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第一幕 落ちた初月
沈んだ月と青臭い海(1)
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身体が暖かく、波一つ無い静かな海の上で浮いているかのような浮遊感…。
目を開くと月も星もない、どこまでも果てしなく続く無音の漆黒の闇。
(そうか…、ここはあの世…なのか)
その中にただ一生、いや一死で浮いている。
何も見えず、何も感じない、ただひたすらそこに存在し続けている。
これが罰か…。
(…恐ろしくは無い)
今はもう無い自らの肉体の両手を思い出す。
その手はいつも血で濡れていた。
数多の人を殺し、人で無くなった怪物。それを閉じ込め、裁くにはここは相応しい。
少年は心臓の高鳴りを感じた。
(…やっと…終幕…だな)
それはもう生前の時には、失った感情…。
少年は再び目を閉じた、魂が怪物に丸呑みにされたかのような無音の闇に包まれる。
この先、数十、数百、あるいは数千、この魂が消失する時をゆっくりと…。
「起きて!」
…声がする。
この闇の中、女の声が聞こえてくる。
(…ゆっくり、する暇も与えないか…)
どうやら地獄の鬼が、この手にかけた亡者を連れて罰しにきたようだ。
少年は再び目を開くと漆黒の世界の空から細く小さな光が降りてきていた。
その光は蜘蛛の糸のように細く、触れれば簡単に消えてしまいそうな儚い光…。それはまるで髪が垂らした救いのように見える。
(…慈悲か、……必要無い)
そんな物は願ってない。
少年はその光から背を向け、自ら更に闇の中に潜る。
救いなど欲しない、ただこの冷たい世界で一人でいる。それが救いなのだと
「起きて!」
だがまだ声は響き続ける。
この声の主はおそらく神なのだろう…。その声を強く、精神に煩く響いてくる、そのような芸当ができるのは神だけだろう………、余計なことよ…。
少年はその救済の光を心から忌々しく思い、目に入らないように目を強く閉じる。
だが…。
(っ!)
目を閉じているにも関わらず、目が痛くなるほどの眩い光が入り込んでくる。
少年はあまりの眩さに反射的に目を開くと、漆黒の闇の空は砕け散り、無数の黒い破片が光と共に降り注いでいる。
(なんだ…)
少年は空に開いた穴を見上げると、穴から巨大な手がゆっくりと降りてくる。
その手はどこかふっくらと柔らかく、傷ひとつなく、武器一つ持ったことのない。まるで赤子のような無垢な手が少年の魂を優しく掴み、光の中に持ち上げて行く。
(…ここから連れ出す気か…!)
少年は察した、この光の先は生の世界であることを…。
(…生の世界に戻るつもりはない、離せ…!)
抵抗しようとする、だが身体が動かないため少年はただその光の手に優しく包まれ、そのまま光の中へ…。
「起きて!」
パンっ!と頬に衝撃が伝わり、地に落ちる。
(なん…だ?)
少年は冷たく硬い地面に仰向けに転った。
(肉体…がある)
空気の冷たさ、嗅いだことのない風の匂い、この全てが肉体の有無を認識させる。
ゆっくりと目を開くと視界に広がったのは薄い青い光、それに照らされる無数の針のように鋭い鍾乳石、先端から雫が落ちて鼻先に当たる。
(生きている…のか?)
拳を握りしめる。
少年の中に湧き出た感情、それは生きている喜びの真反対の感情。
生きていることへの怒り、この感情一つ。
「キャァァァ!!」
生きていることに対する怒りに打ち震えている中、洞窟に女の感高い悲鳴が響き渡る。
(…そう言えば、…他に誰か居た…)
少年は誰かに頬を叩かれたことを思い出し、起き上がろうと岩を掴んだ手に驚愕する。
(左手がある…)
この左手は少年の人生の最後に切り落とされ、自分と共に奈落に落ちた筈。
だが切り落とされた左手、両足、そして裂けた脛、腹に空いた穴も、刺し貫かれたはずの左目も、全てが何事もなかったかのように元に戻っている。
(…どうやって…?)
あの奈落に広がる荒れ狂う激流の中、身体の部位を正確に回収し、あの人達の斬撃で斬られた部位を縫合し、腹の風穴を塞ぐ、そんなことは不可能だ。
こんな不可能なことを可能にできる、存在なんて…。
(……怪人共…か、この声の…女も)
少年は自分を治したと思われる存在、狂った怪人達が頭によぎる。
(殺す…)
今の声の女が怪人共の一生と考えた少年は殺意をたぎらせ、悟られないように静かに起き上がる。
少年を寝かせていた岩からゆっくりと白い頭を出してその声の主を覗き込む。
「来ないで!あっちいけ!」
「「ガルルル!!」」
(……デカい…)
そこにいたのは巨人のような大きな体格を持つ女。
半分が黒く、もう片方が青い衣服を着用し、胸元には赤いリボン、ヒラヒラとした紺色の布を腰に身につけ足を出している。
長い青い髪で瞳が隠れ、目元から頬にかけて深い切り傷がある巨女が、髪の隙間から見える目尻に雫を浮かべながら少年が待っていた白き刀を、目の前にいるニ生の狼に振り回している。
(…五尺八寸…ほどか…、しかし…、酷い)
敵を恐れ、腰が引け、足も固まって直立、刀の握り方もまるでなっていない。
巨女が手に持っているのは長年振り続けた刀なのに、子供が悪戯に棒切れを振り回しているようにしか見えない。
(アイツら…、じゃないのか…)
下手な刀の振り方をするこの巨女があの怪人共のわけがない。
(アイツらの刃は蛇の如く、執念深い…)
怪人共は人ならざる斬術を操る、あんな弱いわけがない。
目の前の巨女はただの町人と判断する。
だが…。
(だとしたら尚更、理解できない…)
少年は自らの過去の悪行を振り返る、どれもこれもビラとなり、多くの人の頭上の空を舞った。
(町人が知らないはずは無い…、なぜ助けた…)
町人と思われる巨女に疑問を募らせている間も、狼共は唸り声をだしながら涎を地面に垂らしている。
(…腹を空かしているのか、これでは、いくら刀を振り回そうと逃げるわけもない)
女の顔に目元の雫の他に、額から滝のように雫が落ち、呼吸が安定していない。
(…このままだとあの巨女は食われる…)
弱肉強食は自然の摂理、弱いヤツは喰われて死ぬだけ。巨女が死のうが本来ならどうでもいい、だが。
(…巨女には生きていてもらう、生かした理由を問うために…)
少年は長い白い髪を揺らしながらゆっくりと立ち上がり、巨女の方に歩を進める。
「君!来ちゃダメ!逃げて!」
少年の存在に気がついた巨女が大きな声で逃亡するように叫ぶ。
だが狼二生は巨女より狩りやすい、小さい獲物である少年を視線に捉えると、喉元を食い千切ろうと涎を垂らしながらニ生同時に走ってくる。
「「ガゥ!ガゥ!」」
狼共が迫る、鋭い爪が迫る、肉を貪る牙が迫る…。
だが少年は、無表情のまま口を開く。口から放つのは単純な四つの言葉。
「……殺すぞ…」
この三文字を聞いた瞬間、二生の狼は石像にでもなったかのように足を止め震える。
「「キャン!キャン!」」
狼共はまるで子犬のような、か弱い鳴き声を出しながらこの洞窟の奥に二生揃って走り去って行く。
飼い犬か…、…まぁ、どうでもいい存在だ、今は…。
少年は逃げ惑う狼二生に構うことなく、驚愕からか、恐怖からか、目を見開いている巨女のいる方に歩を進める。
何故、罪人である少年を治したのかを問い詰めるために…。
目を開くと月も星もない、どこまでも果てしなく続く無音の漆黒の闇。
(そうか…、ここはあの世…なのか)
その中にただ一生、いや一死で浮いている。
何も見えず、何も感じない、ただひたすらそこに存在し続けている。
これが罰か…。
(…恐ろしくは無い)
今はもう無い自らの肉体の両手を思い出す。
その手はいつも血で濡れていた。
数多の人を殺し、人で無くなった怪物。それを閉じ込め、裁くにはここは相応しい。
少年は心臓の高鳴りを感じた。
(…やっと…終幕…だな)
それはもう生前の時には、失った感情…。
少年は再び目を閉じた、魂が怪物に丸呑みにされたかのような無音の闇に包まれる。
この先、数十、数百、あるいは数千、この魂が消失する時をゆっくりと…。
「起きて!」
…声がする。
この闇の中、女の声が聞こえてくる。
(…ゆっくり、する暇も与えないか…)
どうやら地獄の鬼が、この手にかけた亡者を連れて罰しにきたようだ。
少年は再び目を開くと漆黒の世界の空から細く小さな光が降りてきていた。
その光は蜘蛛の糸のように細く、触れれば簡単に消えてしまいそうな儚い光…。それはまるで髪が垂らした救いのように見える。
(…慈悲か、……必要無い)
そんな物は願ってない。
少年はその光から背を向け、自ら更に闇の中に潜る。
救いなど欲しない、ただこの冷たい世界で一人でいる。それが救いなのだと
「起きて!」
だがまだ声は響き続ける。
この声の主はおそらく神なのだろう…。その声を強く、精神に煩く響いてくる、そのような芸当ができるのは神だけだろう………、余計なことよ…。
少年はその救済の光を心から忌々しく思い、目に入らないように目を強く閉じる。
だが…。
(っ!)
目を閉じているにも関わらず、目が痛くなるほどの眩い光が入り込んでくる。
少年はあまりの眩さに反射的に目を開くと、漆黒の闇の空は砕け散り、無数の黒い破片が光と共に降り注いでいる。
(なんだ…)
少年は空に開いた穴を見上げると、穴から巨大な手がゆっくりと降りてくる。
その手はどこかふっくらと柔らかく、傷ひとつなく、武器一つ持ったことのない。まるで赤子のような無垢な手が少年の魂を優しく掴み、光の中に持ち上げて行く。
(…ここから連れ出す気か…!)
少年は察した、この光の先は生の世界であることを…。
(…生の世界に戻るつもりはない、離せ…!)
抵抗しようとする、だが身体が動かないため少年はただその光の手に優しく包まれ、そのまま光の中へ…。
「起きて!」
パンっ!と頬に衝撃が伝わり、地に落ちる。
(なん…だ?)
少年は冷たく硬い地面に仰向けに転った。
(肉体…がある)
空気の冷たさ、嗅いだことのない風の匂い、この全てが肉体の有無を認識させる。
ゆっくりと目を開くと視界に広がったのは薄い青い光、それに照らされる無数の針のように鋭い鍾乳石、先端から雫が落ちて鼻先に当たる。
(生きている…のか?)
拳を握りしめる。
少年の中に湧き出た感情、それは生きている喜びの真反対の感情。
生きていることへの怒り、この感情一つ。
「キャァァァ!!」
生きていることに対する怒りに打ち震えている中、洞窟に女の感高い悲鳴が響き渡る。
(…そう言えば、…他に誰か居た…)
少年は誰かに頬を叩かれたことを思い出し、起き上がろうと岩を掴んだ手に驚愕する。
(左手がある…)
この左手は少年の人生の最後に切り落とされ、自分と共に奈落に落ちた筈。
だが切り落とされた左手、両足、そして裂けた脛、腹に空いた穴も、刺し貫かれたはずの左目も、全てが何事もなかったかのように元に戻っている。
(…どうやって…?)
あの奈落に広がる荒れ狂う激流の中、身体の部位を正確に回収し、あの人達の斬撃で斬られた部位を縫合し、腹の風穴を塞ぐ、そんなことは不可能だ。
こんな不可能なことを可能にできる、存在なんて…。
(……怪人共…か、この声の…女も)
少年は自分を治したと思われる存在、狂った怪人達が頭によぎる。
(殺す…)
今の声の女が怪人共の一生と考えた少年は殺意をたぎらせ、悟られないように静かに起き上がる。
少年を寝かせていた岩からゆっくりと白い頭を出してその声の主を覗き込む。
「来ないで!あっちいけ!」
「「ガルルル!!」」
(……デカい…)
そこにいたのは巨人のような大きな体格を持つ女。
半分が黒く、もう片方が青い衣服を着用し、胸元には赤いリボン、ヒラヒラとした紺色の布を腰に身につけ足を出している。
長い青い髪で瞳が隠れ、目元から頬にかけて深い切り傷がある巨女が、髪の隙間から見える目尻に雫を浮かべながら少年が待っていた白き刀を、目の前にいるニ生の狼に振り回している。
(…五尺八寸…ほどか…、しかし…、酷い)
敵を恐れ、腰が引け、足も固まって直立、刀の握り方もまるでなっていない。
巨女が手に持っているのは長年振り続けた刀なのに、子供が悪戯に棒切れを振り回しているようにしか見えない。
(アイツら…、じゃないのか…)
下手な刀の振り方をするこの巨女があの怪人共のわけがない。
(アイツらの刃は蛇の如く、執念深い…)
怪人共は人ならざる斬術を操る、あんな弱いわけがない。
目の前の巨女はただの町人と判断する。
だが…。
(だとしたら尚更、理解できない…)
少年は自らの過去の悪行を振り返る、どれもこれもビラとなり、多くの人の頭上の空を舞った。
(町人が知らないはずは無い…、なぜ助けた…)
町人と思われる巨女に疑問を募らせている間も、狼共は唸り声をだしながら涎を地面に垂らしている。
(…腹を空かしているのか、これでは、いくら刀を振り回そうと逃げるわけもない)
女の顔に目元の雫の他に、額から滝のように雫が落ち、呼吸が安定していない。
(…このままだとあの巨女は食われる…)
弱肉強食は自然の摂理、弱いヤツは喰われて死ぬだけ。巨女が死のうが本来ならどうでもいい、だが。
(…巨女には生きていてもらう、生かした理由を問うために…)
少年は長い白い髪を揺らしながらゆっくりと立ち上がり、巨女の方に歩を進める。
「君!来ちゃダメ!逃げて!」
少年の存在に気がついた巨女が大きな声で逃亡するように叫ぶ。
だが狼二生は巨女より狩りやすい、小さい獲物である少年を視線に捉えると、喉元を食い千切ろうと涎を垂らしながらニ生同時に走ってくる。
「「ガゥ!ガゥ!」」
狼共が迫る、鋭い爪が迫る、肉を貪る牙が迫る…。
だが少年は、無表情のまま口を開く。口から放つのは単純な四つの言葉。
「……殺すぞ…」
この三文字を聞いた瞬間、二生の狼は石像にでもなったかのように足を止め震える。
「「キャン!キャン!」」
狼共はまるで子犬のような、か弱い鳴き声を出しながらこの洞窟の奥に二生揃って走り去って行く。
飼い犬か…、…まぁ、どうでもいい存在だ、今は…。
少年は逃げ惑う狼二生に構うことなく、驚愕からか、恐怖からか、目を見開いている巨女のいる方に歩を進める。
何故、罪人である少年を治したのかを問い詰めるために…。
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