69 / 77
最終章
1.変化
しおりを挟む
ここ最近、城内の様子がおかしい。
何気なく城内をふらふら歩いていると、廊下で見知った顔の侍女たちが数人集まって何やら話していた。何かあったのかと思って話しかけると、何でもないです、と慌ててその場から立ち去ってしまう。
数週間前から、こんなことが何度かあったのだ。しかし、特に情勢が不安定になっているわけでもないし、カトライア国内は至って平和だ。
誰もいなくなってしまった廊下で一人首を傾げていると、突然背後から何かがぶつかってきた。
「ひゃあっ!?」
「やっほー、ユキちゃーん! 久しぶり、元気してたぁ?」
「あ……アンナさん……!?」
何かにぶつかられたと思ったが、それは久しぶりに会うアンナだった。後ろからぎゅうっと抱きすくめられて、アンナのつけている花のような香水の匂いが鼻をくすぐる。
「ど、どうしたんですか? 衣装の発注に?」
「うん、そんなところね! ところでユキちゃん、あなた最近ちゃんとご飯食べてるのぉ? ほらっ、お姉さんに見せてみなさい!」
「へ? あ、アンナさんっ!?」
まだ状況もよく把握できないうちに、アンナの綺麗に整えられた手が肩や腰まわり、それに胸のあたりまで無遠慮に這いまわる。しかも、割と強い力で。
「うん、体型は前とそんなに変わってなさそうね。あ、でもちょっとバストは大きくなったかしら?」
「えっ……ほんとですか!?」
「あら、ちゃんと測ってないの? 下着もワンサイズ大きくしてもいいくらいよ。うふふ、ソウによーく育ててもらったのねぇ?」
「なっ……! ち、違いますっ!」
嬉しい言葉をもらって喜んだのも束の間、含みのあるアンナの発言で一気に顔が熱くなる。そんなわたしには目もくれず、アンナは両手でわたしの足首まで触り倒してからようやく目線を合わせてくれた。
「よしっ、完了! あ、そういえばリサは今どこにいるのかしら?」
「リサちゃんですか? 今は休憩時間なので、たぶん北棟の休憩室かと……」
「そう! ありがとう、ちょっと顔出してくるわ!」
そう言うなり、アンナは颯爽と去って行ってしまった。
呼び止める暇もなく、わたしはただ茫然とその場に立ち尽くす。リサに用事があったようだが、服の注文でも取りに来たのだろうか。
疑問に思いながらも、そろそろソウから回してもらう事務作業の連絡が来る時間だというのを思い出して、自室へと足を向けた。
*
「ねえ、ソウ。なんか最近変じゃない?」
「変? 何かあったん?」
夜眠る前、ここ最近感じていた異変についてソウに尋ねてみることにした。
不穏な空気こそ感じないものの、城で働く人たちはなぜかそわそわしているように思える。直接聞いてみてもうまくはぐらかされてしまって、わたしが知っては都合の悪いこともあるのかもしれないと思うと再度問い質すこともできずにいた。
「なんか、城の人たちとちょっと距離を感じるというか……別に、冷たくされてるわけじゃないんだけど」
「ああ……それはボクも思ったわ。そやけど、あんまり詮索せん方がええんちゃう? ボクらに知られたないこともあると思うし」
「そう、だね……でもなんか、寂しいというか……」
そうなのだ。別に、除け者にされたりあからさまに避けられたりしているわけではない。城の人たちは変わらず優しく接してくれるし、この城に来てもうすぐ一年経つということもあって、わたしはここでの生活にもすっかり慣れて、ノース城に居た頃よりも充実した毎日を送っていた。
けれど、数週間ほど前から違和感を覚えるのだ。どこか距離を取られているように思えてしまって、わたしはなんとなく寂しさを感じていた。
「あらら、ユキちゃんは寂しがりやねぇ? 毎晩ボクが愛してあげても、まだ足りひんの?」
「なっ……そ、そういうことじゃないのっ! もうっ、すぐそういう方向に持って行くんだから……!」
ちょっと弱みを見せただけで、それにつけこもうといやらしく伸ばされたソウの手を力いっぱい振り払う。今は真剣に相談しているのに、そうやってうやむやにされてしまったことは一度や二度では済まない。
「あ、そういえばユキちゃん、欲しいもんある?」
「え? 欲しいもの……? どうして?」
「もうすぐ結婚記念日やろ? そやから、ユキちゃんに記念でプレゼントしよう思て」
「そ、そんなのいいよ。ついこの前、誕生日プレゼントも貰ったばっかりなのに……」
一カ月前にやってきたわたしの誕生日に、ソウはたくさんのプレゼントを贈ってくれた。去年はまだ結婚する前だったし、決闘の直前だったということもあってわたし自身誕生日のことなどすっかり忘れていた。それを知ったソウが、今年は去年の分も祝おうと言ってくれたので、それはそれは盛大な誕生日パーティーを開いてくれたのだ。それに付随するように、誕生日プレゼントもいささかやりすぎなくらい豪華だったことを記憶している。
「誕生日はまた別やん。それに、誕生日プレゼントはボクがあげたいもんをあげたし、今度はユキちゃんが欲しいもんあげたいんや」
ソウの言う通り、誕生日にはソウがわたしのために見立ててくれたプレゼントをありがたく受け取ったのだが、一つに絞りきれなかったなどと言って随分とたくさんのものを貰ってしまったのだ。
あれからひと月と少ししか経っていないのに、またプレゼントを貰うのは少し気が引ける。
「気持ちは嬉しいんだけど、欲しいものって言われても思いつかないし……それより、ソウは何か欲しいもの無いの?」
「ボク? そんなん決まってるやん、ユキちゃんが欲しい」
「……そうじゃなくて」
「えー、なんで? ボクの誕生日にはくれたやん。そやな、ボクもういっぺんユキちゃんが欲しいわ。今度は何がええかなぁ、この前は猫ちゃんやったしウサギとか? あ、犬になってもろて言うこと聞かすんもええなぁ」
「ばっ、ばかっ! そういうことじゃなくてっ……!」
「あーもう、想像しただけで興奮するわ。さてユキちゃん、今日はもうベッド行こか? プレゼントはいちゃいちゃしながら考えるわ」
「なっ……!? ちょ、ちょっと!」
無駄に良い笑顔のソウに、ひょいっと抱き上げられる。そのまま強制的にベッドに連れて行かれて、結局城内の違和感についても、プレゼントの件もうやむやになってしまったのだった。
何気なく城内をふらふら歩いていると、廊下で見知った顔の侍女たちが数人集まって何やら話していた。何かあったのかと思って話しかけると、何でもないです、と慌ててその場から立ち去ってしまう。
数週間前から、こんなことが何度かあったのだ。しかし、特に情勢が不安定になっているわけでもないし、カトライア国内は至って平和だ。
誰もいなくなってしまった廊下で一人首を傾げていると、突然背後から何かがぶつかってきた。
「ひゃあっ!?」
「やっほー、ユキちゃーん! 久しぶり、元気してたぁ?」
「あ……アンナさん……!?」
何かにぶつかられたと思ったが、それは久しぶりに会うアンナだった。後ろからぎゅうっと抱きすくめられて、アンナのつけている花のような香水の匂いが鼻をくすぐる。
「ど、どうしたんですか? 衣装の発注に?」
「うん、そんなところね! ところでユキちゃん、あなた最近ちゃんとご飯食べてるのぉ? ほらっ、お姉さんに見せてみなさい!」
「へ? あ、アンナさんっ!?」
まだ状況もよく把握できないうちに、アンナの綺麗に整えられた手が肩や腰まわり、それに胸のあたりまで無遠慮に這いまわる。しかも、割と強い力で。
「うん、体型は前とそんなに変わってなさそうね。あ、でもちょっとバストは大きくなったかしら?」
「えっ……ほんとですか!?」
「あら、ちゃんと測ってないの? 下着もワンサイズ大きくしてもいいくらいよ。うふふ、ソウによーく育ててもらったのねぇ?」
「なっ……! ち、違いますっ!」
嬉しい言葉をもらって喜んだのも束の間、含みのあるアンナの発言で一気に顔が熱くなる。そんなわたしには目もくれず、アンナは両手でわたしの足首まで触り倒してからようやく目線を合わせてくれた。
「よしっ、完了! あ、そういえばリサは今どこにいるのかしら?」
「リサちゃんですか? 今は休憩時間なので、たぶん北棟の休憩室かと……」
「そう! ありがとう、ちょっと顔出してくるわ!」
そう言うなり、アンナは颯爽と去って行ってしまった。
呼び止める暇もなく、わたしはただ茫然とその場に立ち尽くす。リサに用事があったようだが、服の注文でも取りに来たのだろうか。
疑問に思いながらも、そろそろソウから回してもらう事務作業の連絡が来る時間だというのを思い出して、自室へと足を向けた。
*
「ねえ、ソウ。なんか最近変じゃない?」
「変? 何かあったん?」
夜眠る前、ここ最近感じていた異変についてソウに尋ねてみることにした。
不穏な空気こそ感じないものの、城で働く人たちはなぜかそわそわしているように思える。直接聞いてみてもうまくはぐらかされてしまって、わたしが知っては都合の悪いこともあるのかもしれないと思うと再度問い質すこともできずにいた。
「なんか、城の人たちとちょっと距離を感じるというか……別に、冷たくされてるわけじゃないんだけど」
「ああ……それはボクも思ったわ。そやけど、あんまり詮索せん方がええんちゃう? ボクらに知られたないこともあると思うし」
「そう、だね……でもなんか、寂しいというか……」
そうなのだ。別に、除け者にされたりあからさまに避けられたりしているわけではない。城の人たちは変わらず優しく接してくれるし、この城に来てもうすぐ一年経つということもあって、わたしはここでの生活にもすっかり慣れて、ノース城に居た頃よりも充実した毎日を送っていた。
けれど、数週間ほど前から違和感を覚えるのだ。どこか距離を取られているように思えてしまって、わたしはなんとなく寂しさを感じていた。
「あらら、ユキちゃんは寂しがりやねぇ? 毎晩ボクが愛してあげても、まだ足りひんの?」
「なっ……そ、そういうことじゃないのっ! もうっ、すぐそういう方向に持って行くんだから……!」
ちょっと弱みを見せただけで、それにつけこもうといやらしく伸ばされたソウの手を力いっぱい振り払う。今は真剣に相談しているのに、そうやってうやむやにされてしまったことは一度や二度では済まない。
「あ、そういえばユキちゃん、欲しいもんある?」
「え? 欲しいもの……? どうして?」
「もうすぐ結婚記念日やろ? そやから、ユキちゃんに記念でプレゼントしよう思て」
「そ、そんなのいいよ。ついこの前、誕生日プレゼントも貰ったばっかりなのに……」
一カ月前にやってきたわたしの誕生日に、ソウはたくさんのプレゼントを贈ってくれた。去年はまだ結婚する前だったし、決闘の直前だったということもあってわたし自身誕生日のことなどすっかり忘れていた。それを知ったソウが、今年は去年の分も祝おうと言ってくれたので、それはそれは盛大な誕生日パーティーを開いてくれたのだ。それに付随するように、誕生日プレゼントもいささかやりすぎなくらい豪華だったことを記憶している。
「誕生日はまた別やん。それに、誕生日プレゼントはボクがあげたいもんをあげたし、今度はユキちゃんが欲しいもんあげたいんや」
ソウの言う通り、誕生日にはソウがわたしのために見立ててくれたプレゼントをありがたく受け取ったのだが、一つに絞りきれなかったなどと言って随分とたくさんのものを貰ってしまったのだ。
あれからひと月と少ししか経っていないのに、またプレゼントを貰うのは少し気が引ける。
「気持ちは嬉しいんだけど、欲しいものって言われても思いつかないし……それより、ソウは何か欲しいもの無いの?」
「ボク? そんなん決まってるやん、ユキちゃんが欲しい」
「……そうじゃなくて」
「えー、なんで? ボクの誕生日にはくれたやん。そやな、ボクもういっぺんユキちゃんが欲しいわ。今度は何がええかなぁ、この前は猫ちゃんやったしウサギとか? あ、犬になってもろて言うこと聞かすんもええなぁ」
「ばっ、ばかっ! そういうことじゃなくてっ……!」
「あーもう、想像しただけで興奮するわ。さてユキちゃん、今日はもうベッド行こか? プレゼントはいちゃいちゃしながら考えるわ」
「なっ……!? ちょ、ちょっと!」
無駄に良い笑顔のソウに、ひょいっと抱き上げられる。そのまま強制的にベッドに連れて行かれて、結局城内の違和感についても、プレゼントの件もうやむやになってしまったのだった。
0
お気に入りに追加
284
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
伯爵は年下の妻に振り回される 記憶喪失の奥様は今日も元気に旦那様の心を抉る
新高
恋愛
※第15回恋愛小説大賞で奨励賞をいただきました!ありがとうございます!
※※2023/10/16書籍化しますーー!!!!!応援してくださったみなさま、ありがとうございます!!
契約結婚三年目の若き伯爵夫人であるフェリシアはある日記憶喪失となってしまう。失った記憶はちょうどこの三年分。記憶は失ったものの、性格は逆に明るく快活ーーぶっちゃけ大雑把になり、軽率に契約結婚相手の伯爵の心を抉りつつ、流石に申し訳ないとお詫びの品を探し出せばそれがとんだ騒ぎとなり、結果的に契約が取れて仲睦まじい夫婦となるまでの、そんな二人のドタバタ劇。
※本編完結しました。コネタを随時更新していきます。
※R要素の話には「※」マークを付けています。
※勢いとテンション高めのコメディーなのでふわっとした感じで読んでいただけたら嬉しいです。
※他サイト様でも公開しています
麗しのラシェール
真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」
わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。
ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる?
これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。
…………………………………………………………………………………………
短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
外では氷の騎士なんて呼ばれてる旦那様に今日も溺愛されてます
刻芦葉
恋愛
王国に仕える近衛騎士ユリウスは一切笑顔を見せないことから氷の騎士と呼ばれていた。ただそんな氷の騎士様だけど私の前だけは優しい笑顔を見せてくれる。今日も私は不器用だけど格好いい旦那様に溺愛されています。
【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから
真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」
期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。
※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。
※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。
※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。
※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる