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45.見えぬ糸(1)
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――あなたの、祖父ということになる。
目を細めながらそう告げた彼に、ミーアは息もつけぬほど驚愕する。
老紳士はそんな彼女を見てふっと優しく微笑むと、座席に腰掛けるよう促した。戸惑いながらもミーアは彼の向かい側に座り、おずおずと窺うように彼の顔を見つめる。
「ふふ、何が何だか分からない、といった顔ですね」
「あ……す、すみません」
「君が落ち着くまで、私からいくつか質問させてもらっていいかな。さっき君を追っていたのは、トガミという星読師で間違いありませんか?」
厳しい声音で尋ねられ、ミーアは戸惑いながらも頷いた。
「は……はい。私も、つい先ほど知ったばかりで混乱しているのですが……トガミさんは、私を殺すつもりのようです。それに、きっといつかはリオン殿下のことも……」
そう口に出してから、ミーアは急に恐ろしくなり小さく身震いした。トガミと対峙しているときは驚きや怒りしか沸き上がってこなかったが、振り返ってみると命を奪われそうになった恐怖がまざまざと蘇る。
「あの男が、君を……? 血眼になってセイレン家の血を引く娘を探していたくせに、なぜ今さら殺そうとするのだ……!?」
「私にも、詳しくは分からないのですが……トガミさんには、リオン殿下も知らない目的があるようなのです。おそらく、その目的のために、私は邪魔になったのだと……」
途切れ途切れに説明すると、老紳士は眉を顰めて息をついた。
「そうでしたか……あの男とは面識があるが、私はどうも好かなくてね。しかし、国王陛下やリオン殿下たちに害を及ぼすようなことはないだろうと楽観視していたが……私の読みが甘かったようだ」
老紳士は悔しそうに拳を握ると、青ざめた顔をして縮こまっているミーアに「もう大丈夫だよ」と微笑みかける。その穏やかな声に安心して、思わずミーアの目が潤んだ。
「街中で、君がトガミたちに追われているのを偶然見かけてね。何事かと目を凝らしてみたら、君の着けているその腕輪が目に入ったんだ」
「あっ……こ、この腕輪、やっぱりセイレン家の……!」
「……ああ。私が、娘に渡したものだよ。すぐに捨ててしまったとばかり思っていたが……イリヤは、きちんと君に受け継いでいたのだな」
それだけ言うと、彼は目元を押さえて黙り込んでしまった。ミーアもまたかける言葉が見つからずに口を噤み、左手に光る腕輪をそっと撫でる。
しばらくの無言のあと、ミーアはためらいながら彼に尋ねた。
「あ、あの……私や、父のことを、恨んでおられますか……?」
ためらいがちなその問いかけに、老紳士は少しの間考え込むような仕草を見せる。しかし、すぐに顔を上げて穏やかに微笑んだ。
「……いや。君のお父さんとお母さんが二人で行方をくらました後は、頭ごなしに結婚を反対した自分を恨んだよ。二度と娘に会えなくなるくらいなら、身分の差などに囚われず、若い二人の幸せを願ってやればよかったと……今でも後悔している」
「今でも……ですか」
「ええ。トガミがセイレン家の血を引く娘を必死で探している間、私はもしかしたらイリヤの消息を辿れるかもしれないと期待していたんだ。王家の力をもってすれば、たった一人の娘ともう一度会えるのではないか……とね」
悲しげに目を伏せる彼に、ミーアの胸がぎゅっと締め付けられる。ミーアの母であるイリヤはもう十数年も前に亡くなっているが、彼はその事をつい最近まで知ることさえできなかったのだ。
「だが……イリヤは、もうすでにこの世にいなかった。もしまた会うことができたなら、辛い選択をさせたことを詫びたかったのに……はは、今さらこんなことを言っても遅いが」
そこで言葉を切ると、彼はすっと顔を上げてミーアの瞳を覗き込んだ。そのまっすぐな眼差しにミーアが何も言えずにいると、彼は目に涙を滲ませながら彼女の手を強く握りしめる。
「……君は、澄んだ眼をしている。イリヤとそっくりだ」
「え……」
「君に気づいたのは、その腕輪のおかげでもあるが……君が、イリヤとよく似ていたから目に留まったんだ。まるで娘を悪漢に襲われているかのような怒りを覚えて、咄嗟に馬車を止めさせてしまった……」
少しも視線を逸らすことなく、彼は唇を震わせながら語る。そして、ゆっくりと口を開き問いかけた。
「イリヤは……君のお母さんは、最期の時まで、幸せだったか……?」
泣くのを堪えることを止めた老紳士の両目から、とめどなく涙が伝っていく。その様子を、ミーアはじっと見つめていた。
目を細めながらそう告げた彼に、ミーアは息もつけぬほど驚愕する。
老紳士はそんな彼女を見てふっと優しく微笑むと、座席に腰掛けるよう促した。戸惑いながらもミーアは彼の向かい側に座り、おずおずと窺うように彼の顔を見つめる。
「ふふ、何が何だか分からない、といった顔ですね」
「あ……す、すみません」
「君が落ち着くまで、私からいくつか質問させてもらっていいかな。さっき君を追っていたのは、トガミという星読師で間違いありませんか?」
厳しい声音で尋ねられ、ミーアは戸惑いながらも頷いた。
「は……はい。私も、つい先ほど知ったばかりで混乱しているのですが……トガミさんは、私を殺すつもりのようです。それに、きっといつかはリオン殿下のことも……」
そう口に出してから、ミーアは急に恐ろしくなり小さく身震いした。トガミと対峙しているときは驚きや怒りしか沸き上がってこなかったが、振り返ってみると命を奪われそうになった恐怖がまざまざと蘇る。
「あの男が、君を……? 血眼になってセイレン家の血を引く娘を探していたくせに、なぜ今さら殺そうとするのだ……!?」
「私にも、詳しくは分からないのですが……トガミさんには、リオン殿下も知らない目的があるようなのです。おそらく、その目的のために、私は邪魔になったのだと……」
途切れ途切れに説明すると、老紳士は眉を顰めて息をついた。
「そうでしたか……あの男とは面識があるが、私はどうも好かなくてね。しかし、国王陛下やリオン殿下たちに害を及ぼすようなことはないだろうと楽観視していたが……私の読みが甘かったようだ」
老紳士は悔しそうに拳を握ると、青ざめた顔をして縮こまっているミーアに「もう大丈夫だよ」と微笑みかける。その穏やかな声に安心して、思わずミーアの目が潤んだ。
「街中で、君がトガミたちに追われているのを偶然見かけてね。何事かと目を凝らしてみたら、君の着けているその腕輪が目に入ったんだ」
「あっ……こ、この腕輪、やっぱりセイレン家の……!」
「……ああ。私が、娘に渡したものだよ。すぐに捨ててしまったとばかり思っていたが……イリヤは、きちんと君に受け継いでいたのだな」
それだけ言うと、彼は目元を押さえて黙り込んでしまった。ミーアもまたかける言葉が見つからずに口を噤み、左手に光る腕輪をそっと撫でる。
しばらくの無言のあと、ミーアはためらいながら彼に尋ねた。
「あ、あの……私や、父のことを、恨んでおられますか……?」
ためらいがちなその問いかけに、老紳士は少しの間考え込むような仕草を見せる。しかし、すぐに顔を上げて穏やかに微笑んだ。
「……いや。君のお父さんとお母さんが二人で行方をくらました後は、頭ごなしに結婚を反対した自分を恨んだよ。二度と娘に会えなくなるくらいなら、身分の差などに囚われず、若い二人の幸せを願ってやればよかったと……今でも後悔している」
「今でも……ですか」
「ええ。トガミがセイレン家の血を引く娘を必死で探している間、私はもしかしたらイリヤの消息を辿れるかもしれないと期待していたんだ。王家の力をもってすれば、たった一人の娘ともう一度会えるのではないか……とね」
悲しげに目を伏せる彼に、ミーアの胸がぎゅっと締め付けられる。ミーアの母であるイリヤはもう十数年も前に亡くなっているが、彼はその事をつい最近まで知ることさえできなかったのだ。
「だが……イリヤは、もうすでにこの世にいなかった。もしまた会うことができたなら、辛い選択をさせたことを詫びたかったのに……はは、今さらこんなことを言っても遅いが」
そこで言葉を切ると、彼はすっと顔を上げてミーアの瞳を覗き込んだ。そのまっすぐな眼差しにミーアが何も言えずにいると、彼は目に涙を滲ませながら彼女の手を強く握りしめる。
「……君は、澄んだ眼をしている。イリヤとそっくりだ」
「え……」
「君に気づいたのは、その腕輪のおかげでもあるが……君が、イリヤとよく似ていたから目に留まったんだ。まるで娘を悪漢に襲われているかのような怒りを覚えて、咄嗟に馬車を止めさせてしまった……」
少しも視線を逸らすことなく、彼は唇を震わせながら語る。そして、ゆっくりと口を開き問いかけた。
「イリヤは……君のお母さんは、最期の時まで、幸せだったか……?」
泣くのを堪えることを止めた老紳士の両目から、とめどなく涙が伝っていく。その様子を、ミーアはじっと見つめていた。
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