66 / 70
冬の終わり
私、何が何だかわからなくなりました
しおりを挟むその言葉が何を表すかを理解できず困惑している私に向けられた陛下の表情は、頬を緩めたいかにも柔らかなものだった。
「ホルトン侯爵位は当面私が預かる。マクシミリアンと君との間に生まれる二人目の子が成人するまではね」
「いけません!!遺族達はどうなりますか?娘のわたくしが何の咎も受けずのうのうと暮らす、それでは彼らを更に苦しめてしまいます!」
陛下は『いいかい?』と言って立ち上がり、テーブルの上のレターボックスから一通の封書を取り出して黙って私に差し出した。差出人は大通りの法律事務所で私は陛下に促され中に収められた書類を取り出し目を通した。
「どうしてこんな……」
それは被害者遺族による嘆願書だった。
「何とも不可解な話だね。セティルストリア王国史上初だろうなぁ。被害者遺族が加害者家族の身柄と地位の保護を要望するなんてね。言っておくがわたしは世論を君の味方につけただけだよ。これは権力や金でどうこうしたのではない」
「それならどうして……?」
陛下は私を立ち上がらせもう一度ソファに座らせるとポンと肩を一つ叩いた。
「君が愛されているからさ」
座っていたソファに戻り腰を降ろした陛下は拗ねた様子で身体を舐めている白猫を膝の上で抱き直してまた撫で始めた。
「でもねぇ、わたしだって中々上手くやったと思うよ?遺族達は初めから君にそこそこ同情的ではあったんだからね。それでもやっぱり君を恨み憎む気持ちが消しされない者もいた。だが、被害者に花を手向けさせて欲しいと君を愛する者たちが次々と遺族の元を訪れてね。侯爵家で君を見守ってきた者達、そして今の君を支えている屋敷の者達だ」
遺族は次第に彼らから私の話を聞きたがるようになった。私を見守ってきた者達は私がどれ程家族に蔑まれ抑圧されて過ごしたかを語り、私を支えている者達は今の私が力を合わせて共に努力する仲間として彼らを尊重してくれているのだと伝えた。そして次第に私への憎しみは、家族に裏切られたことへの憐れみと同じ相手から苦しめられた共鳴へと変化していったのだ。
「だが一番の理由は君自身だよ。君は一体何処にそんな力を秘めていたんだろうね?」
何のことかと眉間を寄せて考え込む私を陛下はしげしげと眺めながら首を捻った。
「君が実際にフレディ・オルムステッドに何を言ったかは誰も聞き取れなかったそうだ。でも君がフレディに投げ掛けた言葉によってフレディは乱心した。そして今もまだ怯え慄きながらろくに食べることも眠ることもできずに被害者達への謝罪を繰り返している。残念だが、あぁいう人間は反省などしないのが殆どだ。捕らえられたのをしくじったと考えるだけでね。だが君はフレディを生き地獄に突き落とし殺された女性達の復讐を果たした。遺族は感謝している。フローレンス、誰あろう君に対してだ。だからわたしは遺族達の要望に則り君の身柄と地位を保護しなければならないよ。そうでなければ彼らの恨みを買ってしまうだろう?そんな危険を侵すのはごめんだね」
私はどう答えればいいのか解らなかった。それでも私は赦されてはならない、その思いが消せるとはどうしても考えられなかった。だが私のそんな強情さを心得ているかのように陛下は言葉を続けた。
「君の責任感には敬服するが、今は何よりも遺族達の想いを汲み取ることが大切じゃないかな?彼等はね、今では殺された女性達の分まで君に幸せになって欲しいのだとすら懇願する程なのだよ。だったら君が優先すべきなのは彼等の希望に沿うことだ。それでもどうしても気が済まないのなら、いずれ君たちの子どもに還す領地の収益を彼等に与えよう。そもそも被害者家族が多額の金銭を得ると必ずやっかむヤツが出てきて、言わなくても良いことを口にするんだ。だからそのくらいにしておいた方が彼らの為だ。これで解決だ、そう言いたいところだがね……」
やれやれと言うように首を振った陛下はレターボックスからもう一つの封書を取り出して顔を曇らせた。
「元々君の身柄と地位の保護は作戦を決行する上でのマクシミリアンからの絶対条件だった。実は数時間前に彼が訪ねてきてね、未来なんて誰にもわからないと妙な事を言い出したんだ。自分の身に何か無いとは言い切れない、君と別れる日が来るかも知れない、その場合は君の新しい夫に侯爵位を与えて欲しいとね。わたしは縁起でもないと保留にしようとしたんだが今ここで念書に署名をしろとしつこく迫られて……署名をするやいなや奴さん、こんなものを突き出しやがった」
忌々しそうに私に向けてテーブルに置いた封書を手に取って、私は陛下ににこりと笑いかけた。
「離縁の申請でございましょう?無理もありませんわ。どうか夫やブレンドナー家をお責めにならないで下さいませ」
「寧ろそれなら気の済むままに怒鳴りつけてやれたんだ!」
すっかり不機嫌になった陛下が早く開けろと言わんばかりに封書をチラチラと見ている。私は小さく息を吐いてから中に入っていた書類を引き出し目を通そうとしたが、一番上の件名で目が止まり何が何だかわからなくなった。
それは婚姻無効の証明を求める申請書だった。
0
お気に入りに追加
90
あなたにおすすめの小説
御機嫌ようそしてさようなら ~王太子妃の選んだ最悪の結末
Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。
生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。
全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。
ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。
時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。
ゆるふわ設定の短編です。
完結済みなので予約投稿しています。
夫が不倫をしているようなので、離婚します。もう勝手にすれば?いつか罰が当たるから
hikari
恋愛
シャルロッテはストーム公爵家に嫁いだ。しかし、夫のカルロスはタイパン子爵令嬢のラニーニャと不倫をしていた。
何でもラニーニャは無機物と話ができ、女子力もシャルロッテよりあるから魅力的だという。女子力があるとはいえ、毛皮に身を包み、全身宝石ジャラジャラで厚化粧の女のどこが良いというのでしょう?
ラニーニャはカルロスと別れる気は無いらしく、仕方なく離婚をすることにした。しかし、そんなシャルロッテだが、王室主催の舞踏会でランスロット王子と出会う事になる。
対して、カルロスはラニーニャと再婚する事になる。しかし、ラニーニャの余りにも金遣いが荒いことに手を焼き、とうとう破産。盗みを働くように……。そして、盗みが発覚しざまあへ。トドメは魔物アトポスの呪い。
ざまあの回には★がついています。
※今回は登場人物の名前はかなり横着していますが、ご愛嬌。
※作中には暴力シーンが含まれています。その回には◆をつけました。
初恋に身を焦がす
りつ
恋愛
私の夫を王妃に、私は王の妻に、交換するよう王様に命じられました。
ヴェロニカは嫉妬深い。夫のハロルドを強く束縛し、彼の仕事場では「魔女」として恐れられていた。どんな呼び方をされようと、愛する人が自分以外のものにならなければ彼女はそれでよかった。
そんなある日、夫の仕える主、ジュリアンに王宮へ呼ばれる。国王でもある彼から寵愛する王妃、カトリーナの友人になって欲しいと頼まれ、ヴェロニカはカトリーナと引き合わされた。美しく可憐な彼女が実はハロルドの初恋の相手だとジュリアンから告げられ……
あなたを忘れる魔法があれば
七瀬美緒
恋愛
乙女ゲームの攻略対象の婚約者として転生した私、ディアナ・クリストハルト。
ただ、ゲームの舞台は他国の為、ゲームには婚約者がいるという事でしか登場しない名前のないモブ。
私は、ゲームの強制力により、好きになった方を奪われるしかないのでしょうか――?
これは、「あなたを忘れる魔法があれば」をテーマに書いてみたものです――が、何か違うような??
R15、残酷描写ありは保険。乙女ゲーム要素も空気に近いです。
※小説家になろう、カクヨムにも掲載してます
(完)夫の浮気相手は……でした
青空一夏
恋愛
ショートショート、全5話。
私は夫の上着のポケットから手紙を見つけた。
オーガスト侯爵家の為に、卑しいカールストン男爵家に身売りした愛しいライアンへ
愛しているわ……私達の愛は『真実の愛』よ
この文面の手紙を書いたのは誰? 私は周りにいる女性達に罠をしかけた。
言葉にしなくても愛情は伝わる
ハチ助
恋愛
二週間前に婚約者のウィルフレッドより「王女殿下の誕生パーティーでのエスコートは出来なくなった」と謝罪と共に同伴の断りを受けた子爵令嬢のセシリアは、妊娠中の義姉に代わって兄サミュエルと共にその夜会に参加していた。すると自分よりも年下らしき令嬢をエスコートする婚約者のウィルフレッドの姿を見つける。だが何故かエスコートをされている令嬢フランチェスカの方が先に気付き、セシリアに声を掛けてきた。王女と同じく本日デビュタントである彼女は、従兄でもあるウィルフレッドにエスコートを頼んだそうだ。だがその際、かなりウィルフレッドから褒めちぎるような言葉を貰ったらしい。その事から、自分はウィルフレッドより好意を抱かれていると、やんわりと主張して来たフランチェスカの対応にセシリアが困り始めていると……。
※全6話(一話6000文字以内)の短いお話です。
かわいそうな旦那様‥
みるみる
恋愛
侯爵令嬢リリアのもとに、公爵家の長男テオから婚約の申し込みがありました。ですが、テオはある未亡人に惚れ込んでいて、まだ若くて性的魅力のかけらもないリリアには、本当は全く異性として興味を持っていなかったのです。
そんなテオに、リリアはある提案をしました。
「‥白い結婚のまま、三年後に私と離縁して下さい。」
テオはその提案を承諾しました。
そんな二人の結婚生活は‥‥。
※題名の「かわいそうな旦那様」については、客観的に見ていると、この旦那のどこが?となると思いますが、主人公の旦那に対する皮肉的な意味も込めて、あえてこの題名にしました。
※小説家になろうにも投稿中
※本編完結しましたが、補足したい話がある為番外編を少しだけ投稿しますm(_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる