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愛して欲しいとは思いません
私、宣言されました
しおりを挟むその日の朝、私とマイヤ達三人娘は菓子店で大人気の新商品の話をしていた。ラム酒漬けのドライフルーツが入ったバタークリームをソフトクッキーで挟んであるお菓子だ。北方の領主夫人が名産品のドライフルーツを活用したお菓子を売り出さないかと菓子店に持ち掛けて共同開発したというその菓子は、今までに無かった味と食感が話題になり行列ができるほどの売れ行きだ。
それを耳にして仕事帰りに買いに行っても当然売り切れているだろうに、男性というのはそう云う考えは頭に浮かばないらしい。
お目当てのバタークリームサンドが無い事に愕然としたマックスは、仕方無しにクリームの上に砂糖菓子のお花とミツバチが飾られたやたらとラブリーなカップケーキを選んできた。小さな女の子が跳び跳ねて喜びそうな可愛らしいカップケーキを。
「やっぱり子どもっぽかったかな?丁度知り合いに出会して、妻への土産にこれを選ぶなんてと絶句されたんだよ」
やたらと自信無さげで心配そうだったマックス。その知り合いっていうのがマリー君だったのね!
「お目当てのお菓子が売り切れていたから代わりに何を選んだら良いのかってしかめっ面で悩んでいるんですもの。つい笑ってしまいましたの。しかも結局買い求めたのは小さな子どもが喜ぶようなカップケーキでしょう?呆れて果てて言葉を失ったわ」
マリー君は優雅にカップを取ると一口お茶を飲み、それからぽーっと遠くを見るような目をした。
ここ室内だけど。何見てるのか謎だけど。
「あのクッソ真面目なマクシミリアンが菓子店で居心地悪そうにしながらフローレンス様へのお土産を選んでいるなんて。あんまり可笑しくて『随分奥様にお熱なのね』ってからかったら、『当たり前だ、僕が一目で恋に落ちた最愛の人なんだから』なんて臆面もなく言うのよ。しかもそれから二十分間、いかにフローレンス様が可愛らしくてマクシミリアンがどれほど愛しているかって話を延々と聞かされたわ」
『立ち話で、よ!』と付け加えたマリー君はややご機嫌ナナメであった。その節は夫がご迷惑をお掛けして申し訳ございません、と心の中で謝罪しておく。
「大体おかしいと思っていたの。マクシミリアンとヒルデガルト様は幼馴染みとは言っても特に仲がいいって感じじゃなかったもの。だってほら、ヒルデガルト様って何か気になることがあったらそれだけしか目に入らなくなる、そんな感じでいらっしゃるのよ。周りは振り回されてもう大変だったの」
おーぅ、それは実に典型的な天才だ。
「けれどもそうやって心を掻き乱されそれがやがて愛情に変わる……っていう展開は有りがちではないかしら?」
「掻き乱されるなんてとんでもない。マクシミリアンは尻拭いと後始末、おまけにとばっちりで叱られていつもうんざりしていたわよ。それにドレッセンにヒルデガルト様がついてくると知った時のあの顔ったら……まるで死刑宣告を受けた罪人みたいだったわ」
マリー君はお悔やみでも言うような重々しさでそう言った。
「実はわたくしね、マクシミリアンのお嫁さんになることを夢見た時も有りましたの。それなのに突然フローレンス様と婚約なさったでしょう?悲しくて悔しくて、ついフローレンス様を憎んでしまったりもしましたわ」
そうじゃないかとは思っていたがマリー君は直近まで想像以上にがっつりと片想いしていた模様である。それなのにマリー君はその憎い私を見て聖母のような優しさを込めて微笑んでおられる。どうしたのだマリー君、無理に顎をしゃくって上から見下そうと頑張っていた、あの嘲るようないやらしい笑いは何処に消えてしまったの?!
「でもね、もうそんな気持ちは消えてしまいました」
「消えたっ??」
私はびっくりした勢いで思わずお尻を浮かせぴょこんと跳ねた。だってだって違うのだ。失恋の腹いせに嫌がらせを繰り返しているつもりでまんまと情報屋として重宝されていたマリー君は、私への恨み辛みを消すような、そんなコじゃなかったのに!
「あんなにフローレンス様に夢中なマクシミリアンを見たらお二人のお幸せを祈らずにはいられないわ!だって目を見れば判りますもの、マクシミリアンがフローレンス様に恋をしているってね。夫婦になっても妻に恋をしているなんて……もおっ、なんてロマンチックなのかしら?」
いえ、そんなこと無いです、何しろ形骸的な夫婦でお飾りの妻ですので。
マリー君の認識とのあまりの解離にハハハっと力無く笑うと、マリー君はがばっと私の両手を掴んで思いっきり顔を寄せ視線を固定してきた。
「フローレンス様、心無い噂になんて負けてはダメ。貴女はマクシミリアンから愛されている、わたくしが保証するわ。だから自信をお持ちになって!わたくしは貴女の味方よ。だってわたくし達はもうお友達なんだから」
どうしてそうなるのか不明ながら、つまりマリー君は我々を応援するつもりらしい。うぅッッ、どうしちゃったのよ、マリー君。貴女は凄腕の情報屋だったじゃないの。
情報屋マリー、今回は一方的な宣言により私のお友達になったようだ。
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