【R18】約束の花を、きみに

染野

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最終章

6.誓いの言葉

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 自室を出て大広間に向かうまでの間、すれ違う城の人々皆に祝福の言葉をもらった。一年前の結婚式なんかより、今日の方がよっぽど結婚式らしくて、そして何より幸せだ。
 ソウは私より早く支度を終えて、もう大広間にいるらしい。付き添ってくれているリサが大広間の扉をノックすると、中からソウの返事が返ってくる。なぜか少し緊張しながら、ドレスの裾を踏まないようにそうっと中に入った。

「陛下、ユキ様をお連れしました」

 大広間には、宰相から大臣、それにタカミを筆頭とする医療班の面々、トーヤたち警備隊までもが集まっていた。そして、その中心には薄いグレーの婚礼衣装に身を包んだソウがいて、わたしの方を振り返ると目を見開いた。

「……あかんわ。とうとう天使がお迎えにきはった」
「もう。前と同じこと言ってる」

 以前、リサたちがソウは変わったと言っていたけれど、根本的なところは何にも変わっていないのだと思う。わたしが気付けなかっただけで、ソウは昔からずっと、自分勝手でわがままだけど、誰よりも優しい人だった。

 ソウがあんまり熱い視線でわたしを見るから、少し気恥ずかしくなって目を逸らした。ソウの衣装もきっとアンナが用意したのだろう。ソウの髪の色と同じ薄灰色の衣装はこの上なくソウに似合っていて、贔屓目に見たって格好良い。ソウに言ったらきっと調子に乗るから、言わないことにする。

「お二人とも、よくお似合いですよ。見ているこちらまで幸せになります」
「タカミさん、ありがとうございます」
「ほらトーヤさんも、殿下に何かおっしゃりたいんじゃないですか?」

 そう言ってタカミが、警備隊の正装を着込んだトーヤの腕を引っ張ってわたしの前に連れて来た。今日は、城の人々全員が正装を着るようにしてくれたらしい。

「トーヤも、準備してくれたのよね? ありがとう」
「あ、いや、俺は何もしてねえっつーか……その……」

 お礼を言うと、トーヤはなぜか口籠もりながらがりがりと頭をかいている。何か言いづらいことがあるのだろうか、と首を傾げていると、隣にいたリサが含み笑いをしながら教えてくれた。

「トーヤは昨年いなかったから、ユキ様の花嫁姿を見るのはこれが初めてなのよね? それでユキ様がこんなにお綺麗だから、一丁前に見惚れてるんですよ」
「い、言うなっ!! ていうか、一丁前ってなんだよ!? 見惚れたっていいだろ、別に!」
「悪いなんて言ってないわよ。ほら、こういう時ぐらいびしっと決めなさい!」

 リサに言われて、トーヤは少し逡巡してから、意を決したように真っ直ぐわたしを見据えた。

「……ユキ、綺麗だ。よく似合ってる」
「え……あっ、うん、ありがとう、トーヤ」

 薄く微笑みながら言われると、思わず照れてしまう。トーヤはお世辞なんて言わないし、普段からあんまり人を褒めるようなことは言わないから尚更だ。
 そんなわたしとトーヤのやり取りを黙って見ていたソウが、横から不満気に口を出してきた。

「……それ普通、ボクの台詞ちゃうん?」
「えっ!? だ、だって、ソウぼーっとしてるから……」
「失礼やな、ボクもユキちゃんに見惚れてたんやんか。それやのにボクを放って、目の前でトーヤくんといちゃいちゃし始めて、ほんまにユキちゃんに愛されてるか不安やわぁ」
「な、何よそれ! いちゃいちゃなんてしてないし、大体ソウはいつも……!」

 普段の調子でソウに言い返そうとしたら、間に入ったアンナとタカミに止められてしまう。

「ストップ! ユキちゃん、あんまり動いたらメイクがよれるわよ! 痴話喧嘩は後にしてちょうだい!」
「ち、痴話喧嘩って……」
「陛下もですよ。照れくさいのは分かりますが、だからと言って殿下をからかうのはいい加減やめてください」
「照れくさいんと違うわ。ユキちゃんが悪いんやで、可愛すぎるから」
「はいはい、それは分かってますから。ほら、皆待っているんですよ。さっさと始めましょう」

 タカミは半ば面倒そうにソウを宥めて、控えていた従者に合図をした。
 すると、大広間に集まっていた人々が整列し、中央に小さな台が運ばれてくる。そこに置かれていた大きな蝋燭に火を灯したら、それだけで見慣れた大広間がまるで聖堂のように思えた。
 そして、その台の前に立ったのはタカミだ。黒一色の正装は、タカミの実直さを一層際立たせている。

「さすがに神父は呼べませんので、僭越ながら私が神父役を務めさせていただきます」
「ええー。もっと他に適役おるやろ」
「文句は受け付けません。はい、お二人とも並んでください」

 ソウのぼやきを一蹴して、タカミはわたしたち二人を一段高い場所へ誘導してくれる。
 わたしはソウの腕をそっと持って、ゆっくりと歩を進める。ドレスの長いトレーンを持ってくれているのはリサだ。
 そして檀上に立って前を向くと、カトライア城に仕える人たち全員の視線を受け、今さらながら緊張が襲ってきた。

「それではこれより、ソウ・トコエ・カトライアと、ユキ・マリー・カトライアの婚姻……は、もう済んでおりますので、誓約式、とでもいたしましょうか。お二人のための、誓約式を執り行います」

 タカミの言葉が、緊張感が漂っていた室内を少しだけ和ませてくれる。
 そしてタカミは古びた本を開き、サウスに昔から伝わるという儀式のための言葉をつらつらと読み上げ始めた。
 その言葉を聞きながらちらりと隣を窺うと、ソウが前を見ずにわたしの方をじっと見つめていたので思わず狼狽える。

「ちょ、ちょっとソウ、前見てないと」
「そやけど、ユキちゃんが可愛すぎて目ぇ離されへん」
「そういうのいいからっ!」
「なあ、今日のボクはどう? ユキちゃんから見て」

 この男はこんな時でも人の話を聞かないらしい。よりによって、こんな厳かな場面でそんなことを聞かなくてもいいのに。
 でも、ここで答えないといつまで経ってもソウは式に集中しないだろう。ソウの面倒で困った性格は、この一年ですっかり覚えてしまった。

「……か、かっこいいよ」
「え? なになに、聞こえへんかった」
「だ、だからっ、かっこいいってば! だから前向いてっ」

 小さな声でそう言って前を向くと、本を片手にタカミがやけに良い笑顔でわたしたち二人を見ていた。
 どうやら、タカミはいつの間にか読み上げを終えていたらしい。

「聞いておられました? 私の話」
「あっ……えっと、あ、あの、最初の方は……」
「ボクは最初っから聞いてへんかったけどな。その本いろんなとこで使うから、もう聞き飽きてん」
「……はあ。まあいいでしょう。別に畏まった式にするつもりはありませんし」

 呆れた様子のタカミは、持っていた本を置いて盛大にため息をついた。
 時々こんな風にタカミを怖く感じることがあるのだが、ソウはおかまいなしだ。図太いというかなんというか、その辺りはやっぱり王様らしいと言えるのかもしれない。

「それでは次に、お二人に誓約をして頂きましょう。ああ、誓約と言っても今後の抱負のようなものです。お二人の相手に対する想いや、どんな夫婦になりたいか、どんな未来にしたいかなど、何でも結構ですから我々の前でどうぞ宣言してください」
「え……む、難しいですね」

 本来の結婚式だったら、神父の言葉に頷くだけでよかったのだが、これは「誓約式」だという。
 わたしとソウの、カトライアの未来について話せばいいのだろうか。こんな大勢の前で話をするのは久しぶりだし、畏まった儀式ではないとはいえ王妃としてきちんと宣言をしなければならない。

「ほな、ボクからしよか? 要するに、ユキちゃんへの愛を語ればいいんやろ?」
「なっ……」
「ええ、そうですね。この後も予定がありますので、手短にお願いします」

 タカミの言葉には返事もせず、ソウはわたしの方を向いて、白いロンググローブをはめたわたしの手をとる。
 そして、薄青色の瞳でわたしの目を捉えて、宣言というには甘すぎる声で囁き始めた。

「……ボクは、ユキちゃんに謝らなあかんことがたくさんある。そう言うたら、ユキちゃんはあの決闘のことを思い浮かべるかも分からへんけど、それだけやない。小さい頃、結婚しよう言うたくせに、ボクはその約束を長いこと果たされへんかった。もっと早くボクが体制を整えとったら、トウジさんにも今のカトライアを見てもらえたのに、ボクにはそれができひんかった」

 いつもは自信で満ち溢れているソウの瞳が、悲しげに揺れている。
 ソウには全く後悔がないのだとばかり思っていたけれど、そうではなかった。ソウはただ過去を嘆いて悔やむことはせず、常に前を見て自分に何ができるかを考えている。
 だからいつも自信たっぷりに見えるし、何事も率なくこなしてしまうようにも見える。けれどそれは、ソウの努力あってこそのことなのだ。

「いくら傷が癒えても、ボクはあの決闘のことだけは絶対に忘れへん。ユキちゃんが許してくれても、それだけは絶対に忘れたらあかん思うてる。今の幸せが、ユキちゃんの涙があって手に入れたもんやいうこと、ボクは一生自分に言い聞かせるつもりや」

 ソウがこんなにも饒舌に、自らの想いを話したことがあっただろうか。
 普段からは考えられないくらい真面目な顔で語るソウから、目を離せなくなる。ソウの言葉一つ一つを脳に刻むように、一言たりとも聞き逃さないようにわたしはただじっとソウを見つめた。

「王として、こんなこと言うたら怒られるやろけど……ボクは、ユキちゃんがおったら他には何もいらん。ユキちゃんだけがボクの生きる意味や。そやから、こんなボクについてきてくれる皆には、感謝しかあらへん。たぶん皆、ボクがユキちゃんのためやったら国まで捨てるつもりでおること、分かってるやろ? 分かった上でついてきてくれるんやから、ボクはやっぱり王としての責任を果たさなあかんな、っていつも思う」

 少し笑って、ソウはこの場に揃った人々に目を向けた。皆、真剣にソウの話を聞きながら頷いている。
 この城の人々が、私を受け入れてくれた理由が少し分かった。皆は、ソウのことを王として誰よりも信頼しているのだ。その王が迎え入れたわたしを、皆が拒絶するわけがなかった。
 今、わたしがこうしてこの城で平和に暮らせるのは、やっぱりソウが今までに築いてきた信頼のおかげなのだ。

「そやから、ユキちゃん。ボクがこの国を捨てるようなことにならんように、ずっとボクの隣におってほしい。ユキちゃんがボクから逃げたら、それはカトライアを捨てる言うことやで」
「そ、そんな、人質みたいな……」
「人質みたいなもんや。ユキちゃんは、絶対にこの国を捨てるようなことしいひん」

 きっぱりと言い切ったソウは、きっとわたしを信頼してくれているのだろう。それは素直に嬉しかった。ソウの言う通りわたしは何があってもこの国を守るつもりでいるし、捨てるつもりなんて毛頭ない。
 でも、ソウの言葉に少し引っかかることがあって、今度はわたしが口を開いた。

「ソウ、わたしがソウから逃げるかもしれないって思ってるの?」
「少しだけな。今までボクがどれだけユキちゃんに嫌われるようなことしてきたか、覚えてるやろ?」
「……否定はできないけど」

 ソウの言う通りだ。あの決闘のことだけではなく、ソウは常日頃からちょっかいとも嫌がらせともとれるようなことをしてくるし、それにわたしが怒っていることも珍しくない。珍しくないどころか、ほぼ毎日だ。
 しかし、そんな毎日にわたしがどれほど幸せを感じているのか、きっとソウは知らないのだろう。

「ソウ以上に、わたしを怒らせる人はいないと思う。それに、わたしを悲しませたり、不安にさせたりするのも、全部ソウなの」
「……ユキちゃん、一応愛を語る場やで」
「でもね? それと同じくらいかそれ以上に、わたしを笑わせてくれるのも、楽しませてくれるのも、幸せにしてくれるのも、全部ソウなの。だからきっと、わたしにとってもソウが全てなんだと思う」

 約二年前、婚姻のための書状だと思って開いたものが、ノースの吸収合併の提案だったことで、わたしがどれほど落胆したことか。嘆き悲しみ、ソウの真意を探ろうともせず、わたしはただ言われるがまま王位を手放した。
 しかしそれから、わたしの想像とは違うやり方でソウはカトライア国を復活させ、そして平和な日々を与えてくれた。
 わたしの感情を大きく揺り動かすのは、いつだってソウだった。

「いつも思ってても、言えないけど……ソウ、ありがとう。わたしをカトライア王妃に選んでくれて、数えきれないくらいの幸せをくれて、ありがとう。だから、これからはわたしがソウのこと幸せにする。ソウだけじゃなくて、カトライアに暮らすみんなを幸せにできるようにするから。それがわたしの使命だと思う」

 話し終えると、ソウにしてはやけに優しく、慎重に抱きしめられた。それに倣って、わたしもふわりと優しくソウを包んだ。

「……ユキちゃん、ボクなんかよりずっと男前やな。『幸せにする』なんて、まさか言われるとは思わへんかった」
「そ、そう?」
「いっつもそうや。ボクがどれだけ考えて動いても、ユキちゃんはボクの思い通りになってくれへん。そやけど、そんなユキちゃんやから、きっとこんなに愛してまうんやろな」

 思い通りにならないのは、ソウの方だ。
 いつもわたしの想像の斜め上を行って、その突拍子もない行動に驚かされる。そんなソウに振り回されているのはきっと、わたしだけではないだろうけど。
 でも、わたしも思う。そんなソウだからこそ、どうしようもないくらい愛しくなってしまうのだ。

 自然と二人で笑い合って、その流れでソウがそっと唇を近づける。何も考えずに、それを受け入れようとして目を閉じた。

「あー、申し訳ありませんがキスはもう少し待って頂けますか? これからバルコニーに出て誓いのキスをして頂く予定ですので」

 タカミの声で、すっかり二人の世界に入り込んでいたわたしは現実に戻る。
 慌てて振り向くと、呆れた顔のタカミと、にやついたアンナとリサ、それに居辛そうに顔を赤くしているトーヤがいた。

「無粋な奴やなぁ。ええやん、キスなんか何回したって」
「ええ、それはそうなんですが何となく癪でしたので」
「なんやそれ。せやからタカミも早よ結婚しろ言うてるやんか。ま、相手見つかるか分からんけどな」
「ご心配どうもありがとうございます。さあさあ、次に行きますよ! ほら殿下も、今さら恥ずかしがっても遅いですよ」
「……は、はい」

 大広間に集まった人々からも笑いが起きる。恥ずかしがっても遅いとは自分でも思ったが、そう思ったところで赤くなった顔が元に戻るわけは無かった。
 思えば、いつもこうだ。
 ソウに振り回されたり、流されたりしがちなわたしを、城のみんなが温かく見守ってくれている。それはきっと、この上なく幸せなことだ。
 その幸せを感じ、ソウに手を引いてもらいながらわたしはバルコニーへと向かった。
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