50 / 70
愛して欲しいとは思いません
私、喜んでお迎えします
しおりを挟む体調は日に日に回復し痩けてしまった頬も随分膨らんできた。医師からは体力を付けるためにも少しずつ元の生活に戻すようにと言われている。問題は私と周囲の間の少しずつの程度に相当の乖離がある事なんだけれど。皆がやいやい煩くて、なかなか仕事をさせてもらえないのだ。
冬の終わりに死ぬ私には残された時間がもう僅かしかない。思い起こせばこれまで病気で死んだことは一度もなくて、かなりの頻度で殺されてきた。事故死も何度かあったし初期の二度は流産が原因だ。多分今度も私の死は突然振り掛ってくるのだろう。だからこそ少しでも良い、皆が背負わされるであろう負担を少なくしておきたい。今出来る事をやってしまいたい。そんな焦りがあるのになかなか動かせて貰えない。「私もうすぐ死ぬから」なんて誰にも言うわけにいかないし、こんなに何度も巻き戻りを繰り返しているのにちっとも思い通りにならないなんて、人生ってもどかしいなってつくづく思うのだ。
マックスはかなり反省しているようであれ以来『お飾りの妻への適切な距離』を厳守している。朝のぐずぐずもなくなり行ってきますはでこチュー一択になった。それも一瞬触れるだけだ。
うん、よろしい。今後も続けて行きましょう!
今朝もまた軽~くでこチューをしたマックスはあっさりと出て行った。けれども病み上がりの私は冷たい北風が吹くようになった外には出して貰えなくて玄関でのお見送りだ。
バタンと閉じられたドアに向かって振っていた手を降ろし、密かにチラチラと様子を伺う。良し、マイヤは完全に油断しているしコーリンは馬車の見送りから戻っていない。今がチャンス!
今日こそマイヤを播いて執務室に行き鍵を掛けて仕事をしまくるのだ!!
私はこそこそと後退り階段の下まで移動した。そして振り向いて初めの一歩を踏み出そうとしたまま、彫像のように動きを封じられた。
閉まったはずのドアが開くと同時に聞こえてきた『ご機嫌いかが~?』というハイテンションな声。ギコギコと音を立てるように振り返ると声の主の瞳が獲物を捉えたかの
ようにキラリと光った。
「オ……フィーリア……様……」
「会いたかったわーっ、わたくしのカワイイお友達っ!」
突進して来たオフィーリア様はガバッと私に抱きついた。せ、背骨が折れる……いつもよりちょっと早いけど…下手すりゃ殺される……かも……。
「あぁ、ごめんなさい。嬉しくてつい……」
魂が抜けかけた私に気が付きオフィーリア様は慌てて渾身の抱擁を解き、今度は両手で私のほっぺを挟んでムニムニしながら『満たされるわ~』とニンマリした。
「突然ごめんなさいね。でも余計な気遣いをさせたくなかったの。少しお話をさせてもらいたくて訪ねて来たんだけれど、良いかしら?」
そりゃオフィーリア様がいらっしゃるとなったら屋敷は大騒ぎだっただろうけど、多分奇襲を喰らった今、一同真っ白になってるのよね。あと30秒もすればスイッチが押されたみたいに大パニックになると思うわ。
『良いかしら?』の返事を待つことなくオフィーリア様は振り返り、付き添ってきた二名の侍女さん……リーリアさんとエルザさんに目配せをした。すると綺麗な刺繍のクロスが掛けられた大きなバスケットを持ったリーリアさんがすすっと一歩前に出た。
「メゾンドアイラのバタークリームサンドでございます」
メゾンドアイラのバタークリームサンド?!あの行列が出来る大人気のバタークリームサンド!!マックスが撃沈して代わりにカップケーキを買ってきた、あのメゾンドアイラのバタークリームサンドなのっ!
いや、待って。このバスケット、随分大きくない?リーリアさん、両手で抱えているけれど?
「上げ底なんて野暮なことはしていないわよ。この中ぜーんぶバタークリームサンド」
艶かしく微笑むオフィーリア様の言葉に『はうっ!!』と私の喉が変な音を立てた。
『それにね』とオフィーリア様が言うと今度はエルザさんが前に出る。エルザさんが持っているのは小さな箱だけど……。
「こっちはね、ハンプトン&ノルンのキャラメルティの茶葉。セティルストリアでは手に入らないからドレッセンから取り寄せたのよ。わたくしのカワイイお友達が随分回復して退屈しているって聞いて、一緒にお茶を頂こうかしらと思ってお持ちしたんだけれど……いきなりお仕掛けてご迷惑だったかしらね?」
私は高速で左右に首を振った。オフィーリア様がお越し下さったのですもの。たとえ突然のアポ無し訪問だったとしても、女主人たるもの狼狽えずに心から喜んでお迎えするのは当然ですわ。おまけに入手困難なバタークリームサンドと貴重なキャラメルティまでお連れになっていらしたのですし。いえ、思っていませんよ。そちらがメインゲストだなんて、誰が思うものですか!気になってたまらないのは否定しないけれど。
私はいそいそとオフィーリア様をサロンにお通しし、頂いた茶葉でキャラメルティを淹れるようにマイヤに頼んだ。
0
お気に入りに追加
90
あなたにおすすめの小説
御機嫌ようそしてさようなら ~王太子妃の選んだ最悪の結末
Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。
生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。
全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。
ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。
時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。
ゆるふわ設定の短編です。
完結済みなので予約投稿しています。
夫が不倫をしているようなので、離婚します。もう勝手にすれば?いつか罰が当たるから
hikari
恋愛
シャルロッテはストーム公爵家に嫁いだ。しかし、夫のカルロスはタイパン子爵令嬢のラニーニャと不倫をしていた。
何でもラニーニャは無機物と話ができ、女子力もシャルロッテよりあるから魅力的だという。女子力があるとはいえ、毛皮に身を包み、全身宝石ジャラジャラで厚化粧の女のどこが良いというのでしょう?
ラニーニャはカルロスと別れる気は無いらしく、仕方なく離婚をすることにした。しかし、そんなシャルロッテだが、王室主催の舞踏会でランスロット王子と出会う事になる。
対して、カルロスはラニーニャと再婚する事になる。しかし、ラニーニャの余りにも金遣いが荒いことに手を焼き、とうとう破産。盗みを働くように……。そして、盗みが発覚しざまあへ。トドメは魔物アトポスの呪い。
ざまあの回には★がついています。
※今回は登場人物の名前はかなり横着していますが、ご愛嬌。
※作中には暴力シーンが含まれています。その回には◆をつけました。
あなたを忘れる魔法があれば
七瀬美緒
恋愛
乙女ゲームの攻略対象の婚約者として転生した私、ディアナ・クリストハルト。
ただ、ゲームの舞台は他国の為、ゲームには婚約者がいるという事でしか登場しない名前のないモブ。
私は、ゲームの強制力により、好きになった方を奪われるしかないのでしょうか――?
これは、「あなたを忘れる魔法があれば」をテーマに書いてみたものです――が、何か違うような??
R15、残酷描写ありは保険。乙女ゲーム要素も空気に近いです。
※小説家になろう、カクヨムにも掲載してます
初恋に身を焦がす
りつ
恋愛
私の夫を王妃に、私は王の妻に、交換するよう王様に命じられました。
ヴェロニカは嫉妬深い。夫のハロルドを強く束縛し、彼の仕事場では「魔女」として恐れられていた。どんな呼び方をされようと、愛する人が自分以外のものにならなければ彼女はそれでよかった。
そんなある日、夫の仕える主、ジュリアンに王宮へ呼ばれる。国王でもある彼から寵愛する王妃、カトリーナの友人になって欲しいと頼まれ、ヴェロニカはカトリーナと引き合わされた。美しく可憐な彼女が実はハロルドの初恋の相手だとジュリアンから告げられ……
(完)夫の浮気相手は……でした
青空一夏
恋愛
ショートショート、全5話。
私は夫の上着のポケットから手紙を見つけた。
オーガスト侯爵家の為に、卑しいカールストン男爵家に身売りした愛しいライアンへ
愛しているわ……私達の愛は『真実の愛』よ
この文面の手紙を書いたのは誰? 私は周りにいる女性達に罠をしかけた。
言葉にしなくても愛情は伝わる
ハチ助
恋愛
二週間前に婚約者のウィルフレッドより「王女殿下の誕生パーティーでのエスコートは出来なくなった」と謝罪と共に同伴の断りを受けた子爵令嬢のセシリアは、妊娠中の義姉に代わって兄サミュエルと共にその夜会に参加していた。すると自分よりも年下らしき令嬢をエスコートする婚約者のウィルフレッドの姿を見つける。だが何故かエスコートをされている令嬢フランチェスカの方が先に気付き、セシリアに声を掛けてきた。王女と同じく本日デビュタントである彼女は、従兄でもあるウィルフレッドにエスコートを頼んだそうだ。だがその際、かなりウィルフレッドから褒めちぎるような言葉を貰ったらしい。その事から、自分はウィルフレッドより好意を抱かれていると、やんわりと主張して来たフランチェスカの対応にセシリアが困り始めていると……。
※全6話(一話6000文字以内)の短いお話です。
かわいそうな旦那様‥
みるみる
恋愛
侯爵令嬢リリアのもとに、公爵家の長男テオから婚約の申し込みがありました。ですが、テオはある未亡人に惚れ込んでいて、まだ若くて性的魅力のかけらもないリリアには、本当は全く異性として興味を持っていなかったのです。
そんなテオに、リリアはある提案をしました。
「‥白い結婚のまま、三年後に私と離縁して下さい。」
テオはその提案を承諾しました。
そんな二人の結婚生活は‥‥。
※題名の「かわいそうな旦那様」については、客観的に見ていると、この旦那のどこが?となると思いますが、主人公の旦那に対する皮肉的な意味も込めて、あえてこの題名にしました。
※小説家になろうにも投稿中
※本編完結しましたが、補足したい話がある為番外編を少しだけ投稿しますm(_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる