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パッとしない伯爵令嬢

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 すごくすごく久し振りに従姉に会った。

 前世の……なんだけど。




 
 森を散歩していた14歳の秋の日、落ちてきた拳大の松ぼっくりが脳天を直撃した……というマヌケな出来事が前世を思い出したきっかけである。

 特大サイズとはいえ落ちてきたのはたかが松ぼっくり。それにしてはやけに痛くて頭がクラクラする。思わずよろけて尻もちをつき、ついでに転がって後頭部を強打。いててと頭を撫でながら起き上がった時には、前世の記憶持ち転生者の一丁上がりであった。

 北澤梨子 28歳 独身 商社総務部勤務

 後頭部を打ったゴーンという音が響くと共に頭に流れ込んだ前世の記憶によると、私はそんなプロフィールのありきたりな人間だった。

 ベランダで布団を干そうとしていてバランスを崩した。ここで記憶がぷつりと途絶えているってことは……

 落ちたんだな、多分。

 リゼット・コンスタンス・ルイゾン伯爵令嬢 14歳 

 というのが近代ヨーロッパ風異世界で記憶を取り戻した時点でのプロフィールだが、こんな仰々しい名の転生者でありながら、今生の私は残念なほどパッとしない人物だった。

 伯爵家と言ってもピンきりで、政府の中枢でブイブイ言わせてる伯爵閣下もいれば領地にこもり呑気に暮らす伯爵もおり、父はばっちり後者のタイプだ。両親共に華やかな社交界よりもひなびた田舎での呑気な暮らしが性に合っている。領民の皆さんが生活に困ることはないけれど、これといった特産物も産業もない。風光明媚な観光地もない。事業でも始めてみようかなんて夢にも思ったりしない。よってルイゾン伯爵家は貧乏ではないものの決して裕福ではなく、うちよりお金持ちの下位貴族はいくらでもいた。

 そのルイゾン伯爵家の一人娘として生まれ変わった私も、実に可もなく不可もない女の子で何かにつけて真ん中辺だった。特に苦手なものもなければ得意な物もない。

 転生に気付いて二年。16歳になった私は転生者としてのメリットを活かすこともなく、まったりとカントリーライフを満喫していた。

 しかしながらパッとしなくとも貴族の端くれ、社交界デビューという大イベントを避けては通れない。

 デビュタントボールの為に生まれて初めて王都に行くというとんでもないお上りさんは、伯母の嫁ぎ先である侯爵家の屋敷に預けられた。そして母からデビュタントの衣装一式を丸投げされた伯母に連れられて出向いたブティック。そこで私達は伯母の顔見知りの令嬢に声を掛けられた。
 
 それはもう上品な美しい声に振り向くと、そこに御座したのは思わず言葉を失いポカンとするくらい綺麗なうら若い女性だった。というか本当に口を開けて眺めてしまったのであるが。

 まるで女神様のような波打ち光輝く金髪のその女性は、コトリと首を傾けて私を見つめた。そして長い長い睫毛に縁取られた大きな目の春の海みたいに優しげな碧い瞳と視線が絡んだその瞬間……

 「あーーーーーっ!」

 っと互いに指差し共に絶叫したのであった。 

 


 その日の夜、私は女神様級美女の私室にいた。

 あの場でお互いに絶叫し相当狼狽えはしたが、女神様級美女との『詳細は後程』『ラジャー』というアイコンタクトの元それについては保留。暗黙の了解で初対面を装った。

 女神様級美女はさり気なく伯母と私をカフェに誘い、そして我々は初めましてを装いながら……というか実際ココで会うのは初めましてに違いないのだけれど、お茶を飲みながら会話に花を咲かせた。

 「わたくしすっかり姪御さんと意気投合してしまってもっとお話がしたいの。このまま屋敷にお招きしても良いかしら?」

 これが女神様級美女の目的だとは知らぬ伯母は手放しの大喜びだ。もちろん二つ返事で了承し、私は女神様級美女……アンジェリーヌ・ボードリエ公爵令嬢に連れられてアンジェリーヌ専用車である金の装飾を施された白い馬車に乗り込んだのである。

 さて、公爵邸に到着してもまだまだ私達の今日が初対面なんです……という小芝居は続く。家名を名乗られても記憶を辿るのにちょっと時間を要したらしいが、そこは貴族の頂点に君臨する公爵夫妻のこと。難なく脳内の貴族名鑑から弱小伯爵家の我が家をピックアップし、

 「常に謙虚で目立つ事をよしとしない、実直で誠実なお人柄の御父上だ。質素倹約に努め、実に領民思いの領主だと聞いている」

 というお褒めの言葉を頂いた。流石は公爵閣下、ポジティブ表現の極みである。新しいお友達が出来たとウキウキする愛娘に目を細め、是非とも今夜は泊まっていきなさいと勧めて下さった。

 そしてこれこそが女神様級美女、アンジェリーヌ・ボードリエ公爵令嬢の真の目的だったのである。




 あの時、顔を見合わせた私とアンジェリーヌはお互い目を見開き、呆然として見つめ合った。理屈では説明できないが、私達はただ認識したのだ。この身体に宿った魂は、従姉妹同士の北澤結衣と北澤梨子であると。

 結衣ちゃんのお父さんは私の父のお兄さんだ。私よりも14も歳上だから親しい間柄じゃなかったけれど、親戚の誰かの葬儀や法事で会った時には小さな私をそれとなく気にかけて、優しく話しかけたりお菓子をくれたりする素敵なお姉さんだった。

 幼児の私が崇めるように見上げた結衣ちゃんは、物凄い美人さんでしかも頭が良い。現役ストレートで赤門を潜り卒業後はキャリア官僚になったが、別に北澤家が優秀な血筋だという訳じゃない。結衣ちゃんが北澤家の突然変異なのだ。

 私が12歳の時、独り暮らしの部屋で亡くなっているのが発見された結衣ちゃん。死因ははっきりしなかったが、過労死だろうと推測された。



 私室に入るなりアンジェリーヌは

 「あぁ、やっと二人きりになれたわ」

と呟いた。ちょっとドキドキするような一文だが勿論そう言う意図はない。

 「あのちっちゃな梨子ちゃんがこんなに大きくなったなんて……」

 なんて言いながらポロリと涙を溢しているが、こんなに大きくなったのは北澤梨子ではなくリゼット・コンスタンス・ルイゾンである。しかもだ。

 「結衣ちゃん……それが私、覚えている限りでも28歳だったのよね……」
 「ぐぇっ?」

 女神様らしからぬ奇声を上げて目を丸くしているアンジェリーヌ。前世で最後に会った時の私は10歳くらいだったと記憶していて、それが28歳……16歳でも涙ぐむのに28歳。ずっと年下のおちびちゃんがアラサー?と混乱のあまり見事なフリーズだ。

 ちなみに初対面でありながら初対面ぶって繰り広げた奇妙な小芝居の中で得た基本情報によると、アンジェリーヌ・ボードリエ公爵令嬢は20歳。今の私と四つしか違わないのも一層混乱をもたらしたのだろう。

 転生した結衣ちゃん、現アンジェリーヌは美しい。ナイトウエアで気だるげにソファに寄り掛かっている姿が、そのまま一枚の絵画のようだ。転生先が容姿端麗金髪碧眼の公爵令嬢……これはあれだな。前世での格の違いなんだろうな。

 私なんて何かにつけてパッとしないし、西洋風異世界で西洋風人種に転生したのに黒髪の直毛で、瞳は一応碧とされているが暗くて深い色味のため夜の室内では黒にしか見えない。ここまで前世を引き摺るとは、転生も実はなかなかシビアである。

 私達の近況報告は夜中まで続いた。流石は結衣ちゃんの転生先。アンジェリーヌが優れているのは姿形と家柄だけではない。大変聡明で有能であった。気立ての良さも前世のお墨付きだ。パッとしない私とは違いパッとしまくっている今生のアンジェリーヌには尊敬しかない。

 一方のアンジェリーヌが私の現況を聞くにつれどんどん顔を曇らせているのに、私は気不味さを感じ始めていた。

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