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【ゆるネタ番外編】 魔女の日常
番外編 宮廷魔女の日常 ~さっきの手紙のご用事なあに~
しおりを挟むサフィージャは手紙を机に広げていた。
こないだお留守番中にクァイツからもらったやつである。
もう何回も読んだが、うれしいものはうれしいので仕方がない。
「へへへ。へへ。へへへ……」
「何その笑い。気持ち悪いよ、サフィージャさん」
入ってくるなりそう言ったのはリオトールであった。
「何見てんの?」
ひょいっと赤毛の頭が手紙を覗き込む。
そこには誤字ひとつない流麗な文字でサフィージャへの愛が綴られていた。
「手紙? へー、どれどれ……『サフィージャへ』」
「おい、勝手に見るな。これは私のだ」
「『私のいとしいヘレネー。月の出ている夜で助かりました。あなたへの手紙もそう苦労することなく書いてしまえそうです……』」
「おい、やめろって。声に出して読むなって」
「『こちらは陽気な夜です。炉に捕まえたてのウサギの血肉を注いだ鍋が煮え、揚げ肴の蒸気や串焼きの香りがあたりに満ち、鉄ののど当てや鎖帷子をがちゃがちゃ言わせる音が私の野営のところまで響いてきています。この満ち足りた夜に、あなただけが足りないのです……』」
――あなたは私のひばり、夜に鳴く特別なひばりです。
――黄昏時の残照を見て、あなたのあの神秘的な瞳の色を思い出しました。火のような琥珀のネックレスをその首にかけるところを想像せずにはいられません。ミルトの若やいだ枝を見れば、あなたの美しさが凛とかがやくあの緑の髪に挿してみたいと思うのです。……
――……愛しています。せめて夢で逢いたいと願う愚かな私をどうかお許しください。
リオトールは手紙が進むごとに真顔になり、最後まで読みあげると、深刻な顔で口元をおさえた。
「……きもちがわるい」
「う、う、う、うるさいなあ! いいだろ! カッコいいだろ!」
「ええー……おれその趣味わっかんない……」
リオトールが心底解せないという顔をしているので、サフィージャはつーんと顔を背けた。
「い、いいだろ。私がうれしいから、いいんだ」
「これがうれしいって……サフィージャさんもたいがいアレだよね……」
「ほっとけ!」
それからサフィージャはちょっとうつむいた。
「……まあ、確かに、私も五回目に読んだときはさすがにちょっと酔いすぎじゃないかと思ったりもしたかな」
「……五回も読んだの、サフィージャさん……」
「十回目ぐらいになると、逆にこのきざったらしさがクセになってくるというかだな……」
「……十回も読んでるんだから十分クセになってると思うよ……」
「でもやっぱりこの神曲のフランチェスカにたとえているところはやりすぎだと思わないか? 教養があるのは分かるが、大げさすぎると思うんだ」
「……なんだかんだスゲーうれしかったんだね、サフィージャさん……」
リオトールは付き合い切れないというようにため息をついた。
「まだ子どものリオには早かったか」
サフィージャが手紙酔いの余韻でうへへへと笑いながらからかうと、リオトールはあからさまにむっとした。
「お前も好いた女には手紙のひとつも書いてやれるような男になるがいいさ。読み書きができる男はそれだけで魅力的だ、と私は思うぞ」
サフィージャは手紙をしまい込むと、祭壇の一番いいところにある薬研をのけて、そこに手紙を置いた。
***
「おれも手紙書いてきた」
リオトールが何かの巻物を押しつけてきたのは次の日のことだった。
「……ん? 何の手紙だ?」
「おれも! てがみ! かいてきた!!」
サフィージャは目をしばたたかせ、封ろうのない一枚紙と、リオトールの顔と、両方を交互に見た。
はて、誰宛ての手紙だろうか。
まさか目の前に本人がいて、わざわざ手紙ということもあるまい。
「……いいから読んでよー! もー!」
リオトールがなにやら怒っている。
「ん? おお……」
サフィージャがくるくると紙を巻き戻して開くと、リオトールの子どもっぽい字が現れた。
――サフィージャさんはすごい魔法使いです。おれもすごいけど、サフィージャさんのことは認めてあげてもいいかなと思います。
……なんだこれ。
サフィージャは首を傾げながら先を読む。
――サフィージャさんは見た目がすごく強そうなのに、ちょっと間抜けです。仕方がないからおれが手助けしてあげなきゃって思います。
「どーだった?」
「んー……おお……」
サフィージャは答えにつまった。
これはいったいなんなのだ?
しかしリオトールはきらきらした目でこちらを見ている。
これは明らかに褒め言葉かなにかを期待している目だ。
「……えー、そうだな……誤字が減ったな! お前はどんどんうまくなるな。すごいぞ。この分だと本当に私よりすごい医者になるかもしれないな」
こんなもんか。
自分で言いながら、サフィージャはひそかに満足していた。
これならきっとリオトールも喜ぶだろう。
しかしリオトールはあからさまにがっかりした顔で、しょんぼりとそのあたりに腰かけた。
……あ、あれ?
なんか無神経なこと言ったか?
「あ! そうか。手紙の練習だな? 最近あんまり勉強を見てやれてなかったしな。いいだろう、まずは誤字から直そうじゃないか。な?」
「そうじゃねーし! もういいし!」
リオトールはそのへんに置いてあった毛布を取ると、ソファーで丸くなった。
ひとんち来といてふて寝とは。
なかなか図々しいな。
サフィージャが呆れるやら感心するやらで絶句していると、リオトールは毛布からちょっとだけ顔を出してサフィージャをにらんだ。
「……サフィージャさんてさ……」
「お、おお」
「……いや、やっぱいいや……」
なんなんだ。
「……あ! そうだ。ちょっと珍しいお菓子があるぞ。食べるか? 食べるよな?」
リオトールはがばっと跳ね起きた。
「食べるー! わーい!」
サフィージャはほっとした。
食べ物につられるところはやはり子どもである。
それなりに高価で珍重な焼き菓子を容赦なくたいらげていくリオトールを眺めつつ、結局あの手紙は何だったのだろうと思うサフィージャだった。
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