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【第一部ダイジェスト】 王太子視点

王太子様の追憶 3 出入りの調香師と薬師の魔女

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 幸せな気持ちで彼女を抱いて眠り、起きて地獄を味わった。

 口の中に苦い粉薬の残滓が残っている。盛られたのか、と思った。
 しかもこれは知っている味だ。怪我のときに何度か飲まされたことがある。
 痛みを和らげて夢見心地にし、同時に深い眠りを誘う薬。
 こんなものまで持っているとは一体何者なのか。
 そしてウキウキで結婚式の日取りまで検討していた自分はなんだったのか。

 ただのアホだ。

 薬の副作用か、悪酔いのような不快感でもうろうとする頭で、どうして逃げられたのだろう、と思った。

 貴族の婚姻では処女性が求められる。既婚の女性が一子を設けたあとの火遊びには寛容だが、結婚初夜の純潔だけは何があっても問題にされる。
 抱かれてしまったあとでは彼女の立場がかなり苦しくなるだろうことは容易に想像できた。
 いまや彼女は自分の庇護がなければ生活も危ういかもしれない状態なのだ。
 逃げるのは無策、無謀とすら言える。

 せめて行方くらいはつかんでいないと。

 ひとまず昨日の招待客のリストをもう一度当たってみた。どの貴婦人にも見覚えがある。
 そもそも王太子として夜会に参加し続けて数年あまり、国内のおもだった若い女性はほとんど挨拶を交わしたことがあるような状態だ。おそらく彼女はこの中にいない。
 もしかすると外国の姫君、あるいは本当にこっそり紛れ込んできただけの庶民の娘。
 そもそも宮廷内への出入りは庶民も広く許されている。なにかのはずみで会場に一人くらい娘が紛れても気がつきにくい。昨日は三千人からの貴族が押しかけてきていたのだ。
 しかしこの国のクルトワジーに則った所作が外国人や庶民においそれとできるものだろうか。

 記憶の底を必死にさらう。
 ひどく美しい人だった。誰かに似ているような気がした。

 昨日彼女の肩に着せかけた上着を手に取る。新緑の青くさい香り――自分がつけている香水。
 その香りをかいで思い出した。そうだ、においが近かったせいか、すぐに自分のものと混ざり合ってしまったせいで一瞬香っただけだが、彼女の肌や髪からふしぎな香りがした。
 あれは……あの香水はどこのものだろう? 女性がつけるには甘さが足りない、スパイシーな――

 おそらくは特別な調香だ。専用の薬師がいると彼女も言っていたではないか。

「出入りの薬師――」

 それなりの身分の女性に間違いない。
 偽名を使ってまで正体を隠さなければならない女性。
 国民なら誰でも王太子の顔を知っていておかしくはないが――
 
 なんにせよ、手がかりになりそうなのは毒の小片くらいのものだ。

 そこでふと、宮廷魔女に分析を頼めば何の毒かくらいは分かるかもしれないと思いついた。
 一口に毒と言ってもさまざまだ。ポーションも粉薬もある。
 いくつか混ぜ合わせて処方したなら、その組み合わせで出所も分かるかもしれない。

 誰に分析を依頼しよう?
 こういってはなんだが、宮廷魔女は怖い。
 すぐに距離を詰めようとしてくるし、口も軽いから噂があっという間に広がる。
 うわさ好きの魔女に頼むと探せるものも探せないだろう。

 口が堅く、薬物知識もあり、広い人脈を持つ宮廷魔女。
 何があっても自分に媚びを売ってこず、余計なうわさも立たない女性。

 そんな人物にはあいにくと一人しか心当たりがなかった。

 サフィージャと私的な会話をするのはこれが初めてではないだろうか。
 ちょうどいい機会だ。いずれは親睦を深めなければならないと思っていた。

 問題は、相談内容が少し恥ずかしいということだが。

 そこはこの国の跡継ぎ問題だからということでゴリ押ししよう。
 なにしろ長い間決まらないでいた王太子妃の候補なのだ。
 ここで仲を取り持てればサフィージャとしても恩が売れて得だと計算してくれればいいが。

 彼女もそう無碍にはできないだろうが、やはり正面からは切り出しにくい。

「友人の話ということでお茶をにごしましょうか……」

 彼女もまた腕のいい占術師のひとり。こんなやくたいもない相談ごとも受けなれているに違いない。途中でおかしいなと感じてもさすがに気を遣ってくれるだろう。と思いたい。

 彼女のプロ意識に期待をかけることにするか。
 仕事はきっちりやってくれるはずだ。


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