101 / 115
【第二部ダイジェスト】王太子視点
21 さらわれたお姫さま (明るくなつたろう~枢機卿の部屋)
しおりを挟む一時課(午前六時)の祈りに出席するため、聖堂の本陣のほうに顔を出した。
高位聖職者や貴賓はふつう内陣の、仕切りで見えないほうに座るのだが、こうして市民が集まっているところに顔を出すのも王太子の仕事のうちなのである。
典礼語の眠たくなるような説教がつづく。
ミサの最中だというのに市民がひそひそとささやき交わしながらこちらを指さした。
「あちらのお方って……」
「絶対そうよ、だって青地に金の百合の……」
「黄金拍車の騎士さまよ……」
「すごいわ、本物の騎士さまがあんなにたくさん……」
ミサが終わるとわっと民衆にとりまかれた。
「殿下、どうかお聞き届けください、本当に困っているのです――」
「殿下、わたくしにもご挨拶をさせてくださいまし」
国民の嘆願を聞くのもまた王太子の務め。
彼らの訴えはおもにランスの荒廃についてのものが多かった。
一個ずつ聞き、あるいは聞き流し、ゆっくりと聖堂をあとにする。
クァイツはふだんからゆっくり歩くことにしている。
従者があとをつけやすいように、国民が声をかけやすいように。
王子とはそういうものだと教えられて育った。
正面玄関の階段を下りていく最中、見慣れた黒いローブの女性を発見した。
手に錫杖こそ持っていないが、見間違えるはずもない。
あれはサフィージャだ。
彼女は人混みに呑まれてわたわたしている。
動きがかわいいので、ついにやけてしまった。
どうもこちらに向かってこようとしているようだ。
サフィージャと目が合った。
声をかけようとして、クァイツはすんでのところで踏みとどまった。
――そういえば話しかけるなって言われてましたっけ。
また機嫌を損ねてしまうところだった。危ない危ない。
あちらからはっきり声をかけてくれるまでは待たなければ。
クァイツはなるべくサフィージャのほうを見ないようにしながら進んでいった。
視界に入るとどうしても駆け寄ってキスのひとつもしたくなってしまうからだ。
彼女は元気にやっているだろうか。
いじめられたりしていないだろうか。
さびしさが込み上げてきて、いてもたってもいられなくなった。
こういう気持ちはどうやって紛らわせたらいいのだろう。
行き場のない感情を持て余すあまり、そのうちとんでもない愚行に出てしまいそうだ。
結局サフィージャはクァイツに声をかけることなく行ってしまった。
用事ではなかったのだろうか。気にかかる。
***
クァイツはその日も参事会員たちの懐柔で街に出る予定だった。
その前に、ある女性を探して、井戸のあたりに歩いていく。
サフィージャの侍女はちょうど洗濯をしているところだった。
「ご苦労さまです。精が出ますね」
クァイツが声をかけると、彼女は控えめにほほえんだ。
サフィージャには接触するなと怒られてしまったが、侍女や、彼女に付けた側仕えの騎士とコンタクトを取るなとは言われていない。
それでクァイツはこそこそと身辺をかぎまわっているのだった。
「サフィージャは、今日は……?」
「さきほど、エルドランさまに呼ばれていらっしゃいましたわ」
クァイツはざっと血の気が引いた。
「……どちらに?」
「猊下のお部屋でございますが……そういえば、王太子さまはご一緒ではございませんの? わたくしてっきり殿下もお向かいになるものかと……サフィージャさまもそうおっしゃってましたし。エルドランさまと三人で内緒の話をするから、わたくしには部屋で待機しているようにとお申しつけになって……」
やられた。
ちょっと目を離したすきにこれだ。
物わかりがいいふりをしておいて、その実少しも分かっていないんじゃないか。
クァイツは最速で階上のエルドランの部屋を目指した。
お付きの騎士たちが慌てているが、構っているひまはなかった。
鈍重な鎖帷子を着て、重いブロードソードを腰に佩いている騎士たちが、鎖をガチャガチャ言わせて必死に追いつこうとしているのをはるか後方に置き去りにして、クァイツはエルドランの部屋に駆け込んだ。
応対に出てきた修道士たちをはねのけ、通り過ぎて、奥までつっきる。何回か行き来したので部屋の構造は知っている。顔見知りの王太子を引きとめていいものか分からず困惑する彼らも押しのけて、奥の扉を開いた。
サフィージャたちは今まさに乾杯をしようというところだった。
エルドランがやけに身を乗り出している。あと少し腕を回したらサフィージャを抱き寄せられるぐらいの位置だ。
クァイツはテーブルをひっくり返してやろうかと思った。
ひとが、ひとがあの位置まで接近しても嫌な顔をされなくなるまでどれだけ苦労したと思っているのだろう。今でもタイミングが悪いと怒られるぐらいなのに。
なのに、この男は簡単に。
悔しくて腹立たしくてやりきれなくて、ギリッと噛み締めた奥歯が鳴った。
エルドランの襟首をつかまえてひそひそと話しかける。
「私の恋人に無断で会うなんて泥棒と一緒ですよ! 強盗! 窃盗犯!」
エルドランはあきれたようにクァイツを見た。
「……君は彼女のこととなると人が変わってしまうようだね。君から皮肉でないストレートな罵倒を聞いたのは初めてだ」
「あなたこそサフィージャのことになると目の色変わりすぎじゃないですか。何なんですか。私の恋人に何をするつもりだったんですか。私の、婚約中の、恋人に!」
「君のものという認識はいただけないね。たとえ恋人であってもどこに行ってなにをするかは彼女の自由だ。君が強制するべきじゃない」
「よく言いますよね。教会の教えでは頭の中で実行するともうそれは犯罪を行ったのと同じなんじゃありませんでしたっけ? 事前に犯罪を防ごうと努力するのは男の伴侶として当然の務めかと思いますが!」
「私はそんなことしない。心外だね」
「信用してほしかったらもっと行動を慎んだらどうですか!」
「……なあ、これ、食べていいか?」
サフィージャがテーブルに並んだお菓子を指し示した。
イチジクやカリンといった冬の果物をメインに使った焼き菓子。ナッツやホップが入っているのは少し珍しい。
バターの香りがするジャムパイ。ほんのりきつね色のタルト。
聖ジャンのパン、チーズケーキ、糖蜜の棒飴。
エルドランの住んでる海洋貿易都市国家あたりのレシピだろうが、果実酒につけこんだパンケーキやら、アーモンドがぎっしりつまった堅焼きの焼き菓子もあった。
……四旬節はお菓子も禁止である。
敬虔な聖職者であるエルドランが、お菓子を食べたくなって用意した――なんてことは絶対にない。
明らかにサフィージャのウケ狙いだ。
頭に来たのでエルドランの目の前でサフィージャと手をつないでやった。
エルドランは何を考えているのか、無表情にこちらを見ている。
あの取り澄ました顔が本当にイラつく。
サフィージャは間に挟まれてかわいそうなぐらいビクビクしていた。
果物は好きかとエルドランに話しかけられて、おっかなびっくり返事をする。
それはよかったと相好を崩して言うエルドランに、ちょっと緊張がゆるんだようだった。
「あとでお部屋にもお持ちしましょう」
クァイツはさっきからずっと限界だと思っていたが、今度こそもう限界を十度は突破したので会話に割って入った。
「いりません。そのぐらいうちの王宮にもありますから」
サフィージャがチラチラこちらを見ている。
不安がっているようだ。
なんて愛らしいのだろう。
今すぐ抱きしめてあげたい。
無粋なフードを下ろして素顔の彼女と見つめ合いたい。
でもエルドランが邪魔だ。
0
お気に入りに追加
436
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。