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リゼット・コンスタンス・ルイゾンですけどなんか用?

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 それから一週間、元通りの封蝋に明け暮れる生活にどっぷり浸り、執務室から一歩も出ない日々を送った。というよりもこの二ヶ月思うように本業が進まなかったせいで仕事が滞っていたのだ。よりによって今は社交シーズン真っ只中。茶会やら夜会やら演奏会に観劇会その他諸々で、日々大量の書状が発送される。昼休みに食堂に行くことすらままならず、後輩ちゃん達にテイクアウトしてきてもらったサンドウィッチで凌ぐほどの忙しさだ。

 ついつい備品チェックを後回しにしているうちに、気が付けばシーリングワックスやキャンドルがほぼ底を尽きている。今日こそ残業なしで部屋に戻れると思ったのに、倉庫に行って在庫を確認しなければ。よし、もう一頑張りと思いっきり伸びをして気合いを入れ、倉庫に向かった。

 商店から搬入された荷物一式は決まった部屋に保管されている。しかしあるはずの場所にはなく台帳を確認してみたら、何故かここではなくもう一棟ある別の倉庫に搬入されていた。倉庫番が新人で不馴れな上に、配達に来た商店の店員もいつもとは違う名前だったから間違えて搬入してしまったらしい。あーあと溜め息が溢れたが、移動する私の足取りは軽かった。
 
 さて、今日はどこから手をつけよう。そう思うだけで疲れが癒やされていく。勿論考えているのは仕事内容ではない。女官居室の自分の部屋についてだ。

 この一週間、猫同居仕様にするべくせっせと模様替えを進めてきた私の部屋。ミロが安全に過ごせるように危ない物は徹底的に片付けなければと思ったが、新居にごっそり運ばれてしまった私物は一向に戻って来ていないので元々大して物がない。今ならミニマリストを名乗れるレベルだ。だから家具を並べ替えてミロが登れるようにしたり、適当な大きさの皿を水とご飯用に選んだり、籠と膝掛けで猫ベッドを作ったりの楽しい作業ばかりである。もうほぼ準備は整ったので、仕事が落ち着き次第ミロを迎えに行くつもりだ。そしてついでに家政婦のマリアンに荷物の返還を頼んで来よう。

 「すぐに迎えに行くから、待っててね、ミロネッコ!」

 誰もいない廊下でミロへの想いを吐露し、弾む心のままにスキップをしようとしたその時……

 「久しぶりだな!リゼット・コンスタンス・る、る、る……何だっけ?」

 私の二の腕を鷲掴みしておマヌケな発言をしたのは、なんと件のジョルジュ・サカリーであった。

 この男の間の悪さに暗澹たる気持ちが込み上げた私は、一切包み隠さずそれをありありと表情に出した。特殊任務を放棄した今出てこられても絶対に面倒なことになるだけじゃないか。

 「リゼット・コンスタンス・ルイゾンですけれど、なんか用?」

 ギロっと睨んだ私には何を思うこともないのか、ジョルジュはそうだったそうだったとスッキリした感を滲ませている。

 コイツ、人をイラッとさせる天賦の何かを持っているのでは?

 「お前、無駄に名前が派手だな」
 
 無駄に名前が派手……言い得て妙だ。ジョルジュ、案外うまいことを言う。思わぬセンスを有しているのかも知れないが、だからってとやかく言われる筋合いはない。

 「そんな事を言われても、名前を付けたのは私じゃないんで。文句ならお祖父様に言ってくれます?」
 「名付け親はじい様か、そう聞くと気の毒に思えてくるな」
 「余計なお世話です!で、呼び止めた用件は何ですか?」

 ジョルジュはあれ?っと言うように私の腕を掴んでいる自分の手を見た。その上キョトンとしながら私の顔と自分の手に何往復も視線を巡らせ、それからしばらく考えてから

 「いや別に。久し振りだなと思っただけだ」

 と答えた。ジョルジュはキョトンだが、私はポカンである。

 「あなたって、久し振りの再会した女性の二の腕を掴む人なんですか?」
 「何を言うのだ。僕は紳士だぞ?偏に相手がお前だからにすぎないだろ?」
 「その根拠、全く理解できないんですけれど?私は淑女ですし呼び止める為に二の腕を掴んだのはあなたが初めてですよ?」
 
 フンっ!とジョルジュが鼻で笑った。『私は淑女』に対してピンポイントにだ。ジョルジュのくせに生意気だ。凄いムカつく。

 「僕だって普通の令嬢相手ならこんなことはしない。でもすれ違い様にお前の顔を見たらあの時の苛立ちが甦って思わず手が出たようだ。失礼したな、ごめんなさい」
 
 素直に謝るジョルジュに、今度こそ私もキョトンになった。

 「えぇと、以後ご注意頂ければ私は別に構いません……と申しますか、すれ違いましたっけ?」
 「あぁ、待っててねとか何とか叫んでたぞ?」
 「ぐぇっ!」
 
 たまにやらかすのだ。何かに夢中になって周りが見えなくなっちゃうから。アレンに知られたら説教案件間違いなし、任務を放棄して大正解である。

 「そんなことはどうでも良い。リゼット・コンスタンツ・ルイゾン……だっけ?」
 「惜しいですね、『コンスタンス』です」
 「そのくらい聞き流せっ!」
 「ダメですよ。コンスタンスはお祖父様の初恋相手の名前なんですもん。疎かにしないでください」
 「お前相変わらず口が減らないな」
 「正論を述べているので口が減らないはおかしいですよ」
 「正論か?結構えげつない話だぞ?」
 「お祖父様にとっては青春の一ページを彩る美しい思い出らしいです。すっかり美化しちゃってるから悪気も何もあったもんじゃくて」
 「ばあ様は知っているのか?」
 「お祖父様は秘密にしているつもりらしいですが勘づかれてていますし、かなり根に持たれています」
 「それ、世にも恐ろしい話じゃないか!」
 「あなたって言われっぱなしで何にも言い返せない人かと思っていましたが、今日はまた随分と喋りますね?」
 「黙れ!」

 あらまぁ、誉めて差し上げようと思ったのに、ジョルジュはぷんすかお怒りである。ならばお望み通りにと何も言わずに立ち去ろうとしたが、ジョルジュは掴んだ手を離してくれない。何だっていうのだ?

 「待て!どこに行く」
 「どこって三階の二号室です。間違えて搬入されちゃった荷物があるので」
 「駄目だ。ここで会ったのが運の尽き、僕についてこい!」

 そして何故かジョルジュは手を離しスタスタと歩きだした。え?どういうこと?刃物で脅されるならまだしも、ついてこいと言われてはいわかりましたとついて行くか?

 「ここで会うのは初めてってことは、お前普段こっちの倉庫には来ないんだろ?逸れて迷っても知らないからな!」
 「え?だってそんな……」

 おかしいな?聞かされたのはジョルジュからの接触という相当ぼんやりした情報だったけれど、それでも私はジョルジュからラブレターが来ると思いこんでいたのだ。だってジョルジュの容疑は、クルドス公爵とグルになって偽の王太子印璽を使った事だよね?

 アレンと婚約した?赦せん!!ならばちょっかいを出して奪い取って、今度こそ出世の道具として利用してる!って感じで殿下の名を騙った偽ラブレターを送り、ルストッカ庭園で接触してきたところで身柄確保。尋問してクルドス公爵とグルでしたってゲロさせて、本命の公爵の罪を暴くという作戦……っていう私の認識は間違いだとは思えないんだけど?

 たまたま入った倉庫でばったり出会してついてくるように丸腰で言われるなんて、私はどうしたら良いんだろう?逃げたきゃいくらでも逃げられるのは間違いない。でもなぁ、投げ出したものの一度は受けた特殊任務だし、事件が解決したら幻の特別ボーナスも現実になるかも知れない。何かちょっと違うけど、行ってみるのもアリじゃないの?

 それにだ。ジョルジュはどうやら手ぶららしいが、実は私の右手にはバッチリナイフが握られている。だって梱包を解くのに必要なんだもん。何を考えているかは知らないが、どちらかというと危険に晒されているのはジョルジュの方ではなかろうか?

 ということでどうにかなるだろうと私はブラブラとジョルジュのあとを追った。 

 「一体何をする気ですか?」
 「一人じゃどうにもならない。原因はお前なんだから手伝え」
 「は?手伝えって何の話?第一人にモノを頼むのにその態度って酷くないですか?」

 ジョルジュはピタリと立ち止まり恨めしそうに振り向いた。

 「一理あるな。手伝ってください……で良いか?」
 「えぇとまあ、そうですね。で、何を?」
 「倉庫の在庫管理だ。終わらないことには領地に戻れない」
 「え?………………領地にお戻りになるんですか?」
 「あれが終わればな」

 ジョルジュはさらりとそう言って天井を指差しながら何てことない様子で歩いていくが、後を追う私は大混乱である。日頃の何かと興味が薄く他人のことなんてどうでも良いというスタンスは何処へやら、謎が多過ぎて気になってたまらない。

 となればやることは一つ。質問漬けである。

 「領地に戻られるのはどうしてです?」
 「お前とのアレ、妃殿下が大激怒だったんだろ?」
 「直属の部下を誑かそうとしたんですから当然です。ですが情状酌量の余地ありでお咎めなしになさいましたよ?」
 「あぁそうだ。処分は一切無かった。でも妃殿下の大激怒に気が付いた上官は、火の粉が自分に降りかかる前に動いた。僕はただ一人、この倉庫の4階で在庫管理をすることになったんだ」

 それって追い出し部屋ってこと?

 「この仕事が嫌なら辞めて貰っても構わないんだよぉ?とか言われたんですかね?」

 恐る恐る聞いてみたが、ジョルジュは肩を大きく上下させて、大きな大きな溜息を吐いた。

 「いや違う。辞めたくて辞めたくて何度も懇願したのに辞めさせて貰えない。辞めるなら在庫管理を終わらせろの一点張りだ」

 うーん、聞けば聞くほどわからない。ジョルジュが上官に干されたのはどうやら間違いなさそうだけど、それならどうして辞めさせてくれないんだろう?

 余計に混乱するばかりの私は、ジョルジュと一緒に階段を上り四階まで上がった。ジョルジュがドアを開け、それに続いて中に入ってみると、そこは仕切りのないワンフロアだ。

 そして私はジョルジュの言わんとしていることが何となくわかった気がしたのだ。

 倉庫の四分の三程は整理されていたが、問題は手前の四分の一だ。雑多どころではない、ガサ入れでも受けたかのようにグッチャグチャな状態は、何がどうなっているのかさっぱりわからない。中身を出す為に箱をひっくり返してぶちまけた形跡も幾つもある。

 所要時間僅か五秒、たった其だけでジョルジュが辞めたいと熱望する理由が理解できたのであった。

 

 
 
 

 
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