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33.存在意義(1)
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「え……部屋を、変えるのですか?」
昼食を済ませたミーアが自室に戻ろうと廊下に出たところで、慌てた様子の侍女に引き留められる。
彼女は「急なことで、申し訳ありません」と頭を下げると、困惑しながら説明した。
「どうやら、城内にまたしても賊が侵入したらしく……ミーア様を部屋でお一人にするのは危険だということで、しばらくの間はリオン殿下と同じお部屋で寝起きしていただくことになりました」
「えっ、また賊が……!?」
「はい。今度はルカ殿下が襲われたそうなのですが、幸いにもお怪我はありませんでした。賊も既に捕らえてあるそうです」
「そ、そうなのですね……よかった」
「というわけでして、ミーア様のお荷物はのちほど私たちがお運びしますので、とにかく今は殿下のお部屋に向かっていただきたいのです」
数人の侍女と護衛に周りを囲まれながら、ミーアは戸惑いつつも城の最上階にあるリオンの部屋へと向かう。ただならぬ様子に、以前庭で襲われたときのことを思い出して不安から眉をひそめた。
そして、リオンの部屋へと辿り着くと、その入り口にもまた何人もの護衛が控えていた。皆一様に武器を持っていて、なんとも重々しい雰囲気だ。
「ああ、ミーア様。ご無事で何よりです。いやあ、また賊が入ったなんて恐ろしいですよねえ」
「あ……トガミさん」
ミーアが部屋に入ろうとすると同時に、廊下の先から現れたトガミが話しかけてきた。普段と変わらぬ様子の彼は面倒くさそうにがりがりと頭を掻くと、側にいた護衛に「リオン殿下は?」と尋ねる。
「殿下は只今、陛下の所へ向かっていらっしゃいます。私たちはミーア様をお護りするよう言いつかっておりますので、ここに」
「なんだ、いないんですか。殿下に話があったんですがねえ」
そう言ってトガミは嘆息すると、ミーアの方を横目で見やる。そしてにやりと笑ったかと思うと、彼女に一歩近づいて話しかけた。
「先日お話しした、セイレン家の娘を側室に迎えるという件ですが。バタバタしていてこちらからの連絡が遅れている間に、向こうからお断りの手紙が来てしまったんですよねえ」
「えっ……? で、でも、先方も乗り気だと言っていませんでしたか」
「そうなんですが、リオン殿下が襲撃されたという話をどこぞから聞いてしまったようで。そんな危険な場所に嫁入りはさせられない、もし嫁ぐとしてもこの一件が落ち着いてからにしてくれ――とのことですよ」
残念ですねえ、とトガミは大げさに肩を落としてみせる。ミーアはそんな彼を渋い顔で見つめながら、内心ほっとしている自分がいることに驚いた。
「……おや? もしかして、ミーア様はこの話が破談になって喜んでいらっしゃる?」
「そ、そんなことはありません。なぜそう思うのですか?」
「だって、それが役目とはいえ殿下が他の女を抱くなんて嫌でしょう。それでもし側室にだけ子どもが産まれでもしたら、あなたがここにいる意味がなくなってしまう! 貧民の出であるミーア様でも、それに傷つくくらいの矜持はあるでしょう?」
底意地の悪い言い草に、ミーアだけでなく周りの侍女たちまでもが気色ばむ。いかめしい体躯の護衛たちも、はらはらした様子でトガミとミーアの会話を窺っていた。
トガミの無礼な物言いは、今に始まったことではない。リオンとともにミーアと父の家を訪ねてきた時から、彼の態度は一貫して農民のミーアを見下すものであった。
だが、少し前からミーアに対するトガミの言動が一層きついものになっていることに彼女は気がついた。彼はミーア自身の尊厳を傷付けようと、わざと強い言い方を選んでいるような気さえするのだ。
そう思うと、怒りよりも先に疑問が浮かんで、ミーアは静かに口を開いた。
「……トガミさんは、私をどうしたいのですか?」
「はい? どうしたいって……」
「あなたが農民である私を好ましく思っていないのは、最初から分かっています。ですが、最近は……特にリオン殿下が怪我をされてからは、わざと私を怒らせるような言い方をなさってはいませんか?」
トガミの目をまっすぐ見つめながら言うと、彼にしては珍しくたじろいだ。すかさず、ミーアはさらに彼を問い詰める。
「単純に、身分の低い私の存在が煩わしいだけですか? でも、星読師という地位も権威も持っているあなたが、発言権の無い私をわざわざ貶めようとする理由が分からないのです。トガミさんはなぜ私を、そこまで傷付けようとするのですか?」
「は……ははっ、そんな、ミーア様を傷付けようだなんて」
「何か思惑があるのではありませんか? 私には、そう思えてならないのです。納得のいく説明をしてください、トガミさん」
毅然とした態度で言い切ったミーアを、周囲が固唾を呑んで見守っている。
当のトガミは、しどろもどろになりながら反論を考えていたようだが、一歩も引かない様子のミーアを見て諦めたように肩をすくめる。そして、くるりと身を翻して言った。
「ここで立ち話ってのも何ですから、よかったら僕の天文台へ来ませんか? お茶くらいなら出せますから」
「え……ですが」
「ああ、もちろん護衛の方々も来ていいですよ。僕一人じゃあ、賊に襲われてもミーア様を守れない」
それじゃあお願いしますよ、と周りを取り囲む護衛に声をかけると、トガミはそのまますたすたと廊下を歩いていく。ミーアは慌ててその後ろに付いていくことにした。
昼食を済ませたミーアが自室に戻ろうと廊下に出たところで、慌てた様子の侍女に引き留められる。
彼女は「急なことで、申し訳ありません」と頭を下げると、困惑しながら説明した。
「どうやら、城内にまたしても賊が侵入したらしく……ミーア様を部屋でお一人にするのは危険だということで、しばらくの間はリオン殿下と同じお部屋で寝起きしていただくことになりました」
「えっ、また賊が……!?」
「はい。今度はルカ殿下が襲われたそうなのですが、幸いにもお怪我はありませんでした。賊も既に捕らえてあるそうです」
「そ、そうなのですね……よかった」
「というわけでして、ミーア様のお荷物はのちほど私たちがお運びしますので、とにかく今は殿下のお部屋に向かっていただきたいのです」
数人の侍女と護衛に周りを囲まれながら、ミーアは戸惑いつつも城の最上階にあるリオンの部屋へと向かう。ただならぬ様子に、以前庭で襲われたときのことを思い出して不安から眉をひそめた。
そして、リオンの部屋へと辿り着くと、その入り口にもまた何人もの護衛が控えていた。皆一様に武器を持っていて、なんとも重々しい雰囲気だ。
「ああ、ミーア様。ご無事で何よりです。いやあ、また賊が入ったなんて恐ろしいですよねえ」
「あ……トガミさん」
ミーアが部屋に入ろうとすると同時に、廊下の先から現れたトガミが話しかけてきた。普段と変わらぬ様子の彼は面倒くさそうにがりがりと頭を掻くと、側にいた護衛に「リオン殿下は?」と尋ねる。
「殿下は只今、陛下の所へ向かっていらっしゃいます。私たちはミーア様をお護りするよう言いつかっておりますので、ここに」
「なんだ、いないんですか。殿下に話があったんですがねえ」
そう言ってトガミは嘆息すると、ミーアの方を横目で見やる。そしてにやりと笑ったかと思うと、彼女に一歩近づいて話しかけた。
「先日お話しした、セイレン家の娘を側室に迎えるという件ですが。バタバタしていてこちらからの連絡が遅れている間に、向こうからお断りの手紙が来てしまったんですよねえ」
「えっ……? で、でも、先方も乗り気だと言っていませんでしたか」
「そうなんですが、リオン殿下が襲撃されたという話をどこぞから聞いてしまったようで。そんな危険な場所に嫁入りはさせられない、もし嫁ぐとしてもこの一件が落ち着いてからにしてくれ――とのことですよ」
残念ですねえ、とトガミは大げさに肩を落としてみせる。ミーアはそんな彼を渋い顔で見つめながら、内心ほっとしている自分がいることに驚いた。
「……おや? もしかして、ミーア様はこの話が破談になって喜んでいらっしゃる?」
「そ、そんなことはありません。なぜそう思うのですか?」
「だって、それが役目とはいえ殿下が他の女を抱くなんて嫌でしょう。それでもし側室にだけ子どもが産まれでもしたら、あなたがここにいる意味がなくなってしまう! 貧民の出であるミーア様でも、それに傷つくくらいの矜持はあるでしょう?」
底意地の悪い言い草に、ミーアだけでなく周りの侍女たちまでもが気色ばむ。いかめしい体躯の護衛たちも、はらはらした様子でトガミとミーアの会話を窺っていた。
トガミの無礼な物言いは、今に始まったことではない。リオンとともにミーアと父の家を訪ねてきた時から、彼の態度は一貫して農民のミーアを見下すものであった。
だが、少し前からミーアに対するトガミの言動が一層きついものになっていることに彼女は気がついた。彼はミーア自身の尊厳を傷付けようと、わざと強い言い方を選んでいるような気さえするのだ。
そう思うと、怒りよりも先に疑問が浮かんで、ミーアは静かに口を開いた。
「……トガミさんは、私をどうしたいのですか?」
「はい? どうしたいって……」
「あなたが農民である私を好ましく思っていないのは、最初から分かっています。ですが、最近は……特にリオン殿下が怪我をされてからは、わざと私を怒らせるような言い方をなさってはいませんか?」
トガミの目をまっすぐ見つめながら言うと、彼にしては珍しくたじろいだ。すかさず、ミーアはさらに彼を問い詰める。
「単純に、身分の低い私の存在が煩わしいだけですか? でも、星読師という地位も権威も持っているあなたが、発言権の無い私をわざわざ貶めようとする理由が分からないのです。トガミさんはなぜ私を、そこまで傷付けようとするのですか?」
「は……ははっ、そんな、ミーア様を傷付けようだなんて」
「何か思惑があるのではありませんか? 私には、そう思えてならないのです。納得のいく説明をしてください、トガミさん」
毅然とした態度で言い切ったミーアを、周囲が固唾を呑んで見守っている。
当のトガミは、しどろもどろになりながら反論を考えていたようだが、一歩も引かない様子のミーアを見て諦めたように肩をすくめる。そして、くるりと身を翻して言った。
「ここで立ち話ってのも何ですから、よかったら僕の天文台へ来ませんか? お茶くらいなら出せますから」
「え……ですが」
「ああ、もちろん護衛の方々も来ていいですよ。僕一人じゃあ、賊に襲われてもミーア様を守れない」
それじゃあお願いしますよ、と周りを取り囲む護衛に声をかけると、トガミはそのまますたすたと廊下を歩いていく。ミーアは慌ててその後ろに付いていくことにした。
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