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仲間
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春樹先輩のおかげで?と言ったらなんかおかしいかもしれないけど、緑原先輩のイメージがかなり変わった。
僕が思っていたほど怖い人じゃなかったんだなって。
春樹先輩と、顔を覚えてなかったけど紹介されて驚いた生徒会長の海堂先輩。
二人からのワガママなお茶のリクエストにも、渋々だけどプロ並みの腕前、、っていうか僕はこんなに美味しいお茶を飲んだことがない。結構良いお店にも姉に無理やり連れていかれたことがあるけど。
ふんわりと香る上質なお茶の葉、ちょうど良い温度。深みがあるのに、飲んだ後爽やかな口当たりがして。
「美味っっ!?」
ってなった。
そんな僕を見て当たり前みたいに頷く緑原先輩と、ニコニコしながら驚く僕を見守る二人。
そ、そうだこの人たち、生徒会長と副会長!!
で、でも止まらない…止められない…あったまる…美味しすぎる…
コクリ、コクリとカップを両手に包み込んで一口ずつ大事に飲んでいたら、突然立ち上がった緑原先輩におもむろに頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。
「……また、淹れてやる。おまえがここに来ることがあればだけどな」
ボソッと呟かれて、思わず
「え!!良いんですか?!」
と顔が喜びに緩んでしまった。
そんな僕を見て春樹先輩は、
「あはは、よかったね、玲人、でも……ちょっと、緑、得点稼ぎすぎ」
と後半低い声で言った。……?春樹先輩、得点って何?
不思議に思って口を開こうとしたら、ガハハと笑いながら海堂先輩が
「にしても、新入早々突き落としたとか、事件に巻き込まれて風林寺も災難だったなぁ。おい、桜川、おまえその話しに来たんだろ」
春樹先輩は一瞬物言いたげに海堂先輩を見たけど、諦めたように小さく息をついた。
「……ああ。玲人から話は聞いた。で、どうなってるの?緑」
少し不貞腐れたような声がなんだか可愛らしい。
桃茶の目に長い睫毛がふせられて、完璧な人形の人間らしい姿って感じでドキッとした。
その様子を見て、ふう、と息をついて緑原先輩は僕を見る。
眼鏡越しの眼差しが、最初の印象と全然違って労るように優しくて、僕の無罪がちゃんとわかってもらえたのかなと小さな期待が胸に灯る。
「……まあ、本来、関係者にしか言わないつもりだったが……風林寺は巻き込まれた張本人だし、桜川は副会長で同室だしな。話して良いか? 風林寺?」
「あ、はい! 僕、僕、あの、気になってました、から。
春樹先輩にも、、その、出会ったばかりなんですけど、親身になってもらえて相談させてもらったんです、だから、その、大丈夫です」
つっかえつつ口にしながら、会ってすぐの同室の先輩に話しちゃうとか……自分弱すぎたかなと恥ずかしくなってきて頬が熱い。
今日はこんなのばっかりだな……
結局相談した後、春樹先輩に勢い良く連れられてすぐここに来ちゃったけど、こういうことだったのか。
すぐ確認してくれようとしてたんだ。春樹先輩の優しさが嬉しい。
ぎゅっとズボンの生地を握りしめて、何を言われても大丈夫なように心の準備をして緑原先輩を見つめる。
そんな僕にひとつ頷くと、緑原先輩は話し始めた。
「柴崎と小田から聞いたところによると、井森が自分で落ちたふりをした線で間違いない。
たまたま運動場に出ていた生徒が教室に忘れ物をしたことに気づいて取りに行った後、風林寺が更衣室に向かって歩いているのを見ていた。
その後すぐに階段下からの怒鳴り声を聞いたらしい。突き落とすようなことはしてなかった、とそいつが証言している。
そして、井森の態度……どうやら、お前、原因っぽいぞ。桜川」
「え?僕が?」
僕も驚いて、綺麗な形の目をパチクリさせる春樹先輩を見た。
「井森のやつ、小中からずっと、お前のファンらしいぞ」
「え、そうなの?」
「はあ、お前が親衛隊が嫌で生徒会に入ったのが逆効果だったようだな」
短髪の頭をかきながら、海堂先輩が愛嬌のあるくりくりした黒い瞳で僕を見つめる。
「風林寺は外部生だし、入りたてで知らないだろうから俺から説明すると、この学校には生徒会、風紀委員が同等のレベルで存在している。
まあ、お互い見張りあったり協力し合ったりってとこだ。どちらも、成績優秀に加え、眉目端麗の者が選ばれる傾向にある。
中でも、生徒会長、副会長、生徒会の人気は、自分で言うのもなんだが凄まじいものがあり、親衛隊はあえて作られていない。
なぜなら、勢力がありすぎてその者ら個人の私怨に左右された団体が何をするかわからないからだ。
代わりに、山櫻学園に属するボディガードを各自自由に手配することが可能になっている。
そのボディガードと風紀の連携で、学園の規律は守られていると言ってもいい。
生徒会に所属していない人間は、個人の自由で親衛隊を持つことは許されているが、上限人数が10人までと決まっている。その辺りは、まあ、お前が知ることはなさそうだがな……
生徒会に憧れる連中は、ボディガードと風紀の目を気にして遠巻きに見ることしかできないってことだ。
まあ憧れるったって、男子校で何をって感じだけどな?」
海堂先輩が僕にウインクする。逞しい体つきと相まって包容力がすごい。なんだろう、海賊船の船長ってこんな感じだろうか……全力でついて行きたくなる……。
凄まじい人気?親衛隊?とハテナマークが飛び交う頭の中で、この人は少なくとも同じことを理解してくれてるという安堵感に、僕はつめていた息を吐き出した。
「は、はい。わからないこと、だらけ、ですが、はじめてこの学園のこと、客観的に説明していただけて、なんだかほっとしたというか、その、よくわかりました」
「まあ、お前は、特例で桜川と同室だから。
嫉妬に駆られた連中が何かしてくるかもとは思っていたが、風林寺は編入生だし、嫌がらせに関しても桜川が留学から戻るまでは大丈夫だろうとこちらも油断していた。すまなかったな。風林寺」
拝むような仕草をする海堂先輩に驚く
「あ、は、はい。って、え、!?僕、なんで特例なんですか?」
春樹先輩の美貌はスゴイものがある。確かに絶世の美女。いや、女神、ちがうえと、仙人?あれなんかおかしくなってきた……そ、そりゃ男でもファンがいる、というのも頷ける、けど。
その嫉妬が僕に向かって、嫌がらせされて、優しい春樹先輩に会えたことは嬉しいけど、なんで特例!?何それ?!
「……特例。な。それは、まあ、色々事情があってな。桜川から説明してもらえ」
海堂先輩が苦笑している。どういう意味だろう。先輩たちでも説明しにくいことなのか?僕が問題起こしそうだから優秀な先輩が見張り役とか?
渦巻く不安に春樹先輩の方を見ると、ふふふ、と柔らかく微笑んでくれた。
「僕のせいで迷惑かけて本当にごめんね……全ては僕のワガママなんだ。玲人」
「……え?」
「僕らの学校は寮生活。三年は個室。一年と二年の間は同室と決まっているよね?生徒会は、生徒会の人同士でなることが多いんだけど、ペアを組むと僕一人余っちゃってね?
風紀と同室になる案も出たんだけど、一応監視しあってる関係なのに、気を許しすぎてもダメだし。ってなって、そんな時、風林寺さんに話をきいてね」
「え?風林寺、さん?」
「そう、風林寺護さん」
「え?!お義兄さん?!」
姉には勿体なすぎる、優しくてできた義兄の笑顔が浮かんだ。
「実はね、僕は風林寺護さんと、護とは従兄弟なんだ」
「ええええ?!?」
一人大声を上げる僕に、黙ってお茶を口に運ぶ緑原先輩と海堂先輩。
どうやら二人とも知っていたことらしい。
「それで、玲人がここに入ること、編入生で不安に思ってることを相談されてね。それなら、遠縁の親戚でもあるんだし、僕が玲人と同室になろうって。ちょっと裏から手を回してね」
「そ、そうだったんですか……」
「うん、ちょうど新入のタイミングで僕は短期留学してて、説明できなくてごめんね。護に頼まれたくせに、僕の手回しができてなくて君に嫌な思いをさせたのも本当に申し訳ない。
でも、これからは、僕が全力で君を守るからね。従兄弟に託された分も……」
優しい笑みを浮かべた春樹先輩は少し目を潤ませながら僕の頬をそっと撫でる。白い指先がくすぐったい。そういわれると、笑顔の雰囲気が少し似ているかもしれない……全然気づきもしなかったけど……
「あ、そんな、先輩が悪いわけじゃないですし。嫉妬、だったんですね。そうか義兄さんが僕のこと……」
驚きながらも納得した僕を見て、緑原先輩が静かに言った。
「……とりあえず、井森の件は、また報告する。
結論はまあ、風林寺は無罪放免ってことだから。お前もあまり気にするな。
ただ、桜川と同室になったことで、これから何か言ってくるやつは増えるだろう。ボディガードを雇う手もあるが……お前が生徒会入りを断ったことも噂になってるからな。困ったことがあれば、いつでも連絡して来い。連絡先教えるから、携帯出せ」
「あ、は、はい」
ポケットに入れていたスマートフォンを取り出してロックを解除する。当然のように差し出された緑原先輩の手にスマホを差し出すと、素早い手つきでアドレスと電話番号を入力したアドレス帳を僕に見せる。すると海堂先輩も、
「あ、緑原、俺のも入れといて。なんかあったら言えよ。風林寺」
「え?! 海堂先輩まで、良いんですか、、、?」
高等部に入ってから、さっき交換した春樹先輩以外、今まで一人も追加のなかったアドレス帳にいきなり風紀委員長と生徒会長が加わるって、すごくない?
緑原先輩がまた素早く海堂先輩の分も入力し(暗記してるのかこの人??)僕にスマホが返された。
「玲人、僕のせいで申し訳なかったわけなんだけど……もやもやはスッキリしたかな?」
「あ、はい!! 本当にありがとうございました!春樹先輩、緑原先輩、海堂先輩。僕、誰も友達できてなくて、突き落としたことも、犯人にされちゃうんじゃないかって、正直怖くて。
でも、皆さんのおかげで、なんか、また頑張れそうです」
顔がにやけるのを抑えられなかった、にへへ、と笑ってしまう。
助けてくれそうな人たち、久しぶりの話しができる人たち。嬉しい。
そんな僕を見て、呆れるでもなく、海堂先輩がしみじみと口にする。
「風林寺……可愛いなぁ」
一瞬、なぜか空気が冷えた気がしたけど、海堂先輩はニカっと笑って続けた。
「友達の件も……桜川にも原因あるだろうなぁ、ほんと、可哀想に。あんまし無理させるなよ。桜川」
「ちょっと、海堂! 酷いこと言わないで。玲人ならすぐ友達できるよ。ボディガードの件はもう考えてあるし……
……まあ、僕以外の友達なんて、そんなに作らなくても良いんだけどね?」
ボソッと呟かれた低い声は、スマホを見つめて微笑む玲人の耳にだけ入っていなかった。
緑原先輩と海堂先輩が、揃ってため息をついた。
どうしたのかな? あ、僕喜びすぎて不憫な子だったかな、不思議に思って見つめると、二人は遠くを見る目をしていた。
とんとん、と肩をつつかれて、そろそろ帰ろうかと春樹先輩に促される。
は! そうだった、もう夜で、ここは学園で……
「あ、はい! すいません皆さん忙しいのに! あの、ご馳走様でした!」
自分の立場を思い出して、慌てて立ち上がってぺこりと頭を下げる。
「今日は色々とあって疲れたろ。ゆっくり休めよ」
ニカっと笑って海堂先輩が言い、片手を上げる。緑原先輩も同意するように頷く。
なんか、皆さん、すごく良い人たちだ。。。
そんな人たちと少しでも仲良くなれた気がして、胸がぽかぽかする。
「緑、ありがとう。また、ね?」
ふわりと笑う春樹先輩の笑顔は見惚れるぐらい妖艶なのに、緑原先輩は無表情というか、しかめっ面だった。やっぱり突然のお茶は悪かったのかなぁ……
「おやすみ」
海堂先輩が手を振って見送ってくれた。
先輩の笑顔はすごくあったかくて、ほんと寛大なリーダーというか、お兄ちゃんって感じに、僕も笑って手を振り返した。
「足元暗いから気をつけてね、玲人」
「はい」
月の光を受けてさらりと飜る髪と横顔に、まるで月の精と歩いてるみたいだと思い、そんな恥ずかしい感想においと自分で突っ込みをいれる。
不意に目が合い、微笑まれると、男の人なのに鼓動が弾んだ。
この人とこれから一年間同室になるって、なんか胸がドキドキする。いや、僕はノーマルだから。なんの心配もないんだけどね。
自分に言い聞かせながら、ご機嫌なのか少し跳ねるように歩く先輩を追いかけて早足になる。
「玲人、これから、よろしくね?」
「は、はい!」
ぼんやりとした雲と淡い月明かりが、僕らの周囲を優しく照らし出していた。
※※※
「なんかもう、色々と突っ込みたくてうずうずしたな」
「……ノーコメント」
はあ、と互いのため息が被る。
「去年はあいつの中等部での異常な人気っぷりに、隠し撮りとかの心配も含めて一年生で一人だけ個室って決定が下ったのにな。
しれっとスルーして、、、風林寺も厄介なのに目をつけられたよなぁ……」
「ああ……」
丸い焦げ茶のどんぐりみたいな瞳を思い出す。なるべく近づきすぎないように様子は見ていたが……怯えたり安堵したり、あんなに素直に顔に出す高校生がいるとは、可愛がられて育ったんだろう。
「意外だったな……桜川の好みが可愛い系だとはな」
「……緑原、ボディガードはどうするつもりなんだ?」
風林寺はこれから異常な境遇に立たされるだろう。そして否が応にも巻き込まれてしまうだろう。
だが、これも白羽の矢が立ったと覚悟してもらうしかない。
ただ、何も知らない、無防備な彼の背中を守る者は必要だろう。
なまじ、素直で生徒会に選ばれてもおかしくないほど可愛らしい外見をしているだけに。
「……桜川と言えば、その筋だよ。わかるだろ?」
意味ありげに言う緑原の目には怪しい光があった。
「……まさか、加門が協力を……?」
ゆっくり頷き、彼らが去っていったドアをじっと見る。
幼少期から誰よりも目立つ美貌をもち、中等部で異常に加熱した桜川の人気。なのにこれといった事件は何もなく……
桜川家の影にいる人物が、何かやっていると人知れず噂になった。なんの確証もなかったが。
「多分、明日にでも顔を合わせるはずだ」
「……心霊研究会、か。風林寺、大丈夫なのか?」
「さて。だが、他の誰がつくより、安心だろう?」
「そりゃ……そうだな。噂込みで」
わしわしと頭をかきながら海堂が言う。
「だが、まさか、桜川がそこまでするとは……」
「ああ。まあ、な……それだけ本気ってことだろ。風林寺のこと」
「「……」」
桜川のやたらに華美な笑顔の裏に隠れている姿に心底ゾッとする。なんにせよ徹底するあいつのことだ。
だが、本気で“誰でも構わず”利用する気なのだ。
風林寺を守るために。風林寺に関わって生きていくために。
「……寒くなってきたな」
「……全くだ」
そろそろ帰るか、とお互い言い合って場を切り上げる。
この学園が平和に保たれるように。それに尽力する。それが風紀委員としての務めだ。
その平和の中に、ある種異質なものが入り込んでしまった……委員長になって幾ばくもたたないうちに。
それが非常に遺憾であるが、その異質なものとこの先どう向かい合っていくか。それがこれからの課題だ。
小田と柴崎にも伝えておかねば。
湿気った黒い雲に、朧な月明かりが飲み込まれていく。
片腕を担いでしまった以上、変な感傷に振り回されないように、俺は手早くカーテンを閉めた。
悪いな、風林寺。
心の中で一時懺悔しながら。
僕が思っていたほど怖い人じゃなかったんだなって。
春樹先輩と、顔を覚えてなかったけど紹介されて驚いた生徒会長の海堂先輩。
二人からのワガママなお茶のリクエストにも、渋々だけどプロ並みの腕前、、っていうか僕はこんなに美味しいお茶を飲んだことがない。結構良いお店にも姉に無理やり連れていかれたことがあるけど。
ふんわりと香る上質なお茶の葉、ちょうど良い温度。深みがあるのに、飲んだ後爽やかな口当たりがして。
「美味っっ!?」
ってなった。
そんな僕を見て当たり前みたいに頷く緑原先輩と、ニコニコしながら驚く僕を見守る二人。
そ、そうだこの人たち、生徒会長と副会長!!
で、でも止まらない…止められない…あったまる…美味しすぎる…
コクリ、コクリとカップを両手に包み込んで一口ずつ大事に飲んでいたら、突然立ち上がった緑原先輩におもむろに頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。
「……また、淹れてやる。おまえがここに来ることがあればだけどな」
ボソッと呟かれて、思わず
「え!!良いんですか?!」
と顔が喜びに緩んでしまった。
そんな僕を見て春樹先輩は、
「あはは、よかったね、玲人、でも……ちょっと、緑、得点稼ぎすぎ」
と後半低い声で言った。……?春樹先輩、得点って何?
不思議に思って口を開こうとしたら、ガハハと笑いながら海堂先輩が
「にしても、新入早々突き落としたとか、事件に巻き込まれて風林寺も災難だったなぁ。おい、桜川、おまえその話しに来たんだろ」
春樹先輩は一瞬物言いたげに海堂先輩を見たけど、諦めたように小さく息をついた。
「……ああ。玲人から話は聞いた。で、どうなってるの?緑」
少し不貞腐れたような声がなんだか可愛らしい。
桃茶の目に長い睫毛がふせられて、完璧な人形の人間らしい姿って感じでドキッとした。
その様子を見て、ふう、と息をついて緑原先輩は僕を見る。
眼鏡越しの眼差しが、最初の印象と全然違って労るように優しくて、僕の無罪がちゃんとわかってもらえたのかなと小さな期待が胸に灯る。
「……まあ、本来、関係者にしか言わないつもりだったが……風林寺は巻き込まれた張本人だし、桜川は副会長で同室だしな。話して良いか? 風林寺?」
「あ、はい! 僕、僕、あの、気になってました、から。
春樹先輩にも、、その、出会ったばかりなんですけど、親身になってもらえて相談させてもらったんです、だから、その、大丈夫です」
つっかえつつ口にしながら、会ってすぐの同室の先輩に話しちゃうとか……自分弱すぎたかなと恥ずかしくなってきて頬が熱い。
今日はこんなのばっかりだな……
結局相談した後、春樹先輩に勢い良く連れられてすぐここに来ちゃったけど、こういうことだったのか。
すぐ確認してくれようとしてたんだ。春樹先輩の優しさが嬉しい。
ぎゅっとズボンの生地を握りしめて、何を言われても大丈夫なように心の準備をして緑原先輩を見つめる。
そんな僕にひとつ頷くと、緑原先輩は話し始めた。
「柴崎と小田から聞いたところによると、井森が自分で落ちたふりをした線で間違いない。
たまたま運動場に出ていた生徒が教室に忘れ物をしたことに気づいて取りに行った後、風林寺が更衣室に向かって歩いているのを見ていた。
その後すぐに階段下からの怒鳴り声を聞いたらしい。突き落とすようなことはしてなかった、とそいつが証言している。
そして、井森の態度……どうやら、お前、原因っぽいぞ。桜川」
「え?僕が?」
僕も驚いて、綺麗な形の目をパチクリさせる春樹先輩を見た。
「井森のやつ、小中からずっと、お前のファンらしいぞ」
「え、そうなの?」
「はあ、お前が親衛隊が嫌で生徒会に入ったのが逆効果だったようだな」
短髪の頭をかきながら、海堂先輩が愛嬌のあるくりくりした黒い瞳で僕を見つめる。
「風林寺は外部生だし、入りたてで知らないだろうから俺から説明すると、この学校には生徒会、風紀委員が同等のレベルで存在している。
まあ、お互い見張りあったり協力し合ったりってとこだ。どちらも、成績優秀に加え、眉目端麗の者が選ばれる傾向にある。
中でも、生徒会長、副会長、生徒会の人気は、自分で言うのもなんだが凄まじいものがあり、親衛隊はあえて作られていない。
なぜなら、勢力がありすぎてその者ら個人の私怨に左右された団体が何をするかわからないからだ。
代わりに、山櫻学園に属するボディガードを各自自由に手配することが可能になっている。
そのボディガードと風紀の連携で、学園の規律は守られていると言ってもいい。
生徒会に所属していない人間は、個人の自由で親衛隊を持つことは許されているが、上限人数が10人までと決まっている。その辺りは、まあ、お前が知ることはなさそうだがな……
生徒会に憧れる連中は、ボディガードと風紀の目を気にして遠巻きに見ることしかできないってことだ。
まあ憧れるったって、男子校で何をって感じだけどな?」
海堂先輩が僕にウインクする。逞しい体つきと相まって包容力がすごい。なんだろう、海賊船の船長ってこんな感じだろうか……全力でついて行きたくなる……。
凄まじい人気?親衛隊?とハテナマークが飛び交う頭の中で、この人は少なくとも同じことを理解してくれてるという安堵感に、僕はつめていた息を吐き出した。
「は、はい。わからないこと、だらけ、ですが、はじめてこの学園のこと、客観的に説明していただけて、なんだかほっとしたというか、その、よくわかりました」
「まあ、お前は、特例で桜川と同室だから。
嫉妬に駆られた連中が何かしてくるかもとは思っていたが、風林寺は編入生だし、嫌がらせに関しても桜川が留学から戻るまでは大丈夫だろうとこちらも油断していた。すまなかったな。風林寺」
拝むような仕草をする海堂先輩に驚く
「あ、は、はい。って、え、!?僕、なんで特例なんですか?」
春樹先輩の美貌はスゴイものがある。確かに絶世の美女。いや、女神、ちがうえと、仙人?あれなんかおかしくなってきた……そ、そりゃ男でもファンがいる、というのも頷ける、けど。
その嫉妬が僕に向かって、嫌がらせされて、優しい春樹先輩に会えたことは嬉しいけど、なんで特例!?何それ?!
「……特例。な。それは、まあ、色々事情があってな。桜川から説明してもらえ」
海堂先輩が苦笑している。どういう意味だろう。先輩たちでも説明しにくいことなのか?僕が問題起こしそうだから優秀な先輩が見張り役とか?
渦巻く不安に春樹先輩の方を見ると、ふふふ、と柔らかく微笑んでくれた。
「僕のせいで迷惑かけて本当にごめんね……全ては僕のワガママなんだ。玲人」
「……え?」
「僕らの学校は寮生活。三年は個室。一年と二年の間は同室と決まっているよね?生徒会は、生徒会の人同士でなることが多いんだけど、ペアを組むと僕一人余っちゃってね?
風紀と同室になる案も出たんだけど、一応監視しあってる関係なのに、気を許しすぎてもダメだし。ってなって、そんな時、風林寺さんに話をきいてね」
「え?風林寺、さん?」
「そう、風林寺護さん」
「え?!お義兄さん?!」
姉には勿体なすぎる、優しくてできた義兄の笑顔が浮かんだ。
「実はね、僕は風林寺護さんと、護とは従兄弟なんだ」
「ええええ?!?」
一人大声を上げる僕に、黙ってお茶を口に運ぶ緑原先輩と海堂先輩。
どうやら二人とも知っていたことらしい。
「それで、玲人がここに入ること、編入生で不安に思ってることを相談されてね。それなら、遠縁の親戚でもあるんだし、僕が玲人と同室になろうって。ちょっと裏から手を回してね」
「そ、そうだったんですか……」
「うん、ちょうど新入のタイミングで僕は短期留学してて、説明できなくてごめんね。護に頼まれたくせに、僕の手回しができてなくて君に嫌な思いをさせたのも本当に申し訳ない。
でも、これからは、僕が全力で君を守るからね。従兄弟に託された分も……」
優しい笑みを浮かべた春樹先輩は少し目を潤ませながら僕の頬をそっと撫でる。白い指先がくすぐったい。そういわれると、笑顔の雰囲気が少し似ているかもしれない……全然気づきもしなかったけど……
「あ、そんな、先輩が悪いわけじゃないですし。嫉妬、だったんですね。そうか義兄さんが僕のこと……」
驚きながらも納得した僕を見て、緑原先輩が静かに言った。
「……とりあえず、井森の件は、また報告する。
結論はまあ、風林寺は無罪放免ってことだから。お前もあまり気にするな。
ただ、桜川と同室になったことで、これから何か言ってくるやつは増えるだろう。ボディガードを雇う手もあるが……お前が生徒会入りを断ったことも噂になってるからな。困ったことがあれば、いつでも連絡して来い。連絡先教えるから、携帯出せ」
「あ、は、はい」
ポケットに入れていたスマートフォンを取り出してロックを解除する。当然のように差し出された緑原先輩の手にスマホを差し出すと、素早い手つきでアドレスと電話番号を入力したアドレス帳を僕に見せる。すると海堂先輩も、
「あ、緑原、俺のも入れといて。なんかあったら言えよ。風林寺」
「え?! 海堂先輩まで、良いんですか、、、?」
高等部に入ってから、さっき交換した春樹先輩以外、今まで一人も追加のなかったアドレス帳にいきなり風紀委員長と生徒会長が加わるって、すごくない?
緑原先輩がまた素早く海堂先輩の分も入力し(暗記してるのかこの人??)僕にスマホが返された。
「玲人、僕のせいで申し訳なかったわけなんだけど……もやもやはスッキリしたかな?」
「あ、はい!! 本当にありがとうございました!春樹先輩、緑原先輩、海堂先輩。僕、誰も友達できてなくて、突き落としたことも、犯人にされちゃうんじゃないかって、正直怖くて。
でも、皆さんのおかげで、なんか、また頑張れそうです」
顔がにやけるのを抑えられなかった、にへへ、と笑ってしまう。
助けてくれそうな人たち、久しぶりの話しができる人たち。嬉しい。
そんな僕を見て、呆れるでもなく、海堂先輩がしみじみと口にする。
「風林寺……可愛いなぁ」
一瞬、なぜか空気が冷えた気がしたけど、海堂先輩はニカっと笑って続けた。
「友達の件も……桜川にも原因あるだろうなぁ、ほんと、可哀想に。あんまし無理させるなよ。桜川」
「ちょっと、海堂! 酷いこと言わないで。玲人ならすぐ友達できるよ。ボディガードの件はもう考えてあるし……
……まあ、僕以外の友達なんて、そんなに作らなくても良いんだけどね?」
ボソッと呟かれた低い声は、スマホを見つめて微笑む玲人の耳にだけ入っていなかった。
緑原先輩と海堂先輩が、揃ってため息をついた。
どうしたのかな? あ、僕喜びすぎて不憫な子だったかな、不思議に思って見つめると、二人は遠くを見る目をしていた。
とんとん、と肩をつつかれて、そろそろ帰ろうかと春樹先輩に促される。
は! そうだった、もう夜で、ここは学園で……
「あ、はい! すいません皆さん忙しいのに! あの、ご馳走様でした!」
自分の立場を思い出して、慌てて立ち上がってぺこりと頭を下げる。
「今日は色々とあって疲れたろ。ゆっくり休めよ」
ニカっと笑って海堂先輩が言い、片手を上げる。緑原先輩も同意するように頷く。
なんか、皆さん、すごく良い人たちだ。。。
そんな人たちと少しでも仲良くなれた気がして、胸がぽかぽかする。
「緑、ありがとう。また、ね?」
ふわりと笑う春樹先輩の笑顔は見惚れるぐらい妖艶なのに、緑原先輩は無表情というか、しかめっ面だった。やっぱり突然のお茶は悪かったのかなぁ……
「おやすみ」
海堂先輩が手を振って見送ってくれた。
先輩の笑顔はすごくあったかくて、ほんと寛大なリーダーというか、お兄ちゃんって感じに、僕も笑って手を振り返した。
「足元暗いから気をつけてね、玲人」
「はい」
月の光を受けてさらりと飜る髪と横顔に、まるで月の精と歩いてるみたいだと思い、そんな恥ずかしい感想においと自分で突っ込みをいれる。
不意に目が合い、微笑まれると、男の人なのに鼓動が弾んだ。
この人とこれから一年間同室になるって、なんか胸がドキドキする。いや、僕はノーマルだから。なんの心配もないんだけどね。
自分に言い聞かせながら、ご機嫌なのか少し跳ねるように歩く先輩を追いかけて早足になる。
「玲人、これから、よろしくね?」
「は、はい!」
ぼんやりとした雲と淡い月明かりが、僕らの周囲を優しく照らし出していた。
※※※
「なんかもう、色々と突っ込みたくてうずうずしたな」
「……ノーコメント」
はあ、と互いのため息が被る。
「去年はあいつの中等部での異常な人気っぷりに、隠し撮りとかの心配も含めて一年生で一人だけ個室って決定が下ったのにな。
しれっとスルーして、、、風林寺も厄介なのに目をつけられたよなぁ……」
「ああ……」
丸い焦げ茶のどんぐりみたいな瞳を思い出す。なるべく近づきすぎないように様子は見ていたが……怯えたり安堵したり、あんなに素直に顔に出す高校生がいるとは、可愛がられて育ったんだろう。
「意外だったな……桜川の好みが可愛い系だとはな」
「……緑原、ボディガードはどうするつもりなんだ?」
風林寺はこれから異常な境遇に立たされるだろう。そして否が応にも巻き込まれてしまうだろう。
だが、これも白羽の矢が立ったと覚悟してもらうしかない。
ただ、何も知らない、無防備な彼の背中を守る者は必要だろう。
なまじ、素直で生徒会に選ばれてもおかしくないほど可愛らしい外見をしているだけに。
「……桜川と言えば、その筋だよ。わかるだろ?」
意味ありげに言う緑原の目には怪しい光があった。
「……まさか、加門が協力を……?」
ゆっくり頷き、彼らが去っていったドアをじっと見る。
幼少期から誰よりも目立つ美貌をもち、中等部で異常に加熱した桜川の人気。なのにこれといった事件は何もなく……
桜川家の影にいる人物が、何かやっていると人知れず噂になった。なんの確証もなかったが。
「多分、明日にでも顔を合わせるはずだ」
「……心霊研究会、か。風林寺、大丈夫なのか?」
「さて。だが、他の誰がつくより、安心だろう?」
「そりゃ……そうだな。噂込みで」
わしわしと頭をかきながら海堂が言う。
「だが、まさか、桜川がそこまでするとは……」
「ああ。まあ、な……それだけ本気ってことだろ。風林寺のこと」
「「……」」
桜川のやたらに華美な笑顔の裏に隠れている姿に心底ゾッとする。なんにせよ徹底するあいつのことだ。
だが、本気で“誰でも構わず”利用する気なのだ。
風林寺を守るために。風林寺に関わって生きていくために。
「……寒くなってきたな」
「……全くだ」
そろそろ帰るか、とお互い言い合って場を切り上げる。
この学園が平和に保たれるように。それに尽力する。それが風紀委員としての務めだ。
その平和の中に、ある種異質なものが入り込んでしまった……委員長になって幾ばくもたたないうちに。
それが非常に遺憾であるが、その異質なものとこの先どう向かい合っていくか。それがこれからの課題だ。
小田と柴崎にも伝えておかねば。
湿気った黒い雲に、朧な月明かりが飲み込まれていく。
片腕を担いでしまった以上、変な感傷に振り回されないように、俺は手早くカーテンを閉めた。
悪いな、風林寺。
心の中で一時懺悔しながら。
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生徒会メンバーは変態ばかり!?ゲームには登場しない人気グループ!?
聞いてた話と何か違うんですけど!
※主人公総受けで過激な描写もありますが、固定カプで着地します。
他のサイトにも投稿しています。
先輩たちの心の声に翻弄されています!
七瀬
BL
人と関わるのが少し苦手な高校1年生・綾瀬遙真(あやせとうま)。
ある日、食堂へ向かう人混みの中で先輩にぶつかった瞬間──彼は「触れた相手の心の声」が聞こえるようになった。
最初に声を拾ってしまったのは、対照的な二人の先輩。
乱暴そうな俺様ヤンキー・不破春樹(ふわはるき)と、爽やかで優しい王子様・橘司(たちばなつかさ)。
見せる顔と心の声の落差に戸惑う遙真。けれど、彼らはなぜか遙真に強い関心を示しはじめる。
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三作目の投稿になります。三角関係の学園BLですが、なるべくみんなを幸せにして終わりますのでご安心ください。
ご感想・ご指摘など気軽にコメントいただけると嬉しいです‼️
腐男子ですが何か?
みーやん
BL
俺は田中玲央。何処にでもいる一般人。
ただ少し趣味が特殊で男と男がイチャコラしているのをみるのが大好きだってこと以外はね。
そんな俺は中学一年生の頃から密かに企んでいた計画がある。青藍学園。そう全寮制男子校へ入学することだ。しかし定番ながら学費がバカみたい高額だ。そこで特待生を狙うべく勉強に励んだ。
幸いにも俺にはすこぶる頭のいい姉がいたため、中学一年生からの成績は常にトップ。そのまま三年間走り切ったのだ。
そしてついに高校入試の試験。
見事特待生と首席をもぎとったのだ。
「さぁ!ここからが俺の人生の始まりだ!
って。え?
首席って…めっちゃ目立つくねぇ?!
やっちまったぁ!!」
この作品はごく普通の顔をした一般人に思えた田中玲央が実は隠れ美少年だということを知らずに腐男子を隠しながら学園生活を送る物語である。
ギャルゲー主人公に狙われてます
一寸光陰
BL
前世の記憶がある秋人は、ここが前世に遊んでいたギャルゲームの世界だと気づく。
自分の役割は主人公の親友ポジ
ゲームファンの自分には特等席だと大喜びするが、、、
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
イケメンに惚れられた俺の話
モブです(病み期)
BL
歌うことが好きな俺三嶋裕人(みしまゆうと)は、匿名動画投稿サイトでユートとして活躍していた。
こんな俺を芸能事務所のお偉いさんがみつけてくれて俺はさらに活動の幅がひろがった。
そんなある日、最近人気の歌い手である大斗(だいと)とユニットを組んでみないかと社長に言われる。
どんなやつかと思い、会ってみると……
悪の策士のうまくいかなかった計画
迷路を跳ぶ狐
BL
いつか必ず返り咲く。それだけを目標に、俺はこの学園に戻ってきた。過去に、破壊と使役の魔法を研究したとして、退学になったこの学園に。
今こそ、復活の時だ。俺を切り捨てた者たちに目に物見せ、研究所を再興する。
そのために、王子と伯爵の息子を利用することを考えた俺は、長く温めた策を決行し、学園に潜り込んだ。
これから俺を陥れた連中を、騙して嵌めて蹂躙するっ! ……はず、だった……のに??
王子は跪き、俺に向かって言った。
「あなたの破壊の魔法をどうか教えてください。教えるまでこの部屋から出しません」と。
そして、伯爵の息子は俺の手をとって言った。
「ずっと好きだった」と。
…………どうなってるんだ?
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