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アンネリーゼ

図書館

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 二つの事柄がようやく頭の中でカチリと繋がった。だがそれは余計に僕を混乱させただけだったのだが。

 「ま、ま、待って下さい。リセが王太子妃って……それじゃあ僕の縁談は」「あら、アンネリーゼが嫌いなの?あんなに仲良さそうにしているのに?」
 「いや、好きとか嫌いとかじゃなくて……あの子はまだ子どもです!泣き虫だし直ぐぷりぷり怒るしそうかと思えばケラケラ笑うし……」
 「お前の前だけよ。わたくしと居る時は非の打ち所のない令嬢として振る舞いますからね。そして何よりも一生懸命。本当に可愛らしいの」
 「ですが…………物凄く嫌がると思います。絶対にわぁわぁ泣かれますよ、断言します!」
 「お前に好意を抱いているのならきっと乗り越えてくれるわよ。芯は強い子ですもの」
 「…………そこは僕には何とも……」

 両親は目配せを交わし父が静かに口を開いた。

 「我々はお前の歳には婚姻を結んだし先の両陛下もそうだ。だがそれは他国の王族との婚姻だったという事情が大きい。それにこの縁談でお前の留学の予定が変わることはない。慣例によりわたしも父も婚姻証明書に署名した翌日には留学先に旅立ち挙式したのは帰国してからだ。相手が伯爵令嬢のアンネリーゼならば年若くして結婚せずとも婚約者として帰国まで待って貰えば良いじゃないか。それならば特段驚くような話ではないだろう?」
 「まぁそうですが……少し考えさせてくれませんか?相手がリセだなんて余りにも唐突すぎて混乱しているんです」
 「そうさせてやりたいが時間が無いんだ。オードバルからエレナ王女との婚姻の打診が来ている。穏便に断るには婚約内定を理由にしなければなるまい」
 
 僕は思わず顔をしかめた。エレナ王女、猫なで声で馴れ馴れしく話し掛けてくる鬱陶しいあの女は、僕の前ではしおらしくしているくせに気に入らない事があると回りの者に八つ当たりするような奴だ。オードバル滞在中年齢が同じと言うだけの理由で一緒に過ごさせられるのに辟易としていたが、そういう意図があったのかと僕は憮然とした。

 結局両親は一度だけリセと話をさせて欲しいという僕の願いを聞き入れてくれ、翌日城に呼び出したリセに会うために僕は図書館に向かった。

 リセは初めて会ったあの場所で書架の同じ棚から本を取ろうとしていた。つま先立ちで必死に手を伸ばしても届かなかったあの棚の本を難なく抜き取るリセの白い手。

 リセはいつの間にこんなに背が伸びたんだろう?

 『次々に服が小さくなっちゃって、これからまたブティックに行くんですって!先月も二度も行ったのに……』

 うんざりした顔でそう言ったリセを太ったせいだろうとからかって怒らせたけれど、あれは急に背丈が伸びたからだったんだ。そう言えば着ているワンピースのデザインもお人形みたいにフワフワした物から少し大人びた形に変わっている。あの白くて長い指をした美しい手は息を切らせて花束を作っていた小さなリセの手なのだろうか?

 僕は子どもだと思っていたリセがぐっと大人びてきているのをいきなり突き付けられたようで妙に狼狽えた。それでも隣に座ったリセはいつものリセで、もうすぐ兄さまが帰国すると嬉しそうにはしゃいでいる。けれど『リードと友達になってからはあんまり泣かなくなったの』という一言を聞いた僕の心臓はいきなりバクバクと鼓動し、顔が火照るのをどうにもできなくて横を向いた。

 今度は僕がオードバルに行く、そう伝えるとリセは寂しそうに俯いた。頬に影を落とす長い睫毛が微かに揺れさくらんぼみたいな赤い唇が震えているのを見た僕は、心の中で塞き止めていた何かとても熱いものが一気に流れ出してきたのを感じた。

 僕自身が気付かずにいた、激しい熱を帯びた強い強い想い。

 待っていてくれるかと尋ねたらリセは当たり前じゃないかと答えた。でも僕はそんな返事じゃ満足できなくてもう一度念押しした。

 こくりと頷いたリセの耳元に『約束だよ』と囁いた僕はほんのり紅く染まった頬にキスをした。他の誰かなんてあり得るはずなんかないじゃないか!僕の隣にいて欲しいのはリセだけだ。

 だって僕はずっとずっとリセに恋していたんだから。

 僕は頬を押さえて目をくりくりさせているリセに背を向けて図書館を抜け出し、そのまま両親の元に向かった。そしてリセを王家に迎えたいと頭を下げた。嬉しそうに承諾し直ぐに婚約の手筈を整えようと言った両親。ほっとしたのか手を握り合い微笑を交わしていた二人を、結局僕は驚かせることになってしまった。

 「リセを婚約者として残していくつもりはありません。リセには妻としてこの城で僕の帰りを待って貰います」

 アカデミーを卒業して帰国するまでの約四年間、婚約者という不確かな関係のままリセと離れるなんて僕にはとても考えられなかった。

 「アンネリーゼは婚約者を裏切るような子ではないわ」

 母が頬をひきつらせながら僕を窘めた。思ってもみなかった僕の独占欲と執着心の強さにたじろいだみたいだ。だが父は黙ってしばらく考え込み、それから徐に口を開いた。

 「いや、それが得策だな」
 「どうしてです?あなただって婚約者として帰国を待てばとそう仰っていたではありませんか!王太子妃になればそれなりの責任を果たさなくてはなりません。年若さなど理由にならないのですよ?あの子にとってどれ程の重荷になることか」
 「だがアンネリーゼを守るにはいっそ王太子妃にしてしまった方が良い。婚約などぶち壊そうと思えば容易いが婚姻ともなればそうそう手出しもできないだろう。プロイデンの『燕』を欲しがっているのは何もファルシア王家だけではない。それにだ」

 父は僕の前に立つと両手で力強く肩を掴み片眉をくいっと吊り上げて顔を覗き込んだ。

 「どうやらこれはお前にとって一世一代の恋のようだね。その相手が我々の望んでやまない人物だなんて、こんな奇跡そうそうあるものじゃない。大切にしなさい。この奇跡も、そして、アンネリーゼもな」

 


 


 
 
 

 


 

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