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【第二部ダイジェスト】王太子視点

05 あなたのことはそれほど (前日譚)

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 司教選の青写真がなんとなくできあがった。

 王宮の目標は、

『サフィージャがランスの司教座を掌握する』
『ランスの大司教にクァイツの手下をつける』

 このふたつだ。ここまで持ってくれば大勝利といっていい。

 当初の予定としては、

『ランスの叙任権は王宮が取り返す』
『王宮に指名された形で、今期のランスの大司教には教皇座の子飼いがつく』

 といったあたりを落としどころにしていた。
 勝ち負けで言えばほどほど程度。
 大司教位はエルドランの書状の『見返り』として教皇座にくれてやることが決まっていた。

 しかし、何もそこまで総本山に遠慮することはないのだ。
 叙任権も、大司教位も、どちらも王宮が獲ってしまえばいいではないか。

 エルドランはそろそろ総本山を出発して、ランスに向かっている頃だろう。

 ――ランスにサフィージャも連れていく。

 そう書き送ると、エルドランにしては珍しく浮かれた返事が来た。

 ――やっとお会いできるのですね。

 クァイツはもうそれだけで面白くなくなった。
 返信で少し強気に要求をつきつけることにして、『サフィージャのために協力しろ』と持ち掛けた。
 
『やっぱり教皇座にポストを明け渡すのはやめた。ゆくゆくは宮廷魔女の傘下に教会の組織を入れる予定だから、そのつもりで融通してほしい』

 返事は非常にあっさりとしたものだった。

『承知した。できるかぎりの力を尽くそう。すべては彼女のために』

 クァイツは書状を握りつぶした。間髪入れず暖炉にくべる。
 炎が紙を舐めつくした。
 動物の皮がこげる独特の臭いを残して、炭となった書状があとかたもなく崩れ去る。

 エルドランは自分の立場というものが分かっているのだろうか。ガキの使いではあるまいし、教皇特使としてのこのこ外国まで出向いておいて『やっぱり何も収穫がありませんでした』で済まされるわけがない。

 それがただの嫉妬であると分かっていても、芽生えたどす黒い感情はどうにもならなかった。
 なぜかは知らず、強い敗北感だけが胸にある。

 枢機卿としての立場も危うくしかねない決定を、サフィージャのためだけにあっさりとしてしまうこの男が、本当に嫌いになりそうだった。

 ――会わせたくない。

 どう言いつくろおうとも、本音はそれだった。
 サフィージャはエルドランと顔を合わせても、心を動かされたりしないだろうか。

 そもそもサフィージャは、クァイツのどこが好きなのだろう。
 それ以前に、彼女は本当に自分を好いてくれているのだろうか。

***


「……お前のどこが好きか……って……」

 サフィージャに疑問をそのままぶつけると、彼女は呆れたように目を細めた。
 冷たい視線がちくちく刺さる。

 ――なんとなく付き合ってるだけで、別にお前のことはそれほど好きじゃない。

 今にもそう言われてしまいそうな雰囲気だ。
 クァイツはドキドキしながら彼女の次の発言を待った。

「……えーと……その……」

 ぐずぐず言いよどみながら、サフィージャは髪をいじりはじめた。さらさらの髪が乱暴な手ぐしで解かれて、ぼさぼさになる。
 
「か……カッコいい……?」

 なぜ遠慮がち。そして疑問形なのか。
 無理やりひねり出してそれなのか。実はそれほどカッコいいとも思っていないのか。

 クァイツがどう受け取ったものか考えあぐねていると、サフィージャはいきなりぐしゃぐしゃと前髪をかきまぜて、そっぽを向いてしまった。

「え……あの、どうしました……?」
「うるさい。お、お前が、変なこと、聞くからだろ」

 どうやら照れているようだ。声が裏返っているし、耳の穂先がほんのりと赤い。
 なにかとてもそそられるものがあったので、クァイツは椅子に座るサフィージャを抱き寄せて、腕の中に閉じ込めた。

 サフィージャはちょっとだけ嫌そうに身じろぎした。
 いきなりクァイツに頭突きを食らわせる。
 たぶんそれも照れ隠しの行動なのだろうが、なぜ頭突きなのか。意味が分からない。
 どうしてこうもかわいいのかと思う。

「あなたは本当にかわいいですね。こんなにかわいい人がどうして今まで独り身でいたのかが不思議でなりません」
「それはお前もじゃないか。成人しても結婚しないからこっちはだいぶハラハラさせられてたんだぞ。お前が毒にでも倒れたらこの国は終わりだ」
「……そうですか。私のことをそんな風に思っていたんですね」

 なんて事務的なのだろう。
 以前のサフィージャは自分など眼中にもなかったというのは知っていたが、どうせならもう少しイイ話が聞きたかった。
 うそでもいいから『以前からいいなとは思っていた』ぐらい言ってくれたら、クァイツも悪い気はしないのに。

「私は、自分の立場が微妙だということが分かっていましたから。期待されていたのは、やっぱりナヴァラの女王との婚姻でしょうか。あちらは女子も相続が認められますが、わが国の相続は直系男子のみですからね。彼女と結婚すれば、それだけでナヴァラはわが国のものになります」

「じゃあ、どうして結婚しなかったんだ」
「好みではなかったので」
「……見た目が?」
「いえ、見た目はおきれいな方だったと思いますよ」

 女王を持ち上げると、彼女はさすがにぴくっと反応した。
 妬いてくれたのだろうか。
 不謹慎だとは思いつつ、ちょっとうれしくなる。

「じゃあ、性格が悪かったとか?」
「いいえ、高潔で王族らしい、素敵な方でしたよ。矜持が高いところも、決して嫌いではありませんでした」

 サフィージャの反応を試すように、少し意地悪にそう言ってみた。
 彼女はやぶにらみにこちらを見上げている。

「美人で、気位が高いのか……」
「そこだけ取り上げたら、なんだかサフィージャみたいですね?」
「は、はあ? 私は別にお高く止まってなんか……」

 いないとは言い切れないようだった。サフィージャは口ごもったきり、沈黙した。

「私が気に入らなかったのは女王の人柄ではなく、政略結婚そのものです。なぜ、たかだか領土のために愛してもいない女性と結婚しなければならないんです?」
「たかだか領土って、お前……貴族ってのは、その領土の広さで身分が決まるんじゃないか……」
「そんなもの、ほしければ力ずくでも取れますよ。いくらでも、自分の望むだけ増やせます。そんなもののために、好きでもない相手と長い時間を過ごさないといけないなんて、苦痛でしかないでしょう? 人生で一番長く話をして、一緒にどこかに出かけて、同じ布団で眠る相手ですよ。何よりも愛せる人と一緒になりたいと思うのは当然のことでしょう?」

 その手を取って、甲にくちづけた。

「なので、私の伴侶は、あなたがいいなと、思います」

 サフィージャはあいかわらず、要領を得ないといった顔だ。

「でも……女王のことは、嫌いじゃなかったんだろう? 付き合ってみたら、案外悪くないってこともあるんじゃ……」
「ないと思いますよ。私はあなたの矜持が高いところも、美人なところも気に入ってはいるんですけどね。それだけで好きになったわけじゃないですから」

 サフィージャはまだ不審げにこちらを見ている。
 が、ちょっと気持ちが上向いてきたのか、瞳に期待が見え隠れしていた。

「宮廷魔女の皆さんは、黒ずくめですよね。皆さん同じようにフードをかぶって、顔を布で隠しているので、どれがどの人かっていうのはこちらからだと判別しにくいんですよ」
「まあ、そうだろうな。あの服は、個人の識別をなくすためのものでもあるし」
「でも、昔から、その中にひとりだけ、いいなと思う人がいるんですよ」

 上目遣いにこちらを見るのはやめてほしい。
 かわいすぎて、いたずらしてみたくなってくる。

「ちょっとした動作や、話し方なんかが、凛としていて美しいなと感じさせる女性がいまして。誰だろう、と思って見ていると、ああ、あれが黒死の魔女か、と。いつもいつも、いいなと思うのは決まって同じ女性なんです。おかしいですよね、皆さん同じ格好をしているのに、なぜかあなたのことだけは分かるんです。どんなに遠くからでも、一発で見分けがつきます」
「……それって、つまり……」
「私はあなたのすべてが好きですし、愛おしいと思います。あなたのしぐさも、声も、表情も、すべてが私を惹きつけてやまないのです」

 クァイツが思いつくままに喋り終えると、サフィージャは呆れたようにひと言だけつぶやいた。

「……恥ずかしい男だな」

 クァイツはちょっとがっかりした。
 おそらくこれも照れ隠しなのだろうと思う。思うのだが、彼女の言葉はきつくて、分かっていてもたまに突き刺さることがある。

「私は何かおかしなことを言っていますか?」
「言ってる。お前はちょっと、おかしい」

 サフィージャはぶっきらぼうに答えて、なぜかまた頭突きをしてきた。
 照れているのか、ごすごすと連続であごに激突してくる。
 かわいいけれども、ちょっと痛い。

 サフィージャがクァイツにきつく当たる気持ちも、分からないでもない。これだけしつこく好きだと言い寄られていたら、お返しをしないといけないような気持ちになって、知らず知らずのうちに負担になることもあるだろう。

 ……もしかすると彼女は、本当にクァイツのことはさほど好きでもなくて、ただ押せ押せでしつこく絡まれているから、根負けして付き合っているだけなのではないだろうか。

 素直じゃない彼女もかわいいと思う。あまりうそがつけなくて、照れながら好意を示してくれるところなんかは悶絶するほど愛らしい。
 でも、ときどき問いただしたくなるのだ。

 ――あなたは本当に、私のことが好きですか、と。
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