王太子様、魔女は乙女が条件です

くまだ乙夜

文字の大きさ
上 下
77 / 115
【ゆるネタ番外編】 魔女の日常

番外編 宮廷魔女の日常 ~降誕祭と書いてクリスマスと読む~

しおりを挟む

「やりました」

 クァイツがボールを取ってきた犬のような顔で言ったのは、一月に入ってからのことだった。

 サフィージャはしばしなんのことか分からず、きりっとした顔つきの美青年を見つめた。
 いつもとろーんとか、ふわーんみたいな顔をしている男なので、そういう顔をしているだけでも違って見える。

「仕事をきちんとやったので、あなたからのご褒美があるはずです」
「……? 何の話だ?」
「あるはずです」
「そんな約束してないだろ」
「絶対にあるはずです」

 サフィージャはうろんげに目を細める。

「……何が望みだ」
「あなたのすべてを」

 サフィージャは返事に困った。

 こいつはいきなり何を言ってるんだ。
 うろたえている彼女に、クァイツはたたみかける。

「サフィージャ。あなたがほしい」

 照れもせず言い切った世にも美しい男に、サフィージャは、どうしようもなくなって視線を外した。

***

 降誕祭。
 預言者が聖母から生まれた日を祝う、国教のお祭りである。
 また、一年の始まりでもある。
 この時期は仕事をしなくていいので、国民もおおはしゃぎしている。

 教会の連中もこの時期になると浮かれた国民に引っ張られて、ヘンなことをやりだす。

 死刑が決まっている囚人を連れてきて王様にして、さんざん遊ばせたあとに殺したり。
 そこらへんうろついている豚をつかまえてきて、司教の冠をかぶせたりするのである。

 宮廷魔女もその時期には多少忙しくなる。
 異教徒なので降誕祭とはまったく関係ないのだが、お祭りの一環として、王宮内の司牧や司祭たちを追い出し、魔女だけでミサをやるという日があるのである。

 筆頭魔女は宮廷づきの顧問司教に成り代わってミサでえらそうに説教したり、ヘンな劇をやったり、あの薄い餅とかを与えたり、王様のひたいに聖油を塗ったりする。

 ロバを一日司教に任命したり、囚人を王様にしたりするのと同じノリで始まったお馬鹿行事のひとつらしいのだが、今では立派な伝統行事である。
 
 異国情緒あふれる美女ぞろいの宮廷魔女があやしげな催し物をするというので、国民からはすこぶる大人気だった。
 毎年違う趣向を凝らさないといけないので、企画して実行するのは意外と大変だったりする。



「つっかれた……」

 サフィージャが自分の部屋で死に体になっていると、ふらふらっとクァイツが入ってきた。
 暗闇でもよく光るきらきらの金髪の男がサフィージャを見つけるなり、ひしっとしがみついてくる。

 いきなりキスをされて、れるっと舌をねじこまれた。
 サフィージャは面食らいつつ、したいようにさせてやってから、ひと息ついたクァイツに聞いてみる。

「……お前、禁欲中じゃないのか」

 そもそも国教徒は、日曜と祝日は全面的に禁欲である。
 他にもものすごく細かく禁欲の日は定められている。
 しかしサフィージャもいちいち覚えていない。

 別に破ったからといってペナルティがあるような規則でもないのだが、さすがにこの特別な降誕祭の期間中の王族がはめを外すのはどうなのだろう。この男、言動がゆるふわなので忘れがちだが、一応これでも王太子なのだった。

「もう無理です。限界です。私は耐えました。これだけがんばったのですから、主もお許しになるはずです」

 一応これでも王太子……あっれぇー?

 サフィージャは不安になった。
 この時期の王族が祈り暮らして肉食断ちをし、質素に過ごすのは、国民へのパフォーマンスでもある。
 それなのにこれというのは、いくらなんでも問題だ。

「陛下に見つかったらまずいんじゃないのか」

 ひとつ言えるのは、陛下に見つかったらものすごく怒られるだろう、ということだった。
 慈悲深いと評判の王だが、敬虔な国教徒という側面も持っているのである。

 クァイツはハッとするような美貌をとろんと上気させ、切なげにため息をついた。

「あなたがいけないんですよ。あなたが私を誘うから」

 すごい言いがかりもあったものである。

「美しくも邪悪な魔女に誘惑されたんです。仕方がありません」
「そうですか、それは仕方ないですね……とでも言うと思いましたか、殿下」

 入口から聞こえてきた怒声に、サフィージャは飛び上がった。
 すすす、と王太子どのから距離を取り、おそるおそる振り返る。

 ぎん! と人を威圧するような鋭い目つきの騎士がそこにいた。
 名をザナスタンといい、クァイツから直接拍車を賜りしシュヴァリエどのである。

「殿下。祈祷のお時間でございます」
「いやです。体調を崩しました。私は下がらせてもらいます」
「殿下。お時間でございます」
「今から治療してもらうので、父にはよろしく伝えといてください」
「殿下。お時間でございます」
「い……いいじゃないですか。もう十日目ですよ? 十日も水をやらなかったらどんな花だって枯れてしまうと思いませんか?」
「殿下……!」

 わあ大変だなあ。
 サフィージャはそっと同情した。
 クァイツにではなく、ザナスタンにである。

「殿下……他の日はともかく、今の時期だけは困ります……どうか節制を……」

 ザナスタンが苦りきった顔をしていたので、サフィージャもそっと言い添えた。

「王太子どの。私は、仕事をきちんとやらない男は好かん」
「……!」

 クァイツは食肉にされる仔牛のように、ドナドナされていった。

***

 サフィージャはそこまで思い出して、うーん、となった。

 久しぶりであることだし、サフィージャとしても抱かれることに異存はない。
 ないのだが、うーん。

 真っ赤な光彩の瞳で熱心に見つめてくるクァイツからあえて離れて、サフィージャはとことことベッドに寄った。

 どさりとそこに、仰向けになる。
 ちょっとこう服のひもなどを引っ張りながら、できるだけかわいらしく言ってみた。

「や……やさしくしてね……?」

 クァイツはきょとんとしている。

 サフィージャはそのあとが続かず、沈黙した。

 ……王太子どのがけげんな目でこちらを見ている。
 サフィージャはいたたまれなくなってきた。
 が、やってしまったことは今さらどうしようもない。

 かくしてサフィージャ渾身のご褒美は盛大に滑った。

 おかしい。予想していた反応と違う。
 
 この男のことだから、こう言っとけば喜ぶだろう、みたいな気持ちがなかったとは言わない。
 なめてかかったサフィージャが悪いと言えばそうなのだろうが、しかし、彼女にしては珍しく積極性を見せた行動でもあった。
 ふだんのサフィージャなら絶対こんなことはしないのである。

 サフィージャは震えはじめた。
 沈黙が重い。いたたまれない。

 黙ってないでなんとか言ってよ。

 恥ずかしさのあまりプルプルするサフィージャを見て、クァイツは、信じられないことに、少しニヤついた。

「……お、おま、い、い、いま、笑っ……」
「これは素敵なご褒美をいただいてしまいましたね。……ふ、ふふふ」

 こらえきれずにニヤニヤするムカつく男の胸を、サフィージャは思い切り叩いた。

「やはりあなたほどかわいい人はいないと、改めて感激しました」
「うるさい。もうお前なんて知らない」

 布団をかぶってふて寝しようとするサフィージャに、クァイツがのしかかった。

 ――こうして降誕祭から始まる大きな行事が終了した。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。