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【第二部ダイジェスト】王太子視点

04 情報源はご友人 (前日譚)

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 クァイツが会議室で執務中、たまたまサフィージャが顔を見せた。
 最近は彼女の声を聴いただけでドキリとする。
 勝手に心と身体が逸って、落ち着かなくなり、今すぐ抱きしめずにはおれないほど愛しい気持ちが込み上げる。

 それらの思いをどうにかのみこんで、クァイツは彼女に向かって手を振るだけにした。

 すると、思い切り嫌そうに無視されてしまった。

 サフィージャとしては仕事中に色気を出されるのが何より気に入らないらしい。
 最近はとげとげしい対応にも慣れてきたが、こういうときはさすがに少し寂しいなと思う。

 早く結婚したい。
 クァイツが思うのはそれだけだった。
 妃にしてしまえば、人前でのくちづけも抱擁も思いのままだ。
 周りを気にせず、時間の許す限り彼女をひとり占めしていられる。
 想像しただけでいてもたってもいられなくなり、クァイツは書きかけの書類を投げ出した。

 ふと彼女のほうに目を戻すと、文官がサフィージャに冗談を言っていた。サフィージャも楽しそうに笑っている。彼女はなぜかクァイツにだけはおそろしく冷たいが、他の人間にはふつうに接する。宮廷に招いた頃からずっと、クァイツにだけは、話しかけられるのが迷惑そうな様子を見せた。

 少し胸のうちが焦げ付いた。
 不満とも寂しさともつかない感情がわだかまる。

「何の話をしているんです?」

 衝動的に割って入ると、文官は王太子の耳に入れるようなことじゃないと慌てて話を打ち切った。
 サフィージャは取り澄ましたように礼だけ残して部屋から出ていった。

 クァイツは残された文官と会話を続け、あやしつけたり仕事ぶりを持ち上げたりして警戒心を解きほぐし、結局何の話をしていたのかを聞き出した。

「いえ、本当に大したことじゃないんですが。避妊薬がほしいなって話をしてたんですよ」

 クァイツは話の生々しさに閉口した。
 確かに、文官にしてみればちょっとした与太以外のなんでもない会話だったのだろう。
 サフィージャは薬師だ。怖い魔女という世間の評価から考えれば、この文官に何かの下心があったわけじゃないことは明らかだった。
 しかし、どう考えても年頃の娘が男とする話題ではない。

「彼女が最近うるさくてかなわないんですわ。早く結婚してくれ、身を固めてくれって。で、子どもができたら面倒だなと思いまして」
「いいじゃないですか、結婚してあげたらどうです?」

 身につまされたクァイツがそう進言すると、文官はしぶい顔をした。

「いやあ。気位ばかり高くて扱いにくい娘なんですよ」

 クァイツはいよいよ面白くなくなってきた。
 気位が高くて扱いにくい娘がこの冴えない文官に向かって『早く結婚してくれ』と懇願しているわけか。
 何かが負けた気がして、クァイツは激しくイラだった。

「そうですか。では仕事が忙しいことにして断ってしまえばいいのでは? せっかくですから、あなたには特別な任務を与えますね。向こう三か月は寝る時間もないと思いますので、きっと婚約も破棄していただけることでしょう」
「え!? そんな、殿下、殺生な!」

 腹いせにきつい徴税関連のトラブルを十数件ばかり押しつけると、文官は床にひざをついて慈悲乞いをはじめた。

「いやだな、顔をあげてください」

 クァイツは彼に手を貸してていねいに立たせてやった。

「そうですね、私が間違っていました。こんなものではまだまだ不足だ。あと十件追加してあげますから、がんばって仕事してくださいね」
 
 文官は床に倒れ伏したままぴくりとも動かなくなった。

「こわっ……」
「おい、殿下がご立腹だぞ。珍しいな」
「あんなにお腹立ちの殿下には初めてお目にかかる」
「何がお気に召さなかったのだろう」
「ノロケ話にイラつかれたのではないか……」

「……ずいぶん楽しそうにおしゃべりの花を咲かせていますね。おひまでしたらあなたがたにもお願いしたいことがあるんですが?」

 クァイツがにこやかに書類の山を指し示すと、彼らは死人のような顔をして押し黙った。

「うれしくて声も出ませんか。分かりました。私もはりきっていろんなことを『お願い』することにしましょう」

 文官たちはそれぞれ胸で十字を切り、頭をかきむしって、さめざめと泣いた。

 八つ当たりだけでは気が収まらなかったクァイツは、サフィージャの部屋に押しかけていって、これみよがしに知人が付き合っている女性から結婚をねだられて困っているという話をした。

「気が強くて扱いにくいところが嫌なんだそうですよ。信じられない男だ。気位の高い女性に言われるわがままほど愛しいものはないのに。もし私がそんなことを言われたらうれしさのあまり夜も眠れなくなってしまいますし、何があっても叶えてあげようとかたく誓うところです」

 なのであなたも何か言ってください。
 ほら、いつになったら結婚してくれるのか、とか。
 いつまでこの私を待たせるつもりなんだ、とか。

 そんなクァイツの邪念がサフィージャにどう作用したものか。
 彼女はうしろめたそうに視線を逸らした。

「……まあ、事情は人それぞれだからなあ。結婚となるといろんな問題も出てくるし、その男の気持ちも分からんでもない」

 クァイツは絶句しかけたが、すぐに彼女の素直じゃない性格について思い出し、これも照れ隠しの一種だと思い込もうとした。
 サフィージャは本音がうまく言えないだけ。ただそれだけだ。

「でも、女性なら誰しも結婚にあこがれるものでしょう」

 あなたもそうなのではないですか? と聞こうとしたとき、サフィージャは少しうんざりしたように、諭す口調で話しだした。

「お前のその女性観はどこ経由なんだ? そうでもないと思うぞ。貴族の女性なんかだと、政略結婚がいやで修道院行きを決行するお方も多い。お前はちょっと『女性はこういうもの』って決めつけが多すぎる。もう少し考えて……」

 クァイツは落胆のあまり、後半のお説教をほとんど聞き流した。
 正論は求めていない。
 サフィージャがどう思っているのかを聞きたかっただけなのに。

 クァイツの考えすぎなのかもしれないが、どうも彼女と話していても恋人同士という感じがしない。それどころか遠回しに『お前との結婚なんかごめんだ』と言われているような気がしてくるのはなぜなのだろう。やっぱりうがちすぎなのだろうか。

 きっと神経質になりすぎなのだろう、と思い直して、クァイツはサフィージャの座っている椅子に無理やり割り込んだ。ひとりがけの椅子の狭いスペースに、べったりと密着して座る。
 サフィージャも迷惑そうにしつつ、甘えるようにぴとっと頭をこちらの肩にくっつけた。
 口先ではあんなに冷たくておかたいのに、こういう何気ない動きが犯罪的にかわいいのだから始末に負えない。

 彼女のかわいさに負けて、あごに手をかけて顔をこちらに向けさせてみたが、体調が悪いからと言ってキスも拒まれてしまった。

「……どうかしたんですか? 風邪ですか?」
「なんでもない。だめだって言ったらだめなんだ。我慢しろ」

 有無を言わさぬ拒絶にもやもやした気持ちを一層募らせつつ、『それ以上触ったらかみつく』と訴える目つきに押されて、クァイツはひとり寂しく自室に戻って眠ることを余儀なくされた。

 次の日も、そのまた次の日も同じように拒まれた。
 四日目ともなると、さすがにクァイツもどういう種類の体調不良なのかに気がついたが、気づくのが遅すぎた。わずか三日の間で、もしかしたらもう嫌われたのではないかという想像がふくらんでどうしようもなくなった。全部自分の誤解と勘違いであるだけに、なお一層情けなさが際立つ。
 なぜちゃんと察してやれなかったのかとも思うが、他方で、「素直に申告してくれればいいのに」とサフィージャを責めたい気持ちも残った。
 他人の避妊事情なんかは笑いながら話すくせに、妙なところで恥ずかしがり屋だ。そこがかわいいのだけれど、やっぱりもどかしくなる。

 もっと何でも言い合える仲になりたい。
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