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【第二部】 二巻未収録話
魔女のお仕事
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第二部 書籍版 未収録話
********************************************
聖堂づきの施療院では患者にパンと水しか与えていないことが分かった。
そんなことではいけない。
骨折をした患者なら、血液を増強する「熱」「湿」の性質を持った食事を多く採るべきである。
サフィージャが鶏の熱いコショウソース添えやらたまねぎと仔牛のシチューやらを持って病室に行くと、リオトールは素直に目を輝かせた。
「すっげえ! にくだ! にくにく!」
めちゃくちゃ嬉しそうである。
「おいしい! ありがとう魔女さん!」
なんだこいつ、かわいいな。
昨日出た晩餐の残りを厨房から貰ってきただけなのだが、こんなに喜んでもらえるのなら、もうちょっと色々持ってきてあげてもよかったかもしれない。
***
リオトールの治療の合間に、サフィージャは他の患者も診て回った。
「長年かゆみに苦しんでいたのがうそみたいで……魔女さんにいただいた薬のおかげです」
難治性の皮膚病を患っている老婆が何度もお礼を言って帰っていったあと、見習い司祭の少年がサフィージャに近づいてきて、決然とした表情で話しかけてきた。
「あの、魔女さま。先ほどの患者さんにあげた薬は、どういったものなんですか?」
「別に、そう特別なものでもないぞ。塩化水銀と……」
製法を説明すると、修練士はむむむとうなった。
「……それ、うちで作ってるものと同じやつです」
「だから、特別なものじゃないと言っただろ。皮膚病の患者のかゆみ止めとしては第一候補に上がる薬だ」
「……でも、うちの薬はずっと効果が出なかったんですよ? なのにどうして魔女さんの薬だけ……」
まあだいたい想像はつくが。
「お前たちが薬を作るときに参照してるのは、大昔の人間が書いた、薬物誌って本だろう?」
「ええ……」
『薬物誌』は、どこの修道院でも標準で採用されている薬学の教科書だ。
「で、それは写本の写本で、おおもとの本はまた別の修道院から借りてきた。そうだろう?」
見習いの子はびっくりしたように目を見開いた。
「どうしてお分かりになるんですか?」
「どこの修道院もほぼ一緒だからだな。前にも同じような問題で悩んでいた修道院を知ってる。薬を作っても効果が出ないというので私が試しに処方したらてきめんに効いてな。何が違うのか原因を追究したら、とんでもないことが分かった」
サフィージャは肩をすくめた。
「写本を作るときに、中身を写し間違っていたんだ。薬物誌はもともと東の方の国で書かれた古い本なんだが、写本の写本を作っているうちに間違いが広がっていったのか、誤字や誤訳が多くて読めたものじゃなかった。薬草のイラストも、絵心のないやつが写本を担当したのか、どれもこれもぜんぜん違う草に仕上がっててな」
修練士の子は口をあんぐりと開いてサフィージャを見た。
「そんなバカな、と思うだろう? でも、たいていどこの薬草園の修道士も、薬物誌はよく読み込んで知悉していても、実際の草花についてはほとんど実験したこともないってやつが大半なんだ。千年近く前の人間が書いた、効くかどうかも怪しい薬の処方に頼って、自分で試してみることもしない、だから修道院の医者はヤブだって私ら魔女は言うのさ。私もあの本は原書で読んだが、原書からして間違いだらけで鵜呑みにできないような代物だったぞ」
見習いの子は衝撃のあまり声も出ないようだった。
あうあうと言い淀んでいたが、やがてぐっとこぶしを握り締め、無邪気に瞳を輝かせた。
「魔女さますごいです! 司祭さまよりずっとたくさんのことをご存じで、いろんな患者さんをあっという間に治してしまわれて……」
見習い小僧は興奮したように、ずずいとサフィージャにつめよった。
「僕、魔女さまのお弟子さんになりたい!」
なぜだろう。彼の頭に犬の耳が見える。つぶらな瞳でじっと見つめられて、サフィージャはちょっと悶えた。かわいいやつめ。
「魔女さま、お願いします! 僕を魔女さまみたいなお医者さんにしてください!」
「それはできない相談だ。お前はもう洗礼を受けた身だろう? 一度でも国教徒になったことのあるやつにその資格はないんだ。異端者扱いになるからな」
「そんなぁ……」
この日はしょげかえる少年司祭を振り切るのが大変だった。
************************************************
■注意
作中の医療行為は中世の医学史に拠りました。
現代医学から見てどうなのかなどは作者もあまりよく分かっていません。
包帯に羊毛を使用するなどの衛生的に引っかかりそうな描写は省くか脚色するかしていますが、
真似はしないでください。
■参考文献
まんが医学の歴史 茨木 保
医学の歴史 (講談社学術文庫) 梶田 昭
ヒポクラテスの西洋医学序説 ヒポクラテス 常石 敬一
ユーナニ医学入門―イブン・シーナーの『医学規範』への誘い サイード・パリッシュ サーバッジュー
ディオスコリデスの薬物誌(1983年) 小川 鼎三 (著), ディオスコリデス (著), 鷲谷 いづみ (翻訳)
外科の歴史 W.J. ビショップ
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聖堂づきの施療院では患者にパンと水しか与えていないことが分かった。
そんなことではいけない。
骨折をした患者なら、血液を増強する「熱」「湿」の性質を持った食事を多く採るべきである。
サフィージャが鶏の熱いコショウソース添えやらたまねぎと仔牛のシチューやらを持って病室に行くと、リオトールは素直に目を輝かせた。
「すっげえ! にくだ! にくにく!」
めちゃくちゃ嬉しそうである。
「おいしい! ありがとう魔女さん!」
なんだこいつ、かわいいな。
昨日出た晩餐の残りを厨房から貰ってきただけなのだが、こんなに喜んでもらえるのなら、もうちょっと色々持ってきてあげてもよかったかもしれない。
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リオトールの治療の合間に、サフィージャは他の患者も診て回った。
「長年かゆみに苦しんでいたのがうそみたいで……魔女さんにいただいた薬のおかげです」
難治性の皮膚病を患っている老婆が何度もお礼を言って帰っていったあと、見習い司祭の少年がサフィージャに近づいてきて、決然とした表情で話しかけてきた。
「あの、魔女さま。先ほどの患者さんにあげた薬は、どういったものなんですか?」
「別に、そう特別なものでもないぞ。塩化水銀と……」
製法を説明すると、修練士はむむむとうなった。
「……それ、うちで作ってるものと同じやつです」
「だから、特別なものじゃないと言っただろ。皮膚病の患者のかゆみ止めとしては第一候補に上がる薬だ」
「……でも、うちの薬はずっと効果が出なかったんですよ? なのにどうして魔女さんの薬だけ……」
まあだいたい想像はつくが。
「お前たちが薬を作るときに参照してるのは、大昔の人間が書いた、薬物誌って本だろう?」
「ええ……」
『薬物誌』は、どこの修道院でも標準で採用されている薬学の教科書だ。
「で、それは写本の写本で、おおもとの本はまた別の修道院から借りてきた。そうだろう?」
見習いの子はびっくりしたように目を見開いた。
「どうしてお分かりになるんですか?」
「どこの修道院もほぼ一緒だからだな。前にも同じような問題で悩んでいた修道院を知ってる。薬を作っても効果が出ないというので私が試しに処方したらてきめんに効いてな。何が違うのか原因を追究したら、とんでもないことが分かった」
サフィージャは肩をすくめた。
「写本を作るときに、中身を写し間違っていたんだ。薬物誌はもともと東の方の国で書かれた古い本なんだが、写本の写本を作っているうちに間違いが広がっていったのか、誤字や誤訳が多くて読めたものじゃなかった。薬草のイラストも、絵心のないやつが写本を担当したのか、どれもこれもぜんぜん違う草に仕上がっててな」
修練士の子は口をあんぐりと開いてサフィージャを見た。
「そんなバカな、と思うだろう? でも、たいていどこの薬草園の修道士も、薬物誌はよく読み込んで知悉していても、実際の草花についてはほとんど実験したこともないってやつが大半なんだ。千年近く前の人間が書いた、効くかどうかも怪しい薬の処方に頼って、自分で試してみることもしない、だから修道院の医者はヤブだって私ら魔女は言うのさ。私もあの本は原書で読んだが、原書からして間違いだらけで鵜呑みにできないような代物だったぞ」
見習いの子は衝撃のあまり声も出ないようだった。
あうあうと言い淀んでいたが、やがてぐっとこぶしを握り締め、無邪気に瞳を輝かせた。
「魔女さますごいです! 司祭さまよりずっとたくさんのことをご存じで、いろんな患者さんをあっという間に治してしまわれて……」
見習い小僧は興奮したように、ずずいとサフィージャにつめよった。
「僕、魔女さまのお弟子さんになりたい!」
なぜだろう。彼の頭に犬の耳が見える。つぶらな瞳でじっと見つめられて、サフィージャはちょっと悶えた。かわいいやつめ。
「魔女さま、お願いします! 僕を魔女さまみたいなお医者さんにしてください!」
「それはできない相談だ。お前はもう洗礼を受けた身だろう? 一度でも国教徒になったことのあるやつにその資格はないんだ。異端者扱いになるからな」
「そんなぁ……」
この日はしょげかえる少年司祭を振り切るのが大変だった。
************************************************
■注意
作中の医療行為は中世の医学史に拠りました。
現代医学から見てどうなのかなどは作者もあまりよく分かっていません。
包帯に羊毛を使用するなどの衛生的に引っかかりそうな描写は省くか脚色するかしていますが、
真似はしないでください。
■参考文献
まんが医学の歴史 茨木 保
医学の歴史 (講談社学術文庫) 梶田 昭
ヒポクラテスの西洋医学序説 ヒポクラテス 常石 敬一
ユーナニ医学入門―イブン・シーナーの『医学規範』への誘い サイード・パリッシュ サーバッジュー
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