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第一部

3.2話 歓声

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学校の門の前。そこにはかなり厳しい服装チェックを行うことで悪名を轟かせた体育教師がいた。奴は、僕の目から見てもちゃんと制服を着こなしている生徒にまで怒声を上げるにもかかわらず、僕たち三人に限っては何も言わずに門を素通りさせる。僕がすれ違いざまに軽く会釈すると、先生はビクリとして口ごもった。
智也も、優香も、まるで「それ」を何とも感じていないかのようにずんずん進む。
三人とも門をくぐったその瞬間。
人の声とも思えないような叫び声が僕達の鼓膜を震わせる。
「智也さんおはようございます! 今日も朝早くからお疲れ様です!」
「おはようございます優香さん! その髪留め素敵です! どちらでお買いになったのですか!?」
「サファイアさん今日もお綺麗です! おはようございます!」
矢継ぎ早に飛んでくる黄色い悲鳴。しかし僕達が足を止めることはない。
下駄箱に靴を入れる間も、廊下を歩く間も、この声が途切れることはない。そしてその声に僕達は一瞥もくれてやらない。まるでまとわりつく羽虫をなんとも思わないように。
校内に響き渡る大小様々な叫び。近くの子も、人混みで隠れて見えない遠くの子も、学年など関係ない。学校中の生徒達が僕達を見た瞬間叫ぶ。そしてすぐさま褒める。賞賛する。見惚れる。そのうちのどれかだ。
今日もみんな相変わらずだなぁだなんて呑気に考えていると、人混みを掻き分けてぐいぐいと、僕達三人より小さい女の子が出てきて、こう聞いてきた。
「サ……サファイアさんですか……?」
普段は比較的高学年の子に囲まれていたので珍しい状況だ。僕は何も言わずに次の言葉を待ってみることにした。
「サ、サファイアさん!今度私と、お、お茶を飲みに行きませんか!?」
時が止まったように静まり返る。
優香が小さくあーあ。と無機質な声を出した。
ああそっか。この子は入学したてであんまりここの『ルール』を知らないんだなぁ。頑張って勇気を出したみたいだけど、残念、ちょっと怖い思いをすることになるね、この子は。
想像通り、今度は僕達ではなくこの子に視線が集中する。
女の子は周りの空気の変化を感じ取ったようで、不安と緊張でオロオロとしている。
「おい、こっち来い。」
近くにいた年長の女子がドスのきいた声を出し女の子の手首を掴む。さっきまであんなに猫撫で声を出していたとは思えないくらい、地の底から響く声だった。
「い、痛い!」
相当強い力で手首を掴まれたのだろう、女の子の手はミシミシと軋んでいたいた。
この子がされることは明白。しかし、こんな小さい子にそれはあまりにも酷だと思い、助け舟を出すことにした。
「君、君。」
今にも連れていかれそうな女の子に中腰になり目線 を合わせ、声をかける。それと同時に全員の動きが止まる。
「は、はい!」
「君、まだ小さいね。一年生かな?」
「は、はい!」
女の子は機械のようにはい、はいと繰り返し、小刻みに首を縦に振った。それが可笑しくて、僕の顔に笑みが溢れる。
「お茶、したいの? 僕と?」
「はい……」
今度は戸惑ったようにはいと言う。ほんとに同じ言葉しか喋らないんだね、君。可愛いなあ。と思った。心の底からの本心だった。
「いいよ。」
「え?」
「いいよ。気が向いたらね。一緒にお茶しようか。いいお店知っているんだ。僕。」
「え?」
女の子は現実を受け止められないままでいたのか、それは腕を掴んでいた女の子も、その周りの子も同じだった。
「そういうことだから。君もその子から手を離してあげて。ね?」
できるだけ優しく、優しく言った。
「え!? あ! はい!」
年長の子は慌てて手を離す。そしてぺたんと座り込み、ブツブツと何かを呟いている。
女の子はよほど嬉しかったのか、涙を流しやった、やったと言いながら笑って飛び跳ねている。
僕はその様子を見て安心し、後ろの二人に会釈して立ち上がり、また三人で何事もなかったかのように歩き出す。
だが、みんなは何が起こったのかわからないのか、固まったままでいる。
「ごめんねみんな。僕達、もう行くね。」
そう言っても尚、誰一人動かない。
僕の言っている事、もしかしてわかってない?遠回しに言いすぎたかな ?
そこで智也がため息混じりに言う 。
「あのなぁ、言ってる意味わかんねーのか? 邪魔だっつってんの。 退け。」
優香も同じく呆れた顔をして、
「そうね、邪魔。」
とだけ言った。
その瞬間どの子も血相を変えて走り出し、廊下の脇に整列した。その姿に乱れはなく、まるで軍隊のような統率力だと感心してしまった。
海を割った時のモーセもこんな気分だったのかなぁだなんて思いながら、廊下を歩き出す。その姿を見て、群衆は再びキャアキャアと歓喜の声を上げた。
自分の教室に向かう最中、優香が、いいの? と聞いてきた。
「なにが?」と聞くと、
「あの子のことしかないじゃ無い、バカじゃないの?」と毒づいた声が返ってきた。
ああそのことか。
「いいんだ別に、お茶くらい。あの子も頑張ってお願いした訳だしね。それにちょっと時間を割くだけさ。」
それを聞いて優香がフンと鼻を鳴らす。
「だいたい優しすぎんのよ、あんた。もしほんとにお茶しに行くんだったら私もついていくからね。」
「ええ!? なんで優香まで!?」
僕が予想だにしない返答に驚いていると、智也はケラケラと笑った。
「マジで!? じゃあ俺もついて行っちゃおうかな~、はは!」
「ハァ!? なんで智也までついてくんのよ!? あんたは家でおとなしく機械でもいじってなさい!」
「あはは!まあいいじゃねえかよ~優香にサファイアを独り占めされたくないしな!」
その言葉を聞いて優香は大きく狼狽する。
「ハ……ハア!? な、なんで私がサファイアを独り占めするってことになるのよ!?訳のわかんない妄想を結びつけるからオタクは嫌いなのよ!」
二人のある意味仲睦まじいやりとりを見て僕は苦笑いする。
「まあまあ……二人とも。しょうがないなあ、じゃあ喫茶店には四人で行こうか。」
僕の言葉を聞いて、智也はニヤニヤ笑い、優香はそっぽを向いてブツクサ言っていた。
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