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アンネリーゼ
対極
しおりを挟む腑に落ちないという私の顔を見てアルブレヒト様は得意気に首をユラユラと揺らした。この先生はすらすらと答えを出した時よりも返答に詰まってしどろもどろになっている方がずっとご機嫌なのだ。
「よくありがちな愚兄賢弟ってやつさ。色狂いの国王と似た者親子の王太子、その愚鈍さに漬け込んで旨い汁を吸おうとする家臣。ヤバい方向に傾こうとしているオードバルを一人で支えていたのが第二王子のレオンハルトだ。だが奴が殺された今、暴走するオードバルは誰にも食い止められないだろう」
「殿下が秘密裏に協力している組織でも?」
「あぁ、それがどんな物かは知らないが恐らく殿下は究極の二択をしたんだろうな。広い砂浜で一枚のコインを探し出すくらい難しい事だと知りつつもそれに賭けるようなね」
「それなら……エレナ様をファルシアの王太子妃に据えようともしているのはどうしてかしら?その場合のオードバルの狙いはファルシアとの同盟締結でしょう?でもファルシアがオードバルの侵略行為を認めることもましてやそれに加担することも考えられないわ」
元々は三国の内で一番国家規模が大きかったファルシア。対してアシュールとオードバルは歴史の中で隣接する小国を併合して同等にまでのしあがった国々で国益の為ならば戦争も一つの手段と安易に考える傾向が強い。安寧こそが最たる国益というファルシアのスタンスとは対極なのだ。
「リセの夫がまともならな。だが鏡に絡操られてしまっている今の殿下ならエレナの言いなりに、そしてオードバルの思惑通りに動かせる……そんなところなのかも知れないな」
何か恐ろしく冷たいものですーっと撫でられたように私の背筋がぞわりとした。この国が、私達のファルシアが侵略行為の片棒を担ぐ……それも傀儡となったリードの手によって。
それでもリードは心の全てを支配された訳ではない。我に返る度にリードは操られ何もできない無様な自分に苦悶し身悶えていたのではないか?暗闇で自分を取り戻す時、リードはきっと激しい苦しみに襲われていただろう。
誰にも打ち明けぬまま拷問のような夜をのた打ち回りながら堪え忍んでいたのかも知れない。
ずっとずっとたった一人で……
「逃げ出す方法ばかり考えていたなんて、私って自分の事しか考えていなかったのね……」
ポツリとこぼした私の隣にアルブレヒト様が羽をバタつかせて飛び乗り、肩にかぷりと噛み付いてきた。何をするのかと一瞬無になったけど、多分肩をポンポンと叩くような意味合いなんだと思う、うん。
「仕方ないさ。リセは何も知らなかったんだし命を狙われたのは事実なんだ。それなのにあんな態度を取られたら逃げ出したくもなるだろう?」
「でもね……私が甘えすぎたせいでアルブレヒト様まで巻き込むところだった。そりゃあ私が望まないやり方だったけれども私がこんなじゃなければ起こらなかった事なのよ?」
がぶり!今度は思いっきり開いた嘴で二の腕に噛みつかれた。これは違う!肩をポンポンとかじゃないよね絶対に!さっきとは比べ物にならない痛みにぐぬっと唸り涙目でアルブレヒト様を睨みつけた。
「何するのよ!」
「…………リセのせいじゃない」
「え?」
アルブレヒト様の長い首が下まで降ろされた。
「俺が……そうしたかったんだ。リセをアイツから奪ってやりたい、リセを連れて逃げてしまいたい、そう思った……だから……」
「またそうやって!私アルブレヒト様のおふざけに付き合っていられるほど暇じゃないんだけど」
私は眉間を寄せながらアルブレヒト様の垂れ下がった首に手を掛け嘴を握った。余計なことばかり言うこの嘴ったらろくなものじゃないんだもの。アルブレヒト様はバタバタと羽ばたいて大暴れし力ずくで嘴を引き抜くと、ソファを飛び降りてお尻を向け顔だけをこちらに向け嘴をパクパクした。
「この期に及んでふざけるか!」
「この期に及んでもふざけるのがアルブレヒト様って人よ?」
「……くぅっ!」
アルブレヒト様は片方の水掻きをタンタンと床に打ち付けた。否定できない悔しさに地団駄を踏んだ……と思われる。
止めて欲しい。その後ろ姿が可愛すぎてニヨニヨ笑いが止められないじゃありませんか!
だけど反省モードの白鳥のアルブレヒト様は人間でいるよりもずっと真面目みたいだ。ペタペタと戻ってきて私の膝に嘴を乗せ潤んだ瞳で私を見上げた。
「ふざけてなんかいない」
そう言ってアルブレヒト様は嘴をぴったりと閉じて目を閉じまたパチリと開いた。それをみながら『白鳥の目蓋って下瞼が動くのね!』なんて呑気に感心している私の耳にとびこんできたのは思いもしない言葉だった。
「今の俺にとってリセは妹みたいな存在じゃないんだ。リセ、俺はもう、もう一人の兄さまじゃないんだよ……」
しんみり話すアルブレヒト様だけど私は大いに混乱した。もう一人の兄さまじゃないんだよって、貴方今、白鳥じゃないのよ!
「……リセ。そういう話じゃないぞ」
…………何で解ったのかしら?とゾクッとしながら思わず視線を外した。そしてアルブレヒト様もそんな私のスカートに嘴を横に向けて頭を預け反対側に目をやった。
「…………俺はリセが好きだ……」
嘴から出てきたアルブレヒト様の声には今にも泣き出しそうな切なさが宿っていて、言葉を無くした私の指先は急速に体温を失っていった。
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