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堅物王太子の奮闘

王太子は乱高下する

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 何処がどうしてそうなるのか?だがロジーナがそうなっているのだから何処がどうしたのか明らかにしなければならない。まぁ、それは恐らくあそこでそうじゃなければシャファルアリーンベルドを待っているは立ち直れないほどの大失恋なので、願わくば……いや、そこじゃなければ本当にまずい。

 シャファルアリーンベルドはひとつ咳払いをし、呼吸と鼓動を落ち着けて、と思ったけれどどちらも落ち着かず、仕方無しに声のみを落ち着けて尋ねた。

 「わたしはローズを愛していてローズはそれが嬉しいと感じている、そこは間違いないね?」
 「はい、相違ありませんわ」
 「そうならば何処にローズを困惑させる要素があるのかな?ローズが嬉しいと感じたのなら、君もそのぉ、わたしを……愛する、までの想いは無いかも知れないがそれ相応の好意を持っている、ということではないだろうか?」
 
 ロジーナはまるで『そんな馬鹿な!』とでも言うように目を細めて胡散臭そうにシャファルアリーンベルドをじっと見た。見つめられたシャファルアリーンベルドは無意識に1、2、3、4……とゆっくり数を数える。

 ーーどうだ?何処がどうしたのはここじゃないか…………どうかどうかここでありますように!

 そうやって黙って見つめ合ったまま26に達したその時、突然ロジーナが声にならない短い悲鳴を上げシュバッと勢いよく両手を引いて自分の口元に重ね合わせた。

 こんなに目を丸くしては今にも目玉が転げ落ちて来そうだと、情緒も趣も無いことをシャファルアリーンベルドが考えているうちにロジーナはどんどん頬を紅く染め、耳や首まで真っ赤になっていく。つまりこのプロポーズ大作戦は大成功か?とシャファルアリーンベルドの脳内で、天使達が祝福のファンファーレを華々しく奏でんと持ち場に着き楽器を構えようとしたところで、いきなりまん丸になったロジーナの目からボロボロっと涙が溢れ落ち次々に頬を伝った。

 「どうしたローズ?どうして泣くんだ?!」

 ロジーナの涙は止まらず小さな子どものようにひっくひっくとしゃくりあげている。喜びも束の間訳も解らぬまま号泣され、天使達が手持ち無沙汰にラッパをブラブラさせるという事態に陥り焦りまくるシャファルアリーンベルドにロジーナは疑問を投げ掛けた。

 「シャーリー様は……それでも良いの……ですか……?」
 「それでもとはどれの事だ?」

 投げ掛けられたところで何を聞きたいのかまるで見当が付かずあたふたするばかりのシャファルアリーンベルドにきちんと話をしなければ。そう思ってロジーナは何とか呼吸を落ち着けようと口の端でひゅーっと息を吸い込んだが大した効果は上がらなかった。

 「私に……好きになんてなられて……ご迷惑でしょう?だって私は……何も知らない……し、何もできない……いつもシャーリー様を困らせて……びっくりさせて……そんな私がシャーリー様を好きだなんて……そんな……そんなことって」

 しゃくりあげつつどうにかそこまで言うと、ロジーナはとうとうえーんと声を出して泣きじゃくっている。

 「……ローズさん、自分の本心に気が付いて取り乱しているようだから、少し落ち着いて整理してみようか?君はわたしが好きなんだね?愛してくれているんだね?ちなみにどの程度だろうか?」
 「どうも……凄く凄く、すごーく、くらいかと推察されます」

 くすんと鼻をならしながらロジーナが答えた。

 「でも自分がそんな気持ちを持ったらわたしが迷惑するのではないかと心配している」

 ロジーナは今度はこくんこくんと二度と首を振った。

 「どうして迷惑するんだ?」
 「だってそうでしょう?こんな私がシャーリー様を好きだなんて……」
 「だが先にそんなローズを愛していると言って結婚を申し込んだのはわたしなんたが……」

 ロジーナは『はて?』と斜め上に視線をあげつつ思い返し、その視線をゆっくりゆっくりシャファルアリーンベルドの瞳まで戻してきた。言われてみればその通りで先に告白しプロポーズしたのはシャファルアリーンベルドなのだ。それならばロジーナがシャファルアリーンベルドを愛していたと気が付いたからと言って迷惑に思われるのは不自然で、実際ロジーナの気持ちを確かめたシャファルアリーンベルドは喜色満面、狂喜乱舞、欣喜雀躍な想いを爆発させたいのを必死に押し殺している。それでもまだロジーナは納得がいかないらしかった。
 
 「私がどんな生まれ育ちをしたか、シャーリー様には包み隠さずにお話した筈です。それなのにどうしてシャーリー様は私を妻にお望みになるの?」
 「どうしてって、わたしはローズを深く深く愛しているからだ。確かに君の知識や常識に偏りがあるのは否定しないしそのせいで随分驚かされもした。でもわたしはそんなローズが愛おしくてたまらない。ローズがその小さな肩に背負ってきた重すぎる過去も含めてわたしはローズの全てを愛しているんだ」
 「でも……」

 ロジーナは途方に暮れた顔をした。

 「私は家名もない、ただのロジーナなんです。そんな私が大きな領地を治める領主様に嫁ぐなんて……私にはとても無理です!やっぱりローズ様は本当に補佐の仕事をしないかと仰ったのだわ」
 「違う!それは違う。わたしはローズが戸惑うのをわかっていながらこんなに事を急ぐつもりはなかったんだ。ただ母が……あのおとぼけが早くしないと君をニアトの親戚に嫁にやってしまうと急かして来て……。母が望んでいるのはわたしとローズとの結婚であって君がわたしの補佐官になることじゃない。その為ならローズが家名を持たない事はどうにでも出来る。我が家にはそれだけの力も伝手もある。何も心配しなくて良い」

 さぁどうだ、もう異論はないだろうとシャファルアリーンベルドは口を閉じた。だが未だ納得できずと顔に書いてあるかのようなロジーナは予想以上の頑固一徹だ。

 「ローズ様は母と親しくして頂いた方なのです。私に情が湧いたのでしょうし肩入れしたくもなるでしょう?でもご領主様はいかがですか?絶っっっっ対に反対なさるわ!」
 「あの母に逆らえる者などこの世に存在すると思うか?!」

 流石のロジーナもこの一言には肩を竦めて身を縮こまらせた。

 「父は絶っっっっ対に反対などしない。それに信じられないかも知れないが、ああ見えて……あんなおとぼけながらあの母はなかなか聡く相当頭が切れるんだ。ローズを望んだのは友人の娘だからではない。ローズだからだ。勿論引き取りたいと申し出たのはあの家から救い出したいと思ったからだ。でも領地で出会った時にはもう君が秘めている力を見抜いていたんだろう。そしてその目に狂いは無かった。だから父もローズを我が家に迎えたいと望んでいるんだよ」

 これ以上それ相応の反論も思い付かず渋々ながらロジーナはとうとう引き下がりシャファルアリーンベルドは心の底からホッとした。困難を極める事は予想したがこんなにも大変だとは……。よくやった、偉いぞと自分で自分を抱きしめ褒め称えてやりたい気分だが、ここはとっとと確実に言質を取らなければ。

 シャファルアリーンベルドは身体を捩らせてガーデンチェアを抜け出した。これはちょっと雰囲気台無しな感はあったがそれでもキラキラの王子様、ロジーナの前に跪く姿はまるで絵画のような美しさだ。そして王宮に戻った時に母から託された小さな箱を取り出すと蓋を開け両手で掲げるように差し出した。そこには代々の王太子妃に受け継がれて来たアメシストの指輪が輝いている。

 「ローズ、わたしの妻になってくれるね?」
 
 それでもロジーナは本当にその決断は正しいのかとじっとシャファルアリーンベルドの瞳を見つめていたが、覚悟を決めたようにゆっくり瞬くとふわりと左手を差し出した。

 

 「いくらなんでもクッションを置きすぎたでしょうか?まさかとは思いますが、殿下の事だから立ったまま話をなさるんじゃないかと気になって来たんですけれど……」

 大張り切りで綿を詰め石のように固いクッションに仕上げたジェニーが心配そうに尋ねると、ルイザも渋い顔で『そうね……』と言った。そのルイザはガーデンチェアが持ち上がりそうなほどしっかりとクッションを固定した張本人である。

 「一つくらいクッションを外せるようにしておくべきだったわ。今になって思えばロジーナ様が一人でお座りになるとも思えないし……。まさか二人揃って立ち話……なんて事になっているんじゃないでしょうね?」

 二人は顔を見合わせ頷き合うとそっと庭園に出て足音を忍ばせ噴水を目指した。都合良くキャンドルに照らされているのでそんなに近づかなくてもシャファルアリーンベルドとロジーナの様子は判る。

 「……なんて事!殿下がど真ん中にお一人で座っていらっしゃるわ!ロジーナ様は何処なの?ま、まさか……?!」
 
 ルイザは思わずキンキンに冷えた手でジェニーの腕を掴んだが、ジェニーはにんまりとした笑顔を向けた。

 「違いますよ!ほら、殿下の肩のところ……銀色の頭が覗いているわ。ロジーナ様、殿下のお膝に乗せられているんです。ラブラブですよ、ラブラブ!!作戦は大成功だわ!」

 二人は声に出さずに『ついにやったわ~!』『はい、やりましたっ!』と目配せで語り合い、両手を上げて音を出さぬようにそおっとハイタッチをするとガシッと抱き合って喜びを噛みしめた。


 偵察されているとはつゆ知らず、シャファルアリーンベルドは箍が外れたようにロジーナを甘やかし構い倒すことに夢中になっていた。何しろこの小悪魔にはどれ程心をかき乱され振り回されてきたことか。しかしようやく自分の想いに気が付き心が通じ合った今、見つめるだけで頬を染め恥ずかしそうに俯いてその長い睫を伏せるのだ。これが構わずにいられるものか!

 ロジーナはプロポーズされても揺るぐことなくあくまでもロジーナらしかった。それはかなり風変わりで独特な反応だったけれど、そんなロジーナだからこそシャファルアリーンベルドの心を捉えたのだ。そしてやっとの思いで左手の指に約束の指輪を嵌めてくれたロジーナは、一転してシャファルアリーンベルドの膝の上で真っ赤になってもじもじしている。何たる可愛らしさなのだろう。

 --楽しい、楽しすぎる!

 シャファルアリーンベルドが何をそんなに楽しがっているかと言えば、所謂『あーん』というヤツだ。ミニサイズのマカロンをロジーナの口元に運ぶと戸惑いながらあーんと口を開きパクンと食べる。あまりの楽しさに立て続けに5個口に入れたところロジーナは恥ずかしいとはまた違った困惑した顔をしたが、気にせずに6個目をつまみ上げるとひょいと取り上げられてしまった。いきなり何をするんだと不満タラタラでロジーナを見れば

 「今度はシャーリー様の番ですよ」

 と言いながらツンツンと手にしたマカロンで唇を突つくという想定外の動きを取られ、シャファルアリーンベルドは悶絶した。

 --何という反則技だ。マカロンを凶器にするとは!
 
 口にしたマカロンをごくりと飲み込んだシャファルアリーンベルドは指輪を嵌めたロジーナの左手を取り、その瞳を覗き込んだ。キャンドルの光を受けたロジーナのニアトキュラシアンブルーはより一層星のような煌めきを放ち、まるで切り取った夜空が嵌め込まれているかのようだ。
 
 「もう一つ、ローズに伝えたい事があるんだが……聞いてくれるか?」
 「えぇ、もちろんです」

 ロジーナは微笑んでいる。大丈夫、ロジーナはきっと何を伝えたとしても優しく微笑みながら頷いてきっと全てを受け入れてくれるだろう、とシャファルアリーンベルドは強引に自分に言い聞かせた。そうでもなければとてもじゃないが自分の正体など明かせるものが!

 本音を言えば『実はわたしは王太子です』なんて未来永劫伏せておきたい。できればは何も伝えずに結婚式を挙げてしまいたいくらいだが、流石にそれからカミングアウトするのは卑怯過ぎるというものだ。
円満な夫婦仲の為にも信頼関係は重要なのだから包み隠さず伝えて措かなければ。

 シャファルアリーンベルドはロジーナをギュッと両腕に閉じ込め銀色の小さな頭に頬を押し付けた。

 「わたしは……いや、ルーセンバルト家は貴族ではない」
 「えぇ、ルイザさんから聞いています。貴族……のようなものたけれど貴族とは違うって」

 --ニアトだったら当てはまるのは王族だけれど、結局サルーシュでは何なのかしらね?

 知識欲を刺激されたロジーナが期待に満ちた顔で答えを待っているが、シャファルアリーンベルドは直ぐに言葉にすることが出来ず何度も口を開けかけては躊躇う。そして5回目にやっとルーセンバルト家は……の『ルーセ』のところで

 「待って!!」

 と急に伸び上がってテラスの方をじっと見るロジーナに止められた。

 「誰か呼んでいるわ!」

 今!!よりにもよって今か?!とギリギリと歯を食いしばりながら耳を澄ますと確かにアドルフの呼ぶ声がする。ロジーナはさっさと膝から降りて『ほら呼ばれていますよ、早く行かないと!』とでも言うようにシャファルアリーンベルドが立ち上がるのを待っていた。せっかく、せっかく決意を固め大事なことを、恐らく一番の懸案になることを伝え懸念を無くしておきたかったのに何たる事だ!とガッカリしたが仕方がない。 

 シャファルアリーンベルドがロジーナの手を引いてテラスに戻るとらしくない焦った様子のアドルフと、ルイザ、そしてマルガレーテが待ち構えていた。


 


 

 

 
 
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