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1巻

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 同じ毛布にくるまりながら、クァイツは冷えきった手でサフィージャの頬に触れた。顔を真正面に向けさせ、ひたいをこつんと合わせて、好きです、と甘くささやく。

「私のただひとりの妻になってください」

 緋色ひいろの瞳に見つめられて、サフィージャは動けなくなった。
 ただ心臓だけがドキドキと鳴っている。痛いくらいに胸をげつかせるのが、恐怖なのか歓喜なのか、悲しさなのか憧れなのか、自分でももう分からない。
 くちづけられて、自然とまぶたが下りる。
 仰向けに押しつぶされて息もできない。
 突然、下腹部にひどい痛みが走った。何かが無理にひだを割り広げながら入ってきた。

「……、狭い」

 薄膜が侵入を必死に拒んでいるのが分かる。

「い、た……っ! 痛、痛いって……!」

 思わず声が出てしまった。硬い胸板を必死に押し返すが、びくともしない。

「……少し、入りました。けど……いくらなんでも、こんな……」

 クァイツが布団をねのけて、足の付け根を凝視する。耐えがたいはずかしめだ。彼の言うとおり、付け根の間に先端がまるごと呑み込まれていた。痛みで目の前がくらくらする。

「あなたは……その、『白い結婚』をされていたのですか……? いや、まさか……まだ婚姻前……?」

 つまり処女かと聞いているのだ。
 そのとおりだよばか野郎!

「だから、体だけはやれな……あげられませんと、申しました、のに……」

 息がうまくできない。きれぎれに言うと、彼は今日見せた中で一番妖艶ようえんな笑みを浮かべ、頬にキスをしてきた。
 何度も何度もくちづけを繰り返しながら、熱のこもった目で見つめてくる。

「やはりあなたは私の運命の人だ……」

 私の命運は今日で尽きたけどな!
 もう開き直ってののしってやろうかとも思ったが、痛みでもうろうとして、うまく声が出なかった。
 中断していた城門破りが再開された。奥までギチリと満たされて、別の苦痛で涙が浮いた。
 目の前にあるクァイツの美しい顔が苦悶くもんにゆがむ。痛いのはこっちだっての。

「きれいでりんとしていて……私にびないあなたも魅力的でしたが、苦しそうなあなたにもそそられます」

 奥深くまでもぐりこんだかたまりがヌルリと引き抜かれる。
 中のひだがこすれて、背中がのけぞった。溶けてしまいそうなほど気持ちいい。
 ……違う、気持ちよくなんてない。
 必死に体をそらして快感から逃げようとしたが、ふたたび深く刺しつらぬかれて声がれた。

「ああぁっ……! ん、んん、……ああっ……!!」

 ゆっくりとゆさぶられる感覚がたまらない。
 痛みとしびれがツキツキと入り口のあたりをさいなんだ。慣れるにつれて快感が体の奥からわいてきて、苦痛が真っ白に塗りつぶされる。
 苦しいはずなのに、蜜のような甘さがおなかの奥にたまり始めた。それが背骨をとろかし、ひどいめまいを起こさせる。
 指とは比べものにならない重量に圧迫されて、ひだのあちこちが引き伸ばされる。ジュプジュプと耳をふさぎたくなるような音がした。
 とても受け入れきれないほどの大きさのそれが中を行き来するたびに体がくねり、唇がだらしなく開いてしまう。

「お辛くはないですか」
「……っつら、い……」

 と言いつつも、快感が抑えられない。
 様子をうかがうように浅い出し入れを繰り返していたクァイツが笑みをこぼす。かすむ視界の中で、その笑顔はやけにきらきらして見えた。

「すみません、笑ったりして。でも、嬉しくてたまらないのです。これでもうあなたは私の物ですから」

 勝手に決めるんじゃない。
 抗議したかったのに、代わりに出たのは情けないあえぎ声だった。

「や、……はぅ、……う、んんんッ……」

 どろどろに溶けた中をグチュグチュと突き崩されて、太ももが激しく震えた。知らず知らずのうちに足をクァイツの腰に回して、これでもかというくらい巻きつけていた。

「……もっと奥がいいんですか? 仕方のない人ですね……そんなに締め付けられては、私もちそうにないのですが……」
「ち、ちが、締めてな……っ」
「こんなに足を絡めてきているのに? 嘘はいけませんよ。足りないんでしょう? 満足いくまでしてあげますから」
「ん、ん、……っあ……!」

 そこすごくいい、と悲鳴を上げそうになった。でも、最後に残ったひとかけらの理性がサフィージャを押し留めた。
 ふわふわの甘い空気に脳ごと溶かされたような状態で、サフィージャはぼんやり、もうダメだ……と思った。
 免職、火刑、異端審問、魔女裁判……
 ぐるぐると回る思考の片隅で、ふと毒物の存在を思い出す。
 スカートの一部にいつけた小さな袋を引きちぎろうと手を伸ばしたが、指が一本通る穴を開けたところで手首をつかまれた。

「これが毒ですか。物騒なものをお持ちですね。どこで手に入れたんですか?」

 自分で調合しました、とはさすがに言えない。サフィージャは自分の手落ちを悟った。べつだん特殊な薬ではないが、詳細に分析されたら出所を特定されるかもしれない。

「ひゃっ……、あ、で、出入りの薬師から……化粧品と、一緒にィッ! ……」
「これは没収しておきますね。神の御前で、あまり物騒なことを言うものではありませんよ」

 お前の信仰する神なぞ関係ないわ、こちとら魔女だっつうの。
 異教徒のサフィージャには、フロライユ王国の国教である世教せいきょうの自害ご法度はっとのルールなど関係ない。
 そんなことを考えていると、王太子はふいに根元まで押しつらぬいた。

「んんんッ……!」

 たまらずのどやあごまでのけぞらせて、グラグラする視界に目を細める。

「いや、あ、あ、あぁ……!」

 ひどく感じるところを立て続けに突かれて、太ももが引きつってしまう。激しい上下運動に、泉のようにわき出る体液がこぽりとはかなくこぼれて散った。

「うぅ、くぅ、うぅぅうっ……!」

 もっと激しくされたいと熱望しつつ、それとは裏腹にもうやめてほしいと恐怖した。これ以上されたらおかしくなる。死んでしまう。戻ってこれなくなってしまう。
 いつの間にか玉の汗がおなかにも胸にも浮いて、全身がしっとりれていた。熱くて苦しくてたまらない、なのにどうしようもないほど気持ちいい。

「不思議なものですね。こんなに感じやすいあなたが乙女のままだったなんて」

 サフィージャは瞬間的にかっとなった。今、一番言われたくないことだった。みだりがわしくあえがされているだけでも耐えがたいのに、わざわざその事実を突き付けてくる彼の意地の悪さに腹が立った。

「お、うたいしさまに、関係ありませ、……んんっ……!」

 急にペースが速まって、倍以上の速度で奥を突かれた。呼吸が追いつかず、ヒクリとのどが痙攣けいれんする。

「名前で呼んでくれませんか」
「嫌……あ、あっ、いや、あぁっ!」
「クァイツ、と。あなたの声で聞きたいのです。でないとやめませんよ」

 痛いぐらい強く突き上げられて、苦悶くもんの涙が浮かんだ。

「わ、分かったわ、言う、言うからっ……! く、……ぁ、ァイツ、さま、あ、ああっ」
「おや、もう舌も回らないようですね。かわいらしい」

 からかうような言い草に、サフィージャは焼けるような羞恥しゅうちを味わった。
 もう嫌だ、こんなはずかしめは受けたくない。そう思うのに逃げ場がない。

「……いくらでもあふれてきますね。敏感なことです。どこかで教えられたのではないかと疑いたくなります」

 取り澄ました慇懃いんぎんな微笑みばかり浮かべていた王太子の顔が、ふとかげった。
 思わずゾクリとするような暗さだ。

「あなたの恋人には、キスくらい許したのですか?」

 尋ねられて困惑してしまう。
 いもしない恋人に、どうやってキスを許せというのか。
 彼の長い指が唇の上をなぞる。

「そうでなければこれほどみだらな体にはなりませんよね。何度許したんですか? どのぐらい深くくちづけたんです? 教えてください」

 ええい、わけの分からないことを言うな! 泣きそうな顔もするんじゃない!
 まるでえない傷を負わされたと言わんばかりだ。ひどいことをされているのはこちらのほうなのに。
 くすぐる手つきがもどかしい。ぴりぴりと甘苦い、嫉妬しっとまじりの乱雑な動きで、唇をもてあそばれる。

「何度もしたんでしょう? ねえ?」

 見とれるような甘い笑顔で問いかけてくるが、目は少しも笑っていなかった。

「教えてくれないのですか? 悲しいですね。もっとも、答えていただけなくてよかったのかもしれませんが。ひとつひとつ指折り数えられては、あなたの恋人を殺したくなりますし」

 ――怖い。
 かりにも一国の王になろうかという男が言っていい冗談じゃない。
 足を高く持ち上げられ、苛烈かれつに中を突き上げられる。手加減なしの挿入をされて、たまらずサフィージャは身悶みもだえた。
 どうしてこんな、嫌なのに、嫌で嫌で仕方ないのに。
 中を深くえぐられるたびに、心のどこかもえぐりとられていくような気がした。

「ひ、う、ああっ……!」

 肉を打ち付ける音が響き、行き止まりへと到達するたびに足の先までしびれた。もどかしい熱のせいでふらふらと足が踊る。より深く呑み込もうと体が必死になっているのだ。よりによって自分がそんなふうに浅ましい快感を求めて頭を空っぽにしているなんて、とても信じられなかった。

「何もかも私が初めてだと言ってください。嘘でも構いませんから。あなたがそうおっしゃるのなら、私はそれにすがりますから」

 低くささやかれて、くすぐったくなった。次から次へと舌の回る男だ。
 ある種の社交辞令だと分かっているのに、迫真の演技に引き込まれそうになる。本当にクァイツが初めてだと告げたら、カーネリアンの瞳を輝かせて喜んでくれるかもしれない。

「し、してな……一度も、そんなこと……っ、初めては、ぜんぶっ……あ、う、……なにもかも、王太子さまに、ささげました……」
「……こんなにいやらしい体を、誰にも触れさせなかったんですか?」
「んんっ……、あ、あ、はぁっ、やあぁっ……!」

 快感のポイントを何度も押されて、びくびくと腰が跳ねた。肩をこわばらせてそれに耐える。毒のようなしびれがじわりとおなかの奥に広がる。

「……本当にみだらな体だ。よすぎてわれを忘れそうになります。これがまっさらな体だったなんて、信じられません」

 太い親指が歯列のすき間に割って入り、奥のほうまでし込まれた。
 口に含まされた指の節が、やわらかい粘膜をヌプヌプと蹂躙じゅうりんする。

「んっ……く、ふぅっ……」

 なめらかな指の腹が舌の上をすべる感触に、サフィージャはぞくぞくと身悶みもだえた。ただ指をくわえ込まされているだけなのに、なぜかいやらしく感じた。くさびを打ち込まれた下半身がうずき、狂おしいほど熱を放つ。
 深いくちづけの最中のような忘我の境地に追いやられて、与えられた指を夢中でむさぼった。

「おいしそうに召し上がりますね。しっとりと吸い付いてきて素敵です」

 すぐ耳元でからかうような笑い声がした。
 甘いささやきと同時に腰を使われて、快感が何倍にも増していく。

「こんなふうにして奉仕されたら、男はひとたまりもないでしょうね?」
「……っ、ん、ぐっぅっ……!」

 舌の付け根まで容赦なく指先を突き入れられて、サフィージャはえずきそうになった。
 苦痛に反応した蜜口が、クァイツのものをぎゅっと締め付ける。ゆっくりと中を割り開いていく肉にこれでもかというくらい巻きつき、奥深くから震えるほどの官能を引きずり出した。
 ふやけた指が口から引き抜かれた。唾液でれた唇に、クァイツの舌が絡みつく。敏感になった口内をやわらかいものにで回されて、頭の中がふわふわした。
 気持ちいいだなんて認めたくない。なのにいやらしく唇を重ねられると、つい従順に口を開け、ひな鳥のように受け入れてしまう。舌同士をこすり合わせるたびに、下腹部がズクリとひどく反応する。
 充血しきったひだを執拗しつようにえぐられて、目の前が遠くなった。突き入れられる衝撃で背中が弓なりにしなる。

「やっぱり感触のいい唇だ……この舌は男を知り尽くしているかのようですね。そうとしか思えません」
「ひ、あ……!」

 体内にズプリと長いものが押し込められて、のけぞりながら腰を浮かせた。ひゅっと強く息を吸い込んだ拍子に肺がふくらみ、突き出した胸郭の上で胸がゆれる。

「みだらな体だ。はやくイキたいですか? 胸を突き出して誘うなんて、心得てますね」
「ちっがっ……、あ、っぅ……!」

 腰をくねらせて身悶みもだえるサフィージャを、クァイツは容赦なくつかまえ、ズンと深く刺しつらぬいた。
 荒っぽい動きがサフィージャの胸を締め付ける。
 そんな心得などない。
 入れられているところからにじみ出る血を見れば、経験などないのは分かるはずなのに。

「わた……んとうに、はっ、じめて、でっ……!」

 王太子は高潔な人格にまったく似合わない皮肉な笑みを浮かべてみせた。

「私のお願いを聞いてくれるなんて、やさしいですね。少し安らかな気持ちになれました。……でも、あなたには悪いのですが、そんなところにどうしても惹かれてしまいます」

 執拗しつようめとられている唇が熱を帯びていた。感覚がなくなりそうなほどむさぼられているのに、充血した中をひと突きされるたび、キスのやわらかさに腰が砕ける。

「んぁ、……ん、んん、んむっ……むぅ……」

 舌先を吸われながら下腹部の感じるところを何度も押されて、気が遠くなりかける。
 もう何も考えられなかった。
 乱れた息をつきながら、どこか他人事のように目の前で起きる出来事をながめる。
 荒々しい動きで体を突かれ、脳裏で小さな光がまたたく。ひっきりなしに内臓をゆさぶられ、声もかすれてしまう。はしたなく溶ける体が、甘やかな泥沼にズブズブと沈み、落ちていった。

「うぁ……ぁっ、あぁ……! んんっ……んくぅっ……うっぁぁっ……!」

 唇をついばまれて、グラリと眼前が傾いた。下から休みなく愉悦ゆえつを送り込まれて、中が熱くうるおっていく。
 もう引き返せないくらい高ぶっていた。今にもひだが破裂しそうなほど感じやすくなっている。魔女としての自意識が消し飛んで、サフィージャはいつしかはかなく手折られるだけの貴族令嬢になりきっていた。ずきずきするこめかみに伝う涙も、別の誰かを演じていると思えば抵抗なく受け入れることができた。
 クァイツも最初に言っていたではないか。これは夢なのだ。

「……ヒクついてますよ」

 激しく抽送されるうちにふくれ上がった情欲は、限界に達しかけていた。

「もうイキそうなんでしょう? いいですよ。ほしいとおっしゃるのでしたら、最後までしてさしあげます」

 耳の裏をねっとりとめ上げられ、一瞬呼吸さえ忘れて体を引きつらせた。
 吐息がかかるだけで意識が飛びそうになる。

「解放されたいでしょう? さあ……かわいいおねだりを聞かせてください……」
「し……、」

 言ったらダメだと、いましめる声がした。
 しかし聞こえないふりをして、最後まで守っていた一線を越えた。

「して……くださ……っ!」

 絶対に負けない、と決めていた。自分から求めたりなんかするものかと固く誓っていた。
 なのに、もうすべてを手放してもよくなっていた。

「いかせてほしいんですよね?」
「そう、……いかせて、……ほしっ…から……!」
「かわいがってくださいって言えますか?」

 さすがに少しためらった。いたぶられているようで気に入らない。
 けんめいに悔しさをこらえていると、かすように何度も突き入れられた。根元までグプリと押し入れられ、体中に戦慄せんりつが走る。
 いきそう、なのに、いかせてもらえない。
 あと少しのところまできているのに、感じるポイントをわざと外されて半狂乱になった。

「あぅ……、か、かわいがってくださいっ!」

 屈辱くつじょくと期待がぐちゃぐちゃに入りまじった最低の気分で、言われたとおりのセリフを口にした。

「……よくできましたね。ご褒美をさしあげなければ……」

 打ち込まれたくさびの切っ先が中をひっかき、ゴリゴリとこすり上げた。途方もないしびれが背骨をつらぬき、ジンジンとしたうずきに苦しくなる。
 激しい動きで連続して穿うがたれ、何かが崩壊しそうだった。速度を速めて打ち付けてくるのがたまらなく気持ちいい。
 目をつぶって耐えていると、体の奥から雪崩なだれのように快感が突き抜けた。

「あ、あぁぁ、……っく、ぅ、っ、~~ッ!」

 真っ白な閃光が弾けて、内ももやおなか、肩やつま先がめちゃくちゃに跳ねた。

「……く、私も、もうちません……」

 快感の洪水の中で、愛しているだとかかわいいだとか、意味のないことをささやかれた。
 やがて、クァイツのものが中で激しくヒクついているのを感じた。
 放出されているのだ、とぼんやり思う。
 ビュクリと液体がほとばしる感覚に、体の奥がかすかに震えた。



   第二章 魔女は逃げ出した


 ――やってしまった。
 しかも最後にはあらぬことまで口走っていた。
 われに返ったときのゆり戻しがきつい。
 それからの王太子さまはうっとうしかった。いちゃいちゃしたりキスしたりと、落ち着きのないことはなはだしい。かいがいしく腕枕してくるクァイツを無視して、サフィージャはずっとふて寝を決め込んでいた。
『子どもが好き』とか『いっぱいほしい』とかいう寝言も聞こえてきたが、絶対嘘だと頭から決め付けて、聞く耳を持たなかった。数時間前に会ったばかりの相手との妄想がそこまで行き着くなんて、どうかしている。世間知らずの若い乙女か、さもなきゃ乙女を知り尽くしている詐欺師か、どちらかしかありえない。こいつは女がそういう話題に弱いのを知っててわざと言ってるのだ。
 ちょっとだけ『それもいいかな』と思ったことは、死んでも認めたくないサフィージャだった。
 そのうち寝息が聞こえてきたので、サフィージャはむくりと起き上が――ろうとして、失敗した。
 がっちりホールドされていたのだ。
 王太子はサフィージャにやたらとぴったり寄り添って、すきまなく抱きついている。
 お前は猫か。
 冬場にはこうしてひとかたまりになった猫の群れを見かけるが、自分より図体の大きい男に絡みつかれていると、ろくに身動きも取れやしない。
『二度と放したくない』と暗に言われているようで、ちょっとだけ気持ちよくなったことも、受け入れたくないサフィージャだった。
 ためらいつつ、脱がされたドレスに手を伸ばしてひと包みの粉薬を取り出す。
 シロヤナギ、ベラドンナ、カノコ草などから作られる鎮痛剤で、大量に使うと『よく眠れる』。
 つまり昏倒してしまうのだ。
 うまく使えば睡眠薬や麻酔薬にもなるが、量が多すぎると最悪死に至らしめてしまうという恐ろしい薬である。
 さすがにやりすぎだろうかと迷ったが、即座にその考えを打ち消した。
 避妊もせずにおそいかかるような男だ。何をためらうことがあるのか。だいたい嫌だと言っているのに、この男は何も聞かずに手ごめにした。しかもやたら慣れているし、最悪だ。絶対こうやって何人もの女を泣かせてきたんだ。浮いた噂が出ないのは、手回しがいいからに違いない。
 考えているうちにイライラしてきたサフィージャは、眠っている男の口をこじ開け、容赦なく薬をぶち込んだ。
 死なない程度にめいっぱい盛る。すると男は眉根を寄せて苦しみ始めた。
 確実に効いている。この分なら朝まで目を覚まさないだろう。このままサフィージャが姿を消せば、今夜のことはクァイツの中で『素敵な一夜の思い出』となり、そのうち自然に忘れてくれるはずだ。
 ずきり、と胸が痛んだ。
 忘れられてしまうのか。
 あれだけ好きだと言っていたくせに。
 感傷的な気分になりかけたので、頭を振ってその考えを追い出した。
 サフィージャは服をかき集めてなんとかそれらしく着直すと、そろそろと廊下に這い出した。
 あとは誰にも見つからないようにして戻るだけだ。
 深夜だから使用人たちも出払っている。
 見回りの衛兵の持つたいまつにさえ気をつければ、夜闇にまぎれて逃げられるだろう。


     * * *


 侍女のテュルコワーズ夫人が、サフィージャの隣にそっと立った。

「サフィージャさま、お時間でございます」

 声をかけられ、サフィージャは重々しくうなずいた。鏡の前に立って自分の姿を確認する。
 全身を覆う黒ずくめのローブに、目から下に垂らした布。コインをつらねて作った飾りを装身具に巻いている。
 目の周りを覆うのは、羊の皮を張り合わせて作った、人肌そっくりの仮面。えきびょう痕に似せているので、顔がみにくくただれて見える。
 これが『黒死こくしの魔女』の正装だった。

「サフィージャさま――」
「今、行く。そうかすでない」

 恐ろしげに作った声色でそう返すと、テュルコワーズ夫人は息をのんで平伏した。


 年明けにサフィージャは、託宣たくせんの儀式を行った。
 王宮の地下室で、不作、戦禍せんか、疫病などの凶事きょうじについて占うのだ。この託宣は、一年を通してあらゆる国内の会議で重んじられる。
 年若い魔女たちが黒いローブをひるがえし、祭事場に立ち並ぶ。
 規定どおりに麻薬と牛の骨が焼かれて、異教の神々への祈りが唱和された。
 舞踊の披露と楽器の演奏がそれに続き、王族の頭髪に覚醒作用のある香油がそそがれる。
 祭事長、つまりサフィージャが敬神けいしん祈祷書きとうしょを読み上げて、今年の凶兆を占った。より正確には、占うふりをしてあらかじめ決められた文言を暗誦するのだ。
 ――ここ数年、国は平和だった。戦争や災害もなく、大きな疫病の流行もない。作物もよく産出され、国庫には蓄えが十分にある。
 懸念すべきは一点だけ。
 急激な人口の増加だ。
 そう遠くないうちに食料の生産が追いつかなくなるという試算の結果が出ていた。
 するとどうなるか? 飢餓きがが流行し、死人が増える。死体が増えれば不衛生になり、やがて疫病えきびょうがやってくる――
 だからサフィージャは『節制』の宣告をくだした。

「強欲の神々のうなりを聞け。よく働きよく祈り、色欲を控えて富を蓄えよ」

 古代の舞踊が激しさを増し、楽曲と祈りが響き渡る。宗教的熱情が最高潮に達したところで、サフィージャは焼け残った骨の読み解きを披露した。

「水を浄化せよ。水の毒は聖火により清められる。火と水を融和せよ。融和せしものにて身を清めよ」

 つまり飲み水は一度わかしてから飲みましょうね、体をよく拭きましょうね、ということだ。疫病にはこれが一番効く。
 火炎神かえんしん信仰であるフラム教の呪術師だったサフィージャの祖母も、よくそう言っていた。
 食料問題を考えるのは文官だ。人口減少による税収低下について考えるのもまた違う文官。森林資源の管理について考えるのも、水質について考えるのも、文官の仕事である。
 サフィージャにできるのは、大災害の予言にかこつけ、皆にわかしたお湯を飲むようすすめることくらいだ。
 これが黒死こくしの魔女の正体なのだから、笑ってしまう。
 しかし、たったそれだけのことを広く伝えるのがどれほど難しいかも、サフィージャはよく知っている。
 やがて、儀式は熱狂のうちに終わった。


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