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アンネリーゼ

王太子

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 いよいよ婚儀の招待客が到着し始め、殿下と私はお出迎えで忙しくなった。とはいえ到着した馬車は殿下が、私は城のエントランスホールでのお出迎えをそれぞれ担当しているから顔を合わせる事はない。

 「オードバル王太子フリードリヒです。この度はオードバル国王の名代として参りました」

 私の手を取ったのはエレナ様のお兄様であるフリードリヒ王太子だ。『王太子妃アンネリーゼでございます』に始まり遠路遥々来てくれたことへの感謝やらを述べ、お疲れでしょうからお部屋でお休み下さいませと言ったのに……

 どうしてこの人は私の手を握ったままなんでしょうか?

 「以前お会いした時はまだ幼い少女でしたが実にお美しくなられましたね。ファルシアに女神有りと噂されるはずだ。貴女が手折ればどんな美しい薔薇でさえも色褪せてしまうでしょう!」

 ……それって褒め言葉なの?なんか呪われた存在にされた気分なんだけど。

 「貴女囁きは清らかな小川のせせらぎのようだ。わたしの心に染み渡りわたしの胸を締め付ける」

 え?囁きって、声小さかった?それよりもその締め付けるってナニ?

 「吸い込まれるようなその潤んだ瞳、艷やかな赤い唇、わたしがこの手をその滑らかな頬に添えたいと願うこの欲望を押さえつけねばならぬ辛さがどれほどかを貴女はご存知ないでしょう!」

 私は思わず手を引いた。でも離して貰えない。そうか、つまりこの人って王様譲りの女好きのセクハラ王太子なのですね!

 「殿下はお疲れでしょう。ご案内して差し上げて」

 私の呼び掛けでワッと人が集まって来た。うん、通常の三倍は来た。みんなが『コイツやっべー奴だ』って認定した模様だ。

 ほぼ連行されるようにフリードリヒ王太子は去って行き、リリアが差し出してくれたハンカチを受け取る顔色の悪い私は半べそかいておりますわ。

 「何あの人?なんなの?何考えてるの?ものすっごく気持ち悪いんだけど!」

 ハンカチで握られた手をゴシゴシ擦ってもまだ気持ち悪い。カメムシの何かくらいナニカが残っていそうだよ。

 「到着するなり口説くって何?私これでも今回の婚儀の花嫁さんなんだけど。そりゃ結婚して四年経ってて今更感は満載かも知れないけど、それでも皆様お祝いの言葉は下さるわよね?それすら無しになんなの?王太子妃だからってなめてんの?」
 「妃殿下、落ち着きましょう」

 荒ぶるお馬さんを相手にするみたいにリリアが『どうどう』ってやっている。だけどもう、全身鳥肌で気持ち悪くて私のジタバタは止まらない。

 「あら、アンネリーゼ様。まだこちらにいらしたの?」

 入って来たのはリードとリードの腕を豊満なお持ち物で圧迫していらっしゃるエレナ様だ。この人のハートの強さったら見習いたくすらなるくらい凄い。他国の賓客の視線も何のその、挙式目前で書類上ではとっくに妻帯者のリードに人目も気にせずしなだれかかれるこの度胸。その腕からエレナ様をぶら下げるようなリードとニアミスしちゃったのはフリードリヒ王太子のセクハラのせいだよ。アンネリーゼ陣営の情報によると流石のエレナ様もリードと並んでお出迎え……まではやっていないそうだ。でもちょっと離れた所であからさまにスタンバイしているんだって。

 もうお馴染みになった密着する二人を見送りながらリリアが溜息を漏らした。

 「王太子妃の間を一歩でも出られたら決してお一人にならぬほうがよろしいですね。わたくしがビッタビタに貼り付いておりますわ」

 リリアの言うことは大げさだけどもうあのセクハラ発言は二度と耳に入れたくない。私もリリアにビッタビタを心に誓った。

 にもかかわらず、どうしてだ?この男、よっぽどのストーカー気質なのだろうか?

 庭園の中でも端に位置する薔薇園の、しかも鑑賞エリアじゃなくて栽培エリアでブーケにする薔薇の様子を見ていた私はテーブルの上でメモを取っていたんだけれど、これが風でひらりんと飛んで水溜りにポチャンと落ちてしまった。リリアが慌てて代わりの紙を取りに行ったその一瞬の隙をついてくるって、見張られてるみたいで気味悪いんだけど!

 「これは妃殿下、今日もなんと麗しいお姿だ!」
 
 来るんじゃない!という私の心の叫びに反してフリードリヒ王太子が近付いてくる。王族らしく容姿は整っている人だ。エレナ様と同じ飴色の髪と瞳を持ち、身長こそそれほど高くはないけれど鍛えた体躯をお持ちなのが服の上からも伺える。

 だけどこの舐めるような目付きだ。見られた所からボツボツさぶいぼが出来ちゃいそうな絶対に普通じゃないコレ!王族らしく整った容姿、台無しよ。

 「薔薇に囲まれた貴女はさながら薔薇の精ですね。罪なお方だ。その美しさでわたしの心を惑わせてしまうのですから」

 …………罪ですと?なんでよ?

 「迷っておしまいになったのですね。こちらは栽培用の薔薇園で庭師とわたくしくらいしか立ち入らない区域ですのよ。庭師とわたくししか」

 だからズカズカ入って来るんじゃないわよ!という口まで出かかっている本音を堪えて私はひんやりと微笑んだ。

 「入口までご案内しますわ。どうぞこちらへ」
 
 歩き始めた私の喉が『ヒュっ!!』という声にならない音を立てた。手首を掴んで引き寄せたフリードリヒ王太子が私の唇に人差し指を当てている。

 「その水晶のような冷ややかな瞳。貴女は学ぶべきだ。そんな瞳は貴女に恋い焦がれる男の胸をより一層燃え上がらせるのだと言うことをね」
 
 疑問だ。全くもって理解不能だ。どうして一々一々原因がこっちにあるみたいな物言いをするのかな、この男は?

 私はそっとスカートを摘まみ後ろに振り上げた脚を振り子のように蹴りあげた。さっきぺらんと落ちた紙をビショビショにしてくれちゃったあの水溜まりを通過するように。心の中でスカートも靴も汚してごめんねってリリア達に土下座しながら。
 
 派手に上がった水飛沫は予想を遥かに越える勢いで、フリードリヒ王太子のお足元を少々濡らすくらいの予定だったのに泥水の飛沫はバッチリご尊顔にまで到達し、ついでにお口にも飛び込んだらしい。咄嗟に手を離し口元をごしごし擦りながらペッペペッぺとやっている。

 私は飛び退くようにして王太子から離れた。

 

 

 

 

 

 
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