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第1章
11.王妃の初仕事
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サウス城での暮らしにも慣れてきたころ。
サウスとノースは、正式にカトライア王国という一つの国となり、サウス城はカトライア城と改称した。ノース城は、ソウが言っていた通り役所兼観光施設となることに決まったらしい。
「ユキちゃん、おるー?」
ノックもせずに、無遠慮に部屋のドアが開かれる。わたしと談笑していたリサが、大げさにため息をついた。
「……陛下。最近浮かれすぎではないですか? 何度も言うようですが、ユキ様のお部屋に入るときはノックをしてから……!」
「ああもう、リサちゃん最近オカンみたいやな。ええやん、ボクの奥さんの部屋なんやから。なんやったら、そろそろ同じ部屋にしよか? すぐ隣やし」
いつの間にかわたしの隣に座ったソウが、肩を抱いてくる。思わず身をすくめると、またリサの雷が落ちた。
「陛下っ! ユキ様が怖がっておられるじゃないですか!」
「冗談や、冗談。ああ、ほんでユキちゃん、明日からアスヒに行くことになったから、今日中に準備しといてな。リサちゃんも行くからよろしく」
「はあ……?」
アスヒといえば、ここから山を二つほど越えたところにある大きな国だ。中立国であるため、わたしも他国との晩餐会で何度か王と話したことがある。
たしかまだ年若い王で、ソウと同じ年くらいだったはずだ。なんだか妙に軽い態度の男で、あまり良い印象はないけれど。
「そろそろ国内も落ち着いてきたし、挨拶回りや。合併と、結婚の報告しにな」
「もうっ、陛下はいつも急に予定を決めますね! ユキ様、陛下は放っておいて一緒に準備しましょう」
「う、うん」
「あーあ、ボクはいつも除け者やなぁ。悲しいわぁ」
「泣き真似してもだめです。陛下が自分勝手なのは事実なんですから」
「ほんまに手厳しいわぁ。ほなユキちゃん、またあとでな」
ソウが部屋を出て行ったあと、リサと二人で明日の準備をする。
挨拶回りということだから、これも王妃としての仕事の一つである。しかし、リサとあれこれ準備を進めるのが、なんだか友達と旅行に行くようで楽しかった。
*
そして、次の日。まだ日も昇りきらない早朝に、カトライア城を出発する。
揺れる馬車の中で、わたしはできるだけ隣に座るソウを意識しないように、窓の外ばかり見ていた。
「ユキちゃん、狭ない? もうちょっとこっち寄り」
「えっ、いや、大丈夫、ですっ」
狭い空間に、ソウと二人きりだ。どう接したらいいのか分からず、緊張して体が固まってしまう。
そんなわたしの心境を知ってか知らずか、ソウは嬉しそうに距離を詰めてくる。お目付け役のリサがいないせいか、つい昨日怒られたばかりだというのに肩を抱いてきた。
「あ、あのっ!」
「んー? どしたん、ユキちゃん」
「その、少し、離れていただけませんか」
「嫌や」
「……陛下、リサちゃんにあとで言いつけますよ」
「陛下やなんてよそよそしいな、ソウって呼んでや」
何を言っても離れる気はないらしい。
あきらめて目を瞑る。眠ってしまえば、緊張も、この恥ずかしさもごまかせるだろう。きっと、すぐには眠れないだろうけれど。
*
「ユキ様っ! ご無事でしたか!?」
「あ、リサちゃん……」
「陛下に何もされませんでした? もう、心配で心配で……」
「失礼やな。馬車の中で変なことなんてしいひんわ」
「陛下ならやりかねないので心配してたんです! さあユキ様、こちらへどうぞ」
馬車から降りるなり、リサが駆け寄ってきてわたしを誘導する。その過保護っぷりに、さすがのソウも苦笑している。
結局、馬車の中でソウに肩を抱かれたままぐっすり眠ってしまった。自分の神経は案外図太いらしい。
少し歩くと、アスヒ城の大きな城門が見えてきた。
わたしたちが近づくと、守衛が素早く開門してくれる。そして門を開いた先には、派手な緑色の髪と、煌びやかな衣装を身に纏った男が立っていた。
「久しぶりだねぇ、ソウ。この度はご結婚おめでとう」
「おおきに。この子がボクのお姫様や。ああ、会うたことあるか」
その男──アスヒ国王・イツキが目線をこちらに向けた。
「久しぶりだね。あれからさらに美しくなったようだ」
「……お久しぶりです。本日からお世話になりますので、よろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしく。さあ、みんな中に入って」
イツキがくるりと身を翻すと、傍にいた従者たちも後に続く。わたしもソウに手を引かれながら、その後に続いた。
*
「アスヒ国王って、なんだか陛下と似てません?」
アスヒ城の侍女に案内された部屋は、白い壁と大きな窓が印象的な美しい部屋だった。
リサが荷解きをしながら、楽しそうに話しかけてくる。
「え……似てるかなぁ? 見た目は全然似てないけど……」
「なんか、食えない笑顔とかやけに外面がいいところとか。あ、別に悪口じゃないですよ」
たしかに、と二人の様子を思い出しながら頷く。何を考えているのか分からないところが似ているかもしれない。楽しそうに二人で会話しながらどこかに行ったのを見ると、仲も良いらしい。
「ユキ様、前にもアスヒ国王にお会いしたことあるんですよね? どんな方ですか?」
「んー……頭が良くて、人当たりもいいけど……わたしはちょっと苦手、かな」
「え……そうなんですか?」
「別に何かされたってわけじゃないんだけど、何を考えてるのかわからなくて」
「あー、そんな感じしますね。あと、なんだかチャラそう」
リサの物言いに、思わずぷっと吹き出した。
ソウはよくリサを指名して仕事を頼んでいたらしいが、なんとなく理由が分かる。リサは、王族だろうが大臣だろうが従者だろうが関係なく、人を見て話をする。相手が国王でも、悪いと思ったらはっきり悪いと言う。友達のように接してくれるリサのおかげで、新しい土地でもなんとかやっていけているのだ。
「……リサちゃん、ありがとう」
「えっ? ど、どうしたんですか、急に」
「ううん、なんか言いたくなっただけ」
二人で笑い合っていると、部屋の扉が開いてソウが入ってきた。
「お、なんや楽しそうやなぁ。ボクも仲間に入れてぇな」
「だめです。ていうか陛下、勝手に入ってこないでくださいよ」
「けど、ここボクの部屋やし」
「……え?」
この部屋は、確かにアスヒの侍女に案内された部屋だ。どちらかが間違っているのだろうか。
「ああ、ボクの部屋ちゃうな。ボクと、ユキちゃんの部屋や」
そう言うとソウは、嬉しそうにいそいそと自分で持ってきた荷物をベッド脇に置いた。
何がなんだか分からない。それはリサも同じようで、怪訝な顔でただソウを見つめている。
「あれ、聞いてへんの? イツキがな、夫婦やったら同じ部屋でええやろーって、この部屋しか用意してへんらしいわ」
「お、同じ部屋って、そんな……!」
「だ、だめです! 確かに夫婦ですけど、ユキ様はまだ……!」
リサがソウに突っかかろうとしたその時、再び部屋のドアが開いた。入ってきたのは、先ほど話題に上がっていたイツキだ。
「あれ、どうしたの? 何かあった?」
「なんかなー、ボクとユキちゃん同じ部屋やったらあかんて」
ソウが告げ口するように言う。
リサもさすがに初対面のイツキ相手には強く切り出せないようで、何か言いたそうにしながらも一歩下がった。仕方なく、わたしがイツキに直談判する。
「え、えっと……できれば、もう一部屋用意して頂けませんか? どんな部屋でも構いませんから」
「なんで? もう結婚したんでしょ? だったら同じ部屋で、同じベッドで寝なきゃ」
「お、同じベッドなんて無理ですっ!」
真っ赤になって反論するが、イツキはただ笑っているだけだ。どうやら最初からこの二人はグルらしい。
「あの、私からもお願いします。ユキ様は決闘の時の傷がまだ完治していなくて、体調が万全ではないのです」
リサが助け舟を出してくれる。しかしそれも予想していたかのように、イツキがすぐさま言い返す。
「だったら余計同じ部屋にすればいい。一人で寝ていて、何かあったら大変でしょ?」
「そ、それは、私がお傍についておりますから大丈夫です」
「ユキちゃんが急に倒れたら、抱えて走れるの? ソウの方がいいと思うけどなぁ」
「それはっ……! か、抱えられますっ!」
ああ言えばこう言うとは、まさにこのことだ。リサもむきになって応戦しているが、イツキはそれすらも楽しむようにのらりくらりと躱している。その様子を、ソウはただ楽しそうに見ているだけだ。
きっと、ここに来る前に二人で相談してきたに違いない。この二人に言い争いで勝てる自信もないし、勝ったとしても後でもっとひどい目に遭いそうだ。わたしは覚悟を決めて、リサとイツキの間に割って入った。
「わ、分かりました! 陛下と同じ部屋で結構です! ただ、わたしは望んで陛下の妃になったわけではありません。ベッドだけは別にしてください」
「……ベッドがないって言ったら?」
「床で結構です。やすやすと同衾を許すなと、幼い頃から父に言われてきましたので」
毅然とした態度でイツキに向かうと、やっと折れてくれる気になったらしい。わざとらしく大きくため息をついて、ソウの肩をぽんと叩いた。
「……だ、そうだ。これ以上は無理。あとは自分でどうにかして」
「十分や。おおきに」
ひらひらと手を振って、イツキは部屋を出て行った。
その姿を見送るソウの横顔がなんだか落ち込んでいるように見えて、声をかけるのを憚られる。なにかまずいことを言っただろうか。
「ほな、ベッドだけ用意してもらおか? ボクは応接間に行ってるし、夕飯まで好きに過ごしてな」
ソウにしてはあっさりと、嫌味の一つも言わず部屋を出て行った。なんとなく、罪悪感が残る。
「ユキ様、よろしいんですか? 陛下にもっときつく言えば、きっとお部屋も……」
「ううん、大丈夫。でも、なんだか悪いことしたかな……」
「何をおっしゃるんです! ユキ様、まだ陛下のことをお許しにはなっていないでしょう? ユキ様が心から一緒にいたいと思うまでは、陛下のことは放っておいていいんですよ」
リサの言葉に、少しだけ心が軽くなる。でも、ソウのあんながっかりした顔は初めて見たかもしれない。
謝りたいと思ったが、よくよく考えたらわたしの方がソウに謝ってほしいことが多すぎる。思い出したら、罪悪感よりも怒りの方が強くなった。
「ほんと、あの人って勝手よね」
腹いせに、ソウの旅行鞄をぱしっと叩いた。
サウスとノースは、正式にカトライア王国という一つの国となり、サウス城はカトライア城と改称した。ノース城は、ソウが言っていた通り役所兼観光施設となることに決まったらしい。
「ユキちゃん、おるー?」
ノックもせずに、無遠慮に部屋のドアが開かれる。わたしと談笑していたリサが、大げさにため息をついた。
「……陛下。最近浮かれすぎではないですか? 何度も言うようですが、ユキ様のお部屋に入るときはノックをしてから……!」
「ああもう、リサちゃん最近オカンみたいやな。ええやん、ボクの奥さんの部屋なんやから。なんやったら、そろそろ同じ部屋にしよか? すぐ隣やし」
いつの間にかわたしの隣に座ったソウが、肩を抱いてくる。思わず身をすくめると、またリサの雷が落ちた。
「陛下っ! ユキ様が怖がっておられるじゃないですか!」
「冗談や、冗談。ああ、ほんでユキちゃん、明日からアスヒに行くことになったから、今日中に準備しといてな。リサちゃんも行くからよろしく」
「はあ……?」
アスヒといえば、ここから山を二つほど越えたところにある大きな国だ。中立国であるため、わたしも他国との晩餐会で何度か王と話したことがある。
たしかまだ年若い王で、ソウと同じ年くらいだったはずだ。なんだか妙に軽い態度の男で、あまり良い印象はないけれど。
「そろそろ国内も落ち着いてきたし、挨拶回りや。合併と、結婚の報告しにな」
「もうっ、陛下はいつも急に予定を決めますね! ユキ様、陛下は放っておいて一緒に準備しましょう」
「う、うん」
「あーあ、ボクはいつも除け者やなぁ。悲しいわぁ」
「泣き真似してもだめです。陛下が自分勝手なのは事実なんですから」
「ほんまに手厳しいわぁ。ほなユキちゃん、またあとでな」
ソウが部屋を出て行ったあと、リサと二人で明日の準備をする。
挨拶回りということだから、これも王妃としての仕事の一つである。しかし、リサとあれこれ準備を進めるのが、なんだか友達と旅行に行くようで楽しかった。
*
そして、次の日。まだ日も昇りきらない早朝に、カトライア城を出発する。
揺れる馬車の中で、わたしはできるだけ隣に座るソウを意識しないように、窓の外ばかり見ていた。
「ユキちゃん、狭ない? もうちょっとこっち寄り」
「えっ、いや、大丈夫、ですっ」
狭い空間に、ソウと二人きりだ。どう接したらいいのか分からず、緊張して体が固まってしまう。
そんなわたしの心境を知ってか知らずか、ソウは嬉しそうに距離を詰めてくる。お目付け役のリサがいないせいか、つい昨日怒られたばかりだというのに肩を抱いてきた。
「あ、あのっ!」
「んー? どしたん、ユキちゃん」
「その、少し、離れていただけませんか」
「嫌や」
「……陛下、リサちゃんにあとで言いつけますよ」
「陛下やなんてよそよそしいな、ソウって呼んでや」
何を言っても離れる気はないらしい。
あきらめて目を瞑る。眠ってしまえば、緊張も、この恥ずかしさもごまかせるだろう。きっと、すぐには眠れないだろうけれど。
*
「ユキ様っ! ご無事でしたか!?」
「あ、リサちゃん……」
「陛下に何もされませんでした? もう、心配で心配で……」
「失礼やな。馬車の中で変なことなんてしいひんわ」
「陛下ならやりかねないので心配してたんです! さあユキ様、こちらへどうぞ」
馬車から降りるなり、リサが駆け寄ってきてわたしを誘導する。その過保護っぷりに、さすがのソウも苦笑している。
結局、馬車の中でソウに肩を抱かれたままぐっすり眠ってしまった。自分の神経は案外図太いらしい。
少し歩くと、アスヒ城の大きな城門が見えてきた。
わたしたちが近づくと、守衛が素早く開門してくれる。そして門を開いた先には、派手な緑色の髪と、煌びやかな衣装を身に纏った男が立っていた。
「久しぶりだねぇ、ソウ。この度はご結婚おめでとう」
「おおきに。この子がボクのお姫様や。ああ、会うたことあるか」
その男──アスヒ国王・イツキが目線をこちらに向けた。
「久しぶりだね。あれからさらに美しくなったようだ」
「……お久しぶりです。本日からお世話になりますので、よろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしく。さあ、みんな中に入って」
イツキがくるりと身を翻すと、傍にいた従者たちも後に続く。わたしもソウに手を引かれながら、その後に続いた。
*
「アスヒ国王って、なんだか陛下と似てません?」
アスヒ城の侍女に案内された部屋は、白い壁と大きな窓が印象的な美しい部屋だった。
リサが荷解きをしながら、楽しそうに話しかけてくる。
「え……似てるかなぁ? 見た目は全然似てないけど……」
「なんか、食えない笑顔とかやけに外面がいいところとか。あ、別に悪口じゃないですよ」
たしかに、と二人の様子を思い出しながら頷く。何を考えているのか分からないところが似ているかもしれない。楽しそうに二人で会話しながらどこかに行ったのを見ると、仲も良いらしい。
「ユキ様、前にもアスヒ国王にお会いしたことあるんですよね? どんな方ですか?」
「んー……頭が良くて、人当たりもいいけど……わたしはちょっと苦手、かな」
「え……そうなんですか?」
「別に何かされたってわけじゃないんだけど、何を考えてるのかわからなくて」
「あー、そんな感じしますね。あと、なんだかチャラそう」
リサの物言いに、思わずぷっと吹き出した。
ソウはよくリサを指名して仕事を頼んでいたらしいが、なんとなく理由が分かる。リサは、王族だろうが大臣だろうが従者だろうが関係なく、人を見て話をする。相手が国王でも、悪いと思ったらはっきり悪いと言う。友達のように接してくれるリサのおかげで、新しい土地でもなんとかやっていけているのだ。
「……リサちゃん、ありがとう」
「えっ? ど、どうしたんですか、急に」
「ううん、なんか言いたくなっただけ」
二人で笑い合っていると、部屋の扉が開いてソウが入ってきた。
「お、なんや楽しそうやなぁ。ボクも仲間に入れてぇな」
「だめです。ていうか陛下、勝手に入ってこないでくださいよ」
「けど、ここボクの部屋やし」
「……え?」
この部屋は、確かにアスヒの侍女に案内された部屋だ。どちらかが間違っているのだろうか。
「ああ、ボクの部屋ちゃうな。ボクと、ユキちゃんの部屋や」
そう言うとソウは、嬉しそうにいそいそと自分で持ってきた荷物をベッド脇に置いた。
何がなんだか分からない。それはリサも同じようで、怪訝な顔でただソウを見つめている。
「あれ、聞いてへんの? イツキがな、夫婦やったら同じ部屋でええやろーって、この部屋しか用意してへんらしいわ」
「お、同じ部屋って、そんな……!」
「だ、だめです! 確かに夫婦ですけど、ユキ様はまだ……!」
リサがソウに突っかかろうとしたその時、再び部屋のドアが開いた。入ってきたのは、先ほど話題に上がっていたイツキだ。
「あれ、どうしたの? 何かあった?」
「なんかなー、ボクとユキちゃん同じ部屋やったらあかんて」
ソウが告げ口するように言う。
リサもさすがに初対面のイツキ相手には強く切り出せないようで、何か言いたそうにしながらも一歩下がった。仕方なく、わたしがイツキに直談判する。
「え、えっと……できれば、もう一部屋用意して頂けませんか? どんな部屋でも構いませんから」
「なんで? もう結婚したんでしょ? だったら同じ部屋で、同じベッドで寝なきゃ」
「お、同じベッドなんて無理ですっ!」
真っ赤になって反論するが、イツキはただ笑っているだけだ。どうやら最初からこの二人はグルらしい。
「あの、私からもお願いします。ユキ様は決闘の時の傷がまだ完治していなくて、体調が万全ではないのです」
リサが助け舟を出してくれる。しかしそれも予想していたかのように、イツキがすぐさま言い返す。
「だったら余計同じ部屋にすればいい。一人で寝ていて、何かあったら大変でしょ?」
「そ、それは、私がお傍についておりますから大丈夫です」
「ユキちゃんが急に倒れたら、抱えて走れるの? ソウの方がいいと思うけどなぁ」
「それはっ……! か、抱えられますっ!」
ああ言えばこう言うとは、まさにこのことだ。リサもむきになって応戦しているが、イツキはそれすらも楽しむようにのらりくらりと躱している。その様子を、ソウはただ楽しそうに見ているだけだ。
きっと、ここに来る前に二人で相談してきたに違いない。この二人に言い争いで勝てる自信もないし、勝ったとしても後でもっとひどい目に遭いそうだ。わたしは覚悟を決めて、リサとイツキの間に割って入った。
「わ、分かりました! 陛下と同じ部屋で結構です! ただ、わたしは望んで陛下の妃になったわけではありません。ベッドだけは別にしてください」
「……ベッドがないって言ったら?」
「床で結構です。やすやすと同衾を許すなと、幼い頃から父に言われてきましたので」
毅然とした態度でイツキに向かうと、やっと折れてくれる気になったらしい。わざとらしく大きくため息をついて、ソウの肩をぽんと叩いた。
「……だ、そうだ。これ以上は無理。あとは自分でどうにかして」
「十分や。おおきに」
ひらひらと手を振って、イツキは部屋を出て行った。
その姿を見送るソウの横顔がなんだか落ち込んでいるように見えて、声をかけるのを憚られる。なにかまずいことを言っただろうか。
「ほな、ベッドだけ用意してもらおか? ボクは応接間に行ってるし、夕飯まで好きに過ごしてな」
ソウにしてはあっさりと、嫌味の一つも言わず部屋を出て行った。なんとなく、罪悪感が残る。
「ユキ様、よろしいんですか? 陛下にもっときつく言えば、きっとお部屋も……」
「ううん、大丈夫。でも、なんだか悪いことしたかな……」
「何をおっしゃるんです! ユキ様、まだ陛下のことをお許しにはなっていないでしょう? ユキ様が心から一緒にいたいと思うまでは、陛下のことは放っておいていいんですよ」
リサの言葉に、少しだけ心が軽くなる。でも、ソウのあんながっかりした顔は初めて見たかもしれない。
謝りたいと思ったが、よくよく考えたらわたしの方がソウに謝ってほしいことが多すぎる。思い出したら、罪悪感よりも怒りの方が強くなった。
「ほんと、あの人って勝手よね」
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