64 / 115
【ゆるネタ番外編】 魔女の日常
番外編 宮廷魔女の日常 ~ほっけを食べるオカマ~
しおりを挟むサフィージャは前回樽いっぱいのほっけを買ってやった。
するとリオトールは食傷したらしく、サフィージャの部屋に残りを持ち込んだ。
「こんなにいっぱい食べられるわけねーじゃん! サフィージャさんも食べてよね!」
ふたりで並んでもくもくとほっけを暖炉であぶる。
身をほぐす。
食べる。
ほっけをあぶる。
身をほぐす。
食べる。
「この清らかな白身……たまらんな……」
「苦味が少ないのがいいんだよねー……ほっけはねー……」
「それでいてむっちりと脂の乗った身……」
「干しても食べ応えのあるボリューム……」
「甘……うま……」
とはいえ五匹も食べるとさすがに飽きてくる。
食べる手を休めていると、リオトールが怒った。
「あ! ぜんぜん食ってねーじゃん! ほらほらもっと食べる!」
「い、いやー私は……もう十分かなー……?」
やいのやいの言いながらほっけをあぶっていると、後ろからひやりとしたオーラを感じた。
うぞぞっと鳥肌を立てながら振り返る。
するとそこにはいつの間にか、こちらを冷ややかに睨みつけている金髪の男がいた。
「……何をやってるんです?」
怖い怖い怖い。声が低いよ。
「あ! こんにちは!」
リオトールが後から来たお客に気づいて元気よくあいさつした。
「あ、あの! おれリオトールって言います!」
無邪気に近づいていって手を差し出す。
「……こんにちは」
クァイツは無駄にきらびやかな笑顔で、一応、穏便に握手をかわした。
「あ、あの!」
リオトールはちょっと緊張したような声で、
「お姉さんのお名前は!?」
とんでもないことを言った。
サフィージャは青くなる。
じつは、王太子どのは女のようだと言われるのが大嫌いなのである。
どのくらい嫌いかというと、少しでもそんなことをほのめかしたバカの身には、即日謎の不幸な事故やスキャンダルが起きて、王宮にいられなくなるぐらいである。
「……へえぇぇ~。この王宮で、私を知らない人間がいるとはおどろきですね」
怒ってる怒ってる怖い怖い怖い。
「クー、子ども! 子どもだから! 宮廷のこととかまだよく分かんないから! わざとじゃないんだ! ほらお前も早く謝れ!」
「え、お、おれ、なんか悪いこと言った? ごめんなさい、きれいなお姉さん!」
「ば、ばか! よく見ろ、どこがお姉さんだ! こんなごついお姉さんがいてたまるか!」
「えー? ぜんぜんごつくな……ふぐっ」
「お前はもう黙ってろ、な?」
サフィージャはごくりとつばをのんだ。
「クー、子どもの言うことだから! 舌切り刑とかは勘弁してやってくれ!」
クァイツはにっこりほほえんだ。
もとが美しいだけに笑顔ですごまれると迫力がある。
「舌切り刑で済めばよかったんですけどね……」
ざ、惨殺される。
あの目は本気だ。
「とりあえず、サフィージャは彼から手を放してさしあげては? ……未婚の女性があまり他人とくっついているとみっともないですよ」
サフィージャはすばやく言われた通りにした。
「ふ、服かな? 今日のその上着はちょっとワンピースみたいに見えるからな。それで間違ったんだろう。下々の人間はあまり膝より長い丈の上着を着ないんだ、作業の邪魔になるからな。服が悪い。じゃなきゃこんないい男を見間違えるわけないだろう」
サフィージャが必死に取り繕っているのを、クァイツは聞いているのかいないのか、
「リオトールくんでしたっけ。ええ、覚えてますよ。初めましてではありませんよね。教会でお会いしました」
「は、はい! 俺も覚えてます! ステンドグラスの下にすげーきれーなお姉さんがいたなって! サフィージャさんよりお姉さんのほうがおれのタイプで!」
もうだめだ。
「……リオ、葬式は私があげてやるから、心配するな」
「えっサフィージャさんいきなり何? なんでさっきからおれの身を心配してんの?」
サフィージャはリオトールに向かって指をつきつける。
「いいか? 一度しか言わないからよく聞け。そちらにおわすお方はな、おそれ多くもわが王国の正統なるドーファン、いずれは国王陛下となってわれらを導いてくださる方、その名も高きクァイツ王太子殿下だ」
リオトールは目と口をまん丸にあけた。
たっぷり十数秒ほどクァイツを凝視してから、すっとんきょうな声をあげる。
「……オカマじゃん!」
だめだわ。死んだわ。もう庇えないわ。
「うわー……ショック……好みだったのに……うわー……」
クァイツは肩を震わせて笑っている。
もちろん面白おかしくて笑っているわけではない。
「それで? あなたはオカマの恋人の部屋で、何をしているんです?」
うわあああ。あああああ。
「こ、恋人!?」
リオトールは驚きっぱなしである。
「ええ。あなたは、私の恋人の、サフィージャの部屋で、何をしているんですか? ……私への侮辱はともかく、そちらのほうは回答次第であなたの身が危うくなりますから、よく考えて答えてください」
凄絶なまでの美しい笑顔で、ひと言ひと言噛んで含めるように言われて、リオトールは戸惑った。
サフィージャの顔色をうかがってくるが、こちらとしても何も言えない。
「えっと……一緒にほっけを食べてたんだけど……」
「ほっけとは何です?」
「あれ」
白身魚がみっしりつまった樽を指示されて、クァイツは眉根を寄せた。
「……なぜ一緒に食べていたんです?」
「サフィージャさんが買ってくれたんだけど、ひとりじゃ食べきれなくて……」
「……サフィージャ?」
王太子どのにふんわりと微笑みかけられて、サフィージャは戦慄した。
「……あなたはなぜ彼にほっけを買ってあげたんですか?」
お、お鉢が回ってきたー。
落ち着け、ここで動揺したらもっと泥沼だぞ。
「バイトのお礼だ、深い意味はない」
「……というのを口実にして、室内に連れ込んで、いたいけな少年に何かするおつもりでしたか?」
「は!? そんなわけ……」
「え!? サフィージャさんて俺のことそんな目で見てたの!?」
頼むからもうお前は黙っててくれ。
「悪いけど俺、女の子らしいタイプが好みっていうか……サフィージャさんは大雑把すぎてちょっと……だいたいいくら俺がほっけ好きだからって樽で買うとか気がきかないにもほどがあるよね……こんな嫁もらったら苦労しそうっていうか……」
嫁嫁うるさい小僧だな。お前は小姑か。
しかもなんでサフィージャが振られたみたいな感じになっているんだ。
しかしいまのガチで嫌がってる風のリオトールの発言はクァイツのおめがねにかなったらしく、ちょっとだけクァイツの表情は和らいだ。
「サフィージャ。私は人に気前よく贈り物ができるあなたが好きですよ」
そりゃどうもありがとう。こんちくしょう。
「まあ、なんだ。私はお前よりいい男はいないと思ってるぞ」
サフィージャが言うと、クァイツは今度こそほっとしたようだった。
「よくわかんないけど、オカマのお兄さんもほっけ食べたら? まだまだあるし」
う、うわああああ。
せっかくまとまりかけたのに何をぬかすかこの小僧は。
空気を読め空気を。
「ば、ばか野郎、私の恋人なんだからオカマなわけあるか!」
「あ、それもそうか」
「王太子殿下の御前だぞ、口の利き方に気を付けろ! 殺されたいのか!?」
「えーでもこの人、弱そうじゃん。サフィージャさんのほうが強そう」
「人を見た目で判断するな! こいつはな、こんなきれいなナリして中身はモンスターなんだぞ! 怖いぞ! 邪神もびっくりだ!」
「なにそれ、のろけかなんか?」
「ちがうわああああ!」
失望した! こいつの察しの悪さに失望した!
「えーと、リオトール、と呼んでもいいんでしょうか」
「リオでいいよ」
ひ! やつの魔の手がリオトールに!
はらはらしている魔女をよそに、
「ではリオ。この、ほっけっていうんですか? これ、カラカラに乾燥してますよね? 食べられるんですか?」
王太子はもう気にしていなさそうだった。
ちくしょう、どいつもこいつも自分の好きな球ばっかり投げやがって。
少しは会話を拾う方の身になれと言いたい。
「は? 何言ってんの、当たり前じゃん。ほら、焼いてほぐすとしっとりしてておいしいよ」
まだ油がはねる焼きたての魚の身をすくい、ひと口。
クァイツはハトが豆鉄砲を食ったような顔をした。
「……けっこうおいしいですね」
「結構じゃない、サイコーなんだってば。おれこれほんと好きでさー」
少年特有の恐れを知らないゼロ距離トークに、王太子どのはいちいち感心してやっている。
サフィージャを置いてきぼりに、ふたりの話は盛り上がった。
「へー! 俺もそれ食ってみたい!」
「では今度お招きしますよ」
「やったー! 王様の食卓とかすごくない? ありがとうデンカ!」
……あれ?
サフィージャは首をひねる。
……仲良くなった?
――こうして王太子の協力により、ほっけは食べつくされた。
************************************************
勢いで書いてから気づいたんですが、欧州中世にほっけは出回ってませんね。
うなぎかタラ、カレイあたりのほうがよかったかもしれません。
0
お気に入りに追加
436
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。