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愛して欲しいとは思いません

私、ジレンマに悶々としました

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 うふん。

 バタークリームサンド、めちゃくちゃ美味しい。ホロッとしたソフトクッキーと濃厚なバタークリーム、それにラム酒のガツンと効いたドライフルーツが三位一体となって大人の甘さを作り出しているのですわ!濃い目に淹れたキャラメルティもミルクと相性抜群!ついでにバタークリームサンドとも相性完璧!!

 自覚は全く無かったけれどにこにこにっこりして食べていたらしくオフィーリア様は半笑いになっていた。『ホント、食べさせ甲斐のある娘よねぇ』なんて言いながら。

 エルーシア様も一緒に来たがっていたけれど、約束もなく王妃様が訪ねて来られたらこの屋敷はどうなってしまうか。流石のエルーシア様も予想がついたのか断念し、でも悔しがってオフィーリア様に八つ当たりしていらしたそうだ。それに国王陛下にも!

 オフィーリア様はバタークリームサンドを堪能する私を愛玩動物を愛でるように眺めていたが、お茶を一口飲むとふうっと息を吐いた。何だか少しお疲れのように見える。

 「長らくお休みを頂いてしまい申し訳ありません。オフィーリア様のお手を煩わせてしまったのではないでしょうか?」
 「あぁ、そんな心配いらなくてよ。遅れたお仕事はファビアン様が休日に手伝って下さったから。でも貴女の半分も役に立たないものだから、ちょっとだけイライラしたけれども。だからファビアン様が一番貴女の復帰を心待ちにしているわね。それはそうと……」

 何かを言いかけたオフィーリア様が不満げに顔をしかめた。
 
 「大事な娘が死にかけたっていうのに、ホルトン侯爵夫人ったら呑気に何度もわたくしを訪ねて来ては『下の娘のお相手はどうなりましたでしょうか?』ってそればかり。何なのかしら、あの女は!」
 「……それは……ご迷惑をお掛けし申し訳ございませんでした。アークライト侯爵家から口約束していたつもりの縁談を断られたそうで、恐らくかなり焦っているのかと……」
 「らしいわね。でも自業自得だしそれはそうでしょうとしか思わないわ。ホルトン侯爵を巡っては何かと嫌な話があるし、アークライト侯爵夫人のお怒りもご尤もよ。それにわたくしだってお義姉様だって大事なフローレンスに辛い思いをさせてきた事、とてもじゃないけれど赦せないと思っているわ。まぁそれはいつか必ずぎゃふんと言わせてやるつもりだけれど」

 私は曖昧な笑顔を浮かべて首を横に振った。辛かったのか何なのか自分でも良くわからないのだ。ただ従うしかなく都合良く利用されるだけだったあの家では、長女だからという建前の元にはそれが当然だったから。何の反発もせず大人しく耐え忍んだ私は、きっと意気地なしで情けない人間なのだろう。

 「夫人はね、先日遂にヘンリエッタ嬢を連れていらしたのよ。驚いたわよ、腹違いとはいえあれがフローレンスの妹だなんて。赤の他人も良いところだわ。もう十五歳の令嬢が幼児のような振る舞いなんですもの。わたくし笑い出すのを必死でこらえたのよ」
 「わたくしも常々両親が甘やかし過ぎているのではないかと気にはなっていたのですが……母と妹が大変失礼いたしました」

 『あぁもう!』とオフィーリア様は苛立って顔をしかめた。

 「フローレンス、貴女は何も悪くないのだから謝らないのよ。それにホントに愉快で大いに楽しませて貰ったわ。お作法も立ち居振舞いも滅茶苦茶だから『フローレンスと同じ家庭教師をお呼びしてはどうなの?』って聞いてみたのよ。だって貴女の所作は非の打ち所がないもの。でもねぇ、夫人ったらね、『ヘンリエッタはあの方のように図太くないので、もっともっとお優しい先生にお願いしておりますの』なんて言うんですもの。なんでもねぇ、あのコって硝子細工のように脆く儚い心をしているんだそうよ。それにしてはいくら嫌味を並べても全部聞き流してくれるのだけれどね」

 そう、甘やかされているヘンリエッタはとにかく我慢ができない。やりたくないという理由だけでお勉強も色々なお稽古も投げ出してばかりいるのだ。両親はそれを無理強いするのは良くないといつまでも多目に見ているのだから、オフィーリア様が仰る通り幼児のような十五歳の令嬢になってしまった訳で。でもそんなヘンリエッタが両親の目には天真爛漫で純真無垢に映っていて、微笑ましく見てしまうのだから救いようが無い。

 「侯爵家の婿ですもの、本当ならお話は掃いて捨てるほど来るはずなのよ。でもあれでは持ち掛けるお相手を見つけられないわ。それであなたも社交界デビューを控えているのだから、先ずはお勉強もお稽古も一生懸命頑張って素敵なレディにならなくちゃって言ったの」

 つまり只今ヘンリエッタは素敵なレディに程遠いとチクリと仰ったのでございますね。

 「でもねぇ、『だってお勉強とお稽古は嫌いなんです』って口応えしてきたわ。じゃあ一体どんな分野なら好きなのかしら?」

 えーと、確か読書が趣味だって事にはなっています。ただし読むのは流行りの恋愛小説に限定されていますけれど……

 とは言えないわよね。姉の立場としては更に減点を喰らうことなんてとてもね。

 言うに言えないジレンマに悶々とする私をよそに、オフィーリア様は呆れたように肩を竦めた。

 

 
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