109 / 115
【第二部ダイジェスト】王太子視点
29 黒死の魔女の政策 (幕間)
しおりを挟むクァイツはジャンや市参事会の会計係たちと合流した。
明日の昼までになんとかして聖堂参事会の帳簿から不正を暴けと言われて、彼らは目を丸くした。
「明日、一気に暴露します。それで司教座の参事会を解散に持っていく。選挙は中止になるでしょうから、そこですかさず大司教を王宮から指名します。市民代表の、あなたがたの中から大司教を出すんです」
自分が大司教になれるかもしれないと夢見た彼らは、かなりのやる気を見せてくれた。
「ジャン・ル・ブーシュ」
クァイツが声をかけても、彼は押し黙ったままだった。
肉屋から成り上がった商人頭は、思いつめた顔で帳簿を握っていた。目は帳面を見ておらず、魂の内側からくる呼び声に耳を傾けている。
ジャンはシャンパーニュの商人たちの元締めだ。
その立場からランスの司教座に目をつけられて、商取引の不正のほとんどを引き受けさせられている。
傾きかけたシャンパーニュの大市の再興と、不正の一掃に賭けて、クァイツに出資してくれている。
市参事会員たちもそのことはなんとなく知っているのだろう。
注目がジャンに集まった。
「……あなたの助けが必要なんです」
彼が握っている商取引の不正の情報があれば、天地がひっくり返る騒ぎになるだろう。
それは同時に、彼の商人生命を断ち切ることでもあった。
司教たちを断罪したその刃で同じように切られてしまうのだから。
下手をすれば、彼が大司教に就くことはなく、裁きにかけられる可能性だってある。
「……魔女さんは、いい方だと思います」
ジャンはぽつりと言った。
「あの人がランスに来てから、街が活気づくようになりました。べらぼうな金額になってた生活必需品や粉挽きの関税を全部取っ払ってくれたおかげで、少なくともパンが高すぎて買えなくなることはなくなりました。聖務のサボりに厳罰を食らわせてくれたおかげで、死にかけの赤子にも洗礼が行き届くようになって……」
最高とは言わないまでも、政治家としてのサフィージャはまずまず優秀だった。
彼女が聖堂に来て真っ先にしたのは、領民が結成した陳情団を招き入れて、徹底的にランスの現状を吐き出させることだった。
まずは流通が減ってしまった大市に人を呼び戻すことを考えて、ふくれあがる一方だった通行税を全額免除し、金銀や毛皮などの奢侈品はともかく、最低でも毎日の食事が取れるようにと、聖堂参事会員たちの猛反対を押し切って、塩や小麦粉などの限定的な部分で無税化を行った。水売りを保護して、パン屋たちに協定価格の引き下げを強引に行わせた。
一時しのぎの策とはいえ、突然パンの値段がもとに戻ったのを目の当たりにした市民たちは、劇的に暮らしがよくなったと感じただろう。
市民の中には彼女の熱心な信奉者も生まれつつある。
最悪の状況から、少しまずい程度にまで暮らし向きをよくしてくれたのだから、彼らの目には女神とも救世主とも映ったのだろう。
「でも、一番は、あの異常な裁判を止めてくれたことが大きいと思います。毎日のように罪のない市民が異端審問にかけられていたのに、あの人は裁判官をまとめて逮捕して、あっという間に止めてくれましたでしょう。誰かがやらなきゃいけないことだったのに、みんな司教座の報復を恐れて手を出せなかった。それを魔女さんはなんのためらいもなく実行してくれた……」
ジャンの言葉は、そのまま市参事会員たちも感じていたことのようで、彼らも考え込んでしまった。
「……魔女さんが捕まっちまったのは、きっとそのせいなんでしょう。……あの人は、私たちの代わりに犠牲になったんです。すごい人ですよ。高潔で、強い、格好いい女性だと思います」
高潔で、格好いい……?
ふだんのサフィージャをよく知るクァイツは、首をかしげそうになった。
彼女がまじめに仕事をしたことに関しては論をまたない。
味方がほとんどいない敵地で、思う通りの政策をごり押しできる手腕も褒められるべきだろう。
報復を一切恐れずに公正さを追求する馬鹿正直な姿勢も、短期的に見たら長所といえなくもない。
……そうか、とクァイツは思った。
それはつまり、高潔で格好いいということなのだ。
人となりを知らない外野からはそういう風に見えるのか、と、クァイツはちょっと感心してしまった。
「……やりましょう。私はこれでも商人頭ですから、ひと声かければ商人たちがあらゆる不正の証拠を持って集まってきます。それで私が司教座から報復を受けたとしても、悔いはありませんや」
ジャンはみずからが泥をかぶることを、もうためらわないようだった。
「魔女さんを助けてあげたいです。殿下、指揮をよろしくお願いします」
こちらから頼み込むつもりだったクァイツは、逆にお願いをされてしまって、複雑な気分を味わった。
彼女はやはり人から慕われる資質を持っているのだな、と思う。
あの子にはどこか押しつけがましくない自然体のやさしさがある。
目の前に困っている人がいたら助けるし、多少人から嫌な目にあわされたくらいでは恨んだりしない。何事にも誠実に向き合う性質で、怒ったり嘆き悲しんだりは人並みにしても、最後には相手の事情を尊重して一歩引いてあげるような寛大さも持っている。
どんなに悪い魔女を気取っていても、根っこのところの性格はにじみ出てしまうものだ。
口が悪くて冷たいように見えても、本当はかなりのところで他人に譲ってあげるほど親切な女性である。
もしも明日、不正の暴露がうまく転がらずに失敗した場合のことを思うと、胃が痛くなった。
失敗したときは、いよいよ最後の手段に出るしかなくなる。
そのとき、ジャンは彼女をどう思うだろう。エルドランは、あの羊飼いの少年は――
想像するだに頭の痛いことだったので、そこで考えを打ち切った。
とにかく、不正の暴露でロベルテたちを断罪しきってしまえば勝ちだ。
さしあたってはそこに力を入れるとしよう。
0
お気に入りに追加
436
あなたにおすすめの小説
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。