手前、口が裂けてもそんなことは言えないが。
 
「栄養学部二年の戸倉莉子です! 部活は書道部です! よくハンド部のみなさんとは部室棟ですれ違うので、今日はこうしてちゃんとお話できるのが嬉しいです!」
 
 今日は五人ずつ男女が集まっている。男の子五人は、全員大学のハンドボール部に所属しているらしい。
 女の子三人に続いて莉子がはきはきと自己紹介しているのを見ながら、すでに帰りたくなっている私はどんどん気分が落ちていくのを感じていた。
 
「はい、じゃあ次ハチ!」
「あ、うん……えーと、同じく栄養学部二年で書道部の、大屋倫です。よろしくお願いします」
 
 気分が下がっているのを悟られないように、できるだけ明るい声を出したつもりだったが出来ていただろうか。
 助けてくれると言っていた莉子は、もう先輩の方ばかり見ていて私には目もくれない。薄情なのはどっちだ、と心の中で悪態をついた。
 
「じゃあ、次男子ね! 敦士から!」
「あ、はい。初めまして、二年の滋野敦士あつしです。よろしくお願いします。実は、大屋さんとは同じ高校の同じクラスでした」
「えー、マジかよ! お前早く言えよな!」
「いや、今日大屋さんが来るなんて知らなかったから……」
 
 そうなのだ。
 私もこの居酒屋に着いてメンバーを見て初めて知ったのだが、高校の時同じクラスだった滋野くんもこの合コンに参加していたのだ。
 メンバーの中に滋野くんを発見して驚いていると、向こうも私を見つけて驚いていた。たぶん、私より滋野くんの方が驚いていたと思う。だって、忘れられない人がいると言って彼の告白を断ったのに、こうして合コンになんて参加しているのだから。
 
「さて! 自己紹介も終わったところで、ゲームでもしますか!」
「え、早いだろ! とりあえずメシ食おうぜ」
「あたしもお腹すいたからご飯食べたいでーす」
 
 主催者の先輩たちが取り仕切って、とりあえずご飯を食べながらの雑談タイムに入ったらしい。
 早く滋野くんに事情を説明したいのだが、一番遠い席に座っているから話しかけることもできない。向かいの席に座っている男の子が気を遣って話しかけてくれるけれど、会話が全く頭に入ってこなくて曖昧に相槌を打つばかりだった。
 
「ねえ、大屋さん。もしかして敦士と話したいの?」
「へっ!? あ、ああ、いや、そういうわけじゃ……」
「いいっていいって! オレから席替えするように言ってあげるよ!」
「あ、あの、本当に……」
「はいはーい!! そろそろ席替えしませんかあー!?」
 
 私がちらちらと滋野くんの方を見ていたせいか、向かいに座っていた男の子が気を回してくれる。確かに滋野くんに事情を説明したいとは思っていたけれど、男の子はどうも勘違いしているようだ。
 
「よし、じゃあ席替えするか! クジ作ったから、みんな引いてー!」
 
 男の子の声掛けで、席替えをすることになる。
 莉子の隣を離れるのは少し不安だけど、すでに先輩しか目に入っていないみたいだから席替えをしてもしなくても同じかもしれない。
 引いた番号に割り振られた席に座ると、一番隅の席で少しほっとする。これで向かいと隣の席が女の子だったらいいな、なんて合コンらしからぬことを考えていたけれど、そんな都合のいいことにはならなかった。
 
「おっ、隣大屋ちゃんかぁ! よろしくね!」
「は、はい……」
「敦士と同級生だったんだろ? あいつ、こんな可愛い子と知り合いなら早く言えって感じだよな!」
「いや、そんなことは……」
 
 向かいの席には前髪を長く伸ばした男の子が座り、隣には明るめの茶髪をツンツン立たせた男の子が座ってしまった。女の子どころか滋野くんともまた離れた席になって、席替えをしない方がまだよかったかもしれない。
 会話から逃げるように、私はまたレモンサワーに口を付ける。二十歳を過ぎたばかりで、お酒を飲むことに慣れていない上に私はそんなに強くない体質だ。でも、ずっと何かを食べているわけにもいかないし、かと言ってこの男の子たちと会話するのも疲れる。
 
「あれ、大屋ちゃんって結構飲める方? もう空っぽじゃん!」
「え? あ、えーと、そんなに飲めないんですが……」
「飲み物頼もうか! 今日は飲み放題のコースだから、好きなの飲みなよ!」
「す、すみません……じゃあ、ウーロン茶で」
「はいよ、頼んどいてあげる! すいませーん、ウーロンハイ一つ追加でお願いしまーす!」
「ええっ!? あ、違っ……!」
 
 もうアルコールはやめておこうと思ったのに、聞き間違えたのかウーロンハイを頼まれてしまった。訂正する暇もなく、すぐにウーロンハイが運ばれてきて私の目の前に置かれる。もう一度頼み直すわけにもいかなくて、これくらいなら大丈夫かと思って諦める。
 仕方なく今度はそのウーロンハイをちびちび飲みながら、男の子たちの会話にぎこちなく応じていた。
 







「……や、さん。大屋さん!」
「へっ……?」
 
 肩を揺らされて、はっと正気に戻る。顔が熱くて、頭がぼーっとしている。心なしか、少し頭が痛いような気もする。
 そんな私の顔を心配そうに覗き込んでいるのは、滋野くんだった。
 
「あれ……しげのくん? どうしたの……?」
「大丈夫? これから他の人たちは二次会に行くって言うんだけど、俺と大屋さんは終電があるから帰ろうってことになって……覚えてる?」
「んー……ごめん、おぼえてない……」
「……もしかして、酔ってる?」
 
 そうか。私は酔っているみたいだ。
 滋野くんにそう言われて、うまく頭が働かない理由が分かった。そんなに飲むつもりは無かったけれど、手持無沙汰でちびちび飲んでいたのが結構効いたらしい。
 
「他のみんな、もう外に出てるから。大丈夫? 立てる?」
「うん、だいじょうぶ……」
 
 大丈夫と言った割に、足元もおぼつかない。これが千鳥足と言うやつか、と他人事みたいに考えながら滋野くんに手を引いてもらって外へ出た。
 
「うわっ、ハチ大丈夫!? 帰れる!?」
「あ、りこ……うん、大丈夫」
「ほんとに? あたしも二次会やめるからさ、今日家泊まってく?」
「あー……ううん、いい。かえる……」
 
 頭だけがふわふわと浮いているみたいな感覚なのに、一瞬のうちに色んなことを考えた。
 これから終電で家に帰るのは面倒だけど、莉子はこれから二次会に行くと言っていた。憧れの先輩ともっとお近づきになれるチャンスだし、私のせいでそのチャンスを潰してほしくない。
 それに、明日は平原さんとデートだ。莉子の家に泊まったら、平原さんと会う時間も遅くなってしまうかもしれない。
 
「大丈夫だよ、戸倉さん。オレが送っていくから」
「え……本当に? 滋野くん、お願いしていいの?」
「うん。大屋さんの最寄駅まで行って、そこでタクシーに乗せるよ。俺も同じ駅だから大丈夫」
「あ、そうなんだ! まあ、滋野くんなら安心だね! ごめんね、ハチのことよろしく!」
 
 そう言って、莉子は他のメンバーと一緒にうきうきと次のお店に向かっていった。
 その後ろ姿を見送りながら、私はふと思ったことを口にする。
 
「……あれ? しげのくん、最寄りおなじだったっけ……?」
「ううん、一駅前だけど。でも大して変わらないし、大屋さん一人にしたら危ないから」
「あ……ごめん。めいわく、かけて……」
「気にしないで。もっと大屋さんと話したかったし、一緒に帰ろう」
 
 駅に向かって、滋野くんと二人で歩き出す。
 滋野くんも結構お酒を飲んでいたはずだけど、足取りもしっかりしているし私みたいにふらついていない。部活で飲み会が多いと言っていたし、強い方なのかもしれない。
 
「あのー……大屋さん? 今日はどうして合コンなんか来たの?」
「え……ああ、あのね、りこがどうしても来てっていうから。りこ、あの先輩にずっとあこがれてて……」
「なるほどね。それで人数合わせで呼ばれたってわけか。おかしいと思ったんだよ、大屋さんが合コンに来るなんて」
「うん、まあ……」
「彼、怒らない? 最近やっと帰ってきたんでしょ?」
 
 そういえば、滋野くんにも平原さんと会えたことを報告したんだった。
 滋野くんにも心配をかけていたし、言っておくべきだと思ってキャンパス内で偶然会ったときに報告したのだ。その時滋野くんは自分のことのように喜んでくれて、やっぱり優しい人だなぁと感動したのだった。
 でも、今の私は平原さんのことを思い出すと胸の奥がもやもやしてしまって仕方なかった。酔いが回ったら、彼が私との約束を反故にしたことが無性に腹立たしくなって、ヤケ酒よろしくぐいぐいと慣れないお酒を飲んでしまったのだ。もちろん、気まずさを紛らわすために飲んでいたというのもあるけれど。
 
「……いいの。ひらはらさん、わたしとのデートより飲み会にいったから……」
「え……それで、当て付けで合コンに? もしかして、彼に合コン行くって言ってないの?」
「うん……ともだちと、飲み会だっていったけど、まちがってないでしょう?」
「ま、まあ、大きく外れてはいないけど……」
「もう、いいの。今日はあそんだから、これでもうチャラにして、あしたからはちゃんと……きゃあっ!」
 
 妙に饒舌になってぺらぺらと喋っていたら、ちょっとした段差につまずいて体が傾いた。
 
 ああ、転ぶな。
 頭ではそう分かっているのに、酔っ払いの体は鈍くて動かない。これで転んだって大した怪我はしないだろうし、まあいいか。
 
 しかし予想は外れて、がっしりとした腕が私の体を抱きとめた。
 
「だ、大丈夫!?」
「ひら……じゃない、しげのくん……」
 
 抱きとめてくれたのは、もちろん隣を歩いていた滋野くんだった。
 温かい腕に包まれて、つい平原さんが来てくれたのかと思ってしまった。助けてもらっておいて失礼なことである。
 
「ご、ごめん……」
「危なかった……それにしても大屋さん、結構酔ってるね。よかったらオレの腕持ってていいよ」
「あ、ごめん……ありがとう」
 
 申し訳ないとは思ったが、何かに掴まって歩かないとまた転びそうだ。
 駅までの短い道のりでもこの始末なのだから、一人で家に帰るなんて無理だったかもしれない。滋野くんにはお世話になってばかりだ。
 失礼して滋野くんの右腕に掴まって、のろのろと駅に向かう。もう駅は目と鼻の先だし、終電まであと十分ほど時間があるから、なんとか無事家に帰れそうだ。
 滋野くんの腕に掴まったまま、ほっと息をついて定期入れを取り出そうとバッグに手を入れようとした、その時。
 
「……倫。何してるの?」

 定期入れに触れた手をがしっと強い力で掴まれて、驚いて身をすくませる。
 慌てて振り向くと、そこにはなぜか平原さんがいた。しかも、今まで見たことがないくらい険しい顔をしている。
 
「あれ……ひら、はらさん?」
 
 酔っ払いすぎて、幻覚でも見え始めたのだろうか。
 ここに平原さんがいるはずがないのに、確かに腕を掴まれている感覚がする。それに、ものすごく怖い顔で睨まれている。こんな平原さん、初めて見た。
 
「どういうことかな、倫」
「んぅ……? なんで、ひらはらさんが……」
「あっ……、大屋さんの彼氏の、平原さんですよね? オレ、大屋さんの友達の滋野と言います。今日は何人かで飲んでて、大屋さん酔いすぎたみたいなんでオレが送っていくことになったんです。さっき大屋さん転びそうになって、それでオレが腕持ってって言っただけなんで、大屋さんは何も悪くありません」
 
 うまく返事もできない私に代わって、滋野くんがしっかりと説明をしてくれる。それに「合コン」という言葉を濁して、私を庇ってくれているのが分かった。
 相変わらず怖い顔の平原さんは、説明をする滋野くんの方をじっと見ているけれど、私の手を握る力は強いままだ。
 
「ひらはらさん、手、いたいっ……!」
「倫は黙ってて。……滋野くん、だっけ。倫が迷惑かけてごめんね。あとは俺が面倒見るから、君は電車乗っていいよ。ありがとう」
「え……でも、これ終電ですよ?」
「うん、大丈夫。今日はもうこの辺りで泊まっていくから」
 
 平原さんのその言葉を聞いて、何を想像したのか滋野くんの顔にさっと朱が差した。
 そして平原さんは、滋野くんの腕を持っていた方の手も無理矢理引き離して私の体ごと引き寄せる。その瞬間ふわりと平原さんの匂いがして、こんな状況なのに私はほっと心が落ち着くような気がしていた。
 
「あっ……じゃ、じゃあオレ、行きます。大屋さん、またね」
「あ……ありがとう、しげのくん。またね」
 
 まだよく状況が飲み込めていないけれど、とりあえず滋野くんにお礼を言って手を振った。
 改札を通っていく滋野くんの後ろ姿をぼーっと見ていると、平原さんにぐいっと顔を掴まれて突然キスされた。
 
「んっ! んん、んーっ!?」
 
 酔っ払っていたって、こんな駅前でキスなんかしちゃいけないことくらい分かる。しかもここは大学の最寄駅だ。知り合いが通ってもおかしくない。
 必死にもがいたけれど、いつも以上に強い力で押さえつけられてびくともしない。
 ばしばしと平原さんの胸を叩くと、不満気な顔をしながらも唇を離してくれる。外でキスするのはやめてほしいと言っているのに、相変わらず彼は人の目を全く気にしない。
 
「……倫、行くよ」
「へ……? どこに……」
「ホテル。もう終電行っちゃったし、俺も飲んでるから」
 
 そうか、そういえば平原さんも今日は飲みに行くと言っていた。でも、それならどうしてこんなところにいるんだろう。
 そもそも、何でそんなに怒ってるんだろう。怒りたいのはこっちなのに。
 でも、私の手を掴んで歩く平原さんについて行くのが精一杯で、結局私は何も聞けなかった。
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