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冬の終わり

私、何が何だかわからなくなりました

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 その言葉が何を表すかを理解できず困惑している私に向けられた陛下の表情は、頬を緩めたいかにも柔らかなものだった。

 「ホルトン侯爵位は当面私が預かる。マクシミリアンと君との間に生まれる二人目の子が成人するまではね」
 「いけません!!遺族達はどうなりますか?娘のわたくしが何の咎も受けずのうのうと暮らす、それでは彼らを更に苦しめてしまいます!」

 陛下は『いいかい?』と言って立ち上がり、テーブルの上のレターボックスから一通の封書を取り出して黙って私に差し出した。差出人は大通りの法律事務所で私は陛下に促され中に収められた書類を取り出し目を通した。

 「どうしてこんな……」

 それは被害者遺族による嘆願書だった。

 「何とも不可解な話だね。セティルストリア王国史上初だろうなぁ。被害者遺族が加害者家族の身柄と地位の保護を要望するなんてね。言っておくがわたしは世論を君の味方につけただけだよ。これは権力や金でどうこうしたのではない」
 「それならどうして……?」

 陛下は私を立ち上がらせもう一度ソファに座らせるとポンと肩を一つ叩いた。

 「君が愛されているからさ」

 座っていたソファに戻り腰を降ろした陛下は拗ねた様子で身体を舐めている白猫を膝の上で抱き直してまた撫で始めた。

 「でもねぇ、わたしだって中々上手くやったと思うよ?遺族達は初めから君にそこそこ同情的ではあったんだからね。それでもやっぱり君を恨み憎む気持ちが消しされない者もいた。だが、被害者に花を手向けさせて欲しいと君を愛する者たちが次々と遺族の元を訪れてね。侯爵家で君を見守ってきた者達、そして今の君を支えている屋敷の者達だ」

 遺族は次第に彼らから私の話を聞きたがるようになった。私を見守ってきた者達は私がどれ程家族に蔑まれ抑圧されて過ごしたかを語り、私を支えている者達は今の私が力を合わせて共に努力する仲間として彼らを尊重してくれているのだと伝えた。そして次第に私への憎しみは、家族に裏切られたことへの憐れみと同じ相手から苦しめられた共鳴へと変化していったのだ。

 「だが一番の理由は君自身だよ。君は一体何処にそんな力を秘めていたんだろうね?」

 何のことかと眉間を寄せて考え込む私を陛下はしげしげと眺めながら首を捻った。

 「君が実際にフレディ・オルムステッドに何を言ったかは誰も聞き取れなかったそうだ。でも君がフレディに投げ掛けた言葉によってフレディは乱心した。そして今もまだ怯え慄きながらろくに食べることも眠ることもできずに被害者達への謝罪を繰り返している。残念だが、あぁいう人間は反省などしないのが殆どだ。捕らえられたのをしくじったと考えるだけでね。だが君はフレディを生き地獄に突き落とし殺された女性達の復讐を果たした。遺族は感謝している。フローレンス、誰あろう君に対してだ。だからわたしは遺族達の要望に則り君の身柄と地位を保護しなければならないよ。そうでなければ彼らの恨みを買ってしまうだろう?そんな危険を侵すのはごめんだね」

 私はどう答えればいいのか解らなかった。それでも私は赦されてはならない、その思いが消せるとはどうしても考えられなかった。だが私のそんな強情さを心得ているかのように陛下は言葉を続けた。

 「君の責任感には敬服するが、今は何よりも遺族達の想いを汲み取ることが大切じゃないかな?彼等はね、今では殺された女性達の分まで君に幸せになって欲しいのだとすら懇願する程なのだよ。だったら君が優先すべきなのは彼等の希望に沿うことだ。それでもどうしても気が済まないのなら、いずれ君たちの子どもに還す領地の収益を彼等に与えよう。そもそも被害者家族が多額の金銭を得ると必ずやっかむヤツが出てきて、言わなくても良いことを口にするんだ。だからそのくらいにしておいた方が彼らの為だ。これで解決だ、そう言いたいところだがね……」

 やれやれと言うように首を振った陛下はレターボックスからもう一つの封書を取り出して顔を曇らせた。

 「元々君の身柄と地位の保護は作戦を決行する上でのマクシミリアンからの絶対条件だった。実は数時間前に彼が訪ねてきてね、未来なんて誰にもわからないと妙な事を言い出したんだ。自分の身に何か無いとは言い切れない、君と別れる日が来るかも知れない、その場合は君の新しい夫に侯爵位を与えて欲しいとね。わたしは縁起でもないと保留にしようとしたんだが今ここで念書に署名をしろとしつこく迫られて……署名をするやいなや奴さん、こんなものを突き出しやがった」

 忌々しそうに私に向けてテーブルに置いた封書を手に取って、私は陛下ににこりと笑いかけた。

 「離縁の申請でございましょう?無理もありませんわ。どうか夫やブレンドナー家をお責めにならないで下さいませ」
 「寧ろそれなら気の済むままに怒鳴りつけてやれたんだ!」

 すっかり不機嫌になった陛下が早く開けろと言わんばかりに封書をチラチラと見ている。私は小さく息を吐いてから中に入っていた書類を引き出し目を通そうとしたが、一番上の件名で目が止まり何が何だかわからなくなった。

 それは婚姻無効の証明を求める申請書だった。

 

 

 
 
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