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リリアナの帰郷
13 リリアナの帰郷1
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「申し訳ありません」
王都にある学園から戻って来た娘は、蒼白な顔で俯いていた。
その傍には娘を送って来たレビンがいる。レビンは近隣の騎士の息子でありリリアナの幼馴染だ。本人も騎士を目指しており、騎士候補生として学園に通っていた。
二人とも今年卒業なので、この帰郷は予定されたものだったが、愛娘の帰還を喜ぶ間もなくとんでもない爆弾を落とされ、リリアナの父であるアムスン男爵は頭を抱えたくなった。
こんな辺境の田舎では、王都の噂は滅多なことでは届かない。
今回ほどそれが恐ろしいとも、それに感謝するとも思った事はないだろう。
「リリアナ、すまない。もう一度教えてくれないか。学園でなにがあったんだい」
「ごめんなさい、お父様。私、ルゼッタ公爵令嬢に決闘で負けて、修道院に行くことになりました」
初めてこの告白を聞いた時、側に控えていた優秀な執事は手紙を載せた盆を取り落とし、二人を案内してきたメイドはポカンと口を開けた。
二度目の告白を受けたいま、執事は手紙を拾い上げ震える手で執務机の上に置き、メイドはぽかんと口を開けたままだった。
どこからどう突っ込んだらいいのか分からない、衝撃的な告白だったが、使用人たちのようにのんびり自失している暇は男爵にはなかった。
とりあえず何が起こったのか把握しようと娘から詳しい話を聞き出した男爵は、そのあまりの出来事に空から天が落ちてきたような絶望的な気分になった。
娘は、あろうことか婚約者のいる第一王子殿下と恋に落ち、王子の婚約を破棄するために婚約者である公爵令嬢に濡れ衣を着せようとし、返り討ちにあったというのだ。
なぜそんな恐ろしい事をした! と大きな声で問い詰めたい気持ちを堪え、男爵はもっと詳しい事情を娘から聞き出した。
濡れ衣を晴らすため公爵令嬢は娘に決闘を申し込み、娘の代理人となった王子が決闘に負けた。
代理人として決闘に負けた王子も、決闘の当事者として立ち会った娘も、公爵令嬢に完膚なきまでにやり込められたらしい。
なんともルゼッタの娘らしいやり口だったが、娘が修道院に行くと言っている以上、事態がよくなったわけではないだろう。より悪くはならなかっただけで。
「言っても仕方ない事かもしれないが、なぜそんな事になったんだい」
娘はよく分からない、と力なく首を振った。
そもそも男爵はリリアナを王都に行かせるつもりはなかった。
若い頃に中央で苦労していた事もあって、あまり王都にいい印象がないのだ。
だが一年前、王都の騎士団に入るためにレビンが騎士見習いとして王都の学園に通う事になったと聞いたリリアナは、王都に行きたがった。
若い娘が華やかな都に憧れる気持ちはわかる。だがそんな浮ついた気持ちで行けば、リリアナのような娘は王都の闇にパクリと食べられてしまうだろう。
男爵が連れていければ良かったのだが、あいにくと手が空かなかった。
考えた末に、男爵はリリアナを王都にある学園に編入させることにした。
田舎貴族の娘が、礼儀作法を学ぶために学園に通うことは、珍しくはあったが異例なことではない。
全寮制の学校で、とくに女生徒には厳しい事で有名なので、滅多なことにはならないし、一月もいればリリアナの気も済むだろうと思ったのだ。
卒業するつもりがなければ、学園への短期滞在は認められている。男爵のように行儀見習いを兼ねて娘を短期間預ける親も多かった。
幸いなことに男爵は中央に伝があり、リリアナの編入はあっさりと許可された。
だがリリアナは一月では帰って来なかった。わがままを言ったわけではない。彼女の治癒魔法の才能が認められ、卒業を目指すことを勧められたためだ。
治癒魔法師となれば、王城や騎士団に勤めることも出来る。
娘に相談を受けた男爵は、帰ってこいと言いたかったが、リリアナの可能性を潰すことを考えると反対することは出来なかった。男爵領にも治癒魔法師はいるが、田舎に戻ってしまえばリリアナの才能が開花することはないだろう。
学園にやるまで、男爵はリリアナに治癒魔法の才能があるだなどと思ったこともなかったのだから。良いにつけ悪いにつけ、学園とは才能あるものにとっては溢れんばかりの知識を与えられるという意味で、夢のような場所だった。
リリアナは相当優秀だったらしく、たった一年で治癒魔法の単位をとり卒業試験に合格した。
だが王都に職を求めることはなく、男爵との約束通り帰郷した。
そこまではいい。問題は、勉強にいったはずのリリアナがなぜ禁断の恋に落ちてしまったのか、だ。
王都にある学園から戻って来た娘は、蒼白な顔で俯いていた。
その傍には娘を送って来たレビンがいる。レビンは近隣の騎士の息子でありリリアナの幼馴染だ。本人も騎士を目指しており、騎士候補生として学園に通っていた。
二人とも今年卒業なので、この帰郷は予定されたものだったが、愛娘の帰還を喜ぶ間もなくとんでもない爆弾を落とされ、リリアナの父であるアムスン男爵は頭を抱えたくなった。
こんな辺境の田舎では、王都の噂は滅多なことでは届かない。
今回ほどそれが恐ろしいとも、それに感謝するとも思った事はないだろう。
「リリアナ、すまない。もう一度教えてくれないか。学園でなにがあったんだい」
「ごめんなさい、お父様。私、ルゼッタ公爵令嬢に決闘で負けて、修道院に行くことになりました」
初めてこの告白を聞いた時、側に控えていた優秀な執事は手紙を載せた盆を取り落とし、二人を案内してきたメイドはポカンと口を開けた。
二度目の告白を受けたいま、執事は手紙を拾い上げ震える手で執務机の上に置き、メイドはぽかんと口を開けたままだった。
どこからどう突っ込んだらいいのか分からない、衝撃的な告白だったが、使用人たちのようにのんびり自失している暇は男爵にはなかった。
とりあえず何が起こったのか把握しようと娘から詳しい話を聞き出した男爵は、そのあまりの出来事に空から天が落ちてきたような絶望的な気分になった。
娘は、あろうことか婚約者のいる第一王子殿下と恋に落ち、王子の婚約を破棄するために婚約者である公爵令嬢に濡れ衣を着せようとし、返り討ちにあったというのだ。
なぜそんな恐ろしい事をした! と大きな声で問い詰めたい気持ちを堪え、男爵はもっと詳しい事情を娘から聞き出した。
濡れ衣を晴らすため公爵令嬢は娘に決闘を申し込み、娘の代理人となった王子が決闘に負けた。
代理人として決闘に負けた王子も、決闘の当事者として立ち会った娘も、公爵令嬢に完膚なきまでにやり込められたらしい。
なんともルゼッタの娘らしいやり口だったが、娘が修道院に行くと言っている以上、事態がよくなったわけではないだろう。より悪くはならなかっただけで。
「言っても仕方ない事かもしれないが、なぜそんな事になったんだい」
娘はよく分からない、と力なく首を振った。
そもそも男爵はリリアナを王都に行かせるつもりはなかった。
若い頃に中央で苦労していた事もあって、あまり王都にいい印象がないのだ。
だが一年前、王都の騎士団に入るためにレビンが騎士見習いとして王都の学園に通う事になったと聞いたリリアナは、王都に行きたがった。
若い娘が華やかな都に憧れる気持ちはわかる。だがそんな浮ついた気持ちで行けば、リリアナのような娘は王都の闇にパクリと食べられてしまうだろう。
男爵が連れていければ良かったのだが、あいにくと手が空かなかった。
考えた末に、男爵はリリアナを王都にある学園に編入させることにした。
田舎貴族の娘が、礼儀作法を学ぶために学園に通うことは、珍しくはあったが異例なことではない。
全寮制の学校で、とくに女生徒には厳しい事で有名なので、滅多なことにはならないし、一月もいればリリアナの気も済むだろうと思ったのだ。
卒業するつもりがなければ、学園への短期滞在は認められている。男爵のように行儀見習いを兼ねて娘を短期間預ける親も多かった。
幸いなことに男爵は中央に伝があり、リリアナの編入はあっさりと許可された。
だがリリアナは一月では帰って来なかった。わがままを言ったわけではない。彼女の治癒魔法の才能が認められ、卒業を目指すことを勧められたためだ。
治癒魔法師となれば、王城や騎士団に勤めることも出来る。
娘に相談を受けた男爵は、帰ってこいと言いたかったが、リリアナの可能性を潰すことを考えると反対することは出来なかった。男爵領にも治癒魔法師はいるが、田舎に戻ってしまえばリリアナの才能が開花することはないだろう。
学園にやるまで、男爵はリリアナに治癒魔法の才能があるだなどと思ったこともなかったのだから。良いにつけ悪いにつけ、学園とは才能あるものにとっては溢れんばかりの知識を与えられるという意味で、夢のような場所だった。
リリアナは相当優秀だったらしく、たった一年で治癒魔法の単位をとり卒業試験に合格した。
だが王都に職を求めることはなく、男爵との約束通り帰郷した。
そこまではいい。問題は、勉強にいったはずのリリアナがなぜ禁断の恋に落ちてしまったのか、だ。
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