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10.初夜(2)
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「や……約束を違えるのなら、あなたの妻となるという話を無かったことにしてください。父とともに、城を出ていきます……!」
震える声で、リオンを拒絶する。しかし彼は一歩も引く様子を見せなかった。
「それはできない。説明しただろう? セイレン家の血を引く女性は、きみしかいないのだと」
「そんなことは知りません! あなたたちが勝手に決めたことでしょう!?」
「私ではない。星のお導きだよ」
頭にかっと血が上るのを感じて、ミーアは拳を握り締めた。怒りのあまり、がちがちと奥歯が鳴っている。
思わずリオンの顔面にその拳をぶつけたくなったが、ここで怒りに身を任せてはいけないと自らを制して、ミーアは彼の体を突き飛ばして立ち上がった。
「このようなこと、許されると思っているのですか!? 星の導きだの血を引く者だの、不確かなものばかりに振り回されて……! この国の王子ともあろうお方がこんなにも浅はかな人間だったなんて、はっきり言って失望しました!」
ぎりぎりと己の腕を握りしめながら、ミーアは叫んだ。格子の向こうからは「なんと不敬な……!」と彼女を咎める声が聞こえたが、先に不義を働いたのはリオンの方だ。天と地ほど差のある身分とはいえ、ここまで侮辱的な扱いを受けてなお黙っていることはできなかった。
声を震わせながら歯向かうミーアを、リオンは癇癪を起こした子供をなだめるかのような目で見つめる。
「落ち着いてくれ、ミーア。確かに約束を違えることになったのはすまないが、この婚姻はきみも納得したうえのことだろう? お父上には明日にでも腕のいい医者を手配するし、きちんと衣食住も保証される。きみだって、もう土にまみれて働く必要がなくなったのだから、何を不満に思うことがあるのだ」
「っ……! でも、私は、貧しくともあの家で父と暮らせれば、それで良いと……!」
「帰る家は、もう無いだろう。お父上もろとも路頭を彷徨う気か? あまりおすすめしないな」
「あ……、あなたさえ来なければ、こんなことにはならなかったはずです! もういいっ、出ていきますから!」
寝台から抜け出して出口へと走ったミーアは、その勢いのまま扉の廻し手に手をかける。しかし、それと同時にリオンの低い声が部屋に響いた。
「きみが本気なら、出て行くといい。しかし、お父上の身はこちらが預かっているということを忘れられては困るな」
「な……っ!?」
「こんな脅しは使いたくなかったんだが、私としてもきみがいなくなると非常に困るんだ。娘の嫁ぎ先――しかも王宮で、まさか城の者に襲われるとは……お父上は露ほども警戒していないだろうな。そのような老人を手にかけるのは、赤子の手をひねるより容易い」
あまりにも無情なその言葉に、ミーアは息もつけないほど驚愕する。
そして、扉の前で立ち尽くす彼女の側へリオンが近付く。逃げなければと頭では思うのに、彼に対する恐怖と、父の身が危険に晒されていることへの不安が彼女を凍り付かせた。
「――きみは、親孝行な娘だ。お父上のためなら、愛してもいない男にその身を捧げることだってできる。そうだろう?」
「い……っ、いや」
「きみが大人しくしてくれたら、悪いようにはしない。欲しいものは何だって与えるし、お父上が穏やかに過ごせるよう最善を尽くそう。この約束は必ず果たすと誓うよ」
「そ、そんなの、信用できるわけが……!」
「ならば致し方ない。お父上には、犠牲になってもらう」
あまりにも無慈悲な言葉に、ミーアの瞳が絶望の色に染まった。
――この人には、何を言っても通じない。抗うこともできない。
もはや一言も発することができなくなったミーアは、すっと扉から力無く手を離す。
そんなミーアを見たリオンはにこりと微笑み、彼女の震える手を取って再び部屋の中央へといざなう。そして、幾重にも重ねられた布団の上にミーアの体を横たえると、その上に覆い被さって告げた。
「では、これより初夜の儀式を行う。……きみが聞き分けのいい子で助かるよ、ミーア」
震える声で、リオンを拒絶する。しかし彼は一歩も引く様子を見せなかった。
「それはできない。説明しただろう? セイレン家の血を引く女性は、きみしかいないのだと」
「そんなことは知りません! あなたたちが勝手に決めたことでしょう!?」
「私ではない。星のお導きだよ」
頭にかっと血が上るのを感じて、ミーアは拳を握り締めた。怒りのあまり、がちがちと奥歯が鳴っている。
思わずリオンの顔面にその拳をぶつけたくなったが、ここで怒りに身を任せてはいけないと自らを制して、ミーアは彼の体を突き飛ばして立ち上がった。
「このようなこと、許されると思っているのですか!? 星の導きだの血を引く者だの、不確かなものばかりに振り回されて……! この国の王子ともあろうお方がこんなにも浅はかな人間だったなんて、はっきり言って失望しました!」
ぎりぎりと己の腕を握りしめながら、ミーアは叫んだ。格子の向こうからは「なんと不敬な……!」と彼女を咎める声が聞こえたが、先に不義を働いたのはリオンの方だ。天と地ほど差のある身分とはいえ、ここまで侮辱的な扱いを受けてなお黙っていることはできなかった。
声を震わせながら歯向かうミーアを、リオンは癇癪を起こした子供をなだめるかのような目で見つめる。
「落ち着いてくれ、ミーア。確かに約束を違えることになったのはすまないが、この婚姻はきみも納得したうえのことだろう? お父上には明日にでも腕のいい医者を手配するし、きちんと衣食住も保証される。きみだって、もう土にまみれて働く必要がなくなったのだから、何を不満に思うことがあるのだ」
「っ……! でも、私は、貧しくともあの家で父と暮らせれば、それで良いと……!」
「帰る家は、もう無いだろう。お父上もろとも路頭を彷徨う気か? あまりおすすめしないな」
「あ……、あなたさえ来なければ、こんなことにはならなかったはずです! もういいっ、出ていきますから!」
寝台から抜け出して出口へと走ったミーアは、その勢いのまま扉の廻し手に手をかける。しかし、それと同時にリオンの低い声が部屋に響いた。
「きみが本気なら、出て行くといい。しかし、お父上の身はこちらが預かっているということを忘れられては困るな」
「な……っ!?」
「こんな脅しは使いたくなかったんだが、私としてもきみがいなくなると非常に困るんだ。娘の嫁ぎ先――しかも王宮で、まさか城の者に襲われるとは……お父上は露ほども警戒していないだろうな。そのような老人を手にかけるのは、赤子の手をひねるより容易い」
あまりにも無情なその言葉に、ミーアは息もつけないほど驚愕する。
そして、扉の前で立ち尽くす彼女の側へリオンが近付く。逃げなければと頭では思うのに、彼に対する恐怖と、父の身が危険に晒されていることへの不安が彼女を凍り付かせた。
「――きみは、親孝行な娘だ。お父上のためなら、愛してもいない男にその身を捧げることだってできる。そうだろう?」
「い……っ、いや」
「きみが大人しくしてくれたら、悪いようにはしない。欲しいものは何だって与えるし、お父上が穏やかに過ごせるよう最善を尽くそう。この約束は必ず果たすと誓うよ」
「そ、そんなの、信用できるわけが……!」
「ならば致し方ない。お父上には、犠牲になってもらう」
あまりにも無慈悲な言葉に、ミーアの瞳が絶望の色に染まった。
――この人には、何を言っても通じない。抗うこともできない。
もはや一言も発することができなくなったミーアは、すっと扉から力無く手を離す。
そんなミーアを見たリオンはにこりと微笑み、彼女の震える手を取って再び部屋の中央へといざなう。そして、幾重にも重ねられた布団の上にミーアの体を横たえると、その上に覆い被さって告げた。
「では、これより初夜の儀式を行う。……きみが聞き分けのいい子で助かるよ、ミーア」
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