上 下
43 / 70
愛して欲しいとは思いません

私、宣言されました

しおりを挟む

 その日の朝、私とマイヤ達三人娘は菓子店で大人気の新商品の話をしていた。ラム酒漬けのドライフルーツが入ったバタークリームをソフトクッキーで挟んであるお菓子だ。北方の領主夫人が名産品のドライフルーツを活用したお菓子を売り出さないかと菓子店に持ち掛けて共同開発したというその菓子は、今までに無かった味と食感が話題になり行列ができるほどの売れ行きだ。

 それを耳にして仕事帰りに買いに行っても当然売り切れているだろうに、男性というのはそう云う考えは頭に浮かばないらしい。

 お目当てのバタークリームサンドが無い事に愕然としたマックスは、仕方無しにクリームの上に砂糖菓子のお花とミツバチが飾られたやたらとラブリーなカップケーキを選んできた。小さな女の子が跳び跳ねて喜びそうな可愛らしいカップケーキを。

 「やっぱり子どもっぽかったかな?丁度知り合いに出会して、妻への土産にこれを選ぶなんてと絶句されたんだよ」
 
 やたらと自信無さげで心配そうだったマックス。その知り合いっていうのがマリー君だったのね!

 「お目当てのお菓子が売り切れていたから代わりに何を選んだら良いのかってしかめっ面で悩んでいるんですもの。つい笑ってしまいましたの。しかも結局買い求めたのは小さな子どもが喜ぶようなカップケーキでしょう?呆れて果てて言葉を失ったわ」

 マリー君は優雅にカップを取ると一口お茶を飲み、それからぽーっと遠くを見るような目をした。

 ここ室内だけど。何見てるのか謎だけど。

 「あのクッソ真面目なマクシミリアンが菓子店で居心地悪そうにしながらフローレンス様へのお土産を選んでいるなんて。あんまり可笑しくて『随分奥様にお熱なのね』ってからかったら、『当たり前だ、僕が一目で恋に落ちた最愛の人なんだから』なんて臆面もなく言うのよ。しかもそれから二十分間、いかにフローレンス様が可愛らしくてマクシミリアンがどれほど愛しているかって話を延々と聞かされたわ」
 
 『立ち話で、よ!』と付け加えたマリー君はややご機嫌ナナメであった。その節は夫がご迷惑をお掛けして申し訳ございません、と心の中で謝罪しておく。

 「大体おかしいと思っていたの。マクシミリアンとヒルデガルト様は幼馴染みとは言っても特に仲がいいって感じじゃなかったもの。だってほら、ヒルデガルト様って何か気になることがあったらそれだけしか目に入らなくなる、そんな感じでいらっしゃるのよ。周りは振り回されてもう大変だったの」

 おーぅ、それは実に典型的な天才だ。

 「けれどもそうやって心を掻き乱されそれがやがて愛情に変わる……っていう展開は有りがちではないかしら?」
 「掻き乱されるなんてとんでもない。マクシミリアンは尻拭いと後始末、おまけにとばっちりで叱られていつもうんざりしていたわよ。それにドレッセンにヒルデガルト様がついてくると知った時のあの顔ったら……まるで死刑宣告を受けた罪人みたいだったわ」

 マリー君はお悔やみでも言うような重々しさでそう言った。

 「実はわたくしね、マクシミリアンのお嫁さんになることを夢見た時も有りましたの。それなのに突然フローレンス様と婚約なさったでしょう?悲しくて悔しくて、ついフローレンス様を憎んでしまったりもしましたわ」

 そうじゃないかとは思っていたがマリー君は直近まで想像以上にがっつりと片想いしていた模様である。それなのにマリー君はその憎い私を見て聖母のような優しさを込めて微笑んでおられる。どうしたのだマリー君、無理に顎をしゃくって上から見下そうと頑張っていた、あの嘲るようないやらしい笑いは何処に消えてしまったの?!

 「でもね、もうそんな気持ちは消えてしまいました」
 「消えたっ??」

 私はびっくりした勢いで思わずお尻を浮かせぴょこんと跳ねた。だってだって違うのだ。失恋の腹いせに嫌がらせを繰り返しているつもりでまんまと情報屋として重宝されていたマリー君は、私への恨み辛みを消すような、そんなコじゃなかったのに!

 「あんなにフローレンス様に夢中なマクシミリアンを見たらお二人のお幸せを祈らずにはいられないわ!だって目を見れば判りますもの、マクシミリアンがフローレンス様に恋をしているってね。夫婦になっても妻に恋をしているなんて……もおっ、なんてロマンチックなのかしら?」

 いえ、そんなこと無いです、何しろ形骸的な夫婦でお飾りの妻ですので。

 マリー君の認識とのあまりの解離にハハハっと力無く笑うと、マリー君はがばっと私の両手を掴んで思いっきり顔を寄せ視線を固定してきた。

 「フローレンス様、心無い噂になんて負けてはダメ。貴女はマクシミリアンから愛されている、わたくしが保証するわ。だから自信をお持ちになって!わたくしは貴女の味方よ。だってわたくし達はもうお友達なんだから」

 どうしてそうなるのか不明ながら、つまりマリー君は我々を応援するつもりらしい。うぅッッ、どうしちゃったのよ、マリー君。貴女は凄腕の情報屋だったじゃないの。

 情報屋マリー、今回は一方的な宣言により私のお友達になったようだ。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

御機嫌ようそしてさようなら  ~王太子妃の選んだ最悪の結末

Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。 生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。 全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。 ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。 時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。 ゆるふわ設定の短編です。 完結済みなので予約投稿しています。

夫が不倫をしているようなので、離婚します。もう勝手にすれば?いつか罰が当たるから

hikari
恋愛
シャルロッテはストーム公爵家に嫁いだ。しかし、夫のカルロスはタイパン子爵令嬢のラニーニャと不倫をしていた。 何でもラニーニャは無機物と話ができ、女子力もシャルロッテよりあるから魅力的だという。女子力があるとはいえ、毛皮に身を包み、全身宝石ジャラジャラで厚化粧の女のどこが良いというのでしょう? ラニーニャはカルロスと別れる気は無いらしく、仕方なく離婚をすることにした。しかし、そんなシャルロッテだが、王室主催の舞踏会でランスロット王子と出会う事になる。 対して、カルロスはラニーニャと再婚する事になる。しかし、ラニーニャの余りにも金遣いが荒いことに手を焼き、とうとう破産。盗みを働くように……。そして、盗みが発覚しざまあへ。トドメは魔物アトポスの呪い。 ざまあの回には★がついています。 ※今回は登場人物の名前はかなり横着していますが、ご愛嬌。 ※作中には暴力シーンが含まれています。その回には◆をつけました。

初恋に身を焦がす

りつ
恋愛
 私の夫を王妃に、私は王の妻に、交換するよう王様に命じられました。  ヴェロニカは嫉妬深い。夫のハロルドを強く束縛し、彼の仕事場では「魔女」として恐れられていた。どんな呼び方をされようと、愛する人が自分以外のものにならなければ彼女はそれでよかった。  そんなある日、夫の仕える主、ジュリアンに王宮へ呼ばれる。国王でもある彼から寵愛する王妃、カトリーナの友人になって欲しいと頼まれ、ヴェロニカはカトリーナと引き合わされた。美しく可憐な彼女が実はハロルドの初恋の相手だとジュリアンから告げられ……

あなたを忘れる魔法があれば

七瀬美緒
恋愛
乙女ゲームの攻略対象の婚約者として転生した私、ディアナ・クリストハルト。 ただ、ゲームの舞台は他国の為、ゲームには婚約者がいるという事でしか登場しない名前のないモブ。 私は、ゲームの強制力により、好きになった方を奪われるしかないのでしょうか――? これは、「あなたを忘れる魔法があれば」をテーマに書いてみたものです――が、何か違うような?? R15、残酷描写ありは保険。乙女ゲーム要素も空気に近いです。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載してます

(完)夫の浮気相手は……でした

青空一夏
恋愛
ショートショート、全5話。 私は夫の上着のポケットから手紙を見つけた。 オーガスト侯爵家の為に、卑しいカールストン男爵家に身売りした愛しいライアンへ 愛しているわ……私達の愛は『真実の愛』よ この文面の手紙を書いたのは誰? 私は周りにいる女性達に罠をしかけた。

言葉にしなくても愛情は伝わる

ハチ助
恋愛
二週間前に婚約者のウィルフレッドより「王女殿下の誕生パーティーでのエスコートは出来なくなった」と謝罪と共に同伴の断りを受けた子爵令嬢のセシリアは、妊娠中の義姉に代わって兄サミュエルと共にその夜会に参加していた。すると自分よりも年下らしき令嬢をエスコートする婚約者のウィルフレッドの姿を見つける。だが何故かエスコートをされている令嬢フランチェスカの方が先に気付き、セシリアに声を掛けてきた。王女と同じく本日デビュタントである彼女は、従兄でもあるウィルフレッドにエスコートを頼んだそうだ。だがその際、かなりウィルフレッドから褒めちぎるような言葉を貰ったらしい。その事から、自分はウィルフレッドより好意を抱かれていると、やんわりと主張して来たフランチェスカの対応にセシリアが困り始めていると……。 ※全6話(一話6000文字以内)の短いお話です。

かわいそうな旦那様‥

みるみる
恋愛
侯爵令嬢リリアのもとに、公爵家の長男テオから婚約の申し込みがありました。ですが、テオはある未亡人に惚れ込んでいて、まだ若くて性的魅力のかけらもないリリアには、本当は全く異性として興味を持っていなかったのです。 そんなテオに、リリアはある提案をしました。 「‥白い結婚のまま、三年後に私と離縁して下さい。」 テオはその提案を承諾しました。 そんな二人の結婚生活は‥‥。 ※題名の「かわいそうな旦那様」については、客観的に見ていると、この旦那のどこが?となると思いますが、主人公の旦那に対する皮肉的な意味も込めて、あえてこの題名にしました。 ※小説家になろうにも投稿中 ※本編完結しましたが、補足したい話がある為番外編を少しだけ投稿しますm(_ _)m

ある国の王の後悔

黒木メイ
恋愛
ある国の王は後悔していた。 私は彼女を最後まで信じきれなかった。私は彼女を守れなかった。 小説家になろうに過去(2018)投稿した短編。 カクヨムにも掲載中。

処理中です...