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【第一部・番外編】 一巻未収録話

うるわしの魔女

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書籍版未収録話後編。
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 神への呼びかけではじまった手紙は、サフィージャに宛ててこう記してきた。

”崇拝する黒死の魔女様。
 あなたは私のことを覚えてはいらっしゃらないでしょうね。”

 一度聖書の言語と似ていると気づけば翻訳そのものは簡単だった。
 
”七年前のあの日、港にほど近い街道のことでした。私は旅の途上にいました。
 折りしも広まった疫病さわぎで、街に入れてもらえなくなってしまったのです。”

 七年前のことならサフィージャもよく覚えている。
 港から広まった疫病を食い止めたのが他ならぬこの自分だからだ。

”『旅人が疫病を持ち込んだのだ。きっとあの金貸しの一族が井戸に毒を投げ込んだに違いない』
 あらぬ嫌疑をかけられて引っ立てられた先は修道院でした。
 彼らは患者を診ることもせず、みずからの安全を優先して塔に立てこもり、
 ふくれあがった民衆の不満をそらすために私たちを悪者に仕立てあげたのです。”

 そのこともよく覚えている。
 告解なしに嘆きながら死んでいく患者を見捨てて、修道士は教会にたてこもった。
 積みあがっていく腐乱死体からの感染をおそれて、彼らは弔いすら放棄した。
 修道院の医師は患者によい香りのハーブをかがせるばかりでろくな治療方法も知らないヤブだった。
 もっとひどいものになると、金を払えば救われると脅した。

 恐怖と混乱に支配された街人らの不満が吹きあがるのは時間の問題だった。

 追いつめられた教会の連中は、あろうことか金貸しの一族を見せしめに断罪していった。

”彼らの鞭打ち刑で父母と妹は命を落としました。
 体力のあった私だけが虫の息のまま、広場にさらされていたのです。
 そこに現れたのがうら若き魔女の――そう、あなたです。
 あなたは死のふちにあった病人を奇跡のような薬で救い、
 大怪我を負った私のことも手厚く看病してくださいました。
 おかげで私は一命をとりとめました。”

 広場にさらしものにされていた青年のことならよく覚えている。
 黒い髪の、よく光る強い瞳の青年だった。
 彼の瞳が怒りで燃えていなければ、死体と間違って見逃していたかもしれない。

 あの時の男か。

”教会は私たちの偶像の乙女から光を奪い、不名誉な目隠しを強いたばかりか、
 糊口をしのぐための尊いなりわいを賎しい金貸しと蔑み、辱め、
 私から大切な家族さえも奪っていった。
 私はこの時に誓ったのです。
 いつか必ずこの手で教会に復讐してやると――
 災いを好んだ彼らのもとに災いが返っていくようにと。
 私は憎しみの限りを尽くして彼らを断罪します。”

 サフィージャはついその部分を何度も読み直した。
 復讐。
 呪いの詩篇が引用されたその箇所は、血のようにインクがにじんでいた。

”枢機卿の地位は、彼らがあざけり笑った金貸しの富をつかい、
 謀略と画策をはりめぐらせた末にようやく得たものです。
 彼らの傲慢により流浪の生活を強いられてきた一族の末裔である私が、
 いまや彼らの首を秤にかける側にいる。我が主のお導きを感じます。”

 なるほど、これはうかうか人に見せられない代物だ。
 サフィージャは笑いだかなんだか分からない感情に突き動かされて顔をゆがめた。

 金貸しの一族とは、いま世界中を席巻している一神教の土台を作った民族のことだ。
 教会は彼らの教えを古く迷信に満ちたものとして打ち棄て、かつまた高利貸しや商業などに従事させた。
 その上疫病騒ぎのときには世界各地で金貸しの一族を虐殺したらしい。

 彼は自身が異教徒であることを隠して今の地位についているようだ。
 枢機卿の印章入りでこんな内容の手紙を発行すればただではすまない。もしこれが他人の手に渡れば、その場でリコールされて異端審問にかけられるだろう。

 だからわざわざ旧言語まで持ち出して暗号のような手紙を書いたわけか。

”あなたのことは私の大切な友人から聞かせていただきました。
 歴史書をひもとけば、遠くバビロニアの地に囚われていた我らの祖先を
 解放してくださったのは、あなたがた拝火教の使徒であるとのこと。
 私にはこれが運命の出会いに思えてならないのです。
 わが手で研ぎし復讐の冴えたつるぎはうるわしの魔女の手にこそ握られるに相応しい。
 私はあなたのためにいかなる労力も惜しみません。
 私とあなたの大いなる悲願のために、どうかその力をお貸しください。
 私は悪しき行いをする者を排除し、正しき善を行うあなたを庇護するつもりです。
 あなたの英断が国を――ひいては、一人の復讐にかられた哀れな男を救うのです。
 なにとぞ色よいお返事を期待しています。”

 サフィージャは震える手で密書を折りたたみ、胸に抱いた。
 彼の言葉はそれほどまでに甘く響いた。

 エルドランはともに教会をつぶそうと誘っているのだ。
 とほうもない夢想だった。
 一国の王にさえできないことをたった一人の枢機卿とこの魔女とでやろうというのだ。

 おもだった区の司教をつぶしてしまうことは二人でもできるだろう。
 でも、そんなことをなんども続けていけばいつかは怪しまれて枢機卿の立場も危うくなる。
 広範な組織網と圧倒的な強さを誇るあの『騎士団』が、二人をつぶそうと動くだろう。

 並大抵の覚悟で書ける手紙ではない。
 同じような思いを抱いてきた魔女だからこそ、その決意が痛いほどによく分かった。

 自然とクァイツの顔が思い浮かぶ。
 はやくこのことを相談してみたいのに、今日は顔を見せないつもりだろうか。

 焦れに焦れながら、サフィージャは何度も何度も手紙を読み返した。

 
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