上 下
75 / 115
【ゆるネタ番外編】 魔女の日常

番外編 宮廷魔女の日常 ~さっきの手紙のご用事なあに~

しおりを挟む

 サフィージャは手紙を机に広げていた。
 こないだお留守番中にクァイツからもらったやつである。
 もう何回も読んだが、うれしいものはうれしいので仕方がない。

「へへへ。へへ。へへへ……」
「何その笑い。気持ち悪いよ、サフィージャさん」

 入ってくるなりそう言ったのはリオトールであった。

「何見てんの?」

 ひょいっと赤毛の頭が手紙を覗き込む。
 そこには誤字ひとつない流麗な文字でサフィージャへの愛が綴られていた。

「手紙? へー、どれどれ……『サフィージャへ』」
「おい、勝手に見るな。これは私のだ」
「『私のいとしいヘレネー。月の出ている夜で助かりました。あなたへの手紙もそう苦労することなく書いてしまえそうです……』」
「おい、やめろって。声に出して読むなって」
「『こちらは陽気な夜です。炉に捕まえたてのウサギの血肉を注いだ鍋が煮え、揚げ肴の蒸気や串焼きの香りがあたりに満ち、鉄ののど当てや鎖帷子をがちゃがちゃ言わせる音が私の野営のところまで響いてきています。この満ち足りた夜に、あなただけが足りないのです……』」

 ――あなたは私のひばり、夜に鳴く特別なひばりです。
 ――黄昏時の残照を見て、あなたのあの神秘的な瞳の色を思い出しました。火のような琥珀のネックレスをその首にかけるところを想像せずにはいられません。ミルトの若やいだ枝を見れば、あなたの美しさが凛とかがやくあの緑の髪に挿してみたいと思うのです。……
 ――……愛しています。せめて夢で逢いたいと願う愚かな私をどうかお許しください。

 リオトールは手紙が進むごとに真顔になり、最後まで読みあげると、深刻な顔で口元をおさえた。

「……きもちがわるい」
「う、う、う、うるさいなあ! いいだろ! カッコいいだろ!」
「ええー……おれその趣味わっかんない……」

 リオトールが心底解せないという顔をしているので、サフィージャはつーんと顔を背けた。

「い、いいだろ。私がうれしいから、いいんだ」
「これがうれしいって……サフィージャさんもたいがいアレだよね……」
「ほっとけ!」

 それからサフィージャはちょっとうつむいた。

「……まあ、確かに、私も五回目に読んだときはさすがにちょっと酔いすぎじゃないかと思ったりもしたかな」
「……五回も読んだの、サフィージャさん……」
「十回目ぐらいになると、逆にこのきざったらしさがクセになってくるというかだな……」
「……十回も読んでるんだから十分クセになってると思うよ……」
「でもやっぱりこの神曲のフランチェスカにたとえているところはやりすぎだと思わないか? 教養があるのは分かるが、大げさすぎると思うんだ」
「……なんだかんだスゲーうれしかったんだね、サフィージャさん……」

 リオトールは付き合い切れないというようにため息をついた。

「まだ子どものリオには早かったか」

 サフィージャが手紙酔いの余韻でうへへへと笑いながらからかうと、リオトールはあからさまにむっとした。

「お前も好いた女には手紙のひとつも書いてやれるような男になるがいいさ。読み書きができる男はそれだけで魅力的だ、と私は思うぞ」

 サフィージャは手紙をしまい込むと、祭壇の一番いいところにある薬研をのけて、そこに手紙を置いた。


***

「おれも手紙書いてきた」

 リオトールが何かの巻物を押しつけてきたのは次の日のことだった。

「……ん? 何の手紙だ?」
「おれも! てがみ! かいてきた!!」

 サフィージャは目をしばたたかせ、封ろうのない一枚紙と、リオトールの顔と、両方を交互に見た。
 はて、誰宛ての手紙だろうか。
 まさか目の前に本人がいて、わざわざ手紙ということもあるまい。

「……いいから読んでよー! もー!」

 リオトールがなにやら怒っている。

「ん? おお……」

 サフィージャがくるくると紙を巻き戻して開くと、リオトールの子どもっぽい字が現れた。

 ――サフィージャさんはすごい魔法使いです。おれもすごいけど、サフィージャさんのことは認めてあげてもいいかなと思います。

 ……なんだこれ。
 サフィージャは首を傾げながら先を読む。

 ――サフィージャさんは見た目がすごく強そうなのに、ちょっと間抜けです。仕方がないからおれが手助けしてあげなきゃって思います。

「どーだった?」
「んー……おお……」

 サフィージャは答えにつまった。
 これはいったいなんなのだ?

 しかしリオトールはきらきらした目でこちらを見ている。
 これは明らかに褒め言葉かなにかを期待している目だ。

「……えー、そうだな……誤字が減ったな! お前はどんどんうまくなるな。すごいぞ。この分だと本当に私よりすごい医者になるかもしれないな」

 こんなもんか。
 自分で言いながら、サフィージャはひそかに満足していた。
 これならきっとリオトールも喜ぶだろう。

 しかしリオトールはあからさまにがっかりした顔で、しょんぼりとそのあたりに腰かけた。

 ……あ、あれ?
 なんか無神経なこと言ったか?

「あ! そうか。手紙の練習だな? 最近あんまり勉強を見てやれてなかったしな。いいだろう、まずは誤字から直そうじゃないか。な?」
「そうじゃねーし! もういいし!」

 リオトールはそのへんに置いてあった毛布を取ると、ソファーで丸くなった。

 ひとんち来といてふて寝とは。
 なかなか図々しいな。

 サフィージャが呆れるやら感心するやらで絶句していると、リオトールは毛布からちょっとだけ顔を出してサフィージャをにらんだ。

「……サフィージャさんてさ……」
「お、おお」
「……いや、やっぱいいや……」

 なんなんだ。

「……あ! そうだ。ちょっと珍しいお菓子があるぞ。食べるか? 食べるよな?」

 リオトールはがばっと跳ね起きた。

「食べるー! わーい!」

 サフィージャはほっとした。
 食べ物につられるところはやはり子どもである。
 
 それなりに高価で珍重な焼き菓子を容赦なくたいらげていくリオトールを眺めつつ、結局あの手紙は何だったのだろうと思うサフィージャだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。