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第2章
6.勘違いと、やきもちと
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「久しぶりやな、カイル。来てくれて嬉しいわ」
「ああ、久しぶりだな、ソウ! 遅くなったが、結婚おめでとう」
「おおきに。結婚祝いもぎょうさん届いたで」
昼も少し過ぎた頃、ヒナミ国王であるカイルがカトライア城に到着した。事前に聞いていた時刻より早めにやってくるのが彼らしい。
「王妃の趣味が分からなかったからな、とりあえず色々なものを贈ってみたんだ」
「うん、ユキちゃんも喜んでたで。今ちょっと出かけてるんやけど、たぶんそろそろ帰ってくる思うわ」
「そうか、会うのが楽しみだな! 元ノース国王だろう? お前と結婚するくらいだから、彼女もなかなかの変わり者なのだろうな」
「失礼やな、世界一可愛いボクのお姫様に向かって」
「ふん、言っていろ。実は僕もつい先程、ようやく運命の女性と出会ったところだ!」
そう言って誇らしげに胸を張るカイルだが、一体どういうことだろう。
怪訝な顔を向けると、カイルは一層誇ったように目を細め、その「運命の女性」との出会いを話し始めた。
「さっにカトライアに到着してすぐ、一人の女性と出会ったんだ。最初は何気なくその庭師の彼女に話しかけたんだが、目が合った瞬間分かったんだ! 彼女が僕の運命の人だと!」
「そない大声出さんでも聞こえるて。ていうか……庭師?」
「ああ、そうだ。なんだ、お前らしくないな。身分を気にするなど!」
「いや、そういうわけちゃうんやけど……まあええわ、続けて」
少し嫌な予感が頭をよぎったが、まさかそんな偶然が起きるわけがないと自分に言い聞かせて、話の続きを促した。
カイルは拳を握りながら熱弁している。
「とにかく、可憐で美しい女性なんだ! 控えめで、声すらも美しい! それでいて芯の強さを感じさせるあの瞳! ああ、思い出すだけで震えてしまいそうだ!」
「要するに、一目惚れした、いうことやな。ほんで、その子の名前は? もちろん聞いたんやろ?」
至極当然のことを聞いたつもりだったのだが、それまで自分の世界に浸かりながら語っていたカイルがぴたりと動きを止めた。その様子を見て察する。
「……聞いてへんの?」
「わ、わ、忘れていた……! 僕ともあろう者が、よりによって名を聞き忘れるなどっ……!」
がっくりと両膝をついて項垂れるカイルに、ため息を禁じ得ない。
この男は、見た目だけならば眉目秀麗で完璧な王に見えるのだが、その真面目さゆえに空回りしてしまうことが多い。
留学している時から、そんな彼をイツキとともにからかうのが楽しみであったのだが、あれから数年経った今でもその性格は変わっていないらしい。
そこが彼の魅力でもあるが、いつも近くにいる城の者や国民はきっとはらはらしながら見守っていることだろう。
「なんということだ……! これでは、もう会うことができないっ……!」
「まあまあ、カトライアの国民やいうことは分かってるんやから、なんとかなるやろ。他には何か聞いてへんの?」
「に、庭師だということ以外は……ああ、そうだ! 確か、生まれはノースだと言っていたな!」
「……生まれがノースで、庭師、なぁ……まさか、ちゃうよな」
「何をぶつぶつ言っているんだ?」
「いや、こっちの話や。あとは外見やけど……」
「外見なら、今すぐ思い出せるぞ! とにかく美しかった! 色白で、目鼻立ちがくっきりしていて、どこか上品で……」
まだ聞いてもいないのに、一人で熱く語り出すカイルに呆れていると、応接間の扉がノックされる。返事をすると、ユキ様をお連れしました、とリサの声が聞こえた。
「ああ、ボクのお姫様が帰ってきはったみたいやわ。ユキちゃん、入ってええよ」
「し、失礼します」
「おお、王妃か! この度はご結婚、おめでと、うっ……!?」
遠慮がちに部屋に入ってきたユキの姿を見た途端、にこやかに祝いの言葉を贈ろうとしたカイルの顔が固まる。目を見開いて、口元も半開きの状態だ。深々と頭を下げるユキには、その間抜けな姿が見えていない。
「先ほどは、きちんとご挨拶もせず申し訳ありませんでした。改めまして、カトライア王妃のユキと申します」
「なっ……ななな、なぜ、君がっ……!?」
顔を上げたユキが、あまりにも驚いた様子のカイルを見てぎょっとする。そんな二人を見て、先ほど頭をよぎった嫌な予感が的中してしまったことを悟って、やれやれと肩をすくめた。
「……ユキちゃん、さっきカイルに会うたん?」
「えっ……う、うん。城門のところで偶然お会いしたの。ご挨拶しようとしたんだけど、なんだか勘違いさせてしまったみたいで、そのまま……」
「どうせカイルがよう話も聞かんうちに先走ったんやろ。ほんま、手ぇのかかる友達を持ってもうたわ……」
よく状況を理解できていないユキと、もはや喋ることもできないくらいショックを受けている様子のカイル。
カイルがよりによってユキに一目惚れしてしまったことは、できればユキには伏せておきたい。ユキも変に意識してしまうだろうし、何よりプライドの高いカイルがそれを許さないだろう。
未だ固まったままのカイルの頭を軽く小突くと、ようやく現実に戻ってきたようだ。ユキには聞こえないように、カイルを部屋の隅に連れて行って説明してやる。
「ど、どういうことだ、ソウ! 僕の運命の女性を貴様が奪ったのか!?」
「ちゃうわアホ。ユキちゃんはずっと昔からボクのもんや。今日はたまたま、庭師の手伝いしててん」
「な、なんだと!? お前、王妃にそんなことをさせているのか!?」
「色々事情があってな。それよりカイル、キミがちゃんと話聞かへんからこないややこしなってるんやで? ボクの奥さんに一目惚れしたことは水に流したるから、自然にしい。ユキちゃんにも知られたないやろ」
「ぐっ……わ、わかった……」
ショックを受けつつも、カイルはようやく事態を飲み込めたようだ。
一方、置いてけぼりにされてユキは不思議そうにこちらを見た。
「ごめんな、ユキちゃん。なんやユキちゃんがカイルの初恋の人によう似てるから驚いたんやって」
「えっ?」
「ソウ、お前っ……!?」
「ええから話合わせとき」
声を抑えてそう言うと、不満気ながらもカイルはぎこちなく頷いた。それを見て、ユキはほっとしたように笑う。
「それで、先ほどお会いしたときも驚いてらっしゃったんですね!」
「あ、ああ、そうなんだ! こちらこそ失礼をして、申し訳なかった」
「いいえ! あ、それよりも先日はたくさんお祝いの品を頂いて、ありがとうございました」
ユキは咄嗟の嘘に何の疑いも持たなかったようで、安心したようにカイルと話し始めた。
この場はなんとかなったが、ユキにはもう少し人を疑うように教えた方がいいかもしれない。
しどろもどろになっていたカイルも落ち着きを取り戻して、楽しそうにユキと会話している。落ち着いたのはいいが、ユキが笑顔を見せるたびにカイルが頬を赤らめるのが少し気に食わない。
「ほなユキちゃん、夕飯までゆっくりしとき。カイルの相手はボクがするから」
「えっ、でも……」
「ええから。今日は早ようから動いてたし疲れたやろ、部屋に戻り」
有無を言わさず、扉の近くに控えていたリサにユキを引き渡す。
来賓の接待をするのも王族の仕事の一つであるから、自分だけ休めと言われて納得がいかないのであろう。渋々と言った様子で、リサに連れられてユキは部屋を出て行った。
ふう、と一呼吸おいてからカイルを見ると、ユキが出て行った扉を赤い顔でぼーっと見つめている。無性に腹が立って、カイルの尻を蹴り上げた。
「ぐおっ! な、なにをする!?」
「それはこっちの台詞や。ボクの妃に懸想した挙句、気色悪い顔で見つめくさって」
「そ、そんな言い方は無いだろう!? 第一、知らなかったのだから仕方ないじゃないか!」
「ボクかて仕方ないやん、腹立つもんは腹立つねん」
「はぁ……よりによって、お前の妃とは……神は不公平だな」
「知らんわ。けどまぁ、イツキに話す良いネタが出来たわ」
「ばっ、馬鹿者! 貴様ら、僕の不幸話をネタにするな! たちが悪い!」
大声で突っかかってくるカイルに呆れながらも、どこか楽しんでいる自分がいた。
カイルがユキに一目惚れしたのは気に障るが、真っ直ぐなカイルの性格からいって、いくら一目惚れした相手とはいえ他人の妃を奪おうとはしないだろう。イツキあたりなら、「人のもの」となると余計燃えてしまう性質だから厄介だ。
それより、問題はユキだ。
「……今夜はお説教やな」
一人呟いて、まだ何か騒いでいるカイルを軽くあしらった。
*
普段より少し豪華な夕餉と、いつも通りの湯浴みを済ませ、寝室へ戻る。
ソウやイツキと仲がいいと聞いていたから、カイルもさぞ変わった人だろうと思っていたが、予想とは違いさっぱりとした性格の好青年だった。少々、思い込みが激しいのがまた面白い。
ソウはまだカイルと話しているのだろうか、部屋にはわたし一人だ。
今日は朝からカンジの代わりに働いていたこともあって、疲れが溜まっている。二人分の大きなベッドに大の字になって寝転がった。
「ふわぁ……ちょっと、疲れたなぁ……」
大きくあくびをしていると、ガチャリと寝室の扉が開いた。入ってきたのは、もちろんソウだ。
「あれ、珍しいやん。もうおねむなん?」
「もう、子ども扱いしないでよ」
ベッドの上でごろごろしていたわたしを見て、ソウがからかうように笑った。そのままベッドに腰掛けてからふと真剣な顔になって、座り、と隣を指した。
何か大事な話かと思って、言われるがままにソウの隣に座る。
「さて、今日はユキちゃんにお説教しなあかん」
「え……なに? わたし、何か悪いことしたっけ?」
お説教と聞いて、特に心当たりもないのに緊張して体を強張らせる。何か粗相をしてしまったかと不安になって、窺うようにソウの顔を覗き込むと、大きくため息をつかれた。そんなにもひどいことをしてしまったのだろうか。
「もう、それや、それ」
「へ?」
「無防備すぎるんや、ユキちゃんは。もう少し自覚持ってもらわんと困るわ」
「ど、どういうこと!?」
「そやから……」
ソウの発言の意味が分からず戸惑っていると、急に視界が傾いた。反応する暇もないうちに、ソウの顔と天井しか見えなくなる。数秒おいてから、ソウに押し倒されたのだと理解して顔が熱くなった。
「ほら。こういうことや」
「え、えと……とりあえず、ど、どいてっ」
「嫌や。口で言うても分からへんのやったら、こうやって体で教えた方がええやろ?」
「だ、だからっ、どういうっ……ん、んんぅっ……!」
意味が分からないまま口付けられて、わたしの言葉は飲み込まれてしまった。ソウの身体を押し返そうとしていた手も、ソウの両手によってベッドに縫い付けられたらどうしようもできない。
でも、訳が分からないうちに抱かれるのは嫌で、やまない口付けの中必死に足をバタバタさせた。あまりにわたしが暴れたせいか、ソウがようやく唇を離してくれる。呼吸を整えながらソウの表情を窺うと、不機嫌そうにじっとりとした目で睨まれた。
「はぁ、はぁ……っ、そ、そんな顔されても、分かんないよ! ソウ、なんで怒ってるの?」
「別に怒ってへんし。ユキちゃんが悪いねん、誰にでも愛想ふりまくから」
「えっ?」
「……とにかく、ボク以外の男にあんまり笑いかけんといて。王妃なんやから、もっと威厳たっぷりに椅子にふんぞり返って、ぶすーっとしといたらええんや」
「な、なにそれ?」
説明されても意味が分からない。
でも、今のソウの言葉を頭の中で繰り返してみると、一つの予想に辿り着く。まさかとは思ったが、恐る恐るその予想を口にした。
「あの、ソウ? もしかして、やきもち……ん、んんんっ!」
言い終わる前に、再び深く口付けられる。でも今度は手を抑えられる前に、ぐっとソウの肩を強く押し返した。
ソウはまだ不機嫌そうな顔をしている。わたしも負けじと、口を結んでソウの答えを待った。
「……ああ、そうや。やきもちや。悪い?」
「え、ほ、ほんとに……? なんで?」
「なんで、て……ユキちゃんが、誰にでも可愛い顔見せるからや。ボクだけのもんやのに……」
そう言って、瞼や額、頬に啄むように口付けられる。うまく状況が飲み込めずにいたが、拗ねたようなソウの表情を見て、ふつふつと嬉しさが湧き上がってきた。
思わず笑みをこぼすと、ソウがまた不機嫌な顔をして頬をつねった。
「なに笑うてはるの。王妃様がボクを放って他の男とイチャイチャしはったせいですよ」
「ふ、ふふっ……ごめん、だって……なんかソウ、可愛くて」
「……可愛いのはユキちゃんや」
未だ笑っているわたしの口を塞ぐように、今度は唇に口付けられる。わたしももう抵抗せずに、そっとソウの背中に腕をまわして受け入れた。
「ああ、久しぶりだな、ソウ! 遅くなったが、結婚おめでとう」
「おおきに。結婚祝いもぎょうさん届いたで」
昼も少し過ぎた頃、ヒナミ国王であるカイルがカトライア城に到着した。事前に聞いていた時刻より早めにやってくるのが彼らしい。
「王妃の趣味が分からなかったからな、とりあえず色々なものを贈ってみたんだ」
「うん、ユキちゃんも喜んでたで。今ちょっと出かけてるんやけど、たぶんそろそろ帰ってくる思うわ」
「そうか、会うのが楽しみだな! 元ノース国王だろう? お前と結婚するくらいだから、彼女もなかなかの変わり者なのだろうな」
「失礼やな、世界一可愛いボクのお姫様に向かって」
「ふん、言っていろ。実は僕もつい先程、ようやく運命の女性と出会ったところだ!」
そう言って誇らしげに胸を張るカイルだが、一体どういうことだろう。
怪訝な顔を向けると、カイルは一層誇ったように目を細め、その「運命の女性」との出会いを話し始めた。
「さっにカトライアに到着してすぐ、一人の女性と出会ったんだ。最初は何気なくその庭師の彼女に話しかけたんだが、目が合った瞬間分かったんだ! 彼女が僕の運命の人だと!」
「そない大声出さんでも聞こえるて。ていうか……庭師?」
「ああ、そうだ。なんだ、お前らしくないな。身分を気にするなど!」
「いや、そういうわけちゃうんやけど……まあええわ、続けて」
少し嫌な予感が頭をよぎったが、まさかそんな偶然が起きるわけがないと自分に言い聞かせて、話の続きを促した。
カイルは拳を握りながら熱弁している。
「とにかく、可憐で美しい女性なんだ! 控えめで、声すらも美しい! それでいて芯の強さを感じさせるあの瞳! ああ、思い出すだけで震えてしまいそうだ!」
「要するに、一目惚れした、いうことやな。ほんで、その子の名前は? もちろん聞いたんやろ?」
至極当然のことを聞いたつもりだったのだが、それまで自分の世界に浸かりながら語っていたカイルがぴたりと動きを止めた。その様子を見て察する。
「……聞いてへんの?」
「わ、わ、忘れていた……! 僕ともあろう者が、よりによって名を聞き忘れるなどっ……!」
がっくりと両膝をついて項垂れるカイルに、ため息を禁じ得ない。
この男は、見た目だけならば眉目秀麗で完璧な王に見えるのだが、その真面目さゆえに空回りしてしまうことが多い。
留学している時から、そんな彼をイツキとともにからかうのが楽しみであったのだが、あれから数年経った今でもその性格は変わっていないらしい。
そこが彼の魅力でもあるが、いつも近くにいる城の者や国民はきっとはらはらしながら見守っていることだろう。
「なんということだ……! これでは、もう会うことができないっ……!」
「まあまあ、カトライアの国民やいうことは分かってるんやから、なんとかなるやろ。他には何か聞いてへんの?」
「に、庭師だということ以外は……ああ、そうだ! 確か、生まれはノースだと言っていたな!」
「……生まれがノースで、庭師、なぁ……まさか、ちゃうよな」
「何をぶつぶつ言っているんだ?」
「いや、こっちの話や。あとは外見やけど……」
「外見なら、今すぐ思い出せるぞ! とにかく美しかった! 色白で、目鼻立ちがくっきりしていて、どこか上品で……」
まだ聞いてもいないのに、一人で熱く語り出すカイルに呆れていると、応接間の扉がノックされる。返事をすると、ユキ様をお連れしました、とリサの声が聞こえた。
「ああ、ボクのお姫様が帰ってきはったみたいやわ。ユキちゃん、入ってええよ」
「し、失礼します」
「おお、王妃か! この度はご結婚、おめでと、うっ……!?」
遠慮がちに部屋に入ってきたユキの姿を見た途端、にこやかに祝いの言葉を贈ろうとしたカイルの顔が固まる。目を見開いて、口元も半開きの状態だ。深々と頭を下げるユキには、その間抜けな姿が見えていない。
「先ほどは、きちんとご挨拶もせず申し訳ありませんでした。改めまして、カトライア王妃のユキと申します」
「なっ……ななな、なぜ、君がっ……!?」
顔を上げたユキが、あまりにも驚いた様子のカイルを見てぎょっとする。そんな二人を見て、先ほど頭をよぎった嫌な予感が的中してしまったことを悟って、やれやれと肩をすくめた。
「……ユキちゃん、さっきカイルに会うたん?」
「えっ……う、うん。城門のところで偶然お会いしたの。ご挨拶しようとしたんだけど、なんだか勘違いさせてしまったみたいで、そのまま……」
「どうせカイルがよう話も聞かんうちに先走ったんやろ。ほんま、手ぇのかかる友達を持ってもうたわ……」
よく状況を理解できていないユキと、もはや喋ることもできないくらいショックを受けている様子のカイル。
カイルがよりによってユキに一目惚れしてしまったことは、できればユキには伏せておきたい。ユキも変に意識してしまうだろうし、何よりプライドの高いカイルがそれを許さないだろう。
未だ固まったままのカイルの頭を軽く小突くと、ようやく現実に戻ってきたようだ。ユキには聞こえないように、カイルを部屋の隅に連れて行って説明してやる。
「ど、どういうことだ、ソウ! 僕の運命の女性を貴様が奪ったのか!?」
「ちゃうわアホ。ユキちゃんはずっと昔からボクのもんや。今日はたまたま、庭師の手伝いしててん」
「な、なんだと!? お前、王妃にそんなことをさせているのか!?」
「色々事情があってな。それよりカイル、キミがちゃんと話聞かへんからこないややこしなってるんやで? ボクの奥さんに一目惚れしたことは水に流したるから、自然にしい。ユキちゃんにも知られたないやろ」
「ぐっ……わ、わかった……」
ショックを受けつつも、カイルはようやく事態を飲み込めたようだ。
一方、置いてけぼりにされてユキは不思議そうにこちらを見た。
「ごめんな、ユキちゃん。なんやユキちゃんがカイルの初恋の人によう似てるから驚いたんやって」
「えっ?」
「ソウ、お前っ……!?」
「ええから話合わせとき」
声を抑えてそう言うと、不満気ながらもカイルはぎこちなく頷いた。それを見て、ユキはほっとしたように笑う。
「それで、先ほどお会いしたときも驚いてらっしゃったんですね!」
「あ、ああ、そうなんだ! こちらこそ失礼をして、申し訳なかった」
「いいえ! あ、それよりも先日はたくさんお祝いの品を頂いて、ありがとうございました」
ユキは咄嗟の嘘に何の疑いも持たなかったようで、安心したようにカイルと話し始めた。
この場はなんとかなったが、ユキにはもう少し人を疑うように教えた方がいいかもしれない。
しどろもどろになっていたカイルも落ち着きを取り戻して、楽しそうにユキと会話している。落ち着いたのはいいが、ユキが笑顔を見せるたびにカイルが頬を赤らめるのが少し気に食わない。
「ほなユキちゃん、夕飯までゆっくりしとき。カイルの相手はボクがするから」
「えっ、でも……」
「ええから。今日は早ようから動いてたし疲れたやろ、部屋に戻り」
有無を言わさず、扉の近くに控えていたリサにユキを引き渡す。
来賓の接待をするのも王族の仕事の一つであるから、自分だけ休めと言われて納得がいかないのであろう。渋々と言った様子で、リサに連れられてユキは部屋を出て行った。
ふう、と一呼吸おいてからカイルを見ると、ユキが出て行った扉を赤い顔でぼーっと見つめている。無性に腹が立って、カイルの尻を蹴り上げた。
「ぐおっ! な、なにをする!?」
「それはこっちの台詞や。ボクの妃に懸想した挙句、気色悪い顔で見つめくさって」
「そ、そんな言い方は無いだろう!? 第一、知らなかったのだから仕方ないじゃないか!」
「ボクかて仕方ないやん、腹立つもんは腹立つねん」
「はぁ……よりによって、お前の妃とは……神は不公平だな」
「知らんわ。けどまぁ、イツキに話す良いネタが出来たわ」
「ばっ、馬鹿者! 貴様ら、僕の不幸話をネタにするな! たちが悪い!」
大声で突っかかってくるカイルに呆れながらも、どこか楽しんでいる自分がいた。
カイルがユキに一目惚れしたのは気に障るが、真っ直ぐなカイルの性格からいって、いくら一目惚れした相手とはいえ他人の妃を奪おうとはしないだろう。イツキあたりなら、「人のもの」となると余計燃えてしまう性質だから厄介だ。
それより、問題はユキだ。
「……今夜はお説教やな」
一人呟いて、まだ何か騒いでいるカイルを軽くあしらった。
*
普段より少し豪華な夕餉と、いつも通りの湯浴みを済ませ、寝室へ戻る。
ソウやイツキと仲がいいと聞いていたから、カイルもさぞ変わった人だろうと思っていたが、予想とは違いさっぱりとした性格の好青年だった。少々、思い込みが激しいのがまた面白い。
ソウはまだカイルと話しているのだろうか、部屋にはわたし一人だ。
今日は朝からカンジの代わりに働いていたこともあって、疲れが溜まっている。二人分の大きなベッドに大の字になって寝転がった。
「ふわぁ……ちょっと、疲れたなぁ……」
大きくあくびをしていると、ガチャリと寝室の扉が開いた。入ってきたのは、もちろんソウだ。
「あれ、珍しいやん。もうおねむなん?」
「もう、子ども扱いしないでよ」
ベッドの上でごろごろしていたわたしを見て、ソウがからかうように笑った。そのままベッドに腰掛けてからふと真剣な顔になって、座り、と隣を指した。
何か大事な話かと思って、言われるがままにソウの隣に座る。
「さて、今日はユキちゃんにお説教しなあかん」
「え……なに? わたし、何か悪いことしたっけ?」
お説教と聞いて、特に心当たりもないのに緊張して体を強張らせる。何か粗相をしてしまったかと不安になって、窺うようにソウの顔を覗き込むと、大きくため息をつかれた。そんなにもひどいことをしてしまったのだろうか。
「もう、それや、それ」
「へ?」
「無防備すぎるんや、ユキちゃんは。もう少し自覚持ってもらわんと困るわ」
「ど、どういうこと!?」
「そやから……」
ソウの発言の意味が分からず戸惑っていると、急に視界が傾いた。反応する暇もないうちに、ソウの顔と天井しか見えなくなる。数秒おいてから、ソウに押し倒されたのだと理解して顔が熱くなった。
「ほら。こういうことや」
「え、えと……とりあえず、ど、どいてっ」
「嫌や。口で言うても分からへんのやったら、こうやって体で教えた方がええやろ?」
「だ、だからっ、どういうっ……ん、んんぅっ……!」
意味が分からないまま口付けられて、わたしの言葉は飲み込まれてしまった。ソウの身体を押し返そうとしていた手も、ソウの両手によってベッドに縫い付けられたらどうしようもできない。
でも、訳が分からないうちに抱かれるのは嫌で、やまない口付けの中必死に足をバタバタさせた。あまりにわたしが暴れたせいか、ソウがようやく唇を離してくれる。呼吸を整えながらソウの表情を窺うと、不機嫌そうにじっとりとした目で睨まれた。
「はぁ、はぁ……っ、そ、そんな顔されても、分かんないよ! ソウ、なんで怒ってるの?」
「別に怒ってへんし。ユキちゃんが悪いねん、誰にでも愛想ふりまくから」
「えっ?」
「……とにかく、ボク以外の男にあんまり笑いかけんといて。王妃なんやから、もっと威厳たっぷりに椅子にふんぞり返って、ぶすーっとしといたらええんや」
「な、なにそれ?」
説明されても意味が分からない。
でも、今のソウの言葉を頭の中で繰り返してみると、一つの予想に辿り着く。まさかとは思ったが、恐る恐るその予想を口にした。
「あの、ソウ? もしかして、やきもち……ん、んんんっ!」
言い終わる前に、再び深く口付けられる。でも今度は手を抑えられる前に、ぐっとソウの肩を強く押し返した。
ソウはまだ不機嫌そうな顔をしている。わたしも負けじと、口を結んでソウの答えを待った。
「……ああ、そうや。やきもちや。悪い?」
「え、ほ、ほんとに……? なんで?」
「なんで、て……ユキちゃんが、誰にでも可愛い顔見せるからや。ボクだけのもんやのに……」
そう言って、瞼や額、頬に啄むように口付けられる。うまく状況が飲み込めずにいたが、拗ねたようなソウの表情を見て、ふつふつと嬉しさが湧き上がってきた。
思わず笑みをこぼすと、ソウがまた不機嫌な顔をして頬をつねった。
「なに笑うてはるの。王妃様がボクを放って他の男とイチャイチャしはったせいですよ」
「ふ、ふふっ……ごめん、だって……なんかソウ、可愛くて」
「……可愛いのはユキちゃんや」
未だ笑っているわたしの口を塞ぐように、今度は唇に口付けられる。わたしももう抵抗せずに、そっとソウの背中に腕をまわして受け入れた。
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